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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
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40.Crying in the Navy Blue

 クラメルはひとしきり涙を流しきると、あれだけの堅物そうな雰囲気が嘘のようにその口を開き始めた。胸に詰かえていたものがすっかり融けたのだろう。膿が落ちたような、どこか救われたような、そんな顔だった。


「――あの魔獣は僕がこの街に戻ってきた前の年くらいには、もう既にウエストエンドに棲みついていたよ。僕も最初は驚いた。計画の邪魔になるから準備を整えて始末しようとしたくらいだし……だけどアイツはウエストエンドの住民を襲わなかったんだ」

「私は手前が、死霊術か何かで隷属させてんのかと思ってたんだが」

「僕にそれほどの魔力はない。だからどうして襲わなかったのかは……残念ながら分からないよ」


 魔法使いの世界は才能で殆どが決定する。特に魔力量に関しては、その素質に限度があり、成長限界というものが存在する。

 クラメルの魔力量は騎士団の魔法隊見習いよりもずっと少なく、鍛錬してもこれ以上伸びることはない。適性が最も高い水属性魔法の、更にごく僅かな初等魔法しか無詠唱で使えないのだ。それでハートショット並の使い手なのだから末恐ろしい。


 しかし一般的に「死霊術」と呼ばれるジャンルは無属性魔法の領域、或いは物体に擬似的な生命を与える木属性魔法の極地。到底クラメルの魔力では不足している。これはハートショットの報告通りだ。


「って事は、他にあの魔獣を隷属させてる奴が居るってことか?」

「僕はその線も無いと思う。アイツは『魔術』を使えた。いくら死霊術を極めようと、魔術のシステムまで再現するのは有り得ない。もしそんな死霊術が存在していたとしたら大問題だ。例えば、魔獣の力を軍事利用だって出来てしまうしね」

「アレを『例外』で済ませるにはどうもキナ臭い。知能の高さもさることながらって感じだが……別の力が働いてることは否めないだろ」

「……確かに。僕の言葉も計画も理解して、それに加担したのは不思議だよ。何ていうか……()()()()()感じがした」


 その表現にインヘルは心当たりがあった。サマルの村に巣食っていた、人間の言葉を使う魔獣。思えばあれも引っかかる。

 あの命乞いに、果たして意味があったのかは判断出来ないが、とにかく魔獣たちはここ最近、急激に変化を始めているように思えた。


「……変化か、もしくは適応か」

「あまり考えたくないね。全ての魔獣が人間並の知恵なんか持った日には、僕ら『人間』という敵対種かつ弱小種が淘汰されるのは……時間の問題かもしれないよ」


 魔獣の生態には謎が多い。全てに個性があり、個体数すらも不明だ。繁殖能力があるのかどうかも分からないし、未だ目撃すらされていない魔獣だって多く居るだろう。

 その全てが人間クラスの社会性と協調性を獲得してしまったとき、団結して、人間に対して一斉に攻撃を始めたとすると……この国の人口はきっと今のままではいられない。いや、今はまだ大きな魔獣被害を国内だけに留めておけてはいるが、この国が衰弱したら、魔獣の脅威はいよいよ世界中に広がり始める。


「他にあの魔獣に変わったところは?」

「ん〜……これは僕の感想だけどね」

「何でも良い。今は手掛かりだ」

「……何かに怯えてるように見えたんだよ。生き物には危機を感じた時にそれなりの反応ってモノがある。叫んだり、無我夢中で暴れたり……虫とかになると死んだフリをするとかね。それに近い緊張が、あの魔獣には常にあったように思えるんだ」

「人間に怯えてたってのか? そんな魔獣居るのかよ」

「あれは多分、そんな甘っちょろいものじゃない。ほら、猛獣に襲われそうになるとか、半ば命を諦めるシチュエーションってあるだろう? そんな猛獣に常に捕捉されていて、それを理解しているような怯え方だったように感じたよ」


 クラメルのそんな考察に、インヘルは少し緊張の糸を張り詰めさせた。こういう連中は周囲の生物に対して異様に敏感だ。ハートショットも馬車旅の最中、視界の隅にしか捉えられないような野生動物の存在に誰よりも早く気付いていた。

 見たところハートショットと同じタイプであるこの魔女も同じなのだろう。その言葉の信憑性は、単なる「感想」だけでは済まされないところがある。


「人間にとっての猛獣みてぇに、魔獣にとっての『何か』が居ると……」

「確信じゃないけどね。その怯えが、人間を害する本能を塗り潰すほど大きかったとか……そうなると『隷属』ってのは間違いじゃないのかもしれないなぁ。魔獣よりも上位の存在から、そうするように脅迫されていた……みたいなね」

「そんなバケモノが居たとしたら堪んねぇな。魔獣の上位種ね……一応、考慮しておくに越した事はないか」


 インヘルが突拍子もない発想に一考の余地を見出した様子を見せると、クラメルは少しだけ眉を上げて驚いたような表情になる。


「へぇ、信じるんだ。こんなこと吹聴したら、頭のおかしい奴って揶揄われそうな内容だけど。現に僕も違和感を言葉に直してみて、何たる戯言だって思ってるしさ」

「今回の一件が、私のキャリアの中でも未曾有のケースだからな。どんな伏魔殿を開けたのかも分かんねぇ……何でも起こりうるぜ?」

「何か、キミって豪快に見えて意外と慎重派なんだね」

「どうとでも言え。私は自分が死ぬビジョンだけは見えねぇが……周りの誰かを守れるほど、お優しい力を持ってねぇ。魔法だって強引に壊すばっかの代物だ。そのせいで自分を責めることはしたくないんでな」

「それって……例のキミの子供のことかい?」

「……好きに解釈しろ」


 親思う心にまさる親心、などという言葉がクラメルの脳裏によぎった。同時にインヘルとラストラリーの関係性を羨ましくも思った。

 クラメルはまともに両親に愛情を注いでもらってもいない。彼女がこの世で受けた最初の不条理は、多分「親子の関係」だ。


 自分のシャルルへの想いは確かに「愛」だったが、それは伴侶との間にあるようなものではない。自らに足りなかったものを補いたかった欲望が、膨れ上がって出来た歪なものである。故にクラメルは自身の愛を病理と呼ぶ。


「……キミたちには負けてばっかりだなぁ」


 そんな小さな呟きは、2人きりの静寂の中ですら響き渡る事はなく、ただ虚空へと溶けていく。


「あ? 何か言ったか?」

「いや別に。ますますその子に会ってみたいと思って」

「誰が凶悪犯に餓鬼会わせっかよ」

「手厳しいね」


 クラメルは自虐じみた微笑みを見せる。しかしそれはさっきまでの絶望的な雰囲気を孕んでおらず、むしろ冗談を言い合うような自嘲だった。


「……そうだ。ドクターは?」

「ああ、協力者の」

「あの人は魔女の甘言に絆されただけの善良な市民だ。我儘を言わせてもらえば……禁錮だけは勘弁してやってくれないかい?」

「アイツはもう自分から捕まりに来たんだとよ。今は領主の関係者から監視を受けてる」

「……そう、か。彼には悪いことをした。弱みに漬け込んで、利用しようとした」

「それでも付いて行ったのはアイツの意志だ。その時点で共犯だよ……だが、情状酌量の余地ありってことでまだ捕縛はされてねぇ。病棟の餓鬼共の面倒を見る奴が居なくなる……とか言ってたな」


 その報せにクラメルはほっと胸を撫で下ろしたが、同時に疑問も抱いた。そのような異例の判決を下せるような人間に心当たりが無かったのだ。


「だけど、誰が捕まえなくても良いなんてことを……」

「領主だよ。この領地を治める奴の言葉だ。そりゃ特別措置も通るってモンさ」


 クラメルは「信じられない」とでも言いたげに息を詰まらせる。あの仇が。ウエストエンドを憎しみの坩堝へと変えたあの元凶が。よもやウエストエンドの子供たちを助けるために、クーパーに執行猶予の期間を告げるなど、到底考えられなかったからだ。


「意味が分からない……アイツは……僕らを見下してるんだろ……? どうしてそんな事をする? 何のあてつけだい?」

「そりゃ分かんねーよ。私だって、朝にハウスキーパーの奴から又聞きした程度だからな。ま、それはこの後の報告会で聞いてみるさ。……もし理由を聞けたら、手前にも特別に教えてやる」

「……頼む。頼むよ。もしかしたら僕は……」


 ――根本的に何かを見落としていたのかもしれないから。


 予感を言葉にするのが恐ろしくて、後悔してしまいそうで、だけど聞かなくてはならない気がして、クラメルはインヘルに懇願しつつも、その後に続くそんな言葉を飲み込んだ。


 ドンドンと、少し乱暴に倉庫の扉が叩かれる。換気口からうっすらと差した光に目をやると、どうやら時刻は昼前になっているらしい。思いの外話し込んでいたようだが交代の時間だ。次は街の自警団が数人がかりで監視をする予定となっている。

 戦力は心許ないが、領主から特別手当が出されたということで仕事は真面目にやってくれるだろう。加えて、こんな状態になったクラメルが逃げ出すとはどうも考えられない。


 牙は既に抜け落ち、肌を刺すような覇気も消えている。まだ身体も回復しきっておらず、追跡が得意なハートショットも居る。逃げ出すことが出来ないことも理解しているように見えた。


「もう交代か……んじゃ、時間見つけて報せに来るよ」

「キミのような面白い人に出会えて良かった。出会った環境が違えば、良い友人になれてたと思うよホント」

「手前みてぇな奴はハートショット1人で十分だ」

「ハートショット……それが彼女の名前かい? ああ、彼女とも、違う形で出会いたかったよ。もう後悔するには遅過ぎるけど」

「手前ら2人はどういう訳か似てるからな。気が合いそうだぜ」

「……ん? その口ぶり、僕たちのことを彼女から聞いてないのかい?」

「んあ? 何も? まさか、本当に知り合いだったのか?」

「そりゃあ彼女とは一応、同じ――」


「おーい、開けるぞー! 交代だ!」


 言い終える前に、扉の向こうの自警団がその言葉を遮った。


 インヘルは振り返ると、ため息を吐きながら次の見張り番との交代を済ませる為に背を向ける。


「(……背後を見せて、もう僕のことを警戒してないや……堂々としてるなあ。僕も、あれくらい自信たっぷりに生きられたら良かったのに)」


 そんな大きな隙を晒されたクラメルであったが、彼女はただ小さな羨望を胸に抱きながら、拘束された状態で静かに壁に体重を委ねるようにして目を瞑った。

 不思議と落ち着いている。それだけでなく、まるで夢から醒めたかのような心持ちだ。


 インヘルはクラメルの方へと振り返ることなく次の見張り役に軽く注意事項の連絡を済ませると、そのまま倉庫を後にする。クラメルが言いそびれたことなど、過ぎてしまえばどうでも良いことだった。


「(……で、どうして寝間着だったんだろう?)」


 結局クラメルは目を瞑ったまま、どこか締まらないあのサテンの姿に首を傾げながら、体を休めようと自らの緊張のネジを緩めてその場へコテンと横になる。

 「きっとシャルルが最後に与えてくれた、心休まる時間だったんだ」という考えを、沈黙の中に秘めながら。

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