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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
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48. Deadly Illness

「(ッ……まさか……ビナーさんが、裏で全部糸を引いてたなんて……)」


 ハートショットは『細菌』の魔力で侵された腕を庇うようにして、静かに泣き咽ぶアーデルトラウトと共に領主邸から抜け出した。

 じくじくと突き刺すような痛みが腕に広がっているのが分かる。ほんの一瞬、僅かに触れただけであるというのに、まるで皮膚を強引に爪で剥がされているかのような凄まじい激痛だ。しかもそれが留まるところを知らず増幅している。


 アーデルトラウトに抱えられたラストラリーも全身から玉のような汗を流し、限界を超えた激しい運動をした後のように息を切らして呻いていた。

 それに比べればハートショットはまだ軽傷だ。

 本来であれば『細菌』の魔力は皮膚から血管、そして内臓へと侵入し、肉体の内側を食い荒らして死に至らしめるもの。しかし彼女は「異空間魔法」により内臓への物理的な干渉の大半をシャットアウトしている。残された時間はかなり多く、まだ余裕もあるだろう。

 しかし何の対策も練られなければ時間の問題だ。


 「熱傷指数」という言葉がある。これはどれほどの火傷で人間が死に至るかを示した指標だ。


 そもそも何故、火傷が死因たり得るのか……それは熱傷創から細菌が侵入することによる敗血症が主な原因とされている。

 ビナーが魔力で生み出したバクテリアによる傷口の痛みは火傷とよく似ていた。ハートショットの場合、この侵食によるダメージは内部組織へはそれほど影響しないが、そのぶん体表が大きく損耗し、傷付けられることになる。


 もしあまりに広範囲に渡って体表が傷付けられてしまえば、まるで重度の火傷のように治療が間に合わなくなるだろう。別の細菌が侵入することによる敗血症を引き起こしたり、体液喪失に起因する循環血液量減少を併発するリスクが高まる。


 加えて、これは推測ではあるが、この魔法には「感染力」がある。インヘルがラストラリーの傷口に触れた瞬間、細菌は瞬時に接触部分にも侵食していた。触れただけで即アウト……そして「何でも食う」という性質上、抗体もへったくれもない。


 生物相手であれば、ほぼ無敵の能力だ。

 怪物じみたインヘルでさえも勝てるかどうかは定かではない。


 しかし、ハートショットの心配はそれとはまた別のところにあった。ビナーがインヘルに向けて語っていたことを回顧する。


 ――思い出させて差し上げましょう。貴女の望む、貴女自身の本当の姿を


 インヘルは今日起きた出来事の余りの情報量にむしろ冷静に事態を受け入れているようだったが、その内心はまったくもって平時とは異なっていただろう。


「(先輩も、人間じゃない……? いや、確かに……人間離れしている人だとは思っていましたけど……いざ人間じゃないのではないかと問われると……肯定も否定も出来ませんが……)」


 一定の答えを出すには、余りにも時間が足りなかった。


 ふと横を見ると、ラストラリーを抱えたアーデルトラウトは、未だ煮え切らないような、憎らしさの篭った表情を浮かべている。


 「大丈夫か」などと安直な言葉をかけるのは間違いだろう。知己を突然、目の前で2人も失ったのだ。現実を受け入れたくない気持ち半分、そしてこれを引き起こした原因でもあるビナーに対する憎悪半分といったところか。

 暫くすると、彼女は思い出したかのようにハッとした表情を浮かべた。


「ラウラ……ラウラは……? 魔女の見張り、してたはず……」


 みるみるうちに彼女の顔は血の気を失っていき、その歩みも無意識のうちに全力疾走に近くなっていく。

 もうすぐ敷地から抜ける。魔女を乗せた牢馬車が待機していたはずの場所は近い。


 門戸を出てすぐに、すっかりと間口の開かれた牢馬車が見えた。敷地から出る時には必ず目の行き届くそんな場所に、閑散と放置されていた。

 しかし馬が勝手に逃げ出すようなことなど、心配する必要がなかった。

 何故ならその牢馬車に繋がれていた筈の馬は、見るも無残に、全身から黒い液体を垂れ流しながら、あらゆる大きさの肉の塊に切り離され、形の定まらない姿で地面に横たわっていたからだ。

 残されたたてがみと眼球と蹄だけが、それが馬であったという証だった。


 「菌」たちは尚も、その死肉を貪るように、うぞうぞと蠢いている。そして、そんな大小様々な肉の塊の中に、彼女は居た。


「ラウ、ラ……」


 正確には「彼女」とは分からなかったが、半分ほどに朽ちた細身の剣と、液体のような菌の中に無造作に転がっている髪の毛の束のようなものが、それに確証を持たせる。


「っ……これは……」


 ハートショットも思わず苦虫を噛み潰したような顔をした。

 残された肉の部分部分が、明らかに動物とは違う、人間じみた要素を持っていたからだ。


「あ……ラウラ……嘘、だ……何で、どうして、ラウラまで……」


 エライザもテミスもアーデルトラウトも、この不出来な後輩のことを誰よりも目にかけ、妹のように想っていた。

 2人はもう死んだ。だからせめて、後輩だけでも一緒に帰投したいという淡い期待は……この瞬間、脆くも崩れ去る。

 彼女たち4人は家族だった。

 それが理不尽な形で奪われたことを目の当たりにしたアーデルトラウトは、ラストラリーを担いでいることすら忘れて膝から崩れ落ちる。それはきっと、アーデルトラウトにとって、最後の牙城であった。


「立ち上がってください! 今は撤退!」

「……」

「ああもうっ……貴女それでも騎士ですか! 仲間が殺されたから何です!? そんなことで揺らぐ信念だったら、最初から飼い慣らそうとするなッ!! 誰かの英雄になるってのはそういう事だ!!」

「……貴女は……異常」

「は!?」


 アーデルトラウトはハートショットに一瞥もくれてやらず、ただラウラの亡骸を見ていた。

 彼女は抱えていたラストラリーを地面に降ろす。


「私は、そんなに……強くない……心が、折れた……もう踏み出す度胸も……残ってない」

「何を弱気なことを――」

「貴女の心は空っぽだ!! そうやって心配したような顔をしてるけど……心底何も感じてないッ!! 私は……そんな残酷には……なれない……!」


 アーデルトラウトの全身から力が抜けていくのが分かる。


「……もう、私を置いて、行って欲しい。疲れた……貴女の言う通り……騎士団の信念なんて……飼い慣らすべきじゃ、なかった……」


 それは諦念だけを含んでいた。

 ハートショットは、何度かこういう人を見たことがあった。そして同時に、諦めてしまった者の共通点を知っていた。


 こうなった人間を連れ戻すことは、他者には出来ない。諦めを癒すのは時間だけなのだ。もっとも、そんな「諦めた者」に、時間が与えられるのかどうかは別として。


 それを知っている彼女の判断は極めて迅速だった。


「〜〜ッ! じゃあもう勝手にしてくださいよ!! 私は諦めませんからね! 私も、先輩も……ラストラリーちゃんのことも!」

「ハーティ……さん……」

「すみませんラストラリーちゃん……傷口には触れられないので、少し苦しい体勢にはなりますが……!」


 ハートショットは骨折した方の腕に付けていた包帯を引き千切ると、指先を動かしやすい形に整える。添え木だけが固定されているような状態だ。

 折れていない方の腕は細菌に侵され、使い物にならない。彼女は砕けた腕一本でラストラリーの体を支えなければならなかった。


 異空間魔法から衣服と長物の武器を取り出し、即席の担架を早急に組み上げると、そこにラストラリーを仰向けで寝かせる。そしてその担架ごと、肩に背負うようにして持ち上げた。


「うぐッ……!」


 壊れた腕が痛む。それでも彼女は歩みを進める。

 救援を呼ぶために。避難勧告をするために。そして、あわよくばビナーの射程範囲から逃れるために。

 それはきっと無駄な行動に思えるかもしれない。しかし、それしか出来ないのであれば、ハートショットがその選択肢を諦める理由にはなり得なかった。


「避難しながら……騎士団と、連盟に……連絡を……!」


 心が折れたアーデルトラウトを置いて、彼女は脚を動かし続けた。


「(今はとにかく……()()が発動するまで……遠くへ……!)」


 常に搦手も考慮する彼女には、ひとつ「仕込み」があった。

 被害を広げないため、部屋にあるものを残しておいたのだ。


 そしてそれがインヘルたちの結末を決定づけることになるとは、この時の彼女自身も、予想だにしていなかった。

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