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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
序章:人間不適合者
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5.Lazy Curious Ensemble

 ――君が怪我をしてしまったら大変だ。……よし、とっておきの魔法をかけてあげよう。どんな怪我でも、簡単に直る魔法だ。


「……ッ!」


 インヘルが誰かの夢から目を覚ますと、そこはチームハウスの寝室だった。側の棚の上には、パラノイヤの筆跡で「運搬料金:貸し1」とだけ書かれたメモ書きが残されている。


 彼女を探す為、覚束ない足取りのままベッドから起き上がる。

 気が付いた。ラストラリーが居ない。いつも鬱陶しいほどに付き纏う彼女が、自分から離れることなど稀だ。そしてその稀なケースを知っていたインヘルは、パラノイヤよりも先にある「人物」を探すことにした。


 チームハウスの地下にある、埃まみれの書斎。

 案の定、ラストラリーはそこに居た。此処に来ることを承知してやって来たとは思えないほど困ったような顔をして、誰かに入念なボディチェックをされているらしい。


「帰って来てたのか」

「ん? ああ、久しぶりインヘル。ご覧の通り、ぼかぁラストラリーを研究中だ」

「ひぅ!? あ、あの……変なところに手を入れないで……」

「やはり体温は平均よりもかなり高いな。蛋白質の性質上、この体温が継続していれば体調は悪くなる筈だが、その傾向は見えない……ああそうだ、体内温度を測りたいから口を開けるか、下着を脱いで――」

「やめろ変態無職」

「げぶぁっ!?」


 インヘルの痛烈な踵落としがその女の頭頂部に直撃すると、彼女は潰された虫のように情けない声を上げながら、本に埋め尽くされた床に倒れ込む。


「う、うぅ……誰が変態無職だい。同じ狩人じゃないか? それに変態とも違う。ボクの知的好奇心を性欲と一緒にしないでくれたまえ」

「まだ捕まってないだけの痴漢だろうが。それにお前を狩人と呼ぶにゃ、魔獣を狩らなすぎだ無職女」


 一度も気を使ったことが無さそうなほどボサボサな髪を掻き、床に落ちた眼鏡を探しながら、彼女は口を尖らせて文句を言い始める。


 三白眼にそばかすのある顔立ち。伸び切った藍色の髪。血色の悪い肌。全てが不健康的で、纏う空気すら濁って見える彼女は、インヘルやパラノイヤと同じチームに所属する、自称「研究担当」ことレイジィ・フランベルジュ。


 ほぼ無職と同じような状態で放蕩し、各地で魔獣の屍体を鑑賞して回るような変わり者である。もっとも本人は、このような無職状態を「意識的な惰性」と呼び、自らが意識して怠け、何もしていないのだと宣うが、誰もがそれを言い訳と受け取っている。


 その話し方はぎこちなく、作り物じみていて、まるで本を読んでいるかのような口ぶりだ。変態的というのは的を射ており、およそ普通の感性を持つ者には人好きしない。


「魔獣を狩るだけが狩人の本分じゃあないよ。そう、ボクのは……アレだ。魔獣の生態調査さ」

「ならそっちの部門に入れば良かったじゃねぇかよ」

「え? 魔獣の調査だけするのの何が面白いんだい?」

「どっちなんだお前は」

「ぼかぁ知的好奇心のゼンマイで動いているだけさ。それなら世界の多くに触れられる機会があるような自由な立場がいい」


 とまあ、このように、ただ「知りたいことを知りたい」というそれだけの理由で、特定の仕事もせず、狩人という嫌われ者の肩書きを背負ってぶらぶらと旅をしている奴である。到底まともではない。まともな狩人など居ないのかもしれないが。


 そして、そんな変態無職の現在の標的がラストラリーであった。インヘルは滅多にチームハウスに帰って来ないため、寝込みの隙に嬉々としてラストラリーを調べていたらしい。


 しかし、そういうことなら都合が良い。丁度インヘルには、調べておきたかったことがある。

 フレデリカについてだ。あの謎だらけの魔法使いは、間違いなくレイジィの好奇心をくすぐるだろう。傍目からすると放浪しているように見える彼女だが、こと探偵のような調査となればレイジィ・フランベルジュの右に出る者は居ない。


 それが彼女の興味を惹き得ることならば尚更だ。


「そうだ。お前に調べて欲しい奴が居るんだよ。暇なら手伝いやがれ」

「暇に見られているとは心外だね。しかし、まあ、要件くらいは聞こうか? 君が到底、ボクの興味をくすぐるような出来事を持ってくるとは思えないが」

「フレデリカ・グラヤノ・フルボディっつー奴について、知りたいんだがな」

「……ん?」


 その名前をインヘルが口にした瞬間、レイジィは聞き取れなかったかのように耳に手を当て、再確認を求める。


「フレデリカ・グラヤノ・フルボディ」

「……驚いた。君からその名前が出るなんてね。夢かな? どれ、一旦2階の窓から飛び降りて痛みを感じるか確かめてみよう」

「何か知ってんのか?」

「いや止めてよ。ボクの脆弱さなら簡単に死ぬぜ?」

「せめて知ってること吐いてから死ね」


 ラストラリーへのセクハラの手を止めるまでして、彼女は何から話すべきか考え始めた。身体を弄られまくっていたラストラリーは椅子の上でぐったりと背を屈める。


 どうやらレイジィはフレデリカについて、何か情報を持っているようだ。しかし、その表情はどこか釈然としないというか、複雑な話題に触れるかのような様相を呈している。


「……冗談じゃないみたいだね。何かあったのかい?」

「狩人連盟の本部で会った。私の過去を、ソイツが知ってるみたいだったんでな。ようやく見つけた確固たる手掛かりだ」

「本人と会ったのかい!?」

「うおっ!? 何だよ……フレデリカってのはそこまでの珍獣なのか?」


 レイジィは想像もつかないほど機敏な動きを見せると、インヘルの肩にがしっと掴みかかり、近距離で叫ぶような声を上げた。

 滅多に見ない彼女の様子に一瞬戸惑いながら、インヘルは彼女を宥める。少し落ち着いて来たところで、レイジィは「フレデリカ」という存在について説明し始めた。


「……彼女はもはや御伽噺の領域に足を突っ込んでいる伝説の魔法使いさ。何万年も昔から存在すると言われているんだ」

「果てしないババアってことだな。不死身なのか?」

「恐れ知らずにも程があるでしょ……まあ、不死身というか、法則を超越しているというか、生き物と言うより『現象』に近いのかもしれないね」


 魔法使いフレデリカ・グラヤノ・フルボディ。

 狩人連盟の頂点に立つ13人の楼員たちの先祖と深い因縁があるらしく、どうやら遥か以前の時代では、そのご先祖さまたちと敵対関係にあったらしい。

 しかしどう足掻こうとも、昔から仕留めるどころか捕らえることも不可能。実力差が有りすぎた。

 加えて、当時からの因縁や彼女の予測不能な振る舞いなどから、「魔王」という蔑称まで用意されてしまっている。


 何を隠そう、楼員たちの先祖は、それはそれは偉大な魔法使いだったという。国の平和に貢献する、まさに英傑とでも呼ぶべき者たちであった。

 しかし、世襲制による時の流れによって血が薄まったのか、今の楼員たちには、そんな風に「偉大」と呼べるほどの魔法の才覚はない。

 よってフレデリカを捕らえられる力などあるはずもなく、特に害を及ぼすことのなくなった彼女を、黙認している状態だという。


 要するに「ビビって、日和って、見なかったことにしている」のだ。先祖の代でどんな確執があって敵対していたのかは不明だが、直接会ってみると、今のフレデリカには悪意というものは感じられなかった。まあ、楼員たちにとっては自分たちの力の及ばない、目の上のコブのような存在なんだろうが。


「そんな彼女が君のことを知っているなんて、興味が尽きない話題ではあるね。どんな用事だったんだい?」

「……分かんねぇ。私が魔女だとか、今のまま魔獣を狩る使命を果たせとか。あと、ラストラリーの母親を頼んだ、とか何とか」

「なんだ、やっぱり君が母親なんじゃないか」

「だから違ェって! 私には餓鬼なんか……」

「でも君には過去の記憶が無いんだろう? どっかで子供をこさえたんじゃないか?」

「それは……いや、ねぇよ! 何歳の時にこんな餓鬼捻り出すんだ!?」

「君は自分の年齢すら分からないじゃないか。もしかすると、君もフレデリカのような不老体質なのかもしれない。だとすれば子供が居ても不思議じゃない」

「突拍子もねぇ」

「そう言うけど、君の身体は色々とおかしいよ? 血が出ないこともそうだし、何よりその再生能力。腕を切断されてもトカゲみたいに生え変わる。それに、扱う魔法も無属性。無属性魔法はちょっと珍しい程度だけど、無属性魔法だけを持っているというのは世界中見ても君くらいしか居ないんじゃないかなぁ?」

「……」

「それくらい君には何が起きても不思議じゃないってことさ。……ああ、調査の件は承ったよ。一度は諦めた君の解明だが、フレデリカという新たな手掛かりと……『魔女』の言葉の意味。これを見直せば、検討の余地がありそうだ。何より好奇心がくすぐられる」


 レイジィは、世界に新たな事実を発見した子供のように目を輝かせながらそう言った。おそらく事実だ。彼女は興味の無いことに関してはとことん興味がないのだから。


「君はフレデリカの御託宣通り、魔獣狩りの旅を続けると良いよ。その間ラストラリーとお別れになるのは寂しいが、ボクは新たな思索の妙を愉しむことにしよう」

「……お前を頼るのは少し癪だが、私はそういうのは専門外だ。任せるぜ」

「母親、頑張って」

「ったく……何だよお前らは。母親母親って。母親ってのはそんなに偉大なのかぁ?」

「そうだよ。うん、君はその記憶も失くしてしまってるんだったね。だけど母親っていうのは……神様より偉いんだ。君にも、その気持ちが分かるといいね」


 その言葉を聞いた瞬間、インヘルの中で何かが小さく痛んだ。

 そよ風にも満たない刺激であったが、その痛みはどういう訳か確実で、気が付けば彼女は、ラストラリーの方を向いていた。

なにとぞ、ブックマークやページ下部の☆☆☆☆☆をタップして作品評価をよろしくお願いします。モチベになります。

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