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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
幕間:魂の遊び場
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54.Fix! Repair! Simple Cure!

「逢魔との接触……思いの外早かったな。我楽多(クレアチュール)との通信回路は絶たれたが、理解の逢魔ビナーの心臓は連盟が確保出来た。偶然とはいえ、一歩前進か」


 武器工廠の上層にある自室を歩き回りながら独り言つのは、楼員の1人にしてCardan社代表のフライスナー・グリル。彼は考え事をするとき、部屋の端から端までを往復しながら頭を整理するという癖があった。


 そして、それを邪魔しないよう部屋の隅でポツンと佇んでいるのは、彼の付き人であり唯一の理解者でもある若い女の魔法使い。

 名はミコト・アザハラ。狩人連盟に僅か3人しか居ない、戦闘力検査でカテゴリーSを記録した狩人の頂点の一角。


 彼女は180cmという大柄な身体に、男物の水兵服と鎧を一体化させたような服を纏っている。

 童顔に見える極東系の顔立ちで、インテークを持った、飴色のような黄褐色の短髪を丁寧に整えているのが印象的な人物だ。


 彼女はその虚無感に支配されたような淡い檸檬色の瞳で虚空の一点を凝視するようにしながら、フライスナーの考え事が終わるのを待っていた。あの状態になってからは長いことを感覚的に知っていたため、彼女はこの時間、何も考えず頭を休めることにしていた。


「……私は常々思うのだ」


 しかし、今日は何やらフライスナーの様子が違った。

 普段ならば、考え事をしている時は小声で、ミコトに対して問いかけなどして来ないというのに、不意に放ったその言葉は意見や同意を求めているようだったのだ。

 ミコトはそんな彼の言葉に思わず反応し、何も考えず空中の一点を凝視していた視線を、歩みを止めた彼の方へと向けた。


「魔獣は不完全だが力強い生物だ。本来、人類が目指すべきなのは、あの不完全で愛おしい生物なのだよ」

「それが前々から仰っていた『人間を魔獣化させる計画』の動機ですか」

「確かに、教会が謳う『神』は、既に人類は特別な完成形であると宣っているらしい。ならば私はそれを真っ向から否定したい、というのはある」


 好好爺然とした普段の温和な様子とは打って変わって、そう答える彼のにこやかな微笑は、若干の狂気を孕んでいた。

 狩人連盟の最大の目標は「魔獣の撲滅」であるはずだが、どうやら彼だけは、それを目指して動いている訳では無いらしい。


「娘さんはただのピースという訳ですね。私も捨てられないようにしなくては」

「それは誤解だ。ハーティのことは愛しているよ。無論、君のことも信用している。特にその『世界のことなどどうでもいい』という無気力さは、変に芯を持っていなくて私好みだ」

「芯ならありますよ。どうせ人間は、いくら力があろうと自分と家族が大事なのです。それを守るために、私は良いポストに就いて、良い給料が貰いたい。それが『芯』です。尤も、待遇が悪ければ裏切りますが」

「正直だな」

「不安なだけですね。()()()()()だけが、私を安心させてくれます」


 無表情を崩さないまま、フライスナーと淡々と議論をするミコトの瞳にもまた、狂気に似た代物が宿っていた。まるで利害の一致した狂人同士だ。

 フライスナーは彼女に満足げな表情を向けると、その腕につけた最新の高級時計を確認する。


「おっと……考え事をしていたらもうこんな時間か」

「何かご予定が?」

「実はハーティの快気祝いを準備していてな。新しい武器をいくつか送る予定なんだが、喜ぶだろうか」

「……フライスナー様の娘さんなら喜ぶのではないですか?」

「君の故郷の『倭刀(やまとがたな)』という武器を改造しているものもあってな。良かったら試し切りをしてみて欲しい」

「サムライソードですか。構いませんよ。多少は扱えます」

「見せてもらった時は驚いた。あの鋼の多層構造を手作業で拵えるなど、変態の所業だよ」

「あれで自殺させるのが流行っていた国ですからね」

「一気にプレゼントする気が失せたな」


◆  ◆  ◆


 医学室、魔癒室、究明室、礼讃室、聖護室、扶翼室、薬室、薬研室、復帰室、案内室、財務室、法務室、福利室という13の室から成立する、医薬ギルドなど可愛く見えてしまうような国内最高峰の機関、游魂院。


 「医」と「治癒」は異なるものとして認識されており、医は内科的で自然哲学的な側面が強く、治癒は外科的で魔術的な側面が強いという分けられ方をしているが、近年になって明確な定義が無く曖昧な部分が出てきたことを問題視され、その「療治」に魔力が関わっているかどうかという観点で分別されるようになった。


 医学室は医を基盤とした循環器の治療を主とする、魔癒室と並ぶ游魂院の花形職であり、碩学と経験を兼ね備えた面々が集う。

 そして魔癒室は魔力によって選出された、医学室と並ぶ花形ではあるが、魔力量は生まれながらの才能の側面が強く、魔法を扱えない者が入室した例は長い歴史の中でも数えるほどしかない。


 究明室は主に研究者が探求に励み、礼賛室は高位の聖職者が心理的な病理を癒して死者を追悼し、聖護室からは戦闘力を備えた者が危険地へ派遣され治療を行い、扶翼室では小夜啼鳥の英俊が表舞台の医師を支え、薬室で薬剤の調合をし、薬研室は薬剤を処方し、復帰室では理学療法の観点から動作障害などを負ったクランケたちを援助する。残りは事務職だ。


 この国では医療が他国の追随を許さないほどに発展しており、知識層・富裕層と貧困層の格差が、魔獣の出現という要因もあって拡大し続けていた。


 納税者の不満は上昇の一途を辿っている。

 そしてそれを食い止める要因の一端を担っているのが、実のところ「狩人」である。法律によって縛られる以前、魔法を用い国の内政を荒らし回った過去の咎人が攻撃の対象となっていた。

 戦争の戦犯が悪口を叩かれるのと同じだ。それをブラックジョークに昇華させてしまうような国もあるが、この国の国民性はそうではなかった。


 そんな下層の者「狩人」が公的に聖地アニマに入り、游魂院で治療を施されるのは異例そのものである。アーテローヤル事変がセンセーショナルな出来事であったという共通認識の下、少し賢い者であれば、狩人の身柄の拘束という事実くらいまでは辿り着くことが出来るだろう。


 貴族の殺害とはそれほどの大事なのだ。今回の「入院劇」は、貴族や教会、騎士、そして狩人たちの間に存在する根深い問題を関係者たちに突きつけていた。


「ヤー、参った。ありゃ訊くに勝りし惨状よ! 各方面から人様と道具借りて来なきゃ話にならないわー!」

「だから貴女に直接仕事が回って来たんですよ()()()……絶対にこの狩人たちを生かせ、とのことですし」

「有事の際に騒ぎをデッカくしても何の得も無いんだし、普段から狩人くらい受け入れてやりゃあ良いのに……病院と図書館は広く開かれてなきゃ!」


 治療室から出てきたのは清潔で白い法衣のような衣服を纏った、玉虫色に見える不思議な短髪を持った女性と、それよりは意匠が控えめな、白色の薄い外套のような衣服を纏った付き人らしき人物だった。


 どうやら法衣姿のような彼女は「聖女様」と呼ばれているようだが、それにしては口調がどこか荒削りで、聖職者らしさが感じられない。

 対する付き人のような人物は、顔全体を覆うマスクを厳重に被っており、その声を聞くにどうやら女性のようだ。


「御身がこういった場でそのような事を仰られると、また他の枢機卿たちに揚げ足を取られますよ」

「かかって来なさいって感じよ。……にしても、アナタ暑苦しいわ。さっさとマスク取りなさい」

「はあ」


 付き人は首に手を当て、顔全体を覆う通気性の悪そうなマスクをがばっと取り払うと、その内からは獅子のたてがみを思わせるような黄金色の剛毛を後ろで一つ結びにした髪が零れ出した。

 彼女はその金色の瞳に入りそうだった汗を指先で拭うと、先程の聖女様の大胆な口調にばつが悪そうな表情を浮かべながら、彼女に向かって苦言を呈する。


「……特司枢機卿というお立場で、ただでさえ敵が多いのに、自ら付け入る隙を与えないでくださいよ」

「こんな大っぴらな隙、突かれても何も痛くないわよ〜。覚えときなさいグリフィン。小さい穴ほど致命的。だからアタシはむしろ穴だらけになってあげてるの。権威に胡座かいた連中はそれで安心してくれるのよ。アタシが大言壮語だけを並べる若造に違いないってね」

「貴女の心配をしてるんじゃありません。偽物の隙だらけの貴女に喧嘩売る人を心配してるんです」

「およよ、そっちですかぁ。シャプワちゃん大ショック〜」


 游魂院の事実上の頂点に立ち、既存の医療ですら治癒する事の出来ない病や怪我に対しても、奇跡と見紛う魔才で悉くを癒してしまう、世界一の神官。

 特司枢機卿とは、俗っぽい言葉に直せば「聖女様」であり、そんな彼女の……もっと言えば彼女の「血筋」にのみ許された特別な役職である。


「ところで、魔法で確認した3名の具合は?」

「子供と白髪のクランケは……まあ、どこ行っても手遅れの診断を出されるでしょうねぇ」


 シャプワは唇に人差し指を当てながら、魔法で確認した要治療者3人の状態を振り返り、隠し事抜きの意見を述べる。


「もう1人の彼女はどうです?」

「ありゃお手上げ。臓器は正常、怪我は見当たらない、脳は無事、呼吸もあるし魔力もあった。ただ、血液だけは空っぽ。そしてトドメに超再生……すーぐ治っちゃうんだから注射針すら通させてくれないわ。そんな人外どうしろっての?」


 インヘルの身体は再生能力により常に元の状態が保たれる。その為、あらゆる治療行為はもはや意味を成さないというのが現状だった。

 しかし激しい外傷のあるラストラリーとハートショットの生死は、今やシャプワに委ねられていると言っても良い。


「まあ、少なくとも前者2人は……アタシの腕次第かしらね」

「じゃあ治りますね」


 グリフィンはシャプワの答えに、寸分の躊躇いもなくそう断言した。

 彼女は知っていた。聖女の回復魔法は常軌を逸していることを。それこそ、死んでさえいなければ、彼女に治せないものはないと信じさせてしまうほどに。


 そんな重圧とも取れるグリフィンの憶測に対しても、シャプワはあっけらかんとした態度を崩さず、Vサインを自らの翡翠のような瞳に当て、妖しげな笑顔を浮かべながらこう言った。


「頑張ってみま〜す」

「(軽いなぁこの人……)」

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