表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
60/76

60.A Child Phenomenon

 シャプワが用いたのは、聞く者が聞けばごく簡単な、それでいて何よりも難しい、人外じみた技術だった。


 レイジィと全く同じ力、同じ角度、同じ高さで金貨を弾く。たったそれだけのこと。

 彼女はレイジィの金貨の置き方、指の位置、力、回転数を寸分の狂いもなくつぶさに観察していた。与えられる運動量が同じならば結果は同様になる。感覚として理解出来ることではあるが、それを妄想の範疇を超えて実現させるなど、神懸かり的な指先の器用さが求められる。


 運だ神だと宣ってはいたが、結局のところシャプワが信頼したのは、自らが生涯を費やして身につけた「手先の技術」と「感覚」だったのだ。

 ここは報ずるの部屋。神にすら覗かれることなく、自らの罪を告白する場所。運任せという論理は存在しない空間を選んでしまったのは、他でもなくレイジィである。


 最初から「確率」だけに頼った勝負をしていれば、まだレイジィにも勝ちの目があったかもしれない。しかしながら、シャプワに後攻を渡しておいて、先攻で遅れを取らざるを得なかったのは致命的だ。

 もう一度シャプワがコインを投げるターンが来る時までに、レイジィは一本を取りつつ、この真実を知ることが出来なければ非常に危うい状況に立たされた。

 もし彼女が次にコイントスをするターン、「表」を宣言されてしまえば、勝負はほぼ決まったようなものである。今と同じことをすれば良い。シャプワにとっては難しいことではなかった。


「……」


 作り笑いを浮かべることすら忘れ、レイジィは目の前の結果に対して目を見開き、愕然としていた。彼女は知恵比べで負けたことは無かった。しかし聖女はそれすらも先んじたのだ。


 レイジィは「畏れ」を思い出す。自分を阻む者が、自分よりも優れていることで引き起こされるそれは、久しく忘れていた感覚だった。


「2対0」


 その畏れは、そういえば経験したことがあるものだった。

 レイジィがまだモントーバン家に居た頃……彼女の姉たちは皆をして、尋常ならざる才能を持っていた。それらは孤独にも見えたが、しかし孤独ですらお釣りを返せない程の巨大な理不尽そのものだった。


「分からないのだけれど」


 感情の行き場を無くしたレイジィにコインを投げ渡しながら、シャプワは口を開いた。


「取引を提案したのは、モントーバン家の協力の下、彼女たちを助けようとしているからよね? それは何となく分かるわ……だけどレイジィ。本当に、彼女たちを助ける意味はあるのかしら?」


 聖女のそんな言葉は、夢うつつの境界線で惑っていたレイジィの意識を現実側へと引き込む。


「……どういう事だい?」

「曲解に益無し。直球で問うてるのよ。アナタはインヘル・カーネイションとラストラリー……2人の異常性のことくらい、理解しているわよね」

「3年も一緒に居るからね。個人的に色々と、調べもしたさ」

「それで遂にアタシたちに協力要請だなんて、最近になって大きなヒントでも入ったのかしら? だけどねレイジィ……あんな化け物2人、さっさと野垂れ死んだ方が世の為じゃない」


 レイジィの身体が強張った。無論、シャプワもその変化を見逃すはずがない。それでも聖女は地雷原を踏み抜きながら駆け抜けるように、凍てついたレイジィの表情を無視して話を続ける。


「そりゃあモントーバン家も怪物揃いだけど、アタシたちには愛国心と忠誠、そして信仰がある。寄る辺があるの。だけどあの2人にはそれが無いでしょう? 帰属意識も皆無みたいだしね。言うなれば、(くびき)の無い魔物……心変わり一つでどんな場所にでも牙を剥き、聞くところ関係性も『共依存』と来たもんだわ。なんて危うさ。さっさと記憶(じょうほう)を引き摺り出して、手早く処理すべきよ」

「……」

「さもなくば連盟も騎士団も……はたまた国も、大義そのものを失う。魔獣根絶という正義の下で、あんな人外を何処かに任せるなんて誰にも出来ないわ。あの2人は件の人型魔獣か、下手すればそれ以上の脅威となり得るでしょうね」


 シャプワは堂々と割り切った言葉を止めなかった。インヘルたちとの邂逅からひと月にも満たない間で、あの2人が持つ「危険性」を見抜いていたのだ。

 言うなれば彼女たちは誰にも存在を知られてはいけない、対の爆弾である。互いが大事な存在であると認識してしまった今、片方が何かの原因で機能を停止させるようなことがあれば、もう片方がどんな化学反応を起こすか分からない。

 それでいてもし放置していれば、いずれはなし崩し的にそのような状況に陥ることもあり得る。


 だからこそ、機会を与えられたいま、纏めてインヘルとラストラリーを処理してしまうのが得策だというのがシャプワの本音だった。シャプワは彼女たちを助けたことを、爆弾が持っている情報量(データ)を引き出すための措置であると自覚している。


 レイジィは穏やかな表情で自分を見据えるシャプワから目を逸らすように、或いは目線の行き場を追いやられるように、コインを握りしめながら腰を丸めていた。


「血の繋がった可愛い妹の友人だけれど、アタシは――」

「姉様」


 しかし次にレイジィが顔を上げた瞬間、シャプワは一瞬だけ目を丸くし、そしてすぐに微笑んだ。それは聖女には似つかわしくない、少しの獰猛さを含んだ笑顔。ようやくレイジィを単なる妹ではなく、敵と認識したのだろう。


「表か裏か、早く選びなよ」

「……良い(かお)ねぇ。寝坊助なんだから」


 レイジィは憤っていた。

 仲間を侮辱され、「死んで当然」と吐き捨てられたことに対して、実の姉にも見せたことのない激情を持って迎えた。


 彼女の信条は、常に意識して怠けること。

 そんな人格が形成されたのは、モントーバンに生まれ、10年ほどが経った頃。レイジィはかつて、その頭脳ゆえに他者を手酷く傷付けた。

 彼女が悪かったのではない。相手が悪かったわけでもない。ただ、自分を呪った。そのための怠け癖である。


 故に姉たちはレイジィが本気になったところを、数度しか目の当たりにしたことがない。それは全て、自分以外の他者の為に怒りを露わにしたときだった。

 ここまでは、姉の計算通りであった。


「(だけど余りにも遅い。アタシがコインを投げた時が分水嶺だったのよ)」


 最初のターン、レイジィの出目は表だった。次のターン、シャプワはその動きを複写(トレース)し、同じ出目を出してリーチをかけた。この時の自信満々な素振りは出まかせである。レイジィが聖女の選択を上書きするように表を宣言していれば、通じることのない企みであった。故にシャプワは言葉で揺さぶったのだ。


 今は第三ターン。優先決定権はシャプワの方にある。

 仮にここで表を宣言したとする。であれば、表が出れば上々の勝利。もしここで裏が出たとしても、シャプワは次のターンでレイジィの動きを複写し、裏表の出目を完全操作できるようになり、勝利が確定する。


 故にシャプワは「表」を宣言するしかない。裏を選べば振り出しだ。圧倒的優位であることに変わりないが、それだけでは完璧な勝利を手放す理由にはならない。


「表」

「ならボクは裏だ」


 レイジィは親指の上に金貨を置く。シャプワを見据えるように上げた顔は、やや自嘲を含んでいるようにも見えた。


「……お姉様にはきっと分からないだろうね。元から居場所のある人だから」

「あら、ありがとう」

「だけどボクは自分の才能のことを、誇らしいと思ったことは無い。そんなボクに……パラノイヤとインヘルは居場所をくれたんだ。何処へ行っても異端だったボクを、ずっと隣に立たせてくれた」


 ――これより我々は、トレイシィ・モントーバンより家名を剥奪します。貴公は名を捨てなさい。姓を捨てなさい。自らが自らであった痕跡を捨てなさい。其を以て節とし、貴公は何と名乗りますか。


 ――今よりボクは、レイジィ・フランベルジュ……怠惰なる両刃の剣と名乗ります。


 ――宜しい。であればトレイシィとして、最期に言うべきことはありますか。


 ――ボクの、この世で唯一の妹と、偉大なる父と母に、最上の幸福があらんことを。そして、姉様たちに栄光を祈ります。


 ――……トレイシィ……ごめん。ごめんなさい……


 ――気にしないで。これは因縁なんだ。それに、家族じゃなくなっても、ほとぼりが冷めればまた会えるよ。だけどボク、こんな性格だから、ちょっと外暮らしが楽しみだし……帰省は遅れるかもね。


 決別では無かった。

 それはただ、家族でなくなるというだけ。しかしあの時の、まるで心が引き裂かれるような感覚は、忘れたことはない。


「お姉様。外はモントーバンよりも残酷だったよ」


 12歳のとき、トレイシィは異端という罪で家を勘当された。しかし、彼女は家族から愛を注がれなかった訳ではない。この「子捨て」は、彼女が生まれた時から定められた運命であっただけだ。


 家族は誰しも、トレイシィから名を剥奪することを望んでいなかった。家族以外の世界がそれを望んでいたが為に、彼女は残酷にも離別させられたのだ。


 しかしながらその苦境を耐え、レイジィへと名を変えた後も、世界は彼女の「異端」を許さない。

 モントーバンでは周囲が皆、才能に溢れていたからまだ良かった。しかし一度その家から放り出された麒麟児の力は、カタギの人間たちから忌み嫌われた。


 その超高精度の読心能力である。


 心を読まれることを嫌わない人間は居ない。

 レイジィは、最初はそのことを理解出来ず、無闇に力を奮っていたが、いつだったか極東の本で読んだ「(サトリ)」という怪物のことを知ると、自分をそれに投影した。


 「偽り」は世界を創る。「真実」は抱いた幻想を破壊する。

 誰しもが嘘という名の理想郷を破壊してしまう力を持った、自分自身の心に恐怖している。

 人間はその恐怖を抱えられるほど強くは出来ていないのだ。


「皆、お姉様たちとは違ったよ。建前だけは上手く使うけど、真に自分を偽れるほど器用じゃない。かと言って、正直になれるほどの自信も無い人たちばっかりだった」


 レイジィは孤独だった。

 彼女の特殊能力はさながら猛獣だ。しかしその心根で他者を傷付けることを誰よりも恐れていた彼女は、踏み締める砂粒ひとつにも気を使わざるを得なかった。


「そんなもの、勝手に怖がらせておきなさい。アナタにも才能があった。それ以外は不要なハズよ」

「だからお姉様には分からないんだ。ボクに必要だったのは才能なんかじゃなくて……ただ側に居てくれる人だった」

「弱者の理論ね」

「ボクは弱いんだッ!! お姉様たちとは違う!」


 レイジィの脳裏に、インヘルたちと出会った頃の記憶が泡沫のように浮かび上がる。


『ん? 怖くないのかって? ああ怖いぜ……ろくすっぽ魔獣を狩らないで本ばっか読んでる精神がな! それで全く申し訳なさそうじゃないのが逆に凄ぇわ!』

『ま、ママ、そんな怒鳴っちゃダメだよ』


『心が読めるのは便利ですね。問題発言をする前に汲み取ってくれるんでしょう? これからも私の保身に付き合って下さいよ』


「……ボクは初めて、ボクでいられる場所を見つけた。其処はとても居心地が良かったんだ。あの聖域に欠かせない仲間を守るためなら、ボクは何にだってなってみせる」


 傷付ける覚悟は終わらせた。

 姉妹だから理解している。自分の頭脳は聖女に比べて遥かに劣っていることなど、心が読めずとも解っている。


 自分よりも相手が優秀なことなど、しばしばある話だ。

 しかしそれは、実のところ真剣勝負ではそれほど重要なことではない。神の視線すら届かないこの部屋であれば尚更だ。

 泥水啜って、死力を尽くして、本当の意味で命を削って……そこまでして「次の一瞬」を勝ち取ろうとする意志を持った者が勝つ。


 レイジィが乗り越えるべきは「今」である。絶え間なく訪れる「次」で、今の自分を乗り越えていなくてはならない。それは最も困難で、半端な覚悟では尻込みしてしまうほど過酷な道のり。


「そんなボクの大切な仲間を、お姉様は、事もあろうに『死ぬべきだ』と言ったね。……巫山戯るな。ボクはお姉様が思ってるより何億倍もワガママなんだ。ワガママ貫くためなら、天才だろうが神だろうが運だろうが、全部八つ裂きにして、屍体を外に晒してやる」


 レイジィは冒涜的に指の上の金貨を弾いた。

 感情を乗せたそれは力強く飛び、貫かんばかりの勢いで部屋の天井と衝突し、何度か地面を跳ねる。

 今度はシャプワが、レイジィから目を離せなくなっていた。


「……おっと。力みすぎちゃった」


 レイジィはそう言うと、何かへの反骨心を剥き出しにするかのように舌を出した。ここに来てシャプワは、心を読まずとも分かるような驚愕の表情を浮かべる。


「(この子、まさかアタシの動きの複写に勘付いて……)」


 シャプワのトレースは、寸分の狂いもない状態でしか発揮することが出来ない。それは天井の硬さや床の木目の状態にも左右される。こうして金貨を()()()()()()()()しまえば、いかに動きを複写しようと、外的な要因で結果にブレが生じる。


 2人は無造作に床に転がった硬貨に目を向ける。

 今度こそ、それは裏を向いていた。

レイジィが主役してるのが嬉しいです。

彼女は個人的に気に入っているというか、憧れるというか、こんな感じで生きてみたいという妄想を詰め込んだキャラクターです。才能がありながら、ダラけて生きてみたくありませんか? しかしなにぶん私は凡人なので、死に物狂いで他人について行くしかないのです。悲しいね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ