44.Unknown β
「騎士団のエライザです。この度は魔女の捕縛、お疲れ様でした」
「あらあら〜。狩人って野蛮だから、てっきり魔女を縊り殺しちゃったのかと思ってたけど、ちゃんと生きてるじゃない」
「同意。生け捕りなんて、驚き」
「こら挨拶。ビジネスライクに済ませなさい」
魔女の身柄を預かりに来たのは騎士団の3人組だった。
金髪と、赤髪ロングと、茶髪のチビ。
危険性の高い魔女だとハートショットが報告したからか、最低限魔法が使えるらしく、全てが女だ。ちなみに魔法使いの才能に目覚めるのは女性が殆ど。自動的に罪を犯した魔法使いは「魔女」と呼ばれることが多いし、男の魔女ってのは聞いたこと無いな。
肩に紅色の十字架をあしらった純白のベストとレザーアーマーは実戦部隊の証。革ベルトのバックルには煌く金の騎士団の紋様が刻まれており、そこにポーチをいくつか掛けている奴も居る。
ベストに合わせた白のパンツスタイルは動きやすく、膝下まである厚手のロングブーツはオートクチュールだと聞く。よく手入れすれば一生使える代物だろうな。
最後に腰元に得物を差せば、多くの子供たちの憧れである王立騎士団の完成だ。子供は気楽で良いな。コイツらの多くは狩人に対してかなり敵対的というか、商売敵みたいな態度を取る奴が多い。これを知ったら幻滅するんじゃないか?
まあ、ぶっちゃけお互いかなり意識してるらしい。私は売り言葉が来たら買い言葉で返す程度だがな。
コイツらは肩の十字架の色で所属が分かれていて、紅が戦闘班。蒼が工房班。紫が魔法隊。翠が法術(回復魔法)班。そしてベストの袖口にあしらわれた金銀のリングの数で階級を表している。
「エライザ」と名乗った奴が銀輪2つで小隊長格。
残りの2人は輪無しの兵隊か。それでも騎士の適性があるというだけで優秀な奴なのは間違いないが。
「インヘル・カーネイションだ。……市民を守る騎士団様がしっかり仕事してりゃ、私らのような蛮族の手も借りずに済んだだろうな」
魔女捕縛は私の専門じゃねぇし、何なら騎士団に全部やってもらいたいくらいだ。私たちは狩人なんだから、獣だけ相手にしてりゃ良い。しかしまあ、人材不足がそれを許しちゃくれないのが現実だ。狩人の中には魔女専門の奴だって居る。
共通してるのは、両者共に互いの仕事には手を出さないってところだろう。連盟の情報が早ければ狩人に魔女捕縛の依頼が回るし、騎士団の情報が早ければその逆。引き渡し以外は不干渉を貫いてるあたり上層部の仲の悪さはお察しだ。
「はは、耳が痛いですね。こっちの高飛車な方はテミス。このチビがアーデルトラウト。2人が失礼を言ってしまい申し訳ない」
「申し訳ない。悪意はなかった」
アーデルトラウトと紹介された私の肩くらいまでしか背丈のない騎士は、語弊があったとでも言いたげに頭を下げたが、テミスとかいう赤髪の奴は腕を組んで断固頭を下げない気だ。
そいつは鼻を鳴らしながら一足先に抗魔石の錠をポーチから取り出し、クラメルが後ろに回した手首を拘束する。
「……ま、いいや。これで手前等の仕事は終わりか」
「いえ実は、まだこの領主邸に仕事が残っていまして。貴族様の晩餐会の警備を任された事もあり派遣されたのです」
ああ成程。そういう事ね。
魔女の確保と晩餐会の警備、どっちが先かは知らないが、元からアーテローヤルに用事のある連中だったと。ダブルブッキングだな。騎士団も騎士団で仕事が多くて大変そうだ。
「ってことは暫く見張りも必要だろ。1人を番に充てるとして、残り2人で晩餐会の警備に足りんのか?」
「小規模な晩餐会だという事で、貴族様のプライバシーに配慮して少人数で出入り口を見張る程度ですよ。それと、魔女の見張りは馬車で待機している4人目に任せます。ご心配なく」
3人組だと思ったが4人組だったらしい。それなら問題無さそうだ。
じゃあなクラメル。寒空の下、貴族の晩餐会が終わるのを大人しく待ってやがれ。さっさとハートショットとラストラリーを連れて馬車を手配しよう。
そういえばハートショットの奴、海岸で花火したいとか言ってたが……私は正直早く帰りたい。アイツもあの身体じゃ無理だろ。骨折しながら花火なんて馬鹿馬鹿しい。大体道具を用意するのも面倒だし……いや、アイツなら魔法の中に既に収納してる可能性もあるな。あの鳥頭で忘れてる事を期待しておこう。そして帰ろう。そうだ帰ろう。今すぐ帰ろう。
……気になることが無いと言えば嘘になるが、確たる証拠すら掴めてないんだ。杞憂だったのならそれで良い。
「じゃ、後は任せたぜ騎士サマ。私たちは退勤する。残業はゴメンだ」
「ええ。魔女に罪を償う機会を与えて下さり感謝の極みです。……テミス! 悪逆非道な魔女は牢馬車へ!」
「了解〜」
「いてて……もっと優しく扱ってくれない? 一応ボクも生娘だから」
「……魔女は絶対悪。生娘とは違う。テミス、惑わされない」
「分かってるわよ。馬番のラウラにもよーく言い聞かせとくわ〜」
クラメルがテミスに強引に両腕を引かれながら、領主邸の敷地の外へと連行されて行く。これで終わりか。いざ終わってみると、なかなかどうして呆気なく感じてしまう。
クラメルの奴、姿が見えなくなる前にウインクして来やがったが……頼むからやめてくれ。私が共犯者みたいになったらどうする。
そんな心配事も形になって現れることはなく、魔女の受け渡しは、結果だけ見ればとても呆気なく終わった。1週間近く過ごしたアーテローヤルとも、これでサヨナラか。寂しく……は、ないな。
最後までクラメルの見張りをしていた自警団も、リーダーらしき男が締めの挨拶のようなことを始めた。騎士団の2人は領主との顔合わせに向かい、私も別邸で大人しく待機している問題児共のところへと歩みを進める。
「(……世話になったビナーにだけは、最後の挨拶行っとくか)」
――僅かに芽生えたこの小さな思い付きが、私たちの命運を分ける分岐点だとは、この時の私は考えもしていなかった。
◆ ◆ ◆
インヘルたちが別邸で帰投の準備を始めた頃、領主邸敷地外の牢馬車に接近する一つの影があった。それは立派な長丈のメイド服に身を包んでおり、誰が見ても領主邸で働く身分の高い女中であることは明らかだ。
指には奇妙なダマスク柄の刺青。
赫灼の混じった長髪に、同じ色の細めた目。
晩餐会の準備を済ませた彼女は、欠伸を噛み殺しながら魔女の見張りをしていた騎士団のラウラに声を掛けた。
「……捕らえられた魔女はこちらですか?」
「え、ええ……そうですが。貴女は……領主邸のメイド?」
ラウラは退屈な業務を漫然と行いながらも、唐突に声を掛けてきた目の前の女性に対してその薄紫色の瞳を向ける。
「晩餐会があると聞いていたが、このメイドは何をしているのだろう?」という率直な疑問を抱きながらも、その出立ちに怪しさというものはなく、極めてごく普通の、一般人のそれと同様の印象を受けた。
「そうですか」
するとメイドは細めていた瞼を、人並みと同じくらいに見開いた。
時刻は太陽がほとんど沈みかけた夕暮れ時。月も希薄だった存在感を際立たせ始める頃合いで、足下の影法師はすっかりと伸び切っている。
視界があまり良くないラウラの寝ぼけ眼でもハッキリと分かった。そのメイドの足下に、黒い魔法陣が浮かび上がるのが。
しかし彼女の反応はあまりに悠長で、少しの異常にも目を光らせなくてはならない騎士団としては失格と言えよう。それもその筈、ラウラは騎士団勤続2年目の若い新星。
先輩であるエライザ、テミス、アーデルトラウトたちからは後輩として目一杯可愛がられ、未だ実戦経験も少なく、見張りや伝達が主な仕事だった。
故に遅れた。
もっとも、判断が間に合っていたとして、彼女がその中を生き延びることが出来たかと問われればおそらく……「不可能」であっただろう。それに睨まれた瞬間、運命は定まっていた。
メイドの影は質量を持ったかのように膨張し、変形し、ラウラの足下から伸びていた影すらも飲み込むほどの大きさになる。
「え……?」
「ならもう良いです」
まるで植物が急激に成長し、その蔓が足元を覆い尽くすかのように、彼女のハイブーツから大腿部にかけて、黒いナニカが侵食する。瞬時にそれは激痛を伴い、彼女の体内に潜航した。
「ひッ……!」
まるで体内の血液が別の液体へと書き換えられてしまうような。無数の小さな羽虫に、生きたままゆっくりと全身を食い破られていくような。毒に蝕まれるような。肺に生温かい水を注がれるような。
そんな風に、単純な苦痛ではなく、言葉に直そうとすれば一つには定まらない絶望的な苦痛がラウラの肉体と精神を壊してゆく。
ラウラは膝をつき、堪えきれないほどの嘔吐感を覚えて、条件反射的に口元に両手をかざす。すると彼女が吐き出したのは、吐瀉物でも血でもなく、正体不明のドス黒い液体だった。
悲鳴を上げようにも、声を出そうとするたびに、喉奥から迫り上がってくるのはその黒い液体だけ。それは明らかに、人体から零れ出てはいけないものだった。
「ごぽッ……え゛……ぁ……? おえ……ぇぇぇッ……!」
不意に自分の腕に視線を向けるラウラ。
本来青く浮き出ているはずの血管は真っ黒に染まっており、それがミミズのように小さく脈打っている。意思に反して溢れ出る涙も鼻血も、全てが黒い。
ビシャ
湿っぽい音を立てて何かが落ちた。
それはラウラの右脚。グズグズに腐るようにして、太腿から下が体から剥がれ落ちる音だった。断面から溢れた黒い粘液が、影のように水溜りを作る。
「さて、お借りしますね」
メイドは丁寧な所作で、ペンダントのように彼女が首にかけていた牢馬車の鍵を外すと、錠前にそれを差し込んだ。そして牢を重苦しい金属音と共に解錠する。
同時にラウラは全身を掻き毟り始めた。彼女の爪はとうに剥がれていたが、その肉は指で掻くだけでこそげ取れるほど脆弱になっているようだ。最後にもがきながら首元を押さえると、頸動脈までが一気に削げ落ち、全身を痙攣させる事もなく、前のめりに倒れ伏す。
その衝撃で頭部が砕けるも、中から出てきたのは脳漿などではなく、やはり黒い液体だった。
この間およそ10秒足らず。それだけで、彼女だったものは元が判別が出来ないほどの肉塊へと変貌してしまっていた。
キィという金属音と共に牢の扉が開かれる。中には仮眠を取っているクラメルが居たが、異変に敏感な彼女は扉の外から差し込む光に打たれ、すぐさま目を覚ます。
「……ん、あれ? キミは……」
「覚えておく必要はありませんよ」
しかし、既に牢馬車の中は、真っ黒に染められていた。
その「黒」は、餌を待つ獣のようにクラメルのすぐ側で侵食を止めていたが――
「もう貴女は用済みですから」
その言葉と同時に、全方向からクラメルへと降り注ぎ、彼女は声を上げる間もなく、その濁流に飲み込まれた。
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