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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
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62. Lovingly Handcuffs

 テラの説明によると、どうやらインヘルとラストラリーは裁かれるらしい。何の罪で、というのは教えてもらえなかったが、とにかく「覚悟をするように」とだけ伝えられた2人は、同室を許された喜びに浸る間もなく思案の渦に身を投じる。


「お前は特に敵視されてるみてぇだな。見てみろ。子供だっつーのに私と同じ手枷じゃねぇか」

「……動きづらい」

「千切るか?」

「ううん。大人しくしなきゃ」

「ま、それもそうか」


 ラストラリーはその現実を飲み込むには余りにも幼かったが、現状分析でもしなければ退屈で死んでしまいそうなほどの孤立無縁だった。

 インヘルの背後で槌を振るう音が聞こえる。壁の修繕を任された騎士団の一員が、壁に大きく開けられた穴を、無骨に切り出された木板で補強している音だ。彼女はヒントを得ようと、日曜大工に勤しむ彼に尋ねる。


「おいアンタ。この子供のこと、何て聞いてんだ?」


 騎士の彼は口を聞かないどころか、くれぐれもその視線をぶつけ合わせるようなこともせず、黙って作業を続けるばかりであった。それは明確な拒絶だった。


「(私たちの罪状は……いや、まあそうか。貴族が死んだ現場に立ち合わせたんだ。オマケに信じられねぇ犯人と出会って……信じられねぇ事を聞いた。教会も騎士団も貴族も、詰めたい事は山ほどあるんだろうな)」


 ビナーから得たものは魔獣が蔓延る現状を打破する手掛かりなのかもしれないが、生憎インヘルがそこから何かを掴み取る為には、思い出が足りていなかった。

 ただ、このまま立ち止まっていれば、自分たちは口封じの為に何かをされるという確信はある。そして最も楽な口封じとは、殺すことだろう。


 誰の信用も利益も感情も関係なく、インヘルたちを物言わぬ肉の塊にしてしまえば、とりあえずの面倒ごとを回避することができる。さぞかし魅力的な手段だろう。それが一時凌ぎであると分かっていても、その魅惑は輝きを失わない。


 インヘルは珍しく、現状の全てが不安であった。

 多分この場所ではラストラリーを守りきれない。あの見るからにヤバそうな騎士団長が居る限り、少女を連れて大立ち回りが出来るほど、インヘルにとって都合のいい空間ではなかった。


 そして、いよいよ自分たちが人間でないことの証明が行われるかもしれないという恐怖もあった。シャプワが自分たちの体を調べて何を見つけたかは知らないが、きっと壁を直している彼のように、人畜無害そうな少女を「化け物」と遠ざけるには十分な事実が存在したのだろう。


「……平気か、ラストラリー」

「うん……いや、ちょっと、怖いかも」

「『ちょっと』ねぇ?」

「……すごく怖いかも」


 簡易的なベッドの上に腰掛けるラストラリーを見つめながら、インヘルは少女の本音を聞き出した。怖いはずだ。インヘルですらそうなのだから。


「でも平気だよ。ママが居るから。……ママは、人間だよ。私も、そう信じてるもん」

「……」


 強がりの笑顔だったが、嘘をついているような気配はなかった。インヘルは地べたに腰を下ろしたまま閉口する。何気ない、無知で無自覚な、希望的観測であったが、それはインヘルに確かな励ましを与えた。

 例え自分が生物的に人間でなくても良い。ただ、自分が人間であることを信頼してくれる誰かの存在は、インヘルにそう思わせてしまうほど、温かかった。


「……そうだな。だったら私も、お前が普通のガキだって信じることにするよ。悪食のな」

「きゃははっ」


 自分もラストラリーにとって、そんな温かい存在でありたいと思ったインヘルは、演技じみた嫌味っぽさを込めて鼻を鳴らした。

 少女は久しぶりに、着飾らない笑顔を見せた。本人は歯を見せるその笑い方のことを恥ずかしいと思っているらしく、すぐに俯いて頬を赤らめてしまうが、インヘルはそっちの笑顔の方が好きだった。


「お、居た居た。別室に移送したって聞いたけど、しっかり相部屋にしてもらってるじゃない」


 そんな2人の会話に割り込んできたのは、見覚えのある玉虫色の女だった。聖女シャプワ・モントーバンである。

 彼女は前触れもなくひょっこりと鉄格子の向こうから顔を覗かせると、すぐさま壁を修理している騎士に気が付き、此処で何が起こったのか見当を付けたようだ。


「アナタの再生能力のこと、姉さんに話すべきじゃなかったかしら?」

「……そいつは良いんだが、問題はラストラリーの方だ。何て報告したんだ?」

「こんな辛気臭い場所で話すのも何だし、檻の外で話しましょうよ」

「外?」

「審問の時間よ」


 いつになく真剣な面持ちのシャプワの背後から、騎士の格好をした人物や游魂院の職員らしき面々が顔を出すと、その中の1人が牢屋の鍵を開けた。

 インヘルたちはその表情筋をきゅっと張り詰めさせた。


◆  ◆  ◆


「それで、何だったかしら?」

「コイツの事だよ。何を見つけて、何を報告した?」


 複数の騎士に囲まれながら、抗魔石の手錠を付けられたインヘルはそう尋ねる。

 ラストラリーが持つ魔獣を滅する力が看過されたのかという警戒もあった。隠蔽しておくのにパラノイヤが最も苦心したその事実を敵に知られていた場合、インヘルに打つ手は無くなる。

 これは切り札だ。

 同時にその手札を切ってしまえば、敵味方問わずあらゆる者からラストラリーは注目を集めることになる。


「臓器の異形よ。それは……アナタも知ってたのかしら?」

「残念ながら内臓を見せてもらった事が無いんでな」

「それもそうね。……悪いけど、虚偽報告は出来ない。アナタに体液が流れていない事も報告してあるわ」

「晴れてバケモノ親子って訳か」

「存外冷静ね。目を付けられるっていうのに」

「ママと一緒なら、私はどう見られてもいいよ」


 後ろ手に錠前をかけられ、隊列の歩幅に合わせるように早歩きをする少女は、しかし後れぬ意志を持ってそう答えた。それに報いるだけの心境の変化を迎えたインヘルは少女の言葉に一瞬目を丸くし、それでも悪戯っぽく微笑んだ。


「だってよ。私もそうだ」

「……良い絆ね」


 シャプワは形式上、2人の関係性に興味の無いふりをしていたようだったが、インヘルの言葉を聞くと少しだけ「素」の部分を曝け出したかのように、溢れるような長い息を吐いた。


 審問所の御大層な扉が目の前に迫る。彼女たちは兵士の指示通りに立ち止まると、馬車も入れそうなその巨大な一枚板の扉がゴウンという音を立ててゆっくりと開くのを見つめていた。


◆  ◆  ◆


 審問所の中は荘厳さと張り詰めた静寂によって充填されている。

 インヘルとラストラリーはちょうど2つの魔法陣が描かれた中央の台座に案内されると、両脇に立つ魔法兵と思しき者が呪文を唱えた。

 すると陣の外周から植物が成長するように、曲線混じりの金属杭が突き出し、即座に鳥籠を形作る。2人は両手を拘束され、即興の牢の中に閉じ込められることとなった。


 インヘルは先程のように強引にその束縛から抜け出そうとはしなかった。

 ただ課せられた役目を粛々と果たし、自らの「発言」以外の動作を律していた。それはひとえに、この得体の知れない尋問で、ラストラリーが不利益を被らないようにするための措置であった。


 インヘルは周囲を見渡す。部屋の外側には傍聴席らしき仕切り柵と椅子が設けられ、のべ30名程度の参加者が怪物たちに一斉に視線を向けていた。


「(騎士団の服は5……いや7人か。このクソッタレな牢獄を出した魔法兵もそうだろうな。で、教会やら貴族やらの関係者は10人くらい。……スゲー格好。どこで買うんだあんな服)」


 右手側に立つ、機能性に些か問題アリな、清貧とは対極に居る人種の中にシャプワは紛れていた。そして反対の左手側、テラを筆頭とした騎士たちの中には見慣れた顔もあった。


「(あれは……ハートショットか。ご愁傷様だぜ。念を押して連れて来られたんだな)」


 ハートショットは傍聴席で何やらむず痒そうな顔つきをしていた。それはインヘルたちが酷い目にあってしまうかもという心配だけではなく、彼女が暴れたりしないかという若干の不安も込められた表情だった。


 そして、囚われの2人の正面に鎮座している面々が、おそらくはこの審問を仕切る番人だろう。彼らの佇まいは楼員を想像させるようなそれであった。


「インヘル・カーネイション、そしてラストラリー。喚く事もなく助かるよ。偶に居るのだ……大騒ぎをして審問の進行にヒビを入れる者が」


 インヘルたちの正面にそびえ立つ、雛壇状のデスクの頂点で書類に目を通す男は、年齢相応の、喉に異物を詰まらせたような声を発した。人混みの中では聞き取りづらい籠った声ではあったが、周囲に彼の声しか無い場合の話は別だ。


「(聖教会審問長官グラン・ディヴァノック……小娘2人の審問に、随分な大物だこと)」


 シャプワは彼が登場した瞬間から、この審問の意味というものを大方把握していた。


「(……ってことは()()わね。2人の存在を、この機に何とか抹消しようとしている奴が、教会か貴族の奥深くに)」


 この問題を理解するには、国の勢力図について知っておかなくてはならない。


 まずこの国は「王国」である。

 定められた血筋の貴族が国王陛下の補佐役として政治の大部分を担い、最終的な決定権は全て王に収束する。


 そんな貴族の下で各領地の安全保障の役割を担う者たちが「騎士団」だ。当然志願する者も居るが、貴族のようなサラブレッドの家系に勝るような才能の持ち主がそうそう現れる筈もなく、平民出身の騎士が大出世することは少ない。


 最後に聖教会は、本来であれば貴族とは独立した勢力だ。

 信仰は自由だが相互不干渉。しかしその実、貴族による多額の「お布施」によって布教が円滑に進んだケースも存在する。

 そして、その動きは黙認されている。互いの袖の下で行われるやり取りを完全に把握している者は居らず、最終的にはその繋がりも「信仰の自由」という言葉で片付けられてしまう。

 どの家がどれほど聖教会と関係を持っているかというデータは闇の中に葬られてしまっているのが現状だ。


 モントーバンは聖教会と金銭的なやり取りを行なってはいないが、伝統として数百年以上も昔から、モントーバンより輩出される「聖女」を特司枢機卿として布教活動に貢献させるという流れがある。いずれにせよ関係性はかなりクリーンな方だろう。


 つまり、この秘匿裁判を形作るのは、騎士団たち「貴族派閥」と聖教会の上層部率いる「教会派閥」……そして教会の中でも第三者機関として作用する「教理審問官」という事になる。


「(聖女のアタシに命令を出せる立場なんて相当絞られるわ。ましてや今回はグラン長官すら矢面に立たせてる。この件を有耶無耶にさせる気は毛頭無いのね。確かに大問題ではあるのだけど……審問会まで急ぎ過ぎなのよ。魔獣の研究機関に引き渡しを検討する時間もくれなかった)」


 魔獣総研は王立の魔獣研究機関である。そこの所長はモントーバン家……すなわち、誰にも手が出せない清廉潔白が約束されているようなもの。


 シャプワがレイジィとの取引の際に表明した意見の中には当然ながら事実も含まれていた。「魔獣は全て野垂れ死んだ方が良い」というのは本音だ。

 しかしそれは、あくまでもラストラリーやインヘルが魔獣だという明確な裏付けを行なった後でも良かった。

 何なら「死んだ」という事実さえ作り出せれば構わなかった。モントーバンにはそのレベルの隠蔽が可能だ。


 しかし2人はそれすらも許されず、即座に裁判の場に引き摺り出された。ここでの判断は狩人にとっての天敵である貴族と教会の「多数決」により決される。その中には、悠長に事実確認をするまでもないと考える者も多く居ることだろう。

 いくらモントーバン家とはいえ、聖女の身は一つ。より多くの票を短時間で獲得することは難しい。その票が嫌われ者の狩人を庇うようなものであれば尚更だ。


「(先手を打たれたって感じよね〜……結構頭が回る敵だこと。ま、アタシたちの目を誤魔化して王政の中枢まで入り込んでる奴なんだから当然か)」


 水面下で蠢く何者かの気配を感じ取りながら、審問会は始まった。

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