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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
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34.Revenge of Courage

 クラメルはドクターとの間に「合図」を決めていた。

 そのサインが無ければ自分とは無関係な第三者が診療所に訪れたということになる。道化師たち(ジェスターズ)はこのような暗号が非常に豊富に用いられており、食事関連の挙止やサインだけでも百式ぶんは叩き込まれる。

 意思疎通のハンドサインは戦闘時にも役に立ち、口を開かないまま恙なく会話をする事だって出来る。


 さて、今しがた訪れた客にクーパーが対応する前の短い時間で、彼とクラメルはお互いに合図を交わしていた。

 「応対すべきか」「一旦出て行く」「急患の可能性有り」……このような僅かなやり取りを済ませると、クラメルはその場を後にして、クーパーは来客への対応を始めたのだ。


「(まだ来てる。足音が無いのに、気配がとんでもなく速い。このレベルで練り上げられた敵……か)」


 この時点で、クラメルの脳裏に浮かんだ人物はほぼ1人に絞られたと言っても良いだろう。


 あの後輩。あの百戦錬磨の暗殺者。あの名前も知らない女。

 何でも良い。ただ、敵の姿を見てもいないうちに断定するのは危険であることを承知している為、自らが関わっていない第三者の可能性も考慮に入れておくことを忘れないようにしていた。


 不可解なのが、子連れの可能性があったという点。外から聞こえた内容によると、子供が事故に遭ったとか何とか言っていたような気がする。これが嘘だった場合、扉を開けた瞬間、少なからずクーパーと揉み合って音を立てるはずだが、それもしていない。


「(『子供』は居る。魔女を狙う立場と言ったら狩人か騎士団だけど、子連れで僕のような魔女を捕まえようとする人なんて……いや、風の噂で聞いた事がある。子連れの狩人、葬儀屋インヘル・カーネイション。まさか今回アーテローヤルに来てるのは……あの女と葬儀屋のチーム? ちょっと豪華過ぎやしないかなぁ……!)」


 クラメルは速度を上げ、まだ人通りがまばらにある表の街道へと出た。潮風通り……海に面したこの道は、下街でも有数の観光スポットとして知られており、魔獣騒ぎがあろうと構わず外出している観光客が散見出来る。


 そんな彼らが気配を感じ後ろを振り返る瞬間、既にクラメルは人波の合間をすり抜けるようにして音も無くすれ違っていた。そのせいか、観光客の視界に映るのは最小限の彼女の姿か、場合によっては振り返っても見逃してしまうような者まで居る。


 端倪すべからざる鍛錬によって身に付けた足捌き。まるで陣風。

 同時に、これに食い下がるどころか、距離を詰めてくる追跡者の技量も推し量れるというもの。


 直後の一瞬、追跡者の気配が途切れた。かと思えば刹那の間に、その気配がクラメルの上方へと移ったのが分かる。


 ハートショットはその健脚で、通りに面した建物の外壁を、木箱などの障害物を使って段差のように飛び越えると、屋根の上をするすると移動していた。

 クラメルが気付いた時、彼女はそのすぐ真隣の屋根の上を駆けていた。


 2人の視線がぶつかり合う。

 そして全く同時に、彼女たちのそれは、さながら猫が瞳孔を開いたときのような妖しげな輝きを帯び、ひいては捕食者、或いは「暗殺者」の様相を呈し始める。


「キミは活きの良い後輩だなあ!」

「大人しく隠居してて下さいよ、センパァイ!」


 ハートショットは心臓を穿つ二丁拳銃で、そしてクラメルは魔法陣から変幻自在の水で、互いの存在に狙いを定めた。


◇  ◇  ◇


 倅が死んだ。六つだった。


 御者が酔ったまま馬車を運転してるところで、撥ねられたらしい。

 馬に手酷く踏み荒らされて、車輪にも巻き込まれて、原型を留めていなかったせいで、親御さんには遺体を見せられないと言われちまった。


 「馬鹿を言うな。俺は医者だ」

 そう言えるほどの気概を、俺は持ち合わせていない。医者と言ってもよ、命に鈍感な訳じゃないんだ。


 例えば人をおかしくしちまう雫を溜めておく器があったとして、そこから雫が溢れると正気を保てなくなるとして、医者ってのは、その器の間口が狭くて、少しだけ入る量がデカいだけに過ぎないんだ。


 だけど、何でだろうな。俺は泣けなかった。修行してた頃は、別のセンセーが担当してた患者が、見事花と散るような大往生をしただけでも、鼻水垂らして泣いてたのによ。


 翌日から仕事にも行けた。看護師の穴はまだ何とかなるかもしれねぇが、医者が居ない病院なんてのは論外だ。まあ、それを置いても、俺は非道い男だったが。


 そんな事してたら、今度は女房が置き手紙を残して出て行った。

 手紙の内容は「血も涙もない」と俺を謗るようなものだ。正鵠を射た、反論の余地も無い完璧な手紙だったよ。

 それでも、その中で一つだけ間違ってる事があるとすれば……俺が悲しんでいないって事だ。自惚れている訳でもなく、俺は女房と同じくらい倅を愛していたし、女房と同じくらい悲しかったし、怒っていた筈なんだぜ。


 それが「涙」っていう形が無かったってだけで、どうして断罪出来るんだ。


 俺には結局、仕事だけが残った。

 救いたいものも救えなかった奴が、どうして見ず知らずの他人を救う事が出来るのかって、そりゃあ、あの頃の俺は医者という仕事が何よりも尊くて、感謝されて、誇りに思えて、世の為になるって考えてたからだ。


 命を救い続けた。のめり込むように、どんな仕事も受けた。

 受けて、受けて、受けて、感謝され続けた。


 だけど忘れちゃいけねぇ。

 これは華々しい「神の手」の救済譚でも何でもないのさ。


 ある時、病棟に2人の患者が運び込まれた。


 1人は子供だ。壊疽が酷く、重度のTB(テーベー)。見ただけでも助からないと分かる程の重篤な症状で、手の施しようが無い。隔離して、どうやって楽に逝かせてやるかを考える段階だ。


 俺は見限ったよ。代わりに、もう1人の方を救う必要があるからな。

 ここまでは、俺の医者としての正当で合理的な考えによって下された判断だった。意識してはいけない。その瞬間、俺は医者ではなくなる。


 もう1人の方は俺と同じくらいの男だと聞いた。胃をやっていたが、症状は子供と比べて軽い。すぐにでも処置すれば助かる見込みがあった。それでも、予断を許さない状況だ。子供の方に時間を使えば、結局両方が助からなくなるだろう。助手同伴で、その男の病室へと向かった。


 ――ソイツは俺の倅を馬車で轢いた奴だった。


 そこからは……余り詳しく覚えていない。

 結局男は助かり、子供は死んだ。俺は「仕事」をした。


 ……だがその判断をしたのは、医者としての俺では無かった。


 何度子供の方の処置に時間を充てられないかと考えたことか。

 何度刃を入れる向きを間違えてやろうと思ったことか。

 何度その内臓を引き裂いてやろうと想像したことか。


 筆舌に尽くし難い俺の怒りを、憎しみを、悲しみを……どうやって尾を引くように、刻み込むようにして教えてやろうか。


 しかしながら、どうやら俺は底知れぬ程の小心者だったらしい。TBの子供を切り捨て、潰瘍の子殺しを葛藤混じりに救った。

 その実、俺は医者としても失格になったことを理解した。


 「自らで命を選択(えら)んだ罪」だ。

 俺は医者を辞めた。代わりに、この罪を背負う事にした。


 命を選ぶ苦しみを永遠に味わい続ける事こそ、医者失格となった俺のための地獄だ。金が払えなければ救わない。金が払えれば罪人さえも救う。そんな非道で醜い、憎まれ役の卑怯者こそが、俺には相応しい。


 これが命を選択した者の末路となる筈だった。


◆  ◆  ◆


 そんな俺の前に現れたのが彼女だった。

 地獄の釜で海を煮詰めたような、深く青みがかった瞳が印象的な女。俺より一回り以上も若そうなのに、どうしてそんな目が出来るのか、不思議だったことをよく覚えてる。


「Dr.クーパー。覚えてるかい……って、そんな訳ないか。前に同僚が世話になった時、僕は見張り役で、顔も見せなかったんだ」

「……初めましてだが、カタギの雰囲気じゃねぇな。何処が悪い? 金が払えるんなら誰でも良い」

「腹芸は良いよ。ネタは割れてる。素直になれよ? 元医薬ギルド所属、別名『外科手術の先触れ』クーパー・デイズさん。偽名くらいは使うべきだったね……裏の世界に慣れてない証拠さ」


 全てを見透かされているようにも思えたが、その瞳には目の前にある「何か」しか映っていないようにも見える、劇毒の如き不気味で危険な妖しさがあった。

 少なくとも、彼女相手に隠し事をしようなどとは思えないほどに。


「……子供を助けて欲しいんだ。ウエストエンドの子供だよ」

「あそこの子供には金が無ぇ」

「それは闇医者としての台詞だろう? もう一度言う……()()()()()()。憎いものは壊したい。良い人は助けたい。本当は誰もがそう思ってる筈なのに、力が無いから蓋をして、自分だけが苦しめば良いと思ってしまう。間違っているのは自分じゃないのかもしれないのに」


 彼女の言葉は、俺のささくれ立った、もうとっくに動かないと思っていた部分に、液体のように浸透していった。それがさっき言った「劇毒」だったとしても、危険な程によく馴染む。


「俺は……罪を償っているだけだ。俺の贖罪に、他人が首を突っ込むんじゃねぇ!」

「違うよドクター。僕が言いたいのはそうじゃない。僕には力がある。人間じゃあないが協力者だって見つけた」


 歩み寄る彼女を、俺は強く拒む事が出来なかった。

 その言葉に、俺が共感していたからなのかもしれない。


「――僕と共犯者(グル)になろう。自分に嘘を吐かなくても良いんだ。命を捨ててまで復讐したかった奴が居るだろう? 正しさを捻じ曲げてでも、救いたかった奴が居るだろう? それなのに、何故か償いと称して苦しんでいるのはキミだ。憎い人はのうのうと、誰かを緩やかに殺しながら生きているというのに。良い人は明日を見失い、何も残せずに斃れているのいうのに」

「……」

「偶には罪のない人を助けてみるのはどうだい? それがキミのやりたかった事なんじゃないのかい? これは()()()()()さ! 何が正しいか。何が間違っているか。そんなのは関係ない。その『正しさ』とやらに、一度NOを突き付けてやるための……そのための復讐!」


 漸く、俺の気持ちを言葉にする術を見つける事ができた。

 「憧れ」……俺が出来なかった事をやろうとしている彼女の、何と晴れ晴れとした笑顔か。こんな女も笑うのならば、きっと地獄は笑いに包まれている。

 自分を殺すだけの俺の地獄とは大違いな、狂喜に満ち満ちた地獄を、俺も生きてみたいと思ってしまった。


「僕はやるよ。命を賭けてでもこの街をひっくり返す。信じたいものを信じる。その片棒を担いでよドクター。これからキミの救いたかった……どうしても救いたかった、罪の無い子供たちを連れてくる。もちろん、ちゃんと代金は払うけど――」

「……要らねぇ」

「え?」

「金は要らねぇ。その代わり俺に……やりたかった償いをやらせてくれ……!」


 そして俺はこの魔性を腹に飼うことを決めてしまった。

 多分、俺のやろうとしている事は、多くの正しさを侵すような事だと理解していたが、それでも、これで俺は心置きなく……命を選んで救うことが出来る。俺の本当にやりたかった贖罪を果たすことが出来る。


 その為の理由も、力も、全て彼女が与えてくれた。

 倅が死んだあの日から、すっかり欠けていたパーツが、「復讐」と「償い」を繋ぎとして、俺の欠落を満たしていくのが分かる。


「……良い目になったね。分かった、連れて来る。せいぜい腕を振るって救ってあげてよ。誰も彼も、明日を生きたい子供ばかりだ」

彼らの国で「手術」と「解剖」は浸透していません。特に身体を切り開くというのは、宗教の教えにおける終末後の復活を妨げるとして、その価値観に左右されるのです。彼らの生活に「宗教」はかなり大きく根差しています。狩人たちが蔑まれているのには、無神論者か異教徒が殆どを占めていることも関係しています。

そんな国で、クーパーは外科手術の第一人者であり、「人を救うこと」そのものに、これ以上なく固執しています。時に人道を外れていると思われるようなことがあろうとも。彼もまた、異端でした。

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