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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
45/76

45.Deep Criminal

 私は別邸で休憩をしていたハートショットたちと合流し、アーテローヤルから立ち去る準備をしていた。

 「立つ鳥跡を濁さず」を徹底しなければ嫌われ者の狩人のイメージは更に悪くなるということで、2人は使用した備品を最低限整理していたようだったが、何にしろハートショットは負傷中。ラストラリーはまだ餓鬼だ。片付けが終わる訳もなく、途中で放り出して来てしまった。


「むう……どうせなら最後まで手出しさせてくださいよぉ」

「晩餐会とやらが始まっちまうんだぞ。最後に世話んなったビナーにだけ挨拶したら即退散だ」

「まあ、そろそろ他の貴族様たちが来るみたいですし? 仕方ないですかねぇ」

「ビナーさんに挨拶は……うん、しておきたいね」

「だろ? ならさっさと動くぞ」


 半ば強引だが、コイツらこうでも言わないと踏ん切りがつかなくて片付けを最後までやっちまいそうだ。任せとけば良いんだよそういうのは。女中の扱いとして適切だ。

 私たちは仕事を全て終えた。他のサービスする気は毛頭無いし、素人仕事で迷惑かかるのは痛いほど知ってんだろ。シーツの畳み方一つで文句言われることだってあるんだよ。


 使わせてもらっていた部屋から手荷物(主に手入れ中だったハートショットの武器)を持ち出して、私たちは本邸へと早足で向かった。


◆  ◆  ◆


 パーティルームは一階にあるらしい。何処にあるのか少し探すことになると思っていたが、騎士団の面々が部屋の扉の前で粛々と警備の準備をしていたからすぐに分かった。

 その様子を見るに、どうやら出席者の貴族たちは既に揃っているらしい。やはりさっさと帰宅の準備をさせて正解だった。始まっているならすぐに鉢合わせる事はないだろうし、派手な物音だけ立てないよう気を付けていれば大丈夫だろう。


 部屋の中からは貴族たちの賑やかな会話が聞こえてくる。

 騎士団のアーデルトラウトとは本邸の入り口で会い、軽く要件だけ伝えて入れてもらったが、やはりテミスは狩人に対する苦手意識があるようで、歓迎はされなかった。こちらに話し掛けても良いことが無さそうだったので、おそらくリーダーであろうエライザの方に要件を伝えておく。


「成程、お世話になったハウスキーパーの方へ挨拶ですか。ええ構いませんよ。もうすぐ始まるようですし、出入りは暫く無いかと」

「随分賑やかだからもう始まってんのかと思ったぜ」

「領主様が遅れているようで。まあ、事情を知っている卿ならば、皆さんを見かけても特に問題ないでしょう」

「ま、極力会うべきじゃねぇ。ハウスキーパーを見かけたら、悪いが少し引き止めといてくれ。数分で戻る」

「了解です……っと。あれ、本人じゃないですか?」


 エライザが顔を向けた方に目をやると、廊下の突き当たりから他の女中とは少しデザインの違うメイド服を着ている奴が見えた。あの髪型と服は見間違えるはずもない。ビナーだ。

 アイツは厨房の方からやって来たようで、両手に大きな皿をクローシュで覆った料理を抱えていた。あの大きさは……メインディッシュか? 出すには早いと思うんだが、まあそれは領主様の命令か何かだろう。


 珍しく鼻歌混じりであからさまに機嫌が良さそうだ。ビナーはすぐに私たちを見つけると、巨大な皿を両手に乗せておきながら、姿勢良く早歩きで近寄って来てくれた。


「おや、御三方勢揃いで」

「最後にお前にくらいは挨拶しようと思ってな。事務的じゃねぇヤツだ」

「これはこれは。ご丁寧にありがとうございます。いや、実はですね……私自身も、皆様には晩餐会に参加していただきたいと思っていまして」


 そんな風にビナーが言ったので、私はその突拍子もない提案におどけたような返事を返す。


「オイオイ、大勢の貴族の前だろ? そんな立場じゃねぇって」

「いえ……魔獣退治は皆様の功績です。そんな立役者を、他の貴族の皆々様に少しばかり紹介したいと思いまして。この場にいる方は皆、アーテローヤルに住居を持つ他地域の領主です。この街という快適な別荘地を救っていただいた御三方には、感謝していると思いますよ」


 当然そんな事はないだろう。

 狩人は騎士団とは違う、何の箔も付いていないような底辺の労働者。貴族がそんな連中を気にかけるなんて考えられない。晩餐会に参加なんてのは清潔な部屋の中に澱みを入れるようなモンだ。


 場違いが過ぎるし、問題になる。最初は私も何かの冗談かと思っていたが……ビナーの表情はそうは言っていなかった。その細めた深い紅色の瞳の奥に、全てを吸い込んでしまいそうな澱みを見たような気がして、私は茶化すような態度をとるのを自然に止めた。


 その冗談じみた虚言のような提案が、妙に迫真じみているのを感じたのはハートショットたちや騎士団の2人も同じ。特にテミスは「冗談でも言って良い事と悪い事がある」と訝しむ様子を隠す気が無いようだ。

 そんなテミスの態度を中和するように、至極冷静なエライザが諌めるかの如き口ぶりでビナーに声を掛ける。


「あの、ビナーさん? 流石にハウスキーパーであれ、それを決定できるほどの権利は無いような気がします。テスタノーム卿が許可しない限り、勝手な行動は問題の種になるかと」

「問題ありません」

「それは……狩人を晩餐会に参加させることにテスタノーム卿の許可がある、ということでしょうか?」

「独断です。しかし先程も述べた通り、問題はありません」


 ……勝手に一時参加の予定が立てられていくんだが、私も他の2人も白い目で見られる事が確実な場所に足を踏み入れたいとは思っていない。針のむしろはお断りだ。

 だがビナーはどうしても私たちを通すことを譲らない気で居る。その余りの強硬さと有無を言わさぬ様子に、私は胸の奥に一抹の不安を抱いた。これまで飄々とした様子だったビナーの、曖昧だった部分の輪郭が、若干定まったような雰囲気を感じたのだ。


 これまで触れてこなかったおどろおどろしい部分に触れているような心持ちがして、私は一歩身を引きながら、ハートショットと目を合わせる。

 アイツも迷っているらしい。そこに問題がありそうだった為に、晩餐会への一時参加などもってのほかだったのだが、もし本当に何の問題が無かったとしたら、その提案を無理矢理断る理由を用意できない。

 内心では断固反対だが、ビナーには色々と恩もある。これが「最後の頼み」と言うのであればあまり断りたくはなかった。


 結局ハートショットも肩を竦めるだけで、私に判断を委ねたようだ。複雑な表情をしているのはきっと、自分たちが決して歓迎されない事を理解しているからだろう。

 しかし妙だ。ビナーもそれは理解しているはずだというのに、何故私たちを誘う? 良かれと思っての行動にしては大胆過ぎる。子供のラストラリーでさえ、その提案に乗ることには尻込みしている様子だというのに。


 それでもビナーは態度を崩さない。目を細めた笑顔のまま、それでいて何処か淡々とした様子で、エライザに提言する。


「扉を開けて下さい。両手が塞がっていまして」

「は、はあ……分かりました」


 その頼み方はどちらかと言えば命令に近い語り口だった。というか、この言い方では断れない。この料理の運搬そのものは、おそらく領主か料理長の命令であるからだ。

 それを妨げることは問題だ。ビナーが「問題にならないと言っている事」と、料理の運搬を妨害するという「明確な問題」を天秤に掛けたとき、どちらに従うかを迫られれば選択肢は無い。


 エライザはいまいち納得がいっていないように眉をひそめながら、結局晩餐会が行われる部屋の扉を開いた。


「……さて、参りましょうか。ご心配なく。()()()()()()()()()()から」


 ビナーがそう言って振り返ったとき、私は全身に鳥肌が立つように感じた。あいつの張り付けたような笑顔の奥に、全くの別人の黒い影が落ちたように見えたから。


 私はまだ一歩たりとも足を踏み出してもいないのに、どうしてか後悔しそうになっていた。

 しかしそれを感じたのは私とラストラリーだけのようで、危険に敏感な筈のハートショットは口を固く結びながらも、既に割り切っている様子だった。


 私は既に引き返せない場所に到達してしまっていた。或いは、巧妙に誘われたか。この場所こそがまさに伏魔殿であることに考えが及ばないまま、私たちはビナーの背中を追って、その部屋へと足を踏み入れた。


◆  ◆  ◆


「今日も帰って来ないのかなぁ」

「……お母さん、このまま帰って来なかったらどうしよう」

「ば、馬鹿! 変なこと言うなって!」

「だって……メトゥンおじさんも、お母さんから連絡がないって……いつもお仕事で遅くなる時は知らせてくれてたのに……」


 ウエストエンドのザインとヘットは、数日間帰っていないビナーに関して子供らしい心配を隠せずにいた。いつもの律儀な彼女であれば、帰れない日があれば自分たちかメトゥンに必ず報告をしていたが、今回はそれが無かったのだ。

 心配を言葉に出さず強がっていたザインも、そんなヘットの呟きを聞いて、秘めていた不安が徐々に大きくなっていくのを感じていた。


「……ならジジイに頼んで、外に行く許可を貰おう」


 その気持ちを抱えるには、彼らは余りにも幼かった。行動的なザインは妹にそう提案すると、彼女は兄がそう言うのを待っていたかのように、なけなしの勇気を振り絞って小さく頷く。


「でも、子供だけで許してもらえるかな?」

「それが何だ! いざって時は勝手に抜け出しちまえば良いんだよ」

「お母さんに怒られちゃうんじゃ……」

「ヘットはかーちゃんが帰って来ないかもしれないのと怒られんの、どっちが良いんだよ?」

「……怒られた方が良い。お母さんとお別れなんて嫌だし……」

「それに仕事で忙しいだけだったら、こっそり覗くだけにして戻って来れば良い! 誰にもバレないぞ!」

「お兄ちゃん天才……! それなら怒られないね……!」

「へっへーん。だろ? じゃ、今日の仕事がある程度終わったらジジイんとこ行ってみようぜ」

「うん!」


 彼らの決心は固いようだ。

 何よりも、自分たちの母親代わりであるビナーのことを思っている。それは当たり前のことではない。親のことが嫌いな子供なんてザラに居る世の中で、2人が母の為にありったけの勇気を振り絞ろうとしているのは、それだけビナーが親として、彼らに愛情を注いでいた証でもある。


 子供は誰よりも親のことを見ている。同時に、子供心は親心を映す鏡なのだ。彼らにとってビナーとは、血の繋がりは無くとも、紛れもなく母親そのものであった。




「がははははは! 駄目だ! ガキンチョ2人で外に行ったところで、石投げられて終わりだぜ」

「なにおう!? おいジジイ! 俺はもう12だぞ! 大人だ! ヘットの面倒を見ながらでも上手くやれる!」


 しかし、現実は何もかも思い通りにはいかない。やはりと言うべきか、メトゥンは子供たち2人の無謀のストッパーとなった。

 ゆめゆめ忘れるべからず。彼らはウエストエンドの住人。気軽にアーテローヤルの街を歩ける立場などではないのだ。下街ですら腫れ物のような扱いを受けるというのに、ビナーの職場は丘の上の貴族たちが住まうエリアにある。


 各家専属の警備が巡回し、少し悪意のある者に見つかろうものならば、盗人として冤罪に遭う危険性だって存在する。

 2人の服装は布切れを継ぎ合わせたようなボロボロのもの。ウエストエンドの子供であることなど一目瞭然だろう。大人が付いていたって安全とは言い切れない街中に、子供だけで赴くなど言語道断だった。


「メトゥンおじさん……お願いします。お母さんが……帰って来ないかもしれないの……」

「はぁ〜〜……やっぱお前ら、そんな心配してたのか。だけどなぁ、ビナーちゃんはこの場所には勿体無いほどいい母親だ。あそこまで純粋に子供を愛してる女はそうそう居ねぇ。お前らビナーちゃんのこと嫌いか?」


 頭を抱えるメトゥンのそんな問いかけに、2人は断固たる意思を持って首を横に振る。


「ビナーちゃんも同じ気持ちだろうよ。あれがお前らのことを嫌いになる筈ねぇだろ? それなら勝手に居なくなったりしねーよ。なぁに、ちょっと仕事が忙しくなっただけだろうぜ。魔獣も仕留められたんだ。貴族たちが屋敷でパーティでもやってんだろ」

「……」


 納得は出来たが、ザインもヘットも、胸に抱えて余りある漠然とした不安をぶつける先を見失ってしまったようだ。まだ幼い2人にそんな我慢を強いるのは健全ではない。

 見るに見かねたメトゥンは家の外に顔を出し、大声でシナンボザの名前を呼んだ。妻の1人である彼女はすぐさま駆け付けて家に入ると、目に入った2人に陽気に笑いかけて挨拶をした。


「ザインくんにヘットちゃん! こんばんは〜、来てたのね。……で、どうしたのよ?」

「餓鬼共の面倒を見てやれ」

「ああン?」


 シナンボザはそのエメラルド色の瞳をギラリと光らせ、メトゥンの関白じみた言葉遣いをぶった斬るように低音の声を上げた。それを受けた彼の背筋はピンと伸び、子供たちの前だからと無理に威厳を見せつけようとした浅はかさを悔いながらも、バレバレの虚勢を張ったまま


「……面倒ヲ見テアゲテ下サイ」


 と、頬に冷や汗を伝わせながら口にした。

 シナンボザは満足げに微笑むと、鋭い眼光をいつもの優しそうなものに戻す。

 男を尻に敷くタイプを初めて目撃したザインは思わず本能的にその身体を硬直させ、逆にヘットは尊敬するような眼差しで彼女の振る舞いを観察していた。


「カタリナも連れてきて良いかしら? ヘットちゃんの遊び相手になるわ」

「そうだな。……どうせお前ら、口で引き止めたところで勝手に抜け出そうとしてたんだろ? させねェよ。今日は泊まっていけ」

「そ、そそそそんな事ねぇし!」

「あら、抜け出すって……外出許可? って事はビナーさんの件ね。心配しなくてもあの人ならフラッと帰って来るわよ。気が強いだけの私とは違って腕っ節も強いし、心配ないんじゃない?」


 シナンボザとビナーは所謂ママ友というやつだ。ウエストエンドで子供を育てる事は難しく、子供を持った女性同士のネットワークが緻密に構築されている。

 片方の都合で面倒を見られないのならば、その日は代わりに別の母親が……といったように、子育てが完全に分業化されているのだ。


 それ故にシナンボザは知っていた。ビナーはこの2人を丸一日誰かに預けたことが無い。ウエストエンドの誰よりも忙しい身でありながら、子供たちと一緒に居る時間を毎日必ず取っていたのだ。


 底無しの体力は超人的だが、それ以上に2人を大切に思っていなければこんな真似は出来ないだろう。確かに連絡が無いのは、ビナーのやる事にしては少し奇妙だと思っていたが、彼らを放って何処かへ行ってしまうような人ではないと確信している。


 誰もが彼女のことを、魔獣騒ぎの事後処理か何かに徹していると考えていた。それはもう何の疑いもなく。


 しかしザインとヘットの2人だけは、その少ない語彙で言い表すことが出来ないような、恐怖にも似た漠然とした不安を感じていた。

 虫の知らせ、とでも言うべきだろうか。


 じわりと滲む黒い影は、兄妹の心に差したまま。

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