37. Thoughts Don't Exceed the Lightning
◇ ◇ ◇
「さて空白。今日から君には、私から訓練を付ける」
「はい! おしさま! わたし、がんばります!」
「うんうん、元気だね。若いね。私は……正直なところ、気が進まないよ」
「いいえ! わたし、そのために生まれてきたんです! たたかうために。せかいへーわのために! わたしは、えーゆうのうまれかわりだと、お父さんが言っていました。だから、たたかわなければならないんです!」
「……そうか。それは……立派だね。よし、じゃあ私が、暗殺者の技を教えてあげよう」
――御師様。どうしてあの時、哀しそうだったんですか。
私は故郷で、かつての英雄の生き写しと言われていました。それに応える為にはどんな事にも耐えられたし、どんな事でも頑張る事が出来ました。
そりゃあ座学は……かなり苦手でしたけど、魔法と運動は大好きで、上手くできたら皆にとても褒められて、私はこの世界に必要な人間なんだって、そう思わせてくれたんです。
怖いものはありません。強いて言えば、私が最も恐れることは、結果を残せず、私が要らなくなってしまうこと。
私の1人目のお父さんは言いました。
「お前は英雄になるために生まれてきたんだ。いつか世界を平和にする。誰かの為になりなさい。幸せとは、自分以外の人の為に、その身を捧げることを言う」
私がそのようにすれば、皆が笑顔になりました。何て素敵なことでしょう。身を捧げることは幸せでした。何故なら私は、傑物になるのだから。約束された未来は常に私の世界を明るく照らし、それは生きる希望となり、私は他者と自分を赦し、誰かの存在に無条件に感謝することができるのです。
1人目のお母さんには、会ったことがありません。お父さんが言うには、立派な人だったと。
2人目のお母さんは歳をとっていました。でも背筋はピンとしていて、精強そうで、私に「英雄」とは何かを教えてくれました。
3人目のお母さんは、私のお世話をしてくれた、可愛くて若い女の人でした。そしてとても優しくて、家族に内緒でおやつの飴玉をくれたり、窓の向こうの景色を見せてくれたりしました。だけどあの人は私の幸せを奪おうと、私の手を掴み何処かへ行ってしまおうとしたので、私はその手を振り解きました。翌日、お母さんは2人目のお父さんに殺されました。
でも、仕方のない事です。親が子供の幸せを願わない事なんて、間違っています。幸せを感じる部分は人それぞれ違うのでしょうが、あの人は、私の幸福を履き違えてしまっていた。
誰かの為に、その身を捧げること。あの人は私のそんな幸福を、ふるいにかけて落とそうとしてしまったので、殺されてしまったのでしょう。可哀想に。
そして、4人目の最後のお母さんが御師様です。
私がより幸福になる為に……より誰かに尽くすことが出来るように、戦いの技術を叩き込んでくれました。
道化師たちという組織のリーダーでもあった御師様は、そこで私に経験を積ませてくれました。特別な訓練も受けさせてもらいました。
「『死んでも倒す』は戦士の領分。『死んでも守る』は騎士の領分。君は死ぬことを恐れていないようだけど、それじゃあ暗殺者としては失格さ。『死なないように殺す』……それが私たちの役目」
「死なないように……殺す?」
「武器であれかし、だよ空白。誰かに振るわれる一本の剣。誰かに放たれた心無い炸薬。裁く断頭台。首を括る荒縄。然れど決して盾にはならないし、命を持った生き物でもない……殺す為の一振りの武器。そんな武器が勝手に壊れるとか、持ち主に申し訳が立たないだろう?」
「おお、確かに! そうですね!」
「だからまず第一に死なないこと。殺すのは二の次さ。獲物と決めたなら時間を掛けて地の果てまで追い詰め、最後に体温感じる自分の肌で、トドメを刺せるのならばそれで良いんだ」
「……で、それが今日の訓練と関係あるんですか?」
「勿論。君も仕事に慣れてきた。そろそろ特別メニューをこなしてもらおうかと思って」
「はあ……特別メニュー、ですか」
案内された部屋にあったのは、多くの道具の数々。
ただし重りとか武器とか、そういう普通のものではなく、仰々しく恐ろしく、見た目だけでその用途が到底まともなものではないことが分かるような代物です。
――処刑器具。
見慣れないものもありましたが、ある程度は知っています。でも、こんなに間近で眺めたことはない。見る経験があるとすればそれは多分、何かやらかして捕まって、処刑が決まった時くらいだと考えていましたが。
御師様は断頭台に腕を掛けながら、私を見て微笑みました。
私は知っています。この人がこうやって笑う時は大抵ロクな目に合わないということを。
「死なないように殺す為には、まず死なないってところからだ。殺すための道具で死ななければ、大抵は大丈夫だよ」
「い、一応尋ねますが、訓練……ですよね?」
「ああ。私も昔この訓練はやったけど、最近は器具も増えてるから豪華だよ。これから空白には、古今東西のあらゆる処刑を受けてもらう。注文は簡単……くれぐれも死なないこと」
「で……でも首を落とされたら死にますし」
「もちろん肉体だけじゃなく、魔法を利用しても良いよ? それと魔法を使うなら、可能であればタネはバレにくいようなものが良い。異空間魔法だよね。君の魔法はまだまだ可能性を秘めている。武器を仕舞うだけの使い方は勿体ないさ」
「うーん……頭脳労働は苦手です」
「さっ! まずは、比較的死ににくいコレから行こう。海の向こうの国で近年処刑器具として採用された、やんごとなき『椅子』!」
「……随分メカニカルな見た目してますね」
◇ ◇ ◇
――痛くないくらい痛い。痛みとは何か、それを忘れそうです。
多分……いいえ、確実に左腕は折れてます。
血……口から……口の中を切ってしまった? でも喉の奥から鉄の味がする……って事は内臓、ですかね。ならアバラもやってるんでしょう。
せっかく異空間に飛ばしていたんですが……それくらい強烈な一撃だったと。ははっ。どうやら、判断をミスったみたいです。
それにしても、この人は強い。御師様が認めていただけはあります。経験だって、多分私よりも多く積んでますし、初級魔法しか常用出来ないくらい少ない魔力量でこれほどの大魔法を行使する為に、血の滲むような研鑽を重ねてきたのでしょう。
雨……そう、この雨雲。水を塊として操っているのではなく、その一滴一滴に、ごく僅かに魔力を込めている。燃費は凄まじく良いのでしょうけど、こんなに精密に魔法を操るなんて神業です。本当に……綺麗な魔法。
指一本程度しか動かせないのに、意識が妙にハッキリしているのは、そんな雨に打たれているからでしょうね。畜生……好きなタイミングで気絶できるよう訓練してきたのですが、やはりそれもお見通しですか。
「咄嗟に腕でガードした瞬発力は流石だよ。だけど、脚が自分のものじゃないみたいだろう? ……生きていたのは都合が良いとも言えるね。色々喋ってもらおうか。許可に無いようなことを一言でも話したら嬲る。話さなくても嬲る。『味方は何人』?」
怖い。
死ぬことが、ではなく。
自分でも理由は分かりません。だけどこんな時にも関わらず、御師様が何故か哀しそうな顔をしているのを見た時と似たような、少し強情で身勝手な黒い感情が、腹の底から湧き出してくるのが分かりました。
それが怖い……正体は分からないですが、この感情は、とても怖いものです。
怒り? いいえ、違います。そんな単純なものではなく、もっと入り組んでいて、出口が見つからないのに、自分の中でしか決着を付けられないようなイメージです。
「……な」
「ん?」
「……見下げるな」
大層立派なんでしょうね。信念があって、この街のことを本気で想っていて、自分を信じて突き進めるその姿勢とは。
負けられないんでしょうね。譲れない過去があり、辛い思いをし、背負ったものが大きいから。
だけど……そんな奴ほど「偉い」って訳では無いんじゃないですか?
言われるがままに誰かの為に生きてみたら、言われるがままに幸福を感じることが出来た私は、空っぽですか? 空白ですか?
私は幸せな自分が大好きです。身を捧げている自分が大好きです。私の居場所は、私の信じた「英雄」の、その影にこそあるのです。
結果を残す私だけが正しくて、誰も助けられない私は捨てられるべき不要な存在。
強迫観念? いいえ、私は自分で、本気でそう思っています。
私は選ばれなくてはならない。だって、英雄って言うくらいですから、きっと何かを成し遂げないといけないんでしょう?
だったらせめて、らしくあろうとする私の、何が哀れなんですか?
どうして見下げるんですか? 私には何も無いと、どうして言えるんですか?
怖い、怖い、怖い。
これはきっと思い込み。本当は誰も私のことを下に見てなんかいないだろうけど、そう考えてしまいます。
だからせめて仲良くしようと、上辺では必死に取り繕って、演じて、それで上手くいってるじゃないですか。
やめて。怖い。私は、まだ足りないのでしょうか。自分でも、自分に何かが足りないと、自覚してしまっているんでしょうか。
だとしたら、この感情も上手く説明できます。
「嫉妬」
目の前で私を見下ろすあの魔女は、所詮ただの犯罪者である癖に、淋しそうな眼をして、何かの為に戦おうとしている。
『死なない理由が見つかったよ。充分だ』
あの時、彼女の言葉を聞いてから、自分の中で小さい嫉妬感が萌芽するのを感じました。しかし、最初はその意味するところが分からなかった。
でも今なら分かります。
彼女は死ぬことが怖く、魔力も少なく、魔女に身を堕とした弱虫です。それなのに、恵まれたはずの私に食い下がり、今や私を見下ろしている。一本心に持った、その信念が故に。
対する私には、生きる理由が無い。
無論、暴力の才能はありました。英雄の生き写しとも呼ばれました。だけど私には、本当に心から信頼できる、「生きる意味」を持ち合わせていないのです。だから死ぬのも怖くない。
妬ましい……妬ましいッ……!
才能の無い、選ばれてもいないお前が、私を打ち負かそうとしてるのが妬ましい! お前が……お前如きが! 一振りの武器として振る舞い、誰かの為になろうとしている私の誇りを見下げるな!
不幸な奴の方が強いと思うなッ! 私は私で幸福だ!!
幸福な奴が勝つことがあってもいいだろ!! 単にお前が不幸ってだけで、幸せな私の誇りを見下げるんじゃねェッ!!
「残念だよ。まずは脚だ。キミの退路を断つ」
そんな心持ちで不用意に近付く敵に、魔法を練りました。
指一本動けば良い……この雨の中、得意の火属性魔法は使えない。残されたのは金魔法と土魔法だけ。私が使える中で最速の魔法を。目も霞んで上手く見えない状況で、しっかりと狙いを定められる魔法を。
「……【霹靂】」
霧の巨人が私の脚を蹴り潰そうと構えたタイミングで、私は魔法を展開します。金属性魔法【霹靂】……魔力を持つもの全てに対して、無差別に襲い掛かる雷を放つ魔法。
発動直後、雷は魔力を持ったもの全てに反応し、魔道具である街灯を尽く破壊しました。
敵の魔法は海水を利用している。つまり雨にしろ、雲にしろ、霧にしろ、彼女が魔法で動かしているものはよく電気を通す。そして伝達した雷が最後に狙いを定める先は、魔力を持った敵の身体そのもの。
駆け巡る雷光が敵を穿ち抜く。
私はうつ伏せで倒れ伏したまま、視線だけを彼女の方へ向け、食ってかからんばかりの勢いで睨みつけます。
「がひュッ……! あ、ぐ……がァァァッ!?」
「ふっ、は……あ、ははは、はは、は、ははははァッ! お互い、忍耐強さ、を、確かめま、しょう、よ、先輩ッ!! なぁに……蒸し風呂の我慢大会と、同、じで、すよ……!!」
魔力反応があるもの全てに襲い掛かるということは、つまり私自身をも貫くということです。
電流はその性質上、異空間に飛ばしてある肺腑にまで届き、眠っていた痛覚を一気に目覚めさせます。折れた腕の激痛。萎縮し硬直し変形した筋肉と内臓に突き刺さる肋骨の感触。焼け焦げる頭髪と皮膚の臭いに至るまで。
通常なら脳が一斉に危険信号を発するほどの苛烈な電流ですが、その判断すら極端に鈍くさせるくらい痛烈な雷霆。
意識を保つのも、呼吸をするのも難しい……ッ!
だけどそれは相手も同じこと!
普通なら、魔法使いが剣士とかに守られた集団戦の状態で、魔力を持つ敵だけを怯ませる為に一瞬だけ使うような魔法ですが……
「(目一杯叩ッ込んでやるよッ……! 堪能しやがれッ!!)」
「(まだ、こんな力が……だが内臓にダメージを負ってるキミの体で……どこまで持つかなッ……!!)」
「ッ……ぐ……ぎぎぎッ……!」
「ふッ……ぅっ……あああああッッ!!」
さっさとリタイアしろッ! 食いしばってんじゃねェッ!!
お前のような不幸人が、私に嫉妬させるなッ!! ダメージを負ってる? 関係ない! 私の勝ちは明らかだッ!
『――電気椅子。合衆国唯一の処刑器具だよ』
『電気……雷って事ですか』
『ああ。最初は弱めから慣れていこう。まあそれでも、気を緩めると失禁して意識を失うから注意して。目標は通常出力で5分間を2セットね』
耐えるなッ!! どうせ私の方が長く持つ!
お願いだから……耐えないでくれ……! お前の背負っているものを見せ付けて、また私を嫉妬させるなッ!
……何分経った頃でしょう。それとも、数十秒しか経っていないか。
全身を硬直させながらも立ち上がっていた彼女は、突如首元を押さえるようにして膝を付きました。
「う……ああああッ!!?」
領主邸では首元から大量の子蜘蛛が湧き出し、私から逃げ果せたことを思い出して、思わず警戒しました。
しかし、どうやらそれとはまた違う反応のようです。子蜘蛛は形を成す前に、崩れるようにボロボロと首から零れ落ち、最後には灰のような姿になって消えてしまいました。
「(や、やられたッ……! あの魔獣が……まさかッ……!?)」
「(インヘル先輩……た、多分、向こうは終わったってことですよね……!? ならば一気に……!!)」
電流を私が辛うじて耐えられる最大の威力に調整します。
ありったけの魔力を絞り出すように……ここで、終わらせるッ!!
「(嫌だ……どう、して……!! 何で……僕は……! シャルル……シャルルッ!! もう、奪わせないって決めたのに……!!)」
早く落ちろッ! 死んでしまうぞッ!! 意地を張るなッ!!
「(――畜生……畜生ッ……!! 僕……ちは……僕たちは……生きても良……って……言っ……もらい……かった、だけな……に……)」
永遠にも感じられる長い一瞬の後、魔女は……クラメルは、少しだけ海に視線を向けてから、受け身も取らずに頭から倒れ込む。
最後に彼女が口走った静かな絶叫は、私以外の誰にも届くことはなく、空を覆っていた黒雲が掻き消えて差した、夕焼けの光に飲まれて消えてしまった。
まるで、闇が光に飲まれるように。




