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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
一章:久遠の樹
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6. Prosperity

「次行くぞ……ったく、急に指名依頼が増えやがった。パラノイヤはほくほく顔だったが、こっちの身にもなれってんだ」

「準備できたよママ」

「おう、今度の仕事は西の……モーナーヴァルト? 地図だと森のど真ん中じゃねぇか。こんな場所に誰か住んでんのかよ」


 2人が風呂から上がると、インヘルは唐突に増えた魔獣討伐依頼に愚痴をこぼしながら荷物を整理して早速出発しようとしていた。最初のうちはラストラリーがこの旅路のハイペースさ加減に苦労していたが、それも1ヶ月ほど続ければ恐ろしい事に慣れるものだ。


 しかしそんな旅の忙しさとは裏腹に、未だ自分の素性については何の手掛かりも得られていない。もはや裏切られても痛くない程度の期待すら抱くことを止め、報奨金が出る討伐を進める彼女たちは、仕事の虫(ワーカホリック)とでも呼ぶべき立場にあった。

 レイジィの調査に進展があれば、彼女から召喚魔法を用いた文書が届くはずだが、その連絡もない。向こうは向こうで苦労しているのかと一瞬考えたが、彼女の性格を考えると普通にサボっているような気もするので、急ぎ催促するようなこともしなかった。


 そんな2人が次に向かうのは、モーナーヴァルトというおよそ40kmに渡って伸びる森林地帯である。鳥瞰の地図で確認しても大規模な街が建設されているとは思えない地形だったが、どうやらその場所には閉鎖的な村落が有るらしい。


 直接の依頼主はその村長の娘。名はウタと言うようだ。

 正直な心境として、もう「閉鎖的な村落」というだけで面倒な予感しかしていない。郷に従うということの意味するところがよく分かっていないインヘルにとって、自分が自分で居られない場所というのは、不確定な自らの存在を更に希釈してしまうような不愉快さを孕んでいる。彼女が伝統だとかが嫌いなのは、そういった、自覚した存在感の薄さというのによるものなのだろう。


 ともかく、最初は不本意という感触が強く、足取りも比較的重いものだったのは間違いない。


 ◆


 この国での交通手段は、都心部であれば属性石というものを用いた内燃機関を保持する「国営魔道車」というものがあるが、辺境などでは未だに馬車を主軸としている。

 個人で魔道車を持っている人々は、よほど度を越したリッチマンだ。道路もあまり整備されておらず、通行可能な場所が少ないというのに、購入して乗り回そうなどと考える奴はごく僅かである。


 狩人の特権として、討伐依頼中は馬車の運賃が割安になるというものがあり、インヘルたちも存分にそれを利用していたのだが――


「近付けるのはここまでになります。森の中へは入れません」

「……ま、視界も悪い。賊に襲われたくはねぇもんな。歩くぞラストラリー」

「はぁい」


 狩人の鉄則はどんな相手にも適用される。

 襲って来たら殺す、なんて安い倫理観に囚われていない。むしろ狩人連盟の倫理観は無駄に高次的だ。過剰防衛なんて言葉もあるほど、殺人は忌避されている。


 時代的には荒んでいる所為でどうしようもない連中はそういった不調法な凶行に及んだりするが、狩人という立場は、犯罪者等に対しては著しく防衛性を欠く。欠かざるを得ない。

 なんでも、大昔の魔法使いが高慢ちきな態度を取っていたツケのようなものがインヘルたちの世代に直撃しているとか。


「(先人様バンザイ。自分のケツも拭けねぇで汚いモン残しやがって。もう一回あの世でくたばれ)」


 カッとしやすい彼女ではあるが、一応は自制を利かせて、ボコボコにする程度で済ますことには慣れている。そもそも魔法使いとその辺のチンピラでは力の次元というものがまるで違うため、手を汚すまでもない。

 感情的には自分に害を成す者一人当たり二、三度は殺めておきたくとも、インヘルはそれを吐き出す場所を弁えている。魔獣にぶつけるのだ。そのお陰で彼女の戦闘はやや……いや、かなり荒々しくなっているのだが。


「獣道っぽいが、やっぱり人が多少は居るみてぇだな」

「はひぃ……ひぃ……あ、歩きづらいね、森の中って……」

「我慢しろ。付いて来るっつったのはお前だ」


 往来の痕跡を辿り、枝や湿った土で歩きづらい森の中を彼女たちは進む。やがて視界の開けた2人の目の前に現れたのは、まさに隠れ里というべき場所に位置する、砦のような木造の外壁だった。


 どうやら周辺が崖のような森林地形に囲われており、前面を守る城邑(じょうし)の如く外壁を築いているらしい。

 しかしこの様子は少し奇妙だった。防衛には脆そうな木材の防壁と、哨戒の少なさ。周囲を囲む崖の地形も、動物のような身軽な連中には効果のなさそうな程度。まるで急遽建てたハリボテだ。

 インヘルには、この壁が、魔獣から村落を守るというよりは、外部の人間から中の様子を察されないようにするための処置に見えた。


 正門の見張りが見えたので、その者たちの元へと歩み寄り、依頼を受けたことを説明しようとする。

 しかし見張りの彼らは、インヘルたちの様子を見るや数名が村落の中へと逃げるように立ち去り、残った連中も2人を驚いたような顔で見ながらも、その目をすぐに敵意の籠った視線へと変化させた。


「サマルの村だな? 狩人連盟から依頼を受けて来た。インヘルだ。こっちの餓鬼はラストラリー。依頼主のウタって女に会わせろ」

「ッ……外壁に近寄るな! クソッ……そんな、まさかこんな……!」

「だから狩人を呼ぶべきじゃなかったとあれほど……」

「聞こえねーのかー? 依頼だって言ってんだろ。魔獣を狩りに来た。良いんだぞぉ、金だけ受け取って帰ってやっても」

「ママ……お金貰えたら、ちゃんと働こう?」


 どうにも普通じゃない。インヘルたちを呼ぶにあたって一悶着あったのか、現在進行形で揉めているかのようだ。こういう場所ではさっさと仕事を終わらせるか、拒否の旨を伝えて帰るのが吉なのだが、依頼主を出してもらわなければお話にならない。


「拒否も受注も、依頼主の命令でしかやらない。居るんだろ? さっさと帰って欲しかったら早く依頼主を出せ」

「動くなと言っている!」

「へぇ、武器まで向けるのか? 私たちゃ殺すのは禁じられているが、甚振るなとは言われてねぇ」


「もし、そこの狩人様」


 正面の門の横にあった小さな通用口が開くと、中からふらりと現れたのは、インヘルほどの年齢の若い女性だった。しかしその歩み姿からして、この村落でも大層立派な家柄の人物と分かるような出立ちである。


 荒々しい木の鎧などではなく、光沢のある繊維で拵えられた服は清潔で、異国風な紋様が刺繍されている。エメラルドグリーンの長い髪を束ねる飾りにも、宝石などがあつらえられ、手首や足下も装飾品で飾られているようだ。


 黄金色の瞳の中には、(ほとばし)る若さに混じって、確固たる強烈な何かを感じる妖しげな雰囲気があった。


「ウチの者が失礼致しました。私はウタ……このサマルの村長代理で御座います。立話も何です、どうぞ村の中へ」

「……依頼主か。んじゃ、仕事の話だな」

「お、お邪魔します」

「ウタ様……よ、良いのですか! 狩人を呼ぶという事だけでも村の者は懐疑的でした……ましてやこの者たちは――」

「構いません。もはや誤魔化しも効かなくなる頃合い。此処らが潮時なのです。()()()も、全てを受け入れる覚悟をしております」


 その強さを感じる瞳で一瞥された哨戒の者たちは、先刻までの拒絶の姿勢をたじろがせると、遂に渋々ではあるがインヘルたちの入村を受け入れたように武器を下ろす。

 拒むような視線は相変わらず感じるが、のっぴきならない事情はさておき、2人はようやくサマルの村に入ることを許可された。


◆  ◆  ◆


 喪服纏いし強き者、幼子連れ添い、悪疫狩りに我が眼前に姿を現し、この命は間も無く終焉を告げる。


「これは村長……即ち()()()が、病に臥せる直前呟いた予言に御座います。かか様は占術師……もとい外の言葉で言うところの"魔法使い"でありまして、『運命』の魔力を扱う者でありました」

「その折に、丁度死期の象徴となる私たちが訪れたと」

「ええ。かか様はその偉大な力で、この隠れ里をたった一代でここまで繁栄させた守り神のような存在。村の皆はこの予言を回避する為、例え魔獣が現れようと、外から狩人様を呼ぶまでには長い時間を要しました。納得できる案を出し、人事を尽くし……そして、これが最後の手段だったのです」

「ご期待に添えず申し訳ねーぜ。それで来たのが、やはりと言うべきか予言通りの死神とはなァ?」

「始まったものには、避けられぬ終わりがあるのです」


 ――それなら、始まりが分からなくなったものにも終わりはあるのか?


 そんな言葉をインヘルは飲み込んだ。特段、自分のことなど誰かに言いふらすことでもあるまい。その問いはゆっくりと自分の中に落とし込むことにしよう。


 怪我も瞬時に塞がり、老いさらばえてゆく感覚すら麻痺し、自分が何者なのか分からない。だとすればこれは、始まりを見失っている。

 そんな私にも、終わりというものがやって来るのだろうか。その時、このウタや彼女の母のように、それを受け入れられるのだろうか。この死生観は、きっと死を恐れる者にしか分からない。


 インヘルが難しい顔をしていると、やがて彼女たちは村の中でも少し高くなっている場所に位置する一回り大きな木造家屋に到着した。


「私の家です。かか様も居られますのでまずは挨拶を。……ご心配なく。もう狩人様の来訪も()()()()()でしょう」

「……ああ」


 自分の今やっていることは、終わりを紡ぐための「始まり」を探る旅なのかもしれない。インヘルは、自らの使命に、新たに小さな意味を書き加え、村長への挨拶に向かった。

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