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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
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58.Rhapsody of Reserved Manners

 ――私は、人間じゃない。


 かねてから自覚していた事実であるはずだったが、いざ指摘されてみると、現実味がないように思える。それでも私の体は、確かにその事実を認めてしまっていた。

 もう何も分からない。何を信じたら良いか、それを私に教えてくれる奴は誰も居ない。


 ラストラリーも、私と同じなのだろうか。

 ビナーの言っていた「ジュピター・エル・エンドリナ」とは何者なんだ? それがラストラリーの本当の名前なのか? その名前をラストラリーに伝えても良いのか?

 或いは、私の記憶の欠落のように、アイツに忘れている事が存在しているとしたら、「ジュピター」という名前はそれを目覚めさせるトリガーにもなり得るだろう。


「(……ダメだ。伝えられねぇ)」


 今回の件で私はようやく自覚した。

 ラストラリーは、私にとって特別な存在だ。何故そう思ってしまうのかは分からないが、ジュピターという名前を伝えることによって、もしラストラリーが私のように何かを()()()()ようなことがあれば……アイツ自身の忘れていたかったことを、呼び覚ましてしまうかもしれない。


 もしラストラリーが魔獣だったら、いつかビナーと同じように、人間への殺意で頭がいっぱいになるかもしれないのだ。

 その未来が一片でも残されているなら――アイツの記憶は、閉ざしたままの方が良い。私が嫌なんだ。ラストラリーがビナーのように、不条理に食い殺されるのが。


「……クソっ」


 ベッドの上で眼球を押さえるように悩み込む。

 使い物にならない脳味噌を引きずり出して、一回くらい水洗いしてしまえば、何か思い出せるんじゃないか? そう思ってしまうほどにどん詰まりの思考回路は、妙案を出してなどくれない。


 それと同時に、私は今まで自覚してこなかった、あらゆる「継接」に気付き始めていた。


 そもそも私とラストラリーはいつ、どこで出会った?

 私が狩人連盟に入ったのは何年前だ?


 ビナーの実年齢は何歳だったのだろう。もし奴が、人間の範疇を超えた歳月を生きていたのだとしたら――私とラストラリーも同様に、途方もない年月を生きている可能性がある。


 私が生まれてから何年が経っている?


「どうしてこんな簡単なことも思い出せねぇんだ……」


 無力を噛み締めても、自分の髪をぐしゃぐしゃに掻き乱してみても、結局全てが分からなかった。


 例えば記憶を溜めておく為の器があったとしよう。

 ともすると私の器は、水底の部分に小さな穴が空いていて、やがては上澄みだけが残っていき、古くなった記憶は、虚空に飲み込まれる仕組みに違いない。


 私が100%事実だと自覚出来ている記憶の中で最古のものは……3年前、レイジィがチームに入ってきた頃の記憶だ。その時、既にラストラリーは私の隣に居た。

 私とラストラリーが魔獣を仕留め、パラノイヤが事務仕事と、たまに狩りにも同行し、レイジィがサボる。今と何も変わらない日々が続いていたことは思い出せる。


 しかし、それ以前の記憶は全く保つことが出来ていない。

 いくつか忘れられないほどセンセーショナルな出来事くらいはあったはずなのだが、私は緩慢にも「現在」という無色透明の毒を受け入れるだけで、怒り以外で無闇に感情を波立たせるようなことは無かった。


「(……思い出そうとしてみると、人形みてぇだな……私の人生って)」


 見えない何かの呪縛に遭っているかのように、継接だらけで、むなしい生き様だ。今まで何の疑問もなく受け入れていたのが嘘のように、私はこの生き方に対して、拒絶感を覚えている。


 良くも悪くも、私は変わった。

 その序章がいつだったのかは分からないが、多分、今の私は、前よりもよほど生きづらい。何も知らない方が幸せなことだってあるという当然の言説に、今なら自信を持って同意出来そうだ。


「やあ。息災かい?」


 ふと、俯いていた私に、何処かで聞いたことのある台詞を呟く者がいた。

 部屋の扉が開いた事は確認していない。つまり明らかな「部外者」だ。私は声が聞こえた部屋の隅の方に目をやった。


「お前は……」

「君の中に眠っていた種々の『謎』を、ようやく自覚したようだね、インヘルくん」

「フレデリカ・グラヤノ・フルボディ……!」

「然り。覚えていてくれたようで幸いだよ」


 部屋に差し込む光から溶け出すように現れたのは、神出鬼没にして、私にとってのキーマンでもある、正体不明の体現、フレデリカだった。


 この場所は、レイジィすら容易に侵入できないレベルの魔術的な網が張られている。空気に流れる魔力の気配からそれは感じ取れていたが……つまるところ、この「侵入者」は誰の監視にも引っ掛かることなく、私の部屋に現れたことになる。つくづく常識の通じない奴だ。


「……とうとう私の記憶について教えてくれる気になったのか?」

「前にも言ったが直接的にそれをすることは出来ない。君が、君自身で、思い出さなくてはならない理由があるのだよ」

「だったら、どうしてわざわざ顔を合わせに来たんだ」

「大事な要件は顔を見せながら伝えるのが筋ってもんだろう?」


 フレデリカは大ぶりのステッキを杖代わりにしながら私に歩み寄ると、星団の如く輝かせた瞳で、ベッドの上の私の眼窩を覗き込むようにして姿勢を低くする。それは私ではない別のものを見据えているような気がした。

 やがてフレデリカは、さもクイズのヒントを与えるようなわざとらしい口ぶりで呟く。


「――全ての逢魔に会いたまえ。君が人間か、そうではないか……答えの種は彼女たちが持っている。君が挑むべきは、人間が、人間である為の証明問題だ」

「……ビナーのような奴を、今度は探して殺せって訳か」


 私は皮肉を言うかのようにそう言い放った。

 ビナーと対峙したから分かる。逢魔と向き合うのは、普通の魔獣を仕留めるときの感覚とはまるで違う苦痛を伴う。

 さながら人殺しだ。私よりも人間臭い奴の命を私が奪うのだから、そんな感覚がするのだろう。


 私は、その感覚に慣れてしまうのがどうしても怖かった。それはきっと無味無臭の毒だ。気付かぬうちに私の身体に入り込み、内側を腐らせていく。

 人殺しの「味」とは、そういうものだ。だから私は、他の人間を力だけで屈服させるのをどうしようもなく嫌っている。何故ならその毒を摂取してしまった瞬間、因果は絡まり、自分の幸福を求められなくなるから。


 それ故に、フレデリカの「ヒント」は私の表情を歪ませた。

 人殺しを強要されることにも似た代物だったからだ。私の心は、二度と逢魔に関わらず生きていくことを望んでいた。

 しかしそれでも、葛藤は起こる。そこに私が私である為の鍵が残されているような気がして、まるで自分の身体が自分だけのものではなくなったかのように、制御を止められなくなる。


 私の過去を求める衝動は、それほどまでの呪いだった。

 だとしたらコレは誰に呪われたのだろう。


「尤も、ビナー・ハイドランと対峙した君を、向こうが見逃すような事態にはならないだろうけど」

「だろうな。報復か、復讐か」

「或いは因縁か」


 因縁。要するに私と逢魔には、何かの縁があるということ。

 私はビナーの顔を思い浮かべ、未だ残っている記憶と照らし合わせてみたが、やはりアーテローヤル以前に何処かで出会ったような憶えは無かった。

 私と魔獣の「糸」は何処で絡み合っているのだろう。考えを馳せて俯いた一瞬で、既にフレデリカはその姿を消していた。あの魔法使いを捉えるためには、どうやら決して目を離してはいけないらしい。


「(私が人間であることの、証明問題……ね。馬鹿馬鹿しい事を言うなよ……私はもう、私が人間だなんて、2度と言えねぇ……)」

「ん。誰かと話してると思ったけど、1人かい?」


 私が悩んでいると、部屋の扉が静かな音を立てながら唐突に開いた。訪問してきたのはレイジィだった。


「……いや、独り言だ」


 私は嘘をついた。多分、レイジィには見抜かれていただろう。それでもコイツは、私が訊かれたくない事を強引に訊いてくる訳じゃない。どちらかと言えば「嘘をつかれている」ということを理解したうえで、その嘘を吐いた理由や根拠を思慮してくれる奴だ。

 その性分に期待しながら、肩を竦める。「フレデリカが居た」と正直に伝えてしまえば、どんな事を言い出すか分かったもんじゃない。


 そしてレイジィはその期待通り、「ふぅん」と少し考えたような態度を示すと、深くは言及せず、サッパリと、自分の用件を述べ始めた。


「お姉様が忙しそうだったから伝言頼まれちゃったよ。君たち、これから教理審問会にかけられることになってるらしいからヨロシク……だって」

「教理審問会? 何の儀式だソレ?」

「聖教会とか騎士団の偉い人が異端を問うたり、罪人に罰を宣告したり……まあ簡単に言えば『秘匿裁判』さ」


 裁判だとすれば罪状くらいは説明されなきゃならない。私が何か罪を犯したか? いや、魔獣を討伐しただけで、特に「神に反する」ようなことはしていない筈だ。


「原告は狩人、場は教会……ってことで、実際は裁判の形をした尋問だろうね。或いは君たちの研究解剖とか」

「……お前は楽なモンだな」

「そう! それが言いたかったんだボクは! 教会側が勝手に君らの事情を調べてくれるんだから、何て楽勝な仕事だろう! ボクは何もしなくても、結果だけを聞けばいい!」


 レイジィは病室にズカズカと上がり込むと、私に向かって指を差しながら、うわずったような声色でそう言った。だが、私は知っていた。レイジィはその程度で「満足する」ほど脆弱な好奇心は抱かないということを。


「ああ、何て……何てつまらない! 折角ボクが興味を抱いた君たちの来歴を、勝手に調べ尽くされてしまうだなんて」

「お前の事だ。何か悪企みしてんだろ」

「モチロン、無理くりにでも()()()()よ。これを機にボクは実家と手を組んで、君やラストラリーの本格調査を行う!」

「わざわざこんな場所まで来たのは、それが目的かよ。おおかたパラノイヤには『インヘル拘束の事実確認〜』とか嘯いて、潜入許可貰ったんだろ」

「ん〜、実に素晴らしい考察だね。ボクの性格をよく知ってる。ボクのこと好きなのかい?」

「抜かせ」


 レイジィは怠慢な奴だ。ロクに魔獣狩りの仕事もせず、趣味の読書で日々を食い潰し、放蕩する。

 おそらく他者評価ではこの辺りまでの事実確認が限界だろう。だが、レイジィは自分の興味を持ったことに関しては()()()だ。


 誰かの指摘や正論では決して動かない代わりに、誰かの指摘や正論では決して自分を曲げない、偏屈な怠惰と唯我独尊。それがコイツの本質。


「ただ……どうやってお前が教会や騎士団のイベントに首を突っ込むってんだ?」

「お姉様たちと交渉してみせるよ。ビジネスライクな時のあの人たちはちょーっと怖いけど……まあ何とかなるさ! 教会でも結構偉い人だし!」

「怖い? あのノリの聖女様もか?」

「……身内にしか見せない顔ってのがあるんだよ。不思議なことにボクの家族は、家族にしか他人行儀なツラを向けないんだ」


 そう言うレイジィの表情は、いつにも増して真剣さを帯びていた。

ブックマーク、作品評価、感想等は常にお待ちしております。これからも本作をよろしくお願いします。

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