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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
30/76

30.Twilight Fallen

 インヘルとビナーの2人は魔獣の根城があるという、北西部の10番山というエリアへと向かった。そこへ接近するにつれて異様な気配が漂い始め、人の気配どころか、先程までは見えていた海鳥や虫の気配すらも感じられない。避難が済んでいることの裏返しであれば幸いなのだが。


 足場は緩やかな傾斜だが、廃棄物に覆われているせいで、まるで豪雪地帯の山脈を進んでいるように足が取られる。


 見回してみると、ところどころに蟻塚のような塵の塊が積み上がっており、その表面に空いた穴からは、無数の視線で覗かれているような感覚を覚える。


 このエリアの四隅には、瓦礫で出来た塔のようなオブジェが意味ありげに立っており、明らかに、何かの手によって作られたものだということが分かるが、その目的までは察する事が出来ない。


 異様だった。ウエストエンドの光景もそうだが、この場所は更に不気味さが際立っているように思える。


 辺りは夕方の太陽に照らされ、斜面を登っていくと海岸線が見えてきた。橙色の光を乱反射する海面と、目の前に広がる歪な廃棄物の山が織りなす非現実的な対比に、妙に気分が落ち着かない。

 インヘルが振り返るとビナーは、その悪路を彼女よりも歩き慣れた様子でいた。小さい歩幅と一定のペース、そして足の裏を全て地面につけて蹴るように進むのがコツか。


「……インヘル様。おそらくテリトリーに入りました」

「了解。こっからは殺されても文句言えねぇぜ」

「守りませんからね」

「そっちこそな」


 ヒリつく緊張感は当然のように伝わっており、2人は互いにその姿勢を戦闘時のものへと変化させる。


 ビナーはその長丈のスカートをたくし上げると、大腿部のガーターベルトに付いているポシェット状のケースから何かの柄のようなものを取り出した。

 その黒い筒状のものには、彼女の手指にあるタトゥーのようにダマスクの白い柄が装飾されており、中央のトリガーを引くと、両端からは銀色の金属製の筒が伸びる。彼女の背丈ほどもある一本の棒となった。


「棒術かい。もっとこう、ガーターホルダーならナイフとか細剣とか、お洒落なヤツだろ」

「刃物とは調理器具です。蜘蛛はあまり美味しそうではないので」

「マジで普通のメイドじゃねぇんだな」

「おや、まだ疑っていたのですか。暴力の腕を買われたことを誇りにする気はありませんが、私も一応、戦闘員ですので」

「疑ってはねェよ。これまで散々異質だったしな」


 ベルネーツ家。

 かつてアーテローヤルを訪れた貴族家だ。


 彼ら一家は本街での小旅行を楽しんでいる中、ひとつの「拾い物」をした。


 ベルネーツ家当主は少々変人で、しかし民との親交を蔑ろにしない、民主的な思想寄りの貴族だったという。その為、彼は下街に出て、そこの者と同じものを買い、同じものを食べることを趣味としていた。

 始めは下街の住民もその服装の豪奢な様子に畏まり、萎縮していたが、彼の人柄の明るさ故にアーテローヤルの住民と彼はすぐに馴染んだ。

 そんな彼が下街の裏通りに迷い込んだ時のこと。細道を歩く、空虚な目をした、幼く、たいそう身なりの悪い少年を見かけた。少年の手に握られていたのは、まるで縁の無さそうな、不釣り合いな金品の数々。


 当主はその様子を訝しみ、少年の後を追ってみると、その先に広がっていたのは正にアーテローヤルの闇の部分だった。


 ウエストエンドの子供を使った強盗代行。少年は人相の悪い大男たち3人にそれを渡すと、膝をつき、物を乞うような姿勢になった。しかし男たちはそれを一蹴し、少年を裏通りの暗黒に放り出すようにして蹴り倒す。

 少年の身に危険を感じた当主だが、御付の警備はあのような子供の為に動いてはくれないだろう。

 少年は感情というものが備わっていないかのように、もぞもぞと立ち上がり、その場を去ろうとした。その悪虐に目を瞑り、彼も同様にここを立ち去ろうと足を進める。


 ――姿を見ないかと思えば、此処に居たのですか。私もメトゥン様も心配していましたよ。


 直後、屋根の上から女の声がした。その場に居た者全員が、懇切丁寧に話すその声の主を探すようにして空を仰ぐ。

 それは長丈のメイド服を纏った、細い目と、ルビーのような緋色混じりの長髪が特徴的な1人の美しい女性だった。


 ――……ああ、なるほど。


 女は何かに納得すると、棒状のものをガーターホルダーから取り出した。すると、彼女は高さ5mはありそうな屋根からふわりと跳び上がり、落下の慣性そのままに、1人の大男の襟元を掴むと、それを地面に引き摺り倒した。

 そして棒を構え直し、くるりと回すと、地面に付けた男の側頭部をゴルフ球のように打った。彼女の倍はありそうな大柄な男が、まるで赤子のように寝かしつけられる。


 女は残りの2人も、いとも容易く、流れるような動きで打ち倒すと、隠れ見ていた当主やその警備を一瞥し、一足飛びで突っ込んで来る。

 貴族の警備とて雑兵ではない。全員が武器で身を固めた戦闘経験もある戦士である。


 それが一撃。たったの一薙ぎで、防衛行動を取るために抜いた剣は遥か先へ叩き飛ばされたのだ。明らかに常人離れした戦闘能力であった。


 すぐに誤解は解けたが、そのベルネーツ家当主は、彼女の腕っぷしと才能、そして隔てなく全てを救う、まるで至高の母のような姿に惚れ込み、警備の一員としてすぐさま雇い入れることにした。

 彼は女に対し、「何故誰にも雇われていなかったのにメイド服なのか」と尋ねると、「趣味です」という返答が来たので、そのまま女中に擬態した兵士としてそばに置くことにしたのだ。


 しかし、彼女はこの街を離れられない理由があった。

 そこでベルネーツ家に籍を置きながら、彼の知り合いであったアーテローヤル領主ゼビオ伯に貸し付け、今後ベルネーツ家が小旅行や別荘地としてアーテローヤルに訪れた際はそちらに付くという契約で、何とか口説き落としたらしい。


 これが後に、下街を隠れ蓑としていた2つの強盗団の壊滅、25名の罪人の捕縛に貢献した、アーテローヤル治安維持の影の立役者。

 経歴不明の「戦闘メイド」ビナー・ハイドランの誕生であった。


「まあ、この街だと刃物の類は海風ですぐに錆びますし、帯剣という伝統よりもこちらの方が合理的です。撲殺は素晴らしいですよ。大抵は頭を潰しておけば良いですから」

「戦闘教義はどこで習った? そりゃ多分、素人のじゃねェだろ」

「……忘れてしまいました。ずっと昔、何かと戦った記憶だけが、薄ぼんやりと残っています。争いが体に染み付いているのですよ」

「私みたいな奴だ」

「確かに。私たちは、意外と似たもの同士ですよ。最初にお話しをした時からそう思っておりました」

「私は……」


 インヘルは一瞬、言葉を口にするのを迷ったような仕草を見せた。しかしすぐに口を開くと、呟きのように告げる。


「……お前みたいに、立派な親じゃねぇがな」

「インヘル様は――」


 ビナーが答えを返そうとインヘルの顔を見た瞬間だった。

 黒い魔法陣。弾けるスパーク。そして、炸薬の爆ぜる音。


 確実に、ビナーの視界が一瞬逸れた間隙を狙って、彼女の背後にあった蟻塚のような塊から飛び出して来たのは、1匹の小さな蜘蛛だった。


 普通の蜘蛛ではない。あの時は暗闇でその詳細まで見えなかったが、それは見るからにおぞましい姿をしていた。

 苦悶に満ちた表情で腐って干からびた、人間の頭部を背負っているかのような、そんな模様を腹に持ちながら、その8本脚はまるで錆びた金属を繋げて作ったような無機質さと、それでも、体毛という生物感がある不思議な質感だった。


 瞳はぎらぎらと剥き出しになった紫色で、まるで瞳孔の開いた猫のように、夕陽の色を反射しながら爛々と輝いていた。

 上顎は樹液を吸うような毛むくじゃらなものではなく、肉を噛みちぎる為に作られている。触肢はさながら鍬形虫の顎だ。


 それが陣風のような速度でビナーの背後を取った刹那、インヘルは躊躇なく魔法で撃ち抜いていた。瞳と同じ紫色の体液を撒き散らしながら、弾丸の直撃によって弾け飛ぶ。


「……!」

「小せぇな。子蜘蛛だ……っつーことは――」


 インヘルの変形させた腕の先から上がる白煙は、開幕の狼煙だった。


「来るぞ!」


 叫びが終わるより早く、蟻塚の中や足下のゴミに紛れて、大量の蜘蛛たちが一斉に飛び出した。全方位からの命知らずな突撃の波が、堰を切ったように2人へと襲い掛かる。


「好きに動け! 合わせる!」

「それは頼もしいです……ねッ!!」


 物分かりの良い魔獣かと思いきや、やはり縄張りに入った2人は既に敵と認定されていた。或いは、魔獣側が彼女たちの敵意を感じ取ったのかは定かではない。


 ビナーは武器を構え、細めた目を見開くと、周囲の状況を瞬時に判断する。

 人間らしからぬ息のあった波状攻撃だが、飛び跳ねて突進する個体も居れば、地面を複雑に這いまわって的を絞らせまいと蠢くものも居る。全ての個体が意思を持って違う動きをしているようだ。


「(まずは速度のある奴から……叩き落としますか)」


 凄まじい身のこなしだった。

 同時にインヘルは直感する。おそらくビナーは()()()()。もっと具体的に言えば、周辺視が常人よりも遥かに優れており、普通ぼやっとしか映らない視界の外縁を、まるで複眼のようにハッキリと捉えているようだ。


 例えば、大量の果物を一瞬だけ見たとき、普通は「○○個くらい」と、経験則である程度の概算を出す過程を踏む。しかしビナーは大量の果物を見て、おそらくはその正確な数だけでなく、一つ一つの品質さえも瞬時に見分ける事が出来るだろう。

 天性のものだ。向こうを見ながら別の方向も見ることができる、というのは中々に稀有な才能だった。


 実際、彼女が常に目を細めているのは、常に目を開いておくと、その視界の情報量があまりに多過ぎて疲れてしまうことに由来している。そんな彼女が全力でその目と身体能力を振るえば、こうなる事は至極当たり前のことだ。


 その様子を見て、インヘルは即座に判断した。「正面は全て任せても良い」と。徹底して彼女の死角をカバーするように、彼女の武器の間合いの外側に陣取り、背中合わせになるようにして、子蜘蛛たちを撃滅していく。

 数が数である為に接近を許すこともあるが、インヘルは魔法で左腕を鋼鉄の塊のように変化させ、銃火器と殴打の組み合わせによって次々と堕としてゆく。


「ビナー、お前の魔法は!?」

「私の魔法は燃費が悪いので、魔力は温存しておきたいですかね!」

「了解……じゃあ伏せなッ!」


 呼応してビナーは姿勢を低くする。

 インヘルは再び魔法陣を展開し、両腕にガトリング砲を取り付けたような仰々しい姿に変貌した。


「【機々械々(エクスマキナ)】――」


 両腕の多銃身式兵装を同時に発火させ、貫通力と殲滅力に特化した合金の銃弾が全方位に無数に放たれる。


「【鉄甲機関(マクシム)】!!」


 給弾、装填、発砲、排莢。

 「合金」の魔法によって作り出された機関のそのサイクルは、再装填を必要としない連弾となり、収束しない銃撃が敵の身体を易々と穿っていく。狙いなど付けていない。

 連射力にのみ特化した重火器の反動を支えているのは、他でもないインヘルの常人離れした腕力であった。


()なんだよ虫が! 何でも数で押し通せる訳ャねぇだろ! そんなんじゃ、纏めて蜂の巣だぜ!!」


 こうなってしまえば敵も堪らない。

 子蜘蛛たちの瞬時に突進の波はすぐに終わりを迎え、一定の距離から牽制するようにインヘルたちを睨み付けるようになった。的を絞らせないように適当に動き回りながら、少しでも被弾率を下げるように。


 ガトリングの信頼性は、密集した敵に対しては非常に高いものになるが、このように散開されると途端に有効性を欠く。

 しかし、敵に「ゴリ押しだけでは通じない」という現実を抱かせただけでも十分だ。インヘルは掃射を停止すると、距離を詰めてこないように動き始めた敵の、次の策の観察を始めた。


「(動きが変わった……文字通り蜘蛛の子を散らすみてぇに、ビナーの間合いの外側で動いてやがるな。クソッ……逃げ回るから狙いも付けづれェ)」


 攻撃の手が緩んだ事は確かだ。

 しかし、まだ子蜘蛛の数は半数以上残っている。黒い絨毯がうぞうぞと蠢く様子は、生理的に嫌悪感を覚えるものだった。


「さて……こっからどう来る――」


 インヘルがそう言いかけた直後、2人の足下が大きく音を立てて崩れ始めた。彼女たちはその振動に一瞬よろめくと、足下に視線を移す。

 捕まったのはこのゴミの地面での移動に慣れていないインヘルだった。反応が遅れたのだ。

 彼女の足首には、子蜘蛛たちが持っている鍬形虫の顎のような触肢が深々と突き刺さっていた。どうやら地面から突き出すように生えてきているらしい。


 痛みを受けたインヘルは一瞬歯を食いしばる様子を見せたが、すぐさま地中の敵に向かって銃口を向ける。


 しかし、この鋼鉄のような触肢はやけに巨大だ。

 おそらく最初から潜んでいた。子蜘蛛たちが円陣を組むようにして動き始めたのは、この場所へと2人を誘い込む為だったのだろう。


「ッ……来やがったな……!」


 インヘルがトリガーを引く直前、崩れた地面は更に大きく崩壊し、同時に、まるで巨大な海洋生物が海面から飛び上がるかのようにして、親玉が現れた。

 脚に食い込んだ触肢に激しく引っ張られるようにして、インヘルの身体は脚を上にして、宙吊りになるように突き上げられる。


 流石のビナーも、ここまで崩壊した足場では上手くバランスを取れないようだ。膝をつきながら、咄嗟に引き摺り上げられたインヘルに視界を向ける。


「う……ッおおおああああ!?」

「インヘル様!」

「来るなッ! 私がやるッ!! 雑魚は任せるぜ……!!」


 インヘルの言葉にハッとしたビナーが周囲を改めて見渡すと、子蜘蛛たちが我先にと、勢揃いで飛び掛かろうとしている最中であった。よろめきから体制を立て直す。


 空中と地面。彼女たちは分断された。

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