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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
29/76

29.Anonymous

 ウエストエンドを仕切る長というのがどんな奴か予想もつかなかったが、私は今、その人物を正面に据えて立っていた。

 栄養不足と隣り合わせのこの場所で、やけに仕上がった上半身を隠そうともしない緩んだ服。

 浮浪者の伸びきった白髪混じりの黒髪や髭を生やしながら、しかし瞳は活気あふれて死んでいない。


 家の中を見回してみると、まだ使えそうな箪笥やベッド、食料の貯蔵まであるようだ。……驚いた。薬草も干してある。やや不便だろうが、この家なら一般人でも住んでいけそうだな。


 室内の様子を見るに、コイツは一介の貧民街のジジイではない。おそらく普通の平民並みに学があり、常識があり、それでも此処へ住み続けている奇人、という印象を受けた。


 男は見かけ通りの頑固な漁師のような口ぶりで、訪問者の私たちを招き入れる。


「おっ、何だよ! ビナーちゃんじゃあねェか! ようやく俺んトコに嫁いでくれる気になったんだなァ!! がはははッ!! 今日は寝室空いてるぜ?」

「生憎、節操無しは好みではありませんので。それよりもメトゥン様……後ろ後ろ」

「ん? ……違うぞ我が妻たちよ。コレはだな、一種の駆け引きと言うか……いや、まあ、そうだな! 違わん! 浮気だ! ビナーちゃんは抱きたい!!」

「「おるぁぁぁぁッ!」」

「グオオオオオオオオオオ!!」


 若い女2人による腕ひしぎと四の字が綺麗にキマっている。やり慣れてるな。あれは痛いぞ。


「(この妙に身体が出来上がったデカいオッサンが……)」

「彼がここの長、メトゥン・ロア様です。腕を固めてる茶髪の方がヒバネ様。脚を極めてる藍髪の方がシナンボザ様。どちらも彼の細君ですね」

「マジで3人と結婚してんのか」

「まあ、内縁というか」


「しかし……客人とは珍しい。胸がウチの屋根くらい薄い。がははははは、抱けんな!! 最低でもビナーちゃんくらいは――」

「ふんッ!」

「グオオオオオオオオオオ!? 客人まで……! 3人がかりとは! まるで十字架に磔にされた聖者! だが意外と悪くない……むしろ次の景色が……来るッッ!!」

「駄目だビナー。ムカついたから固めてみたが、コイツ無敵だ。殺して良いか?」

「いけませんよ。それと、私はCです」

「聞いてねェ! 目指してもねェ!」


◆  ◆  ◆


 私が一方的に傷付けられた賑やかな挨拶も終わり、私たちは絶妙に床とも言えないような貼り合わせの木板に腰を下ろした。隣にはビナー、向かいにはメトゥンと2人の妻が座る。


 奴はその丸太のような腕がまだ動くか確かめるように肘を曲げ伸ばししながら、乱暴に伸びた顎髭に手をかけて私たちの話を聞く姿勢をとった。


 ――気にしてはいないが、再び自分と他の連中の身体を見直してみる。ヒバネと言ったか。……彼女が一番だな。次にシナンボザ。次にビナー。何だろうこの敗北感は。無言ながらこの上ない侮辱を受けているようにも思える。


 そんな憤怒も半ばのところで、ビナーはひとつ咳払いをすると、本題を切り出した。こうなった経緯と避難勧告だった。


「――という訳です。魔獣の調査と討伐のため、例の場所へ住民を避難させたいのですが」

「なるほどねェ……事情は分かった。ま、ビナーちゃんも領主んトコで働いてる身だ。立場ってもんがあるよな」

「……申し訳ありません。ここに住まう身でありながら、このような申し出をしてしまい」

「だが俺は反対だ」


 メトゥンはさっきまでの安穏とした態度から一変、胡座をかき、頬杖をつきながら迷いなく言い放った。あの魔獣は、誰かの命令かもしくは自らの意思でウエストエンドを護っている。

 現状、ここの住民に奴を殺す道理は無いだろう。被害を受けているのは本街の連中であり、連中にとっての厄災であるが故に祓われようとしているだけだ。


 この件において、ビナーは微妙な立ち位置に居るだろう。説得する方法も持ち合わせていなければ、彼女ほどの冷酷さを、ウエストエンドの住民全てに強いることは出来ない。


「俺には優先順位がある。まず嫁と子供の安全。次に他の住人の安全。最後に俺の安全だ。……俺だけの問題なら首を縦に振っていただろうが、アレが居なくなることで家族に被害が出る可能性があんなら、俺ァとことん反対するぜ」

「立場の違いですか。なかなかどうして歯痒いですね」

「そうだ。そういうモンだ。……なぁビナーちゃん。どうしてオメェ、領主の方に行っちまった? そりゃこっちは貧乏かもしれねェが、それ以上にオメェは子供を愛してるように見えるぜ。どうしてあの領主に肩入れする?」

「……肩入れしている気はありませんよ。ただ、領主様の立場に立ってみると……理解できるものがあったので」

「理解か。ビナーちゃんはいつもソレだな。なら理解出来るだろ? この場所に住む奴は、皆が皆、あの領主が嫌いだ。憎んでると言っても良い。差別の刷り込みの裏にはいつだってあの野郎が居る。俺たちを害することに免罪符を与えてるような奴を、理解する気にゃなれねェ。ビナーちゃんとは違ってな」


 説得や議論は、しばらく平行線を保ち続けた。

 私はビナーの隣で黙っていた。いつの間にか会話の主導権をコイツが握っていたからだ。

 それに、いま2人が話していることは、私が決着を付けられるような問題ではないような気もする。「こちら側」と「あちら側」の言葉に、私が介入できる余地が無かった。


 それならば許可なんか得ないで、ウエストエンドのことを無視して魔獣を狩れば良いという考えが一瞬脳裏を巡ったが、直後に私が思い描いたのが、ザインとヘットの顔だった。自分でも何故あの2人のことを考えたのかは分からない。


 しかしその時には、私はもう強引な手は使うべきではないという結論に至っていた。その手段は、私の嫌いな奴がいつも使っているものだから。

 自分よりも弱い相手を見つけて、奴らを攻撃しても良い理由を、血眼になって探す。そして笑うんだ。正しいのは自分だという妄想に取り憑かれて。


 怖いんだろうな。自分が間違っているかもしれないと疑う事が。

 だから、きっとこの説得は必要なものだ。私が私の行動を肯定するために。


 円満な結果にならなくても良い。安寧に終わらなくても良い。嫌われても良い。これは自分が間違っていることを疑うための決戦だ。同時に、私が魔獣を狩る使命に囚われているのは何故か、その再確認でもある。


「――アンタが何と言おうと、私は狩るぜ」


 気が付いたら私はそう口走っていた。

 初めて客観的になれたような気がした。こうやって、自分の声に耳を傾けるんだ。


 メトゥンは怪訝そうな表情で私を鋭い視線で射竦める。そりゃ突然口を挟まれたらイラッとするよな。私もそうだ。


「アンタは分かっちゃいねェ。魔獣ってのは、人を殺すんだぞ」

「だから何だってんだ? これが今まで散々俺たちを嬲ってきた奴らへの天罰だとしたら、神なんて下らねぇモンを信じてやっても良い」

「言葉足らずだったか? 『食う』んじゃねェ。『殺す』んだ。今じゃそれが当たり前の常識みてぇになってるがな……食うために殺すのと、殺すために殺すのは、話がまるで違う」

「……」

「アンタ、どうしても憎い相手を殺した後に食おうと思うか? 思わねェよな? だが憎らしいと、全力の敵意を向けるよな? 私は、魔獣共もそれと同じなんじゃねぇかと思ってる。あの獣共に何があったかは知らないが、人間が赦せねェんだろう。丁度いまのアンタらみたいに」


 言葉が自然と出てくる。私でも知らなかった私の考えが、それに身を委ねた瞬間に溢れ出るような感覚だった。


「そんな奴らが律儀に人間を護っているとは、どうしても思えない。思うに、アンタらも危ねぇぞ。私たちと魔獣の殺し合いは、人間同士の殺し合いによく似てる。理由が風化しても、何故か憎み合うのをやめられねェ。相手を赦せねェからだ。……だから、頼む」


 私は立ち上がり、頭を下げていた。自分がこんなお願いをするなんて、ひと昔前なら考えられないことだった。

 しかし、どうやら私は自分の中で燻る小さな熱に当てられているらしい。或いは、忘れたものを取り戻し始めているような、そんな思いにか。


「アンタらがどれだけ辛い思いをしているのか、私にはそれを我が身のように考えることは出来ねェ……だが、領主を赦してやってくれないか? 私は魔獣と人間の終わらない戦いを、断ち切らなきゃいけねェんだ」


◆  ◆  ◆


「正直、驚きました。インヘル様があそこまで色々と考えているとは……あっ、悪口ではないですよ」

「……自分でも、らしくないことを言ったと思うよ。昨日読んだ魔獣の本の影響かもな」

「お陰で説得は成功です。奥様方とも仲良くなったようで」

「思い出させるなよ……危うく化粧されるところだったんだぞ」

「残念。少し見てみたかったですね」


 私が頭を下げたところで、メトゥンは表情を変えた。

 どうやら彼から見ても、私がそういう事をするような性格には思えなかったようで、少し意外そうな顔をされながらも、最後は2人の内縁の妻からの説得もあって魔獣狩りを飲んでくれたのは、素直に良かったと思える。


 ……そのあと色々と絡まれたのは厄介だったが。

 この街に来てから、妙にそういう機会が多くなっているように思えた。身の丈に合わない評価を受けていると言うか、狩人らしからぬ扱いと言うか。


 この事をビナーにこぼしたら、彼女は意外な返答をしてきた。


「此処に来た当初より、少し優しい表情になったと思います」

「私が? んなバカな……こちとら目つきと態度が世界一悪い狩人として有名なんだぜ?」

「もっと具体的に述べれば、ザインとヘットに会った後あたりからでしょうか。何だか穏やかになったような気がします。2人と会ったことで、何か良い変化があったのならば幸いです」

「……どうだかねぇ」


 煮え切らない私と少し上機嫌なビナーが次に向かった先は、ヘットの居所だった。メトゥンのもう1人の妻と一人娘、そしてその仲間内の女子たちと一緒に化粧品を探しているとのこと。

 一応、他の住民たちへの連絡はメトゥンが済ませるらしいが、ヘットに顔を合わせておきたいというビナーの言葉で、彼女たちの集団にはこちらから声を掛けておくと約束したのだ。


 ウエストエンド全体で避難が終わるのは、おそらく夕方ごろか。

 ……そこからは私たちの世界だ。狩りの世界。おおよそ、普通に生きる者が踏み入ってはいけない世界。


 魔女が魔獣を使役している可能性を考慮すれば、おそらく魔獣の方を先に討伐した方がいい。隷属が解けて突然魔獣が暴れ出すかもしれないからだ。

 向こうの仕事は進んでいるだろうか。ラストラリーは……チッ。どうしてもアイツの顔が頭から出ていかない。


「あっ、お母さん! インヘルお姉ちゃんも!」

「ただいま。ザインと離れていたので少し心配していたんですよ。エヴリン様とカタリナが付いているので大丈夫とは思ってましたが」

「えへへ……お母さんは心配性だね。大丈夫だよ。カタリナちゃんも、ほら」


 心配……ね。

 私は、ラストラリーのことを心配してるらしい。別行動を提案したのは私だが、何とも身勝手な話もあるものだ。


 そういえば、この仕事が終わったら肩車とか言ってたっけ。

 ……アイツも、もっと我儘言いたいのかもしれないな。前の仕事で「我が儘は聞かない」とか言っちまったが……なら、私がアイツの気持ちを汲んで、何かやってやる事が出来れば……って何バカなことを考えてんだか。私は、私が良ければそれで……


 おそらく自然に出来たであろう温かな笑顔で抱きしめ合うビナーとヘットの様子を見ながら、孤独にそんな考えを巡らせていた。

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