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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
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47. One Thousand and One Nights

 まだ頭の整理がつかない。音も、景色も、死臭さえも歪んでいて、私に届いていないかのようだ。


 扉が激しく叩かれる音が聞こえる。


「っと、その前に……」


「大丈夫ですか!?」


 騎士団のエライザたちが勢いよく晩餐室の扉を開けた。屋敷の勝手口の警備をしていたアーデルトラウトも連れて、悲鳴が聞こえた部屋の様子を確認しに来たのだろう。


「ッ……!?」

「何……コレ……?」


 そんな3人の視界に入ったのは異常な光景。

 参加した貴族は全て、無い頭をもたげるようにして椅子に肢体を飾られており、卓の上の皿には領主と魔女の首が乗せてある。正気を失わないだけ大したものだ。


 ようやく私の判断力が目を覚ました瞬間、私は叫んでいた。


「オイ、来るなッ!!」


「貴、様、かァァッ!!」


 そんな私の指示も虚しく、3人はビナーに向かって飛び掛かる。

 辛うじて動いたハートショットは、アーデルトラウトだけを強引に制止することが出来たものの、残る2人はビナーのテリトリーに入ってしまっている。


 距離を詰められるより早く、ビナーは魔法陣を展開した。あれは……私と同じ、黒い魔法陣? アイツが、どうして……!?


「皆様は招待しておりませんよ」


 その魔法陣から溢れ出した漆黒の液体のようなソレは床を這い、2人の全身に纏わりつく。

 そこから先は酷いものだった。黒い何かを全身に浴びたエライザたちは、踏み出した一歩が地面に着いた途端――溶けた。


 そうとしか言いようがない。


 グズグズに腐った果実が地面に落ちた時のように、四肢が湿り気のある音を立てて崩れる。一瞬で原型を失った彼女たちは、自分の身に何が起きたのかも理解できていないだろう。


 私はその魔法の射線上に立ってしまっていたラストラリーを抱きかかえ、ギリギリの所でそれを回避した。ハートショットとアーデルトラウトも無事のようだ。


「あ……リー、ダー? テミス……? あ、ああ……うああああああッ!!!」

「暴れないで……! 行っちゃ駄目ですッ……! これ以上接近すれば、私でも避けられませんッ!」


 狂ったような絶叫を上げ、アーデルトラウトもビナーに飛び掛かってしまいそうな勢いだったが、ハートショットがそれを片腕のまま必死に押さえ込むと、何とか引き止める。


「ビナー……お前……っ、自分が……何をしてるのか……分かってんのか……?」


 暴れ狂うアーデルトラウトの絶叫を聴きながら、私の思うままに出た言葉はそれだった。

 下手に動けない。あの一撃を避けたことで部屋の出入り口からは少し遠ざかってしまった。

 あの魔法が私を標的にして襲い掛かって来たら……私はともかくラストラリーを逃がす自信が無い。


 すると、私のそんな心からの問いかけに対して、ビナーが取った態度は、私たちを戦慄させた。


「……? なぜそんなに怒っているのですか?」


 本気で言っているとは思えない、凍えそうな冷たさを持った言葉だった。全身が粟立つ。それは本当に自分がどれほど邪悪なことをしているのかを理解していない、真の意味で恐ろしい「悪」だったから。


「どうして殺した!? どうして……領主や、クラメルを……答えやがれッ!!」

「ふむ……不思議な事を聞きますね」


 ビナーは顎に手を当て、考えるようにして口を開く。


「例えば、本日の晩餐のオードブルは、サーモンパテのカナッペでした」


 アイツのそれは、冷ややかな目だった。


「生きた魚を切り刻み、大事な部分だけを取り出して、ペースト状になるまで包丁で叩き続けるのです。それと本日のメインディッシュ……一体何が違うのでしょうか?」

「……は?」

「同じ屍肉の塊ですよね。皿の上に表現しているこれらは、私が奪いたいからというエゴによって奪われた命。サーモンパテも人の首も、私にとっては変わりません。むしろどうして人間という立場に立っているだけで、奪われないと勘違いしているのですか? 私は親切心でインヘル様たちに教えてあげようとしたのですよ……私にとって『人間の命』なんて、一週間前の献立くらいどうでも良くて、それでも何故か憎らしくて、無作為に奪っても、私は全く痛くない……ということをね」


 正気ではなかった。奴は本当に、私がこれまで接してきたビナーなのか? そんな風にも考えた。

 だがアイツの細めた目からこぼれ出る真紅の瞳の鈍い輝きは、否定したい事実を残酷に肯定する。私はビナーが本心で「人の命など塵芥程度だ」と言っていることを理解した。


「そもそも、()()()()()の命を尊べと言われる方が無理な相談なのです。ましてや魔獣と人間など、意味もなく憎み合う間柄。我慢の限界でした……もう、私は、この殺意を抑え込むことに疲れてしまった」

「お前が……魔獣だったってのか……? いや、そんな馬鹿な……あり得ねェ……」

「貴女はどうなのですか? インヘル・カーネイション」

「何……?」

「貴女は自分が人間であると、証明することが出来るのですか?」


 視界が歪む。

 違う。私は人間だ。

 そう声を上げたくとも、私の頭と口は、それを認めてはくれない。

 そしてそれに追い討ちをかけるように、ビナーの姿が変貌し始めた。


「私は……諦めました。自分の本当の姿を目にしたその瞬間から」


 脚を組んで座りながら、ぽつりぽつりと語るそれは、もはやまともな人間の姿をしていなかった。

 何かが軋むような音と共に、腰元からは直翅目に似た脚が6本、姿を現す。


 感情のない動物のように大きく開かれた両目の中に、赤い瞳孔はそれぞれ4つずつあった。本来白目がある部分は、空洞のように黒に染まっている。

 指に入ったダマスク柄の刺青から先は、物を掴むのには適していないような、昆虫の足先じみた刺々しさを感じる鋭さだ。

 さっきまで微笑を浮かべていた口の端から、耳の下を通って喉元にまで大きく亀裂が走ったかと思えば、その亀裂に沿って肉食獣のように大きく開かれる。

 下顎は変形し、甲殻類の脚のような多くの触肢が蠢いていた。どのようにして人間らしい声を上げているのか分からない構造だった。


 さっきまで正気を失っていたアーデルトラウトさえも、その姿を目にした途端に、一瞬で冷静さと困惑と恐怖を取り戻す。


「――教えて下さいインヘル様。私はどうすれば、貴女のように、この有り余る殺意を押し殺すことができるのでしょう? この感情は何処から来るのでしょう?」


 その言葉だけには、ビナーらしさが残っていたような気がした。


 もし私が奴と同じ化け物だったとして、もし私が「人間への殺意を持たない唯一の魔獣」だったとして……それを()()()()()()()理由は何だ?


 多分ビナーが知りたいのはそれだ。

 魔獣が元来持つ、人間への殺意。その源泉。


 少しだけ奴の行動原理が分かった。根っこの部分は何も変わっていない。「理解したい」という本能だけがある。


 あの蜘蛛型魔獣を恐怖で支配して操っていたのは多分アイツだろう。魔獣とクラメルが協力し、領主と争わせるという対立構造を生み出したのも、計画の内か。


 詳しいことは分からないが、「自分の中に眠る人間への殺意がどこまで抑え込めるかの可能性を見出すため」とか、そういう普通の感性では理解できない理由があったのかもしれない。


「……思い出させて差し上げましょう。貴女の望む、貴女自身の本当の姿を」


 再び言葉から「ビナーらしさ」が消え、殺意だけが向けられたその直後、部屋の天井に魔法陣が浮かび上がった。

 一瞬攻撃かと思い身構えるが……これは違う。私やビナーの黒い魔法陣ではない。見覚えのある「異空間魔法」の陣だ。


 巨大に展開された魔法陣から、一斉に大量の武器が降り注ぐ。


「インヘル先輩ッ!!」


 これは合図だ。仕掛ける合図。

 大量の武器は一瞬で私たちとビナーの間に「壁」のように降り注ぎ、相手の注意を上へと逸らした。私は抱えていたラストラリーを部屋の出口に近いハートショットの方へと放り投げる。

 あいつはそれを片腕でキャッチし、背後に庇うようにしながら追いやると、落下してきた斧槍を掴み取り、神速のように一歩を踏み出した。


 「空蝉」……条件反射を利用し、その瞬発力と足運びで相手の視界から消え失せるように移動する。隣にいた私ですら一瞬姿を見失うほどの緩急だ。


「【機々械々(エクスマキナ)】……!」


 私もハートショットが飛び出すのに合わせ、右腕を銃身に変形させてビナーへと向ける。


 恐ろしい速度でビナーの背後へと到達したハートショットは、回転の勢いをつけながら斧槍を横薙ぎ一閃に振る。その到達と同時に、私も炸薬を破裂させ、連続で弾頭を放った。


「はァァァァッ!!」

「【銃殺機関(インフェルノ)】!!」


 ガンッ! という衝突音。

 直後、私たちの目に飛び込んできたのは……黒い液体のようなもので出来たビナーの分身が、ハートショットと私たちの一撃を、盾となって受け止めている様子だった。


 それはまるでビナーの影が形を持ったように彼女の側に出現していた。液体なのか固体なのかも分からないが、少なくとも全力で振るわれた斧槍と乱射された銃弾を、瞬時に無力化するだけの力を持っているらしい。


 刃と弾は届いていなかった。

 金属はその黒い分身に触れた途端に錆び付き、風化してボロボロになったように見える。

 どうやらその黒い物体は、生物に限らず、鉄などの無機物すらも侵食し、朽ちさせてしまうようだ。


「……やはり直ぐには思い出しませんか」


 黒い物体の性質を理解したハートショットはすぐさま武器を捨てて後退する。しかし、それの侵食速度の方が一枚上手だった。

 弾丸よりも疾く伝播するビナーの魔法で、斧槍は瞬時に朽ち果ててしまう。その柄を手にしていたハートショットの指先に、一滴ぶんほどのソレが付着した。


「痛ッ……!」


 ハートショットは何か小さい生物に噛まれたかのように顔を顰める。

 それと同時に、ビナーは人差し指を銃のように見立て、指先で狙いを定める。その標的は――


「クソがッ……!!」


 すぐに逃げ出せそうな位置で呆然と立ち尽くす、ラストラリーとアーデルトラウト。この奇襲だけで勝負を決めようと飛び出したのは、取り返しのつかない失敗だった。


 無意識に脚が動く。

 ビナーの指先から、黒い弾丸が放たれる。


 私は腕を伸ばし――それでも間に合わず、ラストラリーの胸元に、黒い凶弾が着弾した。


「あ……」

「ラストラリーッ!!」


 貫通はしていない。だがその黒い液体は、まるでラストラリーの胸元を食い破ろうとしているかのように蠢いている。拭うようにして取り去ろうとしても、それは私の腕に纏わりつくばかりだ。


 酷い火傷のような激痛が走った。

 それでも私は、そんな痛みよりも、苦しそうに倒れ込むラストラリーの身体を無我夢中で抱えていた。


 私の感じているこの痛みが、ラストラリーにも……そう考えるだけで自分の体のことなんてどうでもよくなった。


「『細菌』の魔力です。触れたモノを生物・無生物問わず侵食し、食い潰す。その量でしたら……保ってあと10分といったところですかね」


 その言葉を耳にした時、私の中で、身震いしたくなるような感情の火種が生まれたのが分かった。正体は分かっている。何度も味わってきた。ここまで激しいのは初めてだが……この感情は、底知れない「怒り」だった。


「インヘル先輩……私、あの黒いのと相性最悪です」

「……ハートショット。あの2人連れて……逃げろ」

「……! で、でもそれはッ……!」

「そうだ……正直、アイツに勝てるかは……分かんねェ。近寄れもしねェし、反応されたら銃も効かねェ。だけどよ……」


 私たちの横にまで距離を取ったハートショットが顔を顰める。

 ……優しいなコイツは。自分もラストラリーと同じのを喰らってんのに、私の心配をしてくれている。


 それに比べて私は……我儘だ。自分勝手な怒りが、ふつふつと煮え滾ってしまってしょうがない。


 呼吸が乱れる。

 多分、そうなんだ。

 この怒りは。憎しみは。

 きっと魔獣が、人間に抱いているものと同じなんだ。


「先、輩……?」

「アイツは……ぜってェに私が殺すッ……!! お前たちだけならこの魔法の効果範囲外まで間に合うかもしれねェ……早く行け……!」

「ま、待って! 私も……私も戦う! あの化け物、リーダーとテミスを……!」


 アーデルトラウトが声を上げた。だが、それは許可できない。本人も分かっている筈だ。騎士団へのメッセンジャーとして、誰かは生きてこのアーテローヤルを脱出しなければならない。


 ハートショットも同じだ。狩人連盟に事実を伝えなければ、もし私たちが全滅したとき、何も情報が残らない。特にビナーのような異例の「人型魔獣」の存在は、必ず伝達する必要がある。


「……分かりました。ほら騎士団の人! 私、片手やられてるので、ラストラリーちゃんは任せますよ!」

「ッ……! ……狩人。必ず、仇を取って欲しい……!」


 アーデルトラウトは傷口に触れないようにしてラストラリーを担ぐと、自分の無力を悔やむようにしながら、ハートショットと共に晩餐室を後にした。


「――任せろ」


 私は最後にそう呟くと、目の前で飄々と座り続ける化け物と向き合った。


「……話は終わりましたか? ふむ……ラストラリーを殺そうとすれば、インヘル様の記憶が蘇るかもと思いましたが……違ったようですね。貴女の失われた記憶のトリガーは、おそらく彼女には無い」


 そう言い放つビナーから視線を逸らさないよう、私は奴の向かいの空席に歩みを進めた。足下に転がった武器を踏む度に、ガシャガシャと金属音が鳴り響く。


「ああ、それと魔法の効果範囲外に……でしたっけ? おそらく無駄ですよ。この魔法の射程は、国土全体に及びます。それ以上は測る気にもなりませんでしたが」


 ……つまりこの国の何処にいても射程範囲内。一度食らえば逃れることは出来ない異質な魔力、か。これで益々コイツを殺さなきゃいけなくなった。


 ブッ飛んだ力だ。その気になればこの国を真っ黒な荒地に変えられるってことだろ? それをしなかったのは単にメリットが少ないから。たったそれだけに違いない。


 魔獣よりも「上位」の存在、というのにも納得がいく。


 腕の痛みが酷い。さっきから「合金」の魔法を使おうとしても、すぐさま侵食されて使い物にならなかった。再生はギリギリ追いついていない。


「【機々械々(エクスマキナ)】……」

「それでも……貴女を相手にするのは骨が折れそうですが」


 私はビナーの誘いに乗るようにして空席に腰を下ろし、無傷な方の腕に黒い魔法陣を展開した。アイツもそれに呼応して魔法を発動させると、部屋の壁や天井が、大量の虫に覆われたかのように黒く変色する。


「【銃殺機関(インフェルノ)】!!」


 火花が散った。

 私の身体は、黒に飲み込まれた。

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