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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
36/76

36.Heiligen

「(柱をへし折って落とすか……いや、それだとビナーも巻き込んじまうな。にしてもあの蜘蛛、遠距離攻撃の手段はあんのか? 無ぇなら一方的に撃ち殺して終わりだが――)」


 ジェットパックのように背負った魔法を炸裂させながら宙を泳ぐインヘルは、上空の巣を闊歩する魔獣に改めて向き直った。

 すると敵は腹部を膨れ上がらせ、口と思しき箇所から高速で何かを噴出する。丸めた糸の束のように見えたそれは、体感銃弾よりも少し低速ではあったが、体勢を整えきっていなかったインヘルの肩へと直撃し、易々とその肉に食い込んだ。


「ッ……やっぱあるよな!」


 弾幕を張られる前にインヘルは腕を銃砲へと変形させ、その巨大に狙いを定める。雷光のような青白いスパークを纏うそれは、家屋であれば一撃で倒壊させてしまうような破壊力の弾頭を放つ、高火力の魔法。


「【重爆機関(ジャガーノート)】ッ!!」


 口径にしておよそ60ミリ。到底持ち運び武器では出し得ない火力であり、弾速も尋常ではない。準備が整っていれば銃弾さえ避けるハートショットも、まともに見切ることすら出来ない、即席の「対物(アンチマテリアル)狙撃銃(・ライフル)」と呼んでも良い。


 その引き金を弾く直前であった。

 敵の糸の球が食い込んだ肩に、強引に引き裂かれるような痛みが走る。まるで大量の生き物が体内に入り込み、孵化したかのような、内側を食い荒らされる激痛。


「ぐ……うア゛アアアッ!?」


 比喩でも何でもなく、本当に生物が入り込んでいた。

 食い込んだ肩口から増殖を始め、膨れ上がり、筋肉を、骨を、食い破るようにして、インヘルの肩からは地上で見かけた小型の蜘蛛のような生物が這い出してくる。

 さながら破裂したかのような速度で増殖を繰り返すそれは、すぐにインヘルの片腕を押し退けて吹き飛ばし、彼女の全身を覆う程になった。


 増殖した子蜘蛛たちは更に肉を食い破り、突き刺し、抉るように、彼女の全身に群がった。あらゆる痛みに慣れているであろうインヘルすらも、辛うじて絶叫を噛み殺さなければいけないクラスの猛烈な痛み。これが一般人であれば、簡単に意識を失って食い殺されていただろう。


 自己増殖の魔術。

 やはりこの敵は、「魔術」を扱う強力な魔獣だった。


 クラメルの首元にはこの魔獣の卵がセットされており、領主邸でのハートショットとの戦闘の際、突如として姿を現したあの子蜘蛛たちの発生源がこの魔術である。

 魔力を餌として増殖するため、後は簡単に魔力を流すことにより発動する仕組みであったが、これが体内に埋め込まれた場合は話が変わってくる。


 加えて、インヘルの魔力量はクラメルと比較して桁違いに大きい。その増殖量とダメージは尋常ではないものだった。


「クッ……ソがァァァ!! 何で毎回、私の一張羅をダメにしなきゃなんねェんだよッッ!!」


 それはそういう戦い方をしているだけという話ではあるが、ミンチにされてしまいそうな激痛を受け止めながらインヘルが考えついたのは、相手の模倣であった。


 彼女の傷口から飛び出したのは、「合金」の魔法で織りなされた頑強な糸。それを身体の輪郭に沿って緩く弛ませると、今にも千切れそうなもう片腕で合図を送った。


 すると瞬時にその鋼糸はインヘルの全身に食い込むように絞られ、自傷を自傷とも思わない彼女の異常な精神性も相まって、彼女に群がっていた子蜘蛛は一斉に網目状に切り裂かれる。

 そして最後に、既に再生が始まっていたまだ残っている方の腕で、頭部を這っていた子蜘蛛を掴み上げると、それを冗談のような握力で握り潰した。


 彼女が鋼糸を引っ込めた時、彼女の四肢や胴体に糸を深く食い込ませた後は、ベテランの医者が縫合するよりも遥かに早い速度で塞がっていき、所々がボロボロになったローブだけが残る。

 弾き落とされた腕も、骨や筋肉、内部組織がまるで糸のように紡ぎ上げられるようにして生え変わると、彼女は「クソ痛ェ」と小言を吐き飛ばしながら、首を傾げながらその元凶を睨み付けた。


「手前……意外と強いな。だが、私に虫ケラの苗床になる予定は無ェ」


◆  ◆  ◆


 この様子を地上で見ていたビナーは、表情を変えずともあからさまに目を輝かせ、口元に指を当てて考える。


「(やはり特異体質。これは……異端も異端ですね。最初に話を聞いた時は自身の魔力を消費して再生能力を得ているタイプと思っていましたが……あれはどういう訳か、体内の魔力に依っていない理外の力。人間の特異体質の話は聞いたことがありますが、何と言うか、彼女の力は非常に()())」


 ――「特異体質」と呼ばれる人間が居る。

 彼らは一様にして、生まれ持った時から魔法が掛けられたような状態にあり、ある程度の毒が効かなかったり、傷の治りが早かったり、自分では制御できない力があったりと、通常の人間とは一線を画す存在だ。


 体質は多岐に及ぶが、共通しているのは、生まれつき魔力を有することと、その力が血筋に宿るというもの。特異体質を持つ者の先祖を辿れば、何世代か離れた場所に似たような特異体質の持ち主の存在が窺える。


 その為、彼らの血筋は王族の意図を含めた国の管理状態にあり、国に忠誠を誓い富を齎す一族であれば、それだけで爵位まで与えられて召し上げられたという歴史もあった。

 裏を返せば、それが逆賊の徒であれば、計画的に根絶されてきたという仄暗い側面も存在する。


 そんな財貨を与える反面で危険性もひとしおな、まるで悪魔の取引のような体質を持つ血筋の一族を、人々は畏敬の念を込めて「聖別の血(ハイリゲン)」と呼ぶ。

 しかし、教会などの神職の中には彼らに否定的である者も居る。

 「彼らは人間と魔獣の混血児(ダンピール)」という理由でだ。実際、この言説を完璧に否定する術は無い。


 ただし、彼らの体質はインヘルのそれほど色濃いという訳ではない。いくら傷の治りが早いとはいえ、全治数ヶ月の傷が数週間で治るとか、病気に罹りづらいとか、貴族としては欲しい力だが、その程度のものだ。

 腕が生え変わったり、頭を落とされても生き残ったり、心臓を潰されても少し呻くだけで済んだりするのは、あまりに力が濃い。冗談半分で神でも宿っているのかと考えてしまう程に。


 本来、魔法使いは時間をかけて外部から魔力を取り込み、貯金を崩すようにしてその力を使う。特異体質の人間もそれとよく似ているが、彼らは無意識に、かつ潜在的に魔力を「体質機能」の為に使っているだけであり、全員が魔法使いである訳ではない。むしろ属性魔法と無属性魔法、共に使えない者が殆どだ。


 稀に特異体質を授かりながら、魔法使いとしての素養がある者というケースもあるが、その場合も「貯金システム」は変わらない。魔力切れ……すなわち残高が無くなれば、体質も魔法も機能せず、再度貯蓄するには時間を要する。


 しかしその点、やはりインヘルは異常だ。あれだけの大魔法を使用し、魔力を大量消費しても、「再生能力」という特異体質だけは全く衰えていない。


 ビナーの仮説はこうだ。


 おそらく彼女の扱う無属性魔法の魔力の出どころと、再生能力に使っている魔力の源が、それぞれ独立している。

 前者には貯蓄できる上限が存在するが、後者は(今のところ)際限がない。とてつもない速度で、かつ無尽蔵に魔力を吸い上げ、あれほどの再生能力を維持している。


 これは現代の魔法理論が及ばない、まさしく指輪物語の指輪(アーティファクト)。或いは魔法革命の一端であった。理論上、外傷によってはほぼ不死身に近い。


 ――考え事の世界から思考を引き戻したビナーは、再びインヘルの狩りに目を向ける。


 高威力の【重爆機関(ジャガーノート)】は、射角が安定していなければ上手く狙いを定められないという弱点がある。最も効果的な運用方法は、相手に気付かれていない状態での狙撃だが、今回は既に対面してしまっていることに加えて、魔獣が遠距離戦闘に熟練していた。

 照準を合わせることも出来ず、あの自己増殖の魔術を食らうことは二度と御免なインヘルは、続々と放たれる糸の弾丸を回避するのに全力のように見えた。


 彼女の空中戦の機動力は目を見張るものがあるが、精密な操縦というのは難しい。アレでは着弾しないにしろジリ貧だ。

 かといって飛翔しながら、少し威力が控えめな射撃を繰り出そうとしても――


「キキャァッ!」

「チッ……器用な奴だな!」


「(糸を編み込んで、直前で弾丸を防ぎましたね……火力の低い弾丸では、あれを貫通する方法が無い)」


 蜘蛛の糸は鉄線以上の強度を誇る天然の防弾素材。しかも相手はただのデカい蜘蛛如きとは違う。魔獣、人類の敵対種、高知能な獣。虫と同じ姿をしてようが、あくまでも本質は変わらず、ただ「節足動物型」であるというだけである。


 獣型であれば運動能力に優れ、植物型であれば自走能力が低い代わりに防御性能に特化しており、虫や節足動物型は戦闘力が環境に大きく左右されるが、相性が噛み合えば最も凶悪な被害を出す傾向がある。


 人間にとっては劣悪な足場。地対空戦の防御を担う糸。遠距離攻撃にも役立つ自己増殖の魔術。加えて、自身の付近に糸を張り巡らせ、接近を拒む姿勢も貫いていた。


 接近が出来ればインヘルにも勝ち目があるかもしれないが、こちらの攻撃は全て防がれ、安全圏から弾幕を張られてしまっている現状、それも難しい。何せ弾に掠っただけで身体の一部が食い千切られるのだ。

 糸も怖い。原始的だが「網」は最も汎用性の高い狩猟具の一つ。空を飛ぶ不安定な姿勢を取られてしまえば、最悪、堕ちて好き放題蹂躙される。


「【機々械々(エクスマキナ)】……」


 インヘルは再び、飛行しながらでも安定して使える機銃を腕に顕現させた。しかしそれは先程までの攻防で無効と判断したはず。

 「何が来る」……言葉が無くとも、魔獣はそのことを理解し、防御を固める為に、編み込んだ糸を更に強靭にするように、隙間を埋めてゆく。


 魔法の銃身はスパークを発すると同時に、まるで石窯で焼かれたような真紅に染まると、ガチャンという撃鉄を起こす重厚な金属音が静かに響いた。


「【熱弾機関(イグニッション)】ッ!!」


 インヘルは属性魔法が扱えない。しかし、「爆雷」という特殊な魔力を応用すれば似たようなことが出来る。

 これは火薬の性質を持つというだけではない。火属性の炎魔法、そして金属性である雷魔法に似た特徴を併せ持ったような、最初から完成された合成魔法らしきものだ。ハートショットの例外的な魔法運用などを除けば、合成魔法は普通に魔法を扱うよりも倍以上の発動時間がかかるが、それを一呼吸で出来るからこそ、インヘルの「爆雷」の魔法はシンプルに強力である。


 そんな「炎」から発せられる熱を取り出し、弾頭にその魔力を液体化させたものを「合金」の魔力でコーティング。雷管を打ち、放たれた弾頭がヒットした箇所を、その弾丸の変哲もない見た目とは裏腹に焼き尽くす、インヘル流のエセ火属性魔法。


「ギッ!?」

「糸を大量に束ねたのは()()だぜ……結局は生き物から生まれた糸。いくら丈夫でも、熱と酸には弱いだろ?」


 網で捕らえられた弾丸は途端に小さく爆ぜた。しかしその爆発の小ささとは裏腹に、燃焼する勢いは凄まじい。

 魔力が液体化しているのだ。例えるならば、自然発火するガソリンを撃ち込まれたようなもの。インヘルの弾丸から身を守る為に広く展開していた糸の防壁は、燃焼により激しく明滅し、敵の「巣」を取り囲む。


 魔獣の光に対する反応は人間と同じ。

 眩し過ぎれば見えない上に、今回の魔獣は蜘蛛型。まぶたが無い。


 光から逃れられない。焼け爛れるような熱い空気で鼻も利かない。

 唯一頼りとなったその聴覚で聞いたのは、何かが噴射される音。


 瞬間、炎の壁は切り開かれた。

 炎に包まれる壁を、まるで何の問題ないかのように躊躇なく正面突破したインヘルは、ようやく勝ちの目がある「面と向かっての接近戦」へと場を運んだのだ。


「テメェ、やっぱ普通の蜘蛛と同じで()()しか歩かねぇな。だったらそこは粘着性の無い場所だ」


 インヘルは魔獣の触肢を金属質で覆った腕で強引に鷲掴みにすると、蜘蛛と同じ縦糸に足を置いた。この糸に粘り気は無いが、足場が悪いことに変わりは無い。

 させまいと、蜘蛛はその脚を4本、彼女の腕に絡ませる。残る4本で体を支え、インヘルを引き剥がす為に力を込めた。


「(接近した……しかしあれは節足動物型。足場も悪いですし、身体強化の魔法を施しても、並みの狩人なら力で正面から勝てる道理はありませんよ……?)」


 インヘルは身体強化魔法など使っていない。そしてその相手は、昆虫型に匹敵するほど筋力が強いとされる蜘蛛型。勝てるはずがなかった。普通なら……そう、()()()()()()()


「ふッ……!!」


 インヘルは獣のような眼差しで魔獣の8つの瞳を睨み付けると、腕に万力のような力を込めた。

 引き剥がせない。節足動物型が。生物界でも指折りの「筋繊維」の力が。あろうことか、この細腕の、1人の女を止める事ができない。


 否、それどころか……押されている。純粋な力ならば魔獣の土俵だと思っていた。だから応えた。しかし、これは――「敗北」の文字が、やっとその魔獣の思考に姿を表した。


 咄嗟に糸の弾丸を放とうと口を開けたときには、もう遅い。

 刃のように鋭く強靭だった触肢は、えげつない破砕音と共に砕き折られ、その痛みで魔獣の力が緩む。


 その隙にインヘルは、掴みかかっていた魔獣の4本の脚を振り解き、そのへし折った2本の触肢を振り上げ、糸の弾を吐き出そうとしていた口元を頭から貫くようにして振り下ろす。


「ギッ……ガギャァァァァァ!!」

「痛ェよなぁ! 覚えときやがれ! それが痛みってヤツだよ!」


 自分の体の一部を折られ、頭部から貫かれた魔獣は、金属を引っ掻いたかのような金切り声を上げる。青紫色の血。インヘルには流れていない、血。


 彼女はそのまま、金属化した腕を振りかぶると、黒い魔法陣を浮かび上がらせる。そして拳を思い切り突き出し、魔獣の口元に捩じ込んだ。


「【零距離(ゼロレンジ)重爆機関(ジャガーノート)】ッ!!」

「ギッ……!」


 まるで落雷だった。

 魔獣は爆風と共に内側から炸裂し、断末魔も残す事なく、原型を留めない姿になって散らばっていく。


 海風が残心へ吹き込んだ。


 爆発でズタズタになった腕を再生させながら、インヘルは視界を上げ、空高くから夕陽が沈んでゆく橙色に輝く海と地平線を眺める。


 暫くすると、魔獣が生み出したであろう糸は、溶けるようにして消えていった。

インヘルの狩りはこれにて決着です。

さて、とはいえまだ続きます。ブックマーク、評価、感想等いただければ励みになりますので、よろしくお願いします。

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