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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
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41.Disguise Him as a Rex

 ビナーが3度のノックをすると、その部屋の中から入室の許可が降りた。領主の自室である。

 インヘルはゴロゴロ三昧を満喫していたハートショットを叩き起こし、ラストラリーを脇に連れ、ビナーと共に「達成報告」を済ませる為に、その部屋へと入って行く。


 魔女の襲撃があったことが嘘のように整頓され、破壊された調度品も最低限が既に用意されていた。その中で、1人ぽつんと椅子に座り、書類整理をしている影がある。領主、ゼビオ・ファン・テスタノームその人だ。

 趣味の良いジャケットを羽織り、相変わらずのいかめしい顔付きをピクリとも変化させないまま、彼は入室してきた4人を軽く一瞥する。


「領主様。魔獣討伐と魔女の捕縛を完遂致しましたことを報告致します」

「おう、手前の尻拭いは終わりだ。金はケルディヒ両替商会に振り込みだったな?」

「魔女の監視はどうした? 魔法使いでない自警団で抑えておけるような奴ではないだろう」


 ゼビオはそっけない態度で尋ねると、依頼達成をさも当然のことだと言いたげに鼻を鳴らし、書類整理を再開し始めた。取りつく島もない彼の対応に、インヘルも粗暴な言葉で返す。


「アイツの怪我は酷ェもんだった。ハートショットが居れば確実に追跡出来るし、向こうもそれを理解してるから、馬鹿な真似はしねぇだろうよ」

「げっ! 先輩……この状態の私にまだ働けと?」

「あの様子じゃ万が一も無ぇよ」


 不満そうな顔でインヘルを睨むハートショットだったが、彼女の答えに渋々納得をいかせて、口を尖らせながら「なら良いんですけど……」と、ボヤきながら、これ以上自分の仕事が増えるかもしれないという心配を隠せていない。

 対するゼビオはそんな狩人たちの会話に、今度は何の反応も見せることなく、仕事の片手間のような扱いで事務的に言い放った。


「ならば魔女を騎士団に引き渡した後、すぐにこの街から出て行きたまえ。狩人の長期滞在など妙な噂を立てられては敵わんからな。……使った部屋はハウスキーパーに片付けさせるので、何も気にせず立ち去るといい」


 インヘルたちはその言葉が、親切心ではなく「厄介払い」の意味も込められていることを理解していたが、今更意見を述べたり反論する気にもならない。大人しく2人で目を合わせ、肩を竦めるばかりであった。


「それとビナー。今夜の晩餐はどの程度が参加するんだったか?」

「はい。現在この街に滞在中のロングトール伯爵、ヴァルナウッド伯爵、ジャックフラッシュ男爵、その他3名の準男爵家の当主、或いは当主代理と何名かのご婦人が参加致します。魔獣の脅威の廃滅を祝して、ヴァルナウッド伯爵が秘蔵ボトルを見繕って下さるようです」

「ほう……アイツの赤ワインの目利きは良い。料理番たちにはその旨を伝達し、仕込みの連絡を。それと晩餐室の清掃もだ」

「既に済ませております」

「宜しい」


「(ビナー(こいつ)……見張り交代の後も仕事してやがったな!? 特別休暇って何だ? 労働記念日か?)」


 と、ビナーの正気とは思えない仕事量に圧倒されてしまったが、裏でそんなパーティの準備が進められていたというのも初耳だ。他の貴族も参加するということは、厄介払いの理由はそこで妙な揚げ足を取られないようにする為だろう。

 なら明日以降にでも開催すれば良いのにとも思ったが、貴族とは存外せっかちな生き物だ。そして彼らは外聞や面子を守るために命を削っている。

 魔女の襲撃に遭った領主の噂は既に流れている。しかしその上で、最も早いタイミングで晩餐会を開催することは、「魔女にも屈しない強い領主」として自らをアピールし、求心力を高めることにも繋がる。ゼビオの計算高い性格が目に見えるようだ。


「さて……見ての通り私は忙しい。達成報告などという作業的なものはこれで良いだろう。用が済んだならば退室したまえ。もう顔を見せる必要も――」

「待ちな。用事ならまだあるぜ」


 言葉を遮るインヘルに、ようやくゼビオは機械的に動かしていた仕事の手を止める。そして機嫌を損ねたかのような様子で彼女をゆっくりと睨んだ。

 その貴族然とした覇気にハートショットとラストラリーは思わず体を強張らせたが、インヘルは全く尻込みすることなく彼のデスクの前まで接近し、喧嘩腰にも見える態度で鋭い目つきを向け返す。


「手短にしろ」

「ウエストエンドの事だよ。手前は私たちをケツ拭く紙として扱ったんだ。これくらいは答えてもらうぜ。……どうしてあの場所を、ここまで虐げるんだ?」

「……下らん質問だな。塵を塵と同等に扱って、私が問い正される道理は無い」

「だとしたら矛盾してるんだよ。手前がビナーを雇ってることも、あの闇医者に情状酌量の余地を与えたのもな。答えろよ……本当のことを」


 ゼビオの瞳の中に一瞬だけ迷いの色が浮かんだのを、彼と真っ直ぐ対面しているインヘルだけが気付いた。ゼビオとしても彼女が引き下がる気がないことを理解したようだ。彼は沈黙を貫いていた時と態度を一変させ、手元の羽ペンと書状をデスクの上に置く。


「……思い入れのあるモノは在るか?」

「は?」

「使い古したロザリオでも、継接ぎだらけのテディベアでも、何でも良い。おそらくそれは、当人には価値があるものなのだろう。だが……そんなものはゴミだ。手垢のついた金属と、古ぼけた布の塊でしかない」


 彼の表情に陰る部分は無かった。あるのはただ信念と覚悟。

 一人の老獪の、勇ましさと年季すら感じる顔だった。彼の雰囲気が一変したのを見て、インヘルすらも一瞬目を疑った。


 先程までの傲慢さが鳴りを潜めたそれは、ゼビオではなく「領主」としての片鱗だった。


「どれだけ大切に思っていても、他人にその価値は伝わらない。それを伝えるには『値札』が必要なのだよ。私はあの廃棄場に、些かの恨みを持っている訳でもない……そしてこの手段が間違っていることなど、とうに分かっている!」


 ゼビオの目つきが更に鋭くなる。昂り、デスクに拳を打ちつけ、言葉にも思わず熱が入る。

 その重低音の声の中には憤りと、そして何か別の感情が含まれているようにインヘルは感じた。


「だが、それがいくら間違っていたとしても! ……我がテスタノーム家の血族数百年の歴史を否定することは出来ない。私には……この連鎖が止められない。止める資格は……無いのだ」


 インヘルは彼の表情の行間に潜んでいる感情の正体を概ね悟った。これは……己の「弱さの自覚」だ。ウエストエンドとアーテローヤルには、決して切り離すことの出来ない格差がある。

 それを望んで生み出したのが自らの血筋である以上、その格差は常に血族によって守られなければならない。そんな意思が見え隠れしている。


 彼自身は、この格差の関係性に疑問を持っていた。

 しかしこの街の「価値」は、上流階級の保養地であるという点。そこから格差を取り払い、ウエストエンドの住民という異分子を紛れ込ませた瞬間、街の値段は一気に暴落する。


 ゼビオにとってはどちらの道を選んでも此処が愛する街に変わりないというのに、そこに価値を見出す他者は選択の余地を与えない。

 無論、こうなったのはテスタノーム家が原因である。しかし彼らとて、全員が嬉々として格差を生み出したかった訳ではない。間違っていたのは()()()だけだ。否……時代が時代ならば、その一歩目すら、間違っていたとは言い切れないだろう。


「私自身の手でこの街の価値を落とすことなど断じて許されない。今更ウエストエンドの者達に媚びる気も、へつらう気も、頭を下げる気も、微塵たりとも存在しない。私には私なりの大義というものがあるのだ。……これで満足か、青二才」


 結局、その「理由」にあたる部分を、彼の口から聞くことはなかった。

 しかし彼の言葉の端々から、その理由がいかに力強く、そしてそれが一族に呪いのようにまとわりついているかは、余すところなくインヘルたちに伝わっていた。


 彼は数百年の歴史を、その老いた背中に一人で背負っているのだ。ウエストエンドを受け入れることは、一度その歴史を全てかなぐり捨て、再び出発点から始めることと同義。

 それほどの勇気を他者に期待することの、果たしていかに残酷なことか。インヘルは短絡的に吐いてしまった唾を呑み込んだ。ここで彼を責め立てることは、彼に重過ぎる期待を乗せるということになる。


「……分かったよ。私が悪かった」

「(うおお……インヘル先輩が引き下がった……!)」

「用は済んだ。行くぞお前ら。早く魔女引き渡して、この街とはオサラバだ」


 ふっと緊張の解けた、普段通りの無表情となったインヘルは、結局ゼビオの持つ「大義」なるものを打ち崩すだけの言葉を持ち合わせていなかった。彼の余りに人間臭い苦悩を、今の彼女に慮ることは不可能だ。

 彼女は他に何も問い詰めることなく、加えてゼビオと目を合わせる事もなく、ビナーに軽く手を振る程度の挨拶だけを済ませて領主の部屋を後にした。


 ハートショットとラストラリーは忙しなくゼビオたちに一礼すると、その背中を慌てて追いかけた。


「ふん……礼儀知らずが」

「宜しかったのですか?」

「……何がだ?」

「理由を全て話せば、きっと彼女たちも納得して下さったでしょうに」

「その必要は無い。後はあの狩人共が勝手に自分を納得させるさ。それに……あまり誰かに話すことでも無いのだよ」

「成程。承知致しました」


 部屋に残ったゼビオは領民の雇用関係の書類整理を再開しながら、礼節を弁えないインヘルの横暴さに不満げに呟いた。

 そんなゼビオに対し、ビナーは軽く意見をしてみたが、彼はそれを要らぬ心配だと断じた。部外者にそう易々と深い事情を知られる訳にはいかないからだ。


 しかし、しばらく黙々と作業をし続けていたゼビオは、何かに気付いたかのように突然その手を止めた。そしてビナーの方に目を向け、その「気付いたこと」を口に出す。


「ところで、自然に居たから自然に仕事を頼んでしまったが……ビナー、特別休暇は?」

「現在堪能しておりますわ」

「頼むから過労死だけはしてくれるなよ。私の立場が悪くなる」

「承りました」

「……………………紅茶」

「はい、直ちに」

「(休暇とは一体何だったか……?)」


◇  ◇  ◇


 アーテローヤルの歴史は長いようで短い。

 ここを治めるのは、私で15代目だ。人の積み重ねという観点からすると、数百年の年月が経過しているということで長く感じてしまうが、王都や国の東側にある街々と比肩すると少々歴史に乏しいだろう。


 テスタノーム家の初代は、閑散としたこの地を開拓するにあたって残酷な選択をした。曰く「金の有無で住民を選別する」という機構の提案だ。

 上質なワインを造り出す為には、優れたピノ・ノワールの選別が必要であることと同じように、良い街を発展させるには住民を選別しなければならない。粒の揃わないものや味の悪いものは淘汰され、廃棄される。


 文字通り、この地に発生した廃棄物の処分場。それがウエストエンドの始まりだった。

 我が祖先はやがてこの街の基礎を急速に整え、勲章や、伯爵位の身分などを授かった。しかしそれと同時にウエストエンドを益々顧みることがなくなり、今やあの惨状が出来上がっている。


 私も、幼い頃は疑問に思っていた。先代たちが何故アーテローヤルの急速な発展をそこまで願ったのか。それはあまりにも惨く、冷酷で、人の血が通っていないのではないか、と。


 しかし、私は今やその「不条理」を押し付ける第一人者だ。

 心変わりがあったのは16の冬。書斎で領地経営の手引きを学んでいるとき、仕事の調べ物をしようと訪れた父が私に放った言葉が原因だった。


「……ゼビオよ。戦争とは何か」

「はい父上。40年ほど前に魔獣がこの国に蔓延り始める以前、我が国も隣国と戦争状態にありました」

「いや、私の質問が悪かったな。そういう意味ではない。あの血で血を洗うような悲劇の、何と救われない様であったかを知っているか」

「書物で拝読した限りは、まるで資源のように人間が使われ、数多の犠牲者を出したと」

「数字、伝聞、記録……確かにそれには紛れもない事実が残されているだろう。しかしそれは事実であって現実ではない。もっと単純だ。あれは正気と狂奔が入り混じる沙汰……それだけが現実なのだ」


 あのように苦虫を噛み潰したような表情をする父上を、私は見たことがなかった。いつ何時でも毅然とし、誇り高く、信頼に足るはずの父上が、確かに戦争の話をした時だけは、顔を歪めた恐ろしい形相を浮かべたのだ。


「申し訳ありません。父上の質問の意図が分かりかねます」

「まあ聞け。ウエストエンドについてだ。お前はあの場所が存在することを嫌悪しているだろう」

「……恐れながら」

「あの場所を私たちの先祖が造ったのには理由がある。それは戦争。戦争なのだ。今は魔獣という新たな『敵』が生まれ、我が国や周辺国は戦争を止めて健全にその敵と共闘している。だが先の時代では、人間に人間が蹂躙され、既存の倫理は役に立たず、地獄とはかくやの光景を四方で繰り広げていたのだ」

「それとウエストエンドにどのような因果関係が?」

「『品格』だよ」


 最初は父上の言わんとするところが分からなかった。しかし、実際に子供の頃、戦争末期を経験している父上の言葉の重さは計り知れないものがあった。私は生唾を飲むことすら忘れ、静かに耳を傾けるよう、自然と身体を直立させていた。


「昔より『戦争』にも暗黙の了解があった。衛生兵は殺さないこと、無抵抗の人間を虐殺しないこと、本を焼かないこと、そして品格のある場所を無闇に破壊しないこと。これを侵せば、例え戦争に勝利してもそもそもの大義を失う」

「……!」

「聡明なお前のことだ。気が付いただろう。戦争の時代を生きた先達たちは、この街を()()()()()()()にしようと、苦渋の決断を下し続けてきたのだ」


 すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される。貴族の義務(ノブレスオブリージュ)とは、すなわちそれだ。

 我々のように恵まれた貴族が考えなければならないのは常に領民のこと。私の先祖はそんな貴族の義務で「戦争」に参加することで、その惨たらしさを経験してしまったことで、ウエストエンドという最も合理的な、かつ最も人道から外れた構想を考えたのだ。


 ――格差によって街に品格を与える。


 そのような矛盾とも思える累積の果てに、今のアーテローヤルとウエストエンドが存在する。人と生贄の関係だ。

 不要なものを捨てる廃棄場。塵芥をかき集め、押し付け、この街に「不要なもの」が存在しないようにすることで、品位を守り続ける。

 余分な同情をかなぐり捨て、この街はやがて国の歴史に足跡を刻み、「戦争」という沙汰の中でも侵されない聖域となる。


 我がテスタノーム家は、その一歩を既に踏み出してしまっていた。

 そして私はその数百年を背負わなくてはならない。一時の感情のみでそれを踏み外すことは、テスタノームが冷酷さを貫き数百年かけて作り上げた基礎を崩壊させるに等しい。


 品格を守る。この街に息づく全ての民たちの為に。

 ウエストエンドを切り離す。蹴落とす。愛すべきこの街そのものの為に。


 いかなる天罰が下ろうとも、我々の血がその冷徹さを捨てることなど許されないのだ。それは罪を背負い続けてきたテスタノームの血を裏切ることになる。

 ウエストエンドを拒み続けることは、必ず再び起こるであろう「戦争」という愚かな営みの中を生き抜く、生存戦略だったのだ。


 魔女に襲われたあの時、私にとうとう天罰が与えられたのだと思った。しかし私はこれまでの自分を否定することが、死ぬこと以上に恐ろしかったため、魔女の取引を断り、罰を受け入れたのだ。


 許してくれとは言わない。恨むなとも言わない。

 その代わり……勝手に生きてくれ。ウエストエンドで誰が死のうと私はその光景を見て見ぬふりをする。

 だが、あの場所で懸命に生きようとする者に、私は心からの敬意を表する。無論それを言葉にする訳にはいかないが……ウエストエンドで幸福が生まれるようならば、きっとこの世界のどんな場所でも、幸福は生まれ得るのだ。


 それ故に、私は塵に塗れたあの場所こそ、神が創りしこの世界で、最も美しいものが見られる場所だと思っている。

 他人にとっては微塵の価値もない、誰かにとっての特別なものが。


◇  ◇  ◇

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