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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
38/76

38.Anima Flood

「(……身体、麻痺してますね。ああもうしんどい……一つの任務で2回も倒れます? 初仕事でPTSDになったら訴えてやりますから……)」


 甘い痺れが彼女の体を満たす。今にも日は沈む。

 指の一本も動かない。辛うじて、瞬きのようなぎりぎりの意識だけを繋ぎ止め、黄昏に染まる頃合いを、小言を思い浮かべながら過ごしていた。


 そこに駆け寄るのは二つの影。それは少女と、その少女に修羅を見た1人の医者くずれだった。


「ハーティさん! だ、大丈夫……? 生きてる?」

「……見ての通り、元気いっぱいです。腕と肋骨が折れて、内臓を痛めて、感電しただけですから……」

「酷ェ怪我だな。待ってろ、いまウチに運ぶ」

「……というか、何で、出て来たんですか……危ない、ですよ?」

「変な雲が晴れたから、大丈夫だと思って……あっ! ハーティさん! 魔女の人は!?」

「向こうで倒れてます……全く、滅茶苦茶大変でしたよ……生かしておくのは……」

「……彼女は自警団に任せよう。俺から連絡して身柄を拘束してもらうが、何処に運べば良い?」

「領主邸のビナーという方の元に……あの電流なら、丸一日は起きないと思います。あ、私の処置が終わったら……同じ場所にお願いします」


 掠れた声を搾り出しながら、もう殆ど残っていない余力で状況を説明したハートショットは、クーパーに肩を借りながら足を進めている途中で、ようやく項垂れるようにして意識を失った。

 2人ともダメージや内出血のせいで顔色は非常に悪くなっていたが、息も落ち着いている。お互い命に別状はなさそうだ。


 クーパーは何か思うところがあるように、倒れる魔女の方を振り返って一瞥すると、長いまばたきの後、騒ぎによってすっかり人気の無くなった道を歩み始めた。


◆  ◆  ◆


「……お互い酷い有様ですね、インヘル先輩。何ですかそのビリビリに破れた服。ポルノですか」

「テメーよりマシだ。何本やった?」

「5本でーす……基底全治6ヶ月……」

「ま、神官ギルドに罹りゃスグだ。1ヶ月ってトコだろうな」

「腕が綺麗に折れてたのは幸いですかねぇ……笑うと今度はアバラが痛いですが……」


 領主邸2階。作戦室としても利用していたこの部屋は、ベッドが一台運ばれ、大怪我をしたハートショットの病室代わりの役目を担っていた。

 「基底全治期間」とは回復魔法や魔法薬に依らなかった場合の推定治療時間である。応急処置は済ましてあるようだが、すぐに仕事に復帰するには早急に神官や医薬ギルドへと罹る必要があるだろう。


 それにしてもその処置は、本人が行なったにしては余りによく出来ている。骨折した腕には頑丈な添え木まで用意されているようで、とても怪我人自身が有り合わせの材料で対応したとは思えない完成度だ。

 ラストラリーがやった訳でもなさそうなのでインヘルが首を傾げていると、彼女は自分の腕に目を向けてから答え合わせのように呟く。


「……これですか? 魔女の協力者に医者まがいのことをやっている人が居たので、説得して手を貸してもらいました」

「ああ、そういう……いや待て。説得? お前ならそんな手間掛けようとせず、1発かまして言うこと聞かせる――って勝手に思ってたんだが……ま、平和的に済んだなら何よりだ」

「ラストラリーちゃんですよ。説得したのは」

「……アイツが闇医者とタメ張って話し合ったって聞こえたぜ?」

「その通りですもん。あの子、一人で魔女の協力者を心変わりさせたんですよ。どんな話をしたんでしょうかねぇ? 見当もつきません」


 まるで最初から、頭ごなしに信じてもらえないことを知っていたかのように、ハートショットは仰向けに転がりながら、天井を眺めるように視線を上の方へと向け始めた。


「んな馬鹿な……」


 インヘルには疑問が残る。何故? どうして? どうやって? 多分、ラストラリーが行なったことは正しいのだろう。しかし、そのような行動に出る理由というのが何処にあると言うのだろうか。結局のところ他人事。それもその「他人」は魔女の協力者と来たもんだ。

 関係のない相手のことなど杜撰に捨て置いても良い、というのがインヘルの持論だった。

 それに、悪人は悪人のままであることの方が多いのだから、わざわざこっちの辛い方に引き摺り込む必要は無い。


 しかし関係ない他者を不要なものと断ずるには、インヘルは余りにラストラリーのことを気にかけていた。気にせざるを得ない心持ちが続いている、というのが正しいのかもしれないが。

 ともすると、インヘルの何処か頭の深い場所でラストラリーの正体には心当たりがあって、そのニューロンがラストラリーを気に掛けよと命じているのだろうか。


 ――やはりあの少女は、私と深いところで繋がっている。

 奇しくもその持論は、自己を顧みて確信する為の材料となった。


「ところで、魔獣の心臓は?」

「……ん? あ、あぁ。細切れにしちまったから探すのに苦労したぜ」


 少しだけ上の空になっていたインヘルを現実に引き戻したのは、ハートショットのその言葉だった。現在ラストラリーは別室で仮眠を取っている。眠る時間というほど夜は更けていなかったが、今日の疲労は子供には堪えるだろう。

 ローブの懐に仕舞ってあった麻の布切れに包んだ魔獣の心臓は、未だトクントクンと小さく脈打ち、その鼓動が布ごしに伝わってくる。少女が起きてきたらそれを処理をしてもらう予定だ。


「あの子、心臓をどうやって始末するんです?」

「食うんだよ」

「……ビジュアル大丈夫なんですかそれ」

「そうか。お前は初めて見るんだったな。だけどアレは、何つーか……目を逸らすほど嫌なモノじゃねェっていうか? 分かんねぇけど不思議な光景だぜ」


 ハートショットはつい眉を顰めて「あれを食べる?」とでも言いたげな表情を浮かべているが、何度も見てきたインヘルは知っている。あの行為は、自分たちが普段見ているような「食事」と一線を画すものだということを。

 無粋な口出しをする気にもならない、揶揄いようのない神聖さというものを帯びた儀式にも見える。言葉で説明するのは難しいが、伝えるとしたらこのように表現するしかない。


「……そうだ。ラストラリーちゃんと言えば、魔女が攻め込んで来た夜ですよ。私が『どうして魔獣を始末できるのか』って聞いたんですけど……寝ぼけてたんですかね? 変なこと言ってました」

「アイツはいつでも変だがな」

「確か……『ウィスパー』でしたっけ。そんなことを口走ってましたよ」


 それを聞いた途端、インヘルは身体を硬直させた。

 彼女自身、何故自分が動けなくなったのかは理解出来ていなかった。それでも、自然と険しい表情を浮かべてしまう。肉体がそう反応するよう出来ているかの如く、彼女の鋼鉄の心臓は、普段よりも遥かに大きく拍動する。

 懐に忍ばせた魔獣の心臓の鼓動が感じられなくなるほど、自らの胸の奥底で、追憶よりも激しく粟立つものがあった。


「ん? 先輩? どうしたんですか。顔色悪いですよ。……せんぱーい?」


 ハートショットの声が、真隣にいるというのに彼方からくぐもって聴こえてくるようだった。自分が感じているもの全てが、現実味を帯びて頭に入って来ないような、そんな感覚。

 眼窩の奥が刺されるようにズキリと痛む。未経験の反応だった。しかし唸ることも体を動かすことも出来ない。浅くなった自分の呼吸の音だけが、ぐるぐると臓腑を掻き回している。


()()()()()……()()()()()()……」

「あれ? 私、ファミリーネームまで言いましたっけ? なんだ、やっぱり人の名前だったんですね。心当たりあるじゃないですか」


 静かに、呟くように発したその名前は、恐ろしいほどの早さでインヘルの内側へと浸透していく。ハートショットは「心当たり」と言ったが、実際はそんなものはまるで無い。それはただ、無意識に出ただけの言葉であった。


「いや……私はッ、そんな奴……知らない……はずだ。誰の事だ……?」

「またまたぁ。絶対知ってる口ぶりでしたって。で、誰なんですかその人?」

「知らない……知ってるけど、知らない……? ああクソ! どんな奴なんだソイツは? 顔は? 背丈は? 年齢は? ……気分悪ィ……何だ、これ……?」


 短い黒髪をぐしゃぐしゃと指で掻き乱す。しかしその答えは出て来なかった。すんでのところでつっかえて、吐き出すことのできないもどかしさがインヘルに襲い掛かる。


「……まさか、先輩の記憶喪失に関係してる人とか? だとしたら、何故ラストラリーちゃんはその名前を……」


 普段のインヘルからは考えられない異常な取り乱し方に、只事ではないことを悟ったハートショットは、以前より聞いていた彼女の「記憶喪失」と「ウィスパー・マーキュリー」の関連性をまず疑った。根拠はなく、ただの直感であったが、インヘル自身もそれを考え始めていた頃だ。


 眼窩の奥がまた疼く。


 インヘルは瞳の中に誰かが住み着いているような、思わず鳥肌の立ってしまう感覚を覚えた。


「(気持ちがザワつく……どうしてアイツは……そんな名前を知ってるんだ……? ウィスパーって奴と私に、何の関係が……)」


 頭の中で誰かの声がする。いつもは夢の中だけで聴こえるはずの、あの声だ。インヘルの、血を分けた肉親かもしれない、顔すら知らない人物から放たれる優しさに満ちた音。しかし、今回はそれだけで終わらなかった。


 これは記憶。はっきりと、いつか自分が経験したことだと分かるような、他人事では済まされない「会話」だった。

 優しさの籠もった声の後ろで聴こえたのは、血も凍る冷たさと心底からの軽蔑とが入り混じる、また別の誰かの声。それは恐怖を覚えてしまうほどに透き通った、女性のそれだった。


『それが貴様の本当に欲しかったものか……くだらない。そんなものに、貴様が命を懸けてまで求めるほどの価値があったのか?』

『……貴女はきっと、一生をかけても私の心を知ることは出来ないんだろうね。誰かを愛することもなく、だけどそんな孤独の中で狂うことすら出来ない、からっぽな人』

『……』

『どうせ、貴女にとって子供を産むことなんて、人間という種に備わった本能でしかない。だけど……それは余りにかなしいよ。新しい家族が出来ることより、大事なことってあるのかい?』

『家族……()()()()()()()()()()()が家族か。私には分かる。それは怪物と同じ姿をしている』


 突き放すような言葉とは裏腹に、その言葉には搾り出すような、自分を納得させるために言い聞かせているような、そんな雰囲気があった。


『……何て顔をしてるのさ。ああ……成程。貴女も、答えのない問いに迷ってたんだ。"どうせ"とか言ってしまってごめん。でも……いくら化け物だと言って、この子のことを遠ざけようとしても――貴女はきっと、生涯この子のことを忘れられない。忘れてしまってはいけないんだ』

『私はッ……!』


 これまで冷徹さを決して失わなかった女の声が、いつの間にか震えていた。最初はあれほど残酷で、感情も抑揚もない、機械質すら帯びていたというのに。

 その声色は、肩を震わせ怯えている者を想起させた。それもただの怯えではなく、まるで初めて恐怖という感情を知ったかのような、未知に対する感覚を孕んでいたと思う。


『私は……どうすれば良い……? その通りなんだ……否定出来ないことが、こんなにも苦しい……辛い……こんなの、知らない……私にはとても……背負いきれない。認めたのは私だ……貴様の願いを、聞き入れたいと思ってしまったのも私だ……だけどそれが、こんな……ッ!』


 これまで弱みの一片すら見せなかった者が、何だか途端に小さくなったのが分かった。そんな孤独な彼女にすら、あの夢の中の声の主は優しく語りかける。お互いに分かり合えないと思っていた者たちが、似たような弱さを持つことに気付いたらしい。


『……名前』

『……は?』

『まだこの子には名前が無い。私にはどうしても思い付かなかった。でも、どうせ私たちはこの子を忘れられないんだからさ。貴女一人が背負いきれないなら、私と一緒に、永遠に背負ってみない?』

『……』

『さしずめ、私たち2人は母親さ。親は我が子のことを、絶対に忘れることはない。この子の命を背負うには、これくらいの立場がもってこいでしょう?』


 長い沈黙だった。人生で最も重い選択。ここで何を選ぶかで、自らの生き様全てを決定付けてしまう。彼女は大いに傷付き、大いに迷っていた。それは「生きている」ということであった。


『ウィスパー。ウィスパー・マーキュリー』


 そう呟いた彼女の言葉に、驚く者は居なかった。


『……その名前だけは駄目。本当に……この子にとっての呪いになってしまう。あれほど素敵で、それでも救われなかった人を、もう一人望む訳にはいかない』

『……ああ、確かにそうだな。だったら――』


 女は再び沈黙する。その静寂の意味するところは、先程とはまるで違うだろう。背負うことなどもう決めて、どう背負っていくかを考えているようだった。


 2人の声が遠のいてゆく。

 代わりに、誰かがインヘルを呼び止めている。


「――ヘル様。インヘル様」

「ん……」


 目を開けると、彼女は自分がベッドの上で横になっている自分の姿に気が付く。その顔を覗き込んでいるのはビナーだった。


「私、どうなってた……?」

「随分と苦しそうな顔をしておりました。ハートショット様曰く、突然頭を押さえながら倒れたと。それと、伝言も預かってます。『怪我人に運ばせやがって。罰を受けてもらう』だそうです」

「……罰?」

「おそらくこれの事でしょう」


 ビナーが指差したのは、インヘルが寝かされていたベッドの中だった。そういえば体が上手く動かせない。疲労のせいかと思っていたが、どうやらもっと具体的な原因があるようだ。

 毛布を一枚剥ぎ取ってみると、そこに居たのはインヘルの腕をがっちりど抱き寄せながら寝息を立てるラストラリーの姿だった。


「すぅ……すぅ……」

「……あンの野郎」

「心労が祟ったのでしょうか? いずれにせよ、目が覚めたようで何よりです」


 インヘルは頭を抱えたが、今回ばかりは自業自得に他ならない。仕方なくハートショットの言う「罰」とやらに従い、観念してラストラリーを起こさないように肩の力を抜いた。息を吐き、天井を見上げると、さっきまで見ていた幻を思い出す。


 あの夢の中の声は、やはり自分の母親であるらしい。だが今回は少し違った。また別の……自分に名前を付けてくれた2人目の母親が居るらしい。ハートショットのことを、あまり他人事とは思えなくなってしまった。


「ああ、それと一応報告を。自警団伝手に魔女の身柄を確保しました。意識はまだ戻りませんが、生きています。それと、魔女の協力者だという医師に接触してきたのですが……洗いざらい全てを話してくれました。魔女の名前はクラメル・カラム。ウエストエンド出身ですが、私がこの街に住み始める以前に姿を眩まし、再び戻ってきた魔法使いだそうです」


 これまで事後処理に徹していたビナーがそう言うと、インヘルは一度頭の中を切り替える。


「……動機もやっぱりその辺か」

「はい。ウエストエンドからの移民を受け入れてもらう為に、強硬手段に出たようですね。あの場所に生きる者たちが、これ以上不幸にならないようにと。つまり本件は、言うなれば『代理移民闘争』でしょう」


 インヘルは皮肉混じりに鼻を鳴らし「大層なものだ」とでも言いたげな表情を浮かべながら口を開いた。


「ハッ……領主の管理責任だな。んで、結局私たちがヨゴレ役の尻拭い。お約束だぜ。移民くらい受け入れてやりゃ良かったんだ」


 狩人の仕事の中に正しさを探してはいけない。そんなことをしていたらキリがないからだ。

 たとえ事情を知らなかったとしても、自分たちが原因でウエストエンドの多くの人々が不幸になるような選択を取っていたのだとしても、インヘルの根底に根差しているのは、結局「無為な心持ちで人を殺してはいけない」という、強迫観念じみた倫理だけ。


 魔獣と同じように、クラメルはそれを冒した。線を踏み越えた。

 だから敵対したことに関して悔いはなかった。寧ろ自分自身に刻み込まれた絶対的な規則に則っていた闘争だ。


 しかし、ビナーの考えは少し違うようだった。


「そういう訳にもいきませんよ。それで済む問題だとしたら、ウエストエンド側の私はわざわざ領主様の味方なんてしていません。あの御方には、あの御方なりの信念があるのです。明日の達成報告で尋ねてみては如何でしょう? どうして魔女と憎み合い、争ったのか……その理由を」


 それは裏を返せば、憎み合っているのならば、傷つけ合うのも辞さないという考え方であった。

 様々なところで似通っているインヘルとビナーではあるが、どうやらこの点に関しては正反対の意見を持っているようだ。


「わぁったよ。……にしてもコイツ、狸寝入りしてんじゃねーだろうな?」


 インヘルは途中から自分の腕にしがみつく少女が寝息を立てなくなったことに気付いていた。そんな疑いの眼差しでラストラリーを睨んでいると、その少女の頬に冷や汗が伝ったのが分かる。

 それでも、少女はまだバレていない可能性に賭けて、彼女の腕をひっしと掴んで話そうとしなかった。


「……如何致しましょう?」


 ビナーは思わず小さく苦笑しながら、その判断をインヘルに委ねた。インヘルは大きなため息を吐くと、空いている方の手で髪を掻きながら、少しだけ押し黙り、考えてから口を開く。


「起きそうもねェみてーだ。悪いが今日はこの部屋貸してくれ」

「承りました。普段この部屋を使っている女中には、別邸を使うよう説明しておきます」

「……ありがとな。今回の仕事、お前が居てくれて良かったよ。魔獣の情報も、ウエストエンドの連中の説得も避難も、魔獣狩りも……お前が居なかったらもっと時間が掛かってた。それに――」


 ――ザインやヘットに会ったとき、私が求めているものが何だったのか、ぼんやりと分かった気がする。


 そう言おうと思ったが、無性に気恥ずかしくなって、視線を逸らし、少し言葉を濁した。


「……アンタらみたいな親子に会えたしな」


 インヘルからの予想外の謝礼にビナーは少し驚いた顔をした。短い付き合いだが、それでも何となく予想ができる。彼女はおそらく、他人にすんなりと礼が言えるような性分ではない。それ故の驚きだった。


 同時に自分の子供たちが称賛されたことも理解したビナーは、転じて誇りが含まれたような微笑を浮かべながら、そのロングスカートの裾を掴んで小さく持ち上げると、いかにも貴族の使用人然とした威厳と気品のある出で立ちで返礼を奏上する。


「恐縮です。では、また明日」

「ああ」


 ビナーが部屋から出て行くと、ラストラリーは口元を少し緩ませて、さらに強くインヘルの腕を抱き寄せた。どうやらまだバレていないと思っているらしい。


「(親は我が子のことを、絶対に忘れることはない……ねぇ)」


 ラストラリーがインヘルの子だとしたら、いつかは思い出すことが出来るのだろうか。

 いまは自分がこの少女のことをどう思っていたのかすら覚えていない。或いは本当に血が繋がっているのかも分からない。インヘルには血液が流れていないからだ。


 しかし、もし血が繋がっていなかったとして、そんな事は関係ないのかもしれない。インヘルは、ビナーと血の繋がっていない子供たちの様子を見た。

 彼女たちのあの幸せそうな笑顔は、間違いなく本物であると、確信していたのだから。

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