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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
35/76

35.Remember Them

 クーパーは蹲るような体勢になりながら、目の前の少女を見上げるようにして睨み付けた。しかしラストラリーは僅かに体を震わせながら、一切その場を退こうとしない。


「退いてくれッ……餓鬼に手を上げるなんて出来ねぇ……! だけど俺は……あの狩人を止めなきゃらなねェ……頼む! そこを退けッ!」

「と、通しません……! わッ、私は……絶対に、退かない! ……です」

「どうしてだ……俺は……ただ、救いたいモノを救おうとしてるだけ。それなのに、どうして邪魔されなきゃならない。それが正しさか……? 目を瞑って、助けを求める者に、手を差し伸べちゃいけないのか!?」


 少女に対しての大人らしい受け答えではなかった。そもそも、この少女が普通ではなかった。


「は、ハーティさんは……あなたが邪魔をするなら、多分……ううん、きっとあなたを傷付けます。敵として、見做します」

「……それが何だ。傷付けられんのも死ぬのも覚悟の上だ! 俺の命だろう……俺がどう使おうと、それは俺の自由なはずだ!」

「あなたの命はッ!」


 怯える少女に宿るような瞳ではなかった。


「あなたの命は……あなただけのものじゃ、ないんです。あなたはお医者さんだから……きっと、色々な命が失くなっていく景色を見てきたはず。背負ってるはず……! あなたの命の責任は……あなただけで取れるようなモノじゃない!!」


 ――それは叫び。


 ありとあらゆる命が潰えるその瞬間を見届け、そして自らで命の終わりを告げ、奪った事があるかのような、死の重さを知っているような声だった。とてもじゃないが、一介の大人にですら、これほどの深みを持った言葉を紡げる者も居ないだろう。


 クーパーは唖然としていた。十にも満たないであろう少女の姿に。きっと、息子が生きていたら、このくらいだったのかもしれないというほど、小さな背丈に。


「誰かを助けるって……思っているより、とっても大変だよ。助けられない人も居るし……だけど、一番大変なのは……自分の命が、どんどん、どんどん、ずっしり重くなることだと……私は思う……思い、ます」


 若造の戯言だけでは済まされないものが、そこにはあった。

 そのおぼつかない口ぶりに、「何を知った風な口を聞くか」と一蹴することも出来ただろう。しかしそれが出来なかったということは、少女の言葉に、クーパー自身どこか考えるところがあったからなのだろう。

 決して逃げられない、「人を助けたい」という我が儘に付き纏う、宿命らしきものを。


「人を助けたいなら……人を()()()()覚悟を決めて下さい! 死んでも良いなんて寂しいこと、言っちゃダメです! あなたが助けようとした人から逃げないで下さい! 助けられなかった人から逃げないで下さい! 皆、あなたが……忘れちゃいけない人なんですから……! あなた1人が死んじゃっただけで、その責任なんて取れません! それでもここを通りたければ……たっ……叩きます! 頭!」

「っ……!」


 何を見た。その幼さで、何を見てきた。地獄だろうか。地獄すらも生温い、世界だろうか。

 何があった。その幼さで、過去に何があった。救えなかったものを数えることなんて、本当なら怖くて出来ない。しかし、そんな選択を、無数にやってきたかのような振る舞いだ。


 クーパーは聞かなかった。元より、嫌われ者の狩人に付き添っているという時点で普通の子供ではないことが分かっていたから。何より、その事を聞いてしまうと、自分がラストラリーを助けたいと、同情してしまうかもしれなかったから。


 この少女の命を背負うのは、自分には不可能だと気づいてしまったのだ。


 ベッドに座り、何のやり取りをしているかも見当がついていないようなウエストエンドの子供たちを、クーパーは見回す。


 さっきまで、クラメルに協力する為ならば命を捨てても良いと思っていたのに、それがどうだろう。もう、そんな無責任な事が出来るような心は姿を消していた。


 自分が死ぬということは、彼らを覚えていられる者が1人減るということ。救えなかった息子を覚えていられる者が、減るということ。


 人間は2度死ぬ。

 体が死んだ時と、誰にもその存在を忘れ去られてしまった時だ。


 だとすれば、そんな2度目の死を迎えてしまった者というのは、どうなるのだろう。きっと救いようがない。供養する者も居ないのだから。


 ――不意に、外の景色が暗雲に包まれる。

 それは余りにも不自然で、人為的にも思えるような、重苦しい空模様だった。



◆  ◆  ◆


「(ラン&ガンの二丁拳銃でも狙いがここまで正確だなんて、やっぱり精神的な重圧でのミスは期待出来ないかな……! 的を絞らせるな……脚を動かし続けろ……!)」

「(相変わらず凄まじい水魔法の初速です……ガンマンみたいに足を止めて立ち合ったら絶対に勝てない! だけど――)」

「(やっぱりコイツ――)」


 唐突な発砲音と魔法の撃ち合いにより、まばらにあった人影もパニックを起こして遠くへ逃げ去ってしまった潮風通りの昼下がり。屋根を伝ってクラメルの魔法を無駄のないアクロバットで躱し続けるハートショットの動きを見て、両名は同じ感想を抱いた。


「「(――水刃に順応し始めてるッ!!)」」


 ハートショットは運動センスに関して、右に出る者がいない程の天賦の才を持つ。銃身と指の動きに注目できるような状況であれば、生身で弾丸でも避けてしまうだろう。身体強化魔法の適性がそれほど高くなくとも、彼女が持つ元来の運動神経は圧倒的なアドバンテージになり得る。


「(それに銃を全然再装填(リロード)してない……! やっぱり収納系魔法かッ! 弾倉に弾を込めた状態で異空間に弾丸を収納する……そして再び弾丸を込めてから、弾切れになったら魔法を解除すれば、自動的に装填完了って寸法かな……)」


 一時的な馬力だけ見ればインヘルの方が優れてはいるが、身体の使い方や持久力という面ではハートショットの方に一日の長以上のものが有るだろう。

 インヘルには驚異的な再生能力という特異体質がある為か、その戦い方が無骨で捨て身のようなものになる反面、ハートショットは敵の攻撃にとにかく「最小限の動き」で「当たらない」ことを重要視している。


 たった一度でもハートショットの目に映り、それを理解すれば、彼女は即座に動きを順応させ始め、最終的には全く直撃を喰らわないようになるだろう。そして、その「最終的」に到達するまでの速度が尋常ではない。

 簡単な技なら一度見ただけで最も効率的な回避行動を把握し、複雑な技術でも数度見せられれば全く当たらなくなる。


「チッ……街中で事を構えるなんて、派手な奴だなぁ。暗殺者としての矜持を失った? 引退を勧めるよ」

「もう引退済みですよ……それと、リタイアした方には言われたくないんですがねッ!」


 お互い口をついて出た悪態だが、挑発の意思がある訳ではなく、あくまでも本心だった。まだ道化師たち(ジェスターズ)に所属しているのであれば余りにらしくないフィールドを選んだことへの疑問もある。

 会話、目線、動作……彼女たちのそんな何気ない所作は、ひとつひとつが相手を仕留める為のギミックであり武器だ。情報を引き出しながらも淡々と命を狙う、その一挙手一投足全てに意味があると考えた方が良い。


「あー、そうだったのかい。だとしたら納得だね……教育が不足してるみたいで」

「ッ……何ですって?」

「教育してあげるよ。水魔法の使い手と、()()()()()って事の意味を」


 クラメルがこの経路を進んでいたのは、あくまでも追跡者たちから逃れることだけが目的という訳ではない。逃走経路は予め定めておいたものだ。極力海に近く、水魔法のプロセスである「水の生成」をすっ飛ばせるようなロケーションを選択し、敵を掃討する……逃走と戦闘に対する保険を両立させる為に用意した手。


 加えて、ハートショットに同じ攻撃が2度通じないことと同じように、タネが割れている異空間魔法の使い方など、クラメルには通用しない。


「(咄嗟の頭突きは効いていたように見えた……どうやったのかは分からないけど、あれがブラフじゃないとすれば、斬ったり刺したりするのは有効とは言えない。鈍く……抉るような……弾丸のようなッ!)」


 そう言ったクラメルが一歩を踏み出した瞬間、彼女の目の前に蒼く輝く魔法陣が展開された。

 彼女は魔力の総量が非常に少ない。初歩的な魔法しか使えず、高名な水魔法使いが扱う、地上で津波を引き起こしたりするような、余りに多くの水を生み出す魔法は使えない。


 しかし、元から用意されていた水があれば話は変わってくる。花瓶の中の水すらも巧みに利用するほどの精密な魔力の操作と展開までの早さは、彼女の全存在を賭してまで得たリーサルウェポン。


「――魔力は普段、『液体』として振る舞う。下に流れて沈み込む」


 地脈に流れる魔力の源泉は、ごく高温に熱されて流動する、極めて粘性の高い液体であると推測されている。

 その為か、多くの魔法使いは無意識のうちに、体に血液が巡るようなイメージで魔力を運用し、あくまでも「流れ」として魔力を操作する事がおおい。


 しかし魔力とは、根本を辿れば、常識的な法則を何もかも無に帰するような強大な力である。どう存在することも可能だし、形があるのに質量が無い、希釈された現実性そのもの。


 クラメルの魔力に対するイメージは「気体」であった。

 タンクがあり、ポンプがあり、チューブがある、水道管のような構造で魔力を扱っていたとすれば、指先や足下に魔力を「流す」為のタイムラグがある。

 しかし、気体として体内に充満しているイメージをものにする事が出来れば、流動の為に時間を割く必要もない。クラメルの魔法陣展開の速度の秘密は此処にあった。


 彼女の魔法を詳しく観察してみると、魔力で生成した水は水蒸気のような状態になっており、それが外気で冷却されることで液体へと変貌する様子が見て取れる。


 形容するならば、たった一代で生み出された、全く新しい天衣無縫の水魔法の型。彼女もまた天才であった。


「だけど僕は、そんな型に嵌った捉え方はしていないんだ。自由に……もっと『自由』に……!」


 ハートショットが引き金を弾く。敵の走力に慣れた目で、避ける先を予測して撃ったその銃弾は――見えない何かによって、軌道を変えられた。


「な……!?」


「晴れ舞台にも曇り空」


 魔法詠唱。魔力の足りない者が、魔法発動の補助に使う手段。

 しかしこれはハートショットも聞いたことのない呪言だった。


「有為転変の理に、蔓延る道義へ等しさを――紫雲瑞雲悉く、万象呑みて混淆を成せ」


 大量の水が近くにあるという限定的な状況でしか発動できない、彼女のみが使うことのできるオリジナルの水魔法。


 水分を温度変化なく気体へと変換。その水の粒を、持ち前の魔力の精密操作の技巧で意のままに操作する。クラメルの技の中でも最大級の効果範囲と威力と自由度を誇る、最強の魔法。


 名付けて【嵐魔法】――


「【有為転変に等しき叢雲(ドレディヒ=グライヒ)】」


 黒煙のような雲が、魔法陣の中心から噴き出すようにして現れた。

 それはまるで黒い天井が落ちてくるかのようにハートショットたちの上空を覆い隠し、潮風通りの一帯は瞬く間に、太陽すら届かない深い暗闇に飲み込まれる。


 クラメルの姿は霧のようなものに包まれ、姿がぼやけて見えた。


「(ヤバい……何か分からないけど絶対ヤバい!!)」


 ハートショットの野生の勘はすぐさま警鐘を鳴らし、二丁拳銃のワンマガジン分である12発の弾丸を一斉に連射する。

 しかしやはり、その弾丸の全ては空中で角度を変え、付近の家の窓ガラスを粉砕し、石畳の道路を抉るだけであった。


 空中に固定された水の粒はあらゆる飛び道具を弾き、軌道を逸らす。なまじハートショットの狙いが正確過ぎるが故に、少しでも狙いをずらされれば、まず命中する事は無いだろう。


 直後、ハートショットの頭上だけを目掛けて、唐突に雨が降り始める。

 しかしその雫はすぐさま落下するのではなく、彼女のすぐ上方で、まるで時間が静止したかのようにピタリと止まった。


 この一粒一粒が、意志を持って操られている水の粒。

 ハートショットが選択したのは、すぐさま屋根の上から飛び降り、回避行動を取る事だった。


 結果として、それは正しい判断だったと言えよう。水滴は途端に、弾丸のような速度に加速し、彼女の二丁拳銃が可愛く思えるほどの弾幕となって、元居た家屋の屋根を穿つようにして破壊し尽くしたのだ。


 地面を転がり、受け身を取るハートショット。

 しかし彼女の頭上には、既に次の一撃がセットされ始めていた。


「(うおおおッ!? 降ってくる雨全部避けろって言ってるようなモンですよ!? バカ言わないで下さいってッッ!! そんなの順応とか関係ない!!)」


 五体を全力で躍動させ、霧に包まれたような姿で足を止めたクラメルへと接近戦を仕掛ける。どうやら走りながらだと、集中力が途切れやすい大魔法らしい。

 ならばこの機に、自分の得意とする間合いに潜り込んで短期決戦を挑むのは極めて有効な手段だと考えた。


 しかし、次の瞬間、クラメルの周囲に漂っていた霧は途端に形状を持ったかのように姿を変え、巨大な拳の形に変化すると、彼女の動きに合わせて振り抜かれる。


「いッ!?」

「ブッ潰れろ……!」


 まるで巨人の腕のように変形したそれは、咄嗟に横跳びで躱すハートショットのぎりぎりを掠める。雲とは思えないほどの存在感のあるそれは、見た目以上の威力があるように思える。

 実際、空振りした拳によって巻き起こされた風圧はさながら台風の如き凄まじさで、ハートショットは辛うじて地面に両手をつくようにして吹き飛ばされるのを回避する事が出来た。


 力に任せた動きではあったが、これを連発されるのは堪らない。追撃の殴打を大袈裟に躱すと、引き足でクラメルとの距離を置く。置かざるを得ない。


「(ッぶな……いくら喧嘩殺法でも、あの威力と範囲で振るわれたら近寄れないですッ……! 海の近くはマズい……見失わないように、一旦距離を置いて様子を――)」


 しかしその隙を逃さないように「雨粒」が襲って来るという二段構え。ハートショットの引き足が無ければ、撤退する事すら難しいだろう。

 体を貫かれるような攻撃であれば問題はなかった。だが、1発で石材を削るようなこの威力はアウトだ。

 防弾の帷子を着用していても、それで防げるのは貫通だけ。同じように、攻撃がヒットした際のエネルギーは異空間に収納しているハートショットの内部組織にも届き得る。


 脚に直撃を貰って骨折なんかした時にはもう終わりだ。

 機動力を前提にした回避行動で精一杯だというのに、それを奪われて仕舞えば途端にこの魔法に対して無力になる。


「(まともに相手するなんて考えちゃいけないレベルの魔法です! やはり距離を離して、あの霧でも弾けないような高威力の爆発物で仕留めるのが最良ッ!)」


 そう考えたハートショットの判断は早かった。地面を蹴り、時には壁を蹴り、立体的な動きで無数に襲い来る雨粒を回避しながら、敵から目を離さないように別の通りへと繋がる路地へと滑り込む。


「追われる側に回ったね。役回りは逆じゃなかったかな?」

「残念ながら生け捕りにしなきゃならないですからねッ! 仕留めるだけならどれほど楽だったか!」

「……へぇ。でも良いのかな。そんなハンデを背負って戦える相手じゃないでしょ」


 悪寒がした。経験則に基づく、抽象的な悪い予感に過ぎなかったが、それでも自分が悪手を打ったと自覚してしまうような、恐ろしい出来事が起こりそうな、そんな確信に近いものがあった。


 クラメルは一時撤退策を練ったハートショットの後を追いかけてきてはいなかった。ただ彼女が滑り込んだ路地の奥……そこに距離を測るような視線を向けてくるだけだった。


 路地のような狭い場所では、「霧」がより迅速に届く。

 クラメルの身を守っていた霧は文字通り霧散し、ハートショットの撤退先に充満していた。


 そしていつしか彼女を追い越し、待ち構えるようにして、逃げ場のない路地に先回りをしていた。屋根に逃れようとしても、上に近付くごとに雲との距離が縮まり、今度は雨粒の回避が難しくなる。


 ハートショットは引き攣るようにして微笑む。それは命の危機に瀕した時の為に植え付けられたハッタリの笑顔。間近に死が迫った時に見せる虚像。

 今度はインヘルの助けにも期待が出来ない状況だった。


「ほら、詰んだよ」


 クラメルが脚を振り上げる。すると霧は巨大な脚のような形に変形し、彼女の身体と動きを合わせ、逃れられない路地を蹂躙するような範囲と威力でハートショットの胴体を蹴り抜いた。


 彼女は咄嗟に片腕でそれを受けたが――異空間魔法は、衝撃までは逃がせない。


 致命的な破壊力が、ペキペキという何本かの骨が砕け折れる音と共に、余す所なく彼女の全身を駆け巡った。

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