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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
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28.Curse of Silence

 これは遠い昔の記憶。

 ありふれた、どんな者も持つ、幼い頃の母親の記憶。


「ねえ、#a⚫︎<%……どうして人が誰かを傷つけてしまうか、考えたことはある?」


 涙ぐみ、引っ掻き傷のようなものを至る所につくっている少女は首を横に振りました。目の前の母は、彼女に愛情を持って何かを諭すような口調で、優しく告げます。


「ずっと変わらず、すべての瞬間、何かを好きでいることが出来ないからよ。ふとした時に嫌になったら、人はそれを傷つけてしまうの。あなたが友達と喧嘩しちゃったのも、きっとそのせい」


 叱っているような表情をしていましたが、その母の言葉には、子供でも感じることが出来る母親らしさというものがありました。


「だから大事なのは、自分だけじゃなくて、相手の気持ちを()()()()こと。相手が何を嫌だと思ったのかが分かれば、貴女はその子の気持ちに寄り添うことが出来る。そうすれば、『嫌い』なんかひっくり返して、また『好き』に戻ることだって出来るのよ」


 小さな頭に、傷だらけの手が置かれます。

 母の手は縫い仕事と洗い物で、いつも生傷やあかぎれが刻まれていました。触られただけでも引っ掻かれたような気分になる、皮ばった、がさがさの手は、少女の大好きなものでもありました。


「それに、誰かを嫌い続けるのはとっても疲れるんだから。ほらっ、仲直りしてきなさい」


 憎らしさばかりに覆われていた少女は、母のその言葉に胸を打たれ、見事友達と仲直りをしましたとさ。


 憎み合うのは疲れるのです。

 それが嫌なら、理解することが、正しい道なのです。


 これが彼女の頭の中にある、最も古い記憶。


 少女は成長し、やがて自らの人生を、「理解する」ことに全て捧げました。


 ……やがて少女は果てしない時間に呑まれ、忘れてしまっていました。相手のことを理解できたら、次は何をすれば良いんだろう。


 ――何がしたかったんだっけ。


 それを教えてくれる母の姿は見えません。目的を失った手段だけが、ひとりでに間違った道を進もうと、存在しない人はもう二度とそれを正してはくれません。


 しかし、少女の魂に刻まれた「母親」は、他の全てが脆くも壊れ去ってしまおうと、まるで呪いのように、その頭の片隅に焼き付いています。


 それは例えるならば、世界で一番優しい呪いでした。

 或いは、少女の儚い憧れでした。


◆  ◆  ◆


「あっ、かーちゃん! それにインヘル姉ちゃんまで!」

「よう」

「ただいまザイン。ヘットは何処へ?」

「あいつはリーダーんトコの子に誘われて5番山に行ってるよ。昼ごろに新しいモンがまとめて捨てられてさぁ、化粧道具拾うのが流行ってんだって」

「口紅はダメだって伝えました?」

「おう! 病気になるかもしれねぇからな!」

「ザインは偉いですね」

「へへっ」


 ビナーのその言葉だけでもザインにとってはとても嬉しい出来事だったようで、少し下を俯きながらはにかんだ。


「(こんな場所でも、人ってのは笑えるモンなんだな)」


 と、インヘルはその様子をぼんやりと眺めながら頭の中で思った。次にビナーの方を見ると、彼女もまた穏やかに微笑んでいる。

 子供たちと血の繋がりが無いということはこれまでの行動からぼんやりと理解していたことではあったが、そんなお互いがこれほどまでに分かり合っているというのは、インヘルにとっては不思議な、理解しにくい姿だった。


「そういや、お仕事はどうしたんだよ? 俺でもやってんのに、かーちゃんサボってんのか?」

「まさか。今日は外での仕事ですよ。……それでですね、ザインにはここの子供たちを『秘密基地』の方へ案内して欲しいんです。ヘットや大人たちには私が言っておきます」


 ビナーがそう言うと、ザインはきょとんとしたような表情で、がらくたを拾い集める手を止めて何かを考え始めた。

 おそらく彼は自分の母の立場を知らないのだろう。腕が立つ庶民ということで一介の警備業務をこなしていることも、ここに魔獣を狩りに来たということもだ。


 しかし彼なりに母の言葉を解釈したようで、深くは考え込みすぎないように、元気いっぱいな様子で頷いた。


「おう、分かった! 秘密基地ってことは……今日のはちょっとアブないお仕事なんだな! おいインヘル姉ちゃん。かーちゃんの邪魔はすんなよ」

「誰にモノ言ってるか考えろよガキンチョ。私ゃ強ェぞ」

「ええ、インヘル様は強いので、私の力になってくれます」

「ふーん……かーちゃんがそう言うなら大丈夫か。そんじゃ、終わったら呼びに来てくれな! 今日の仕事は中断って言って回るよ!」

「気を付けてくださいね」


 ころころと表情を変えながら、ザインは拾い集めていた廃棄物の袋をその場に置いて、子供たちを集める為にその場から走り去って行った。

 姿が見えなくなるまで、彼はビナーに手を振り続け、彼女もそれに応えるように小さく手を上げていた。


「逞しい奴だぜ。ところでよ……『秘密基地』ってのは本当に避難に事足りるのか?」

「19番山という場所にある、有事の際の避難場所とでも言うべきでしょうか。長と私の案で、悪意のある者が街に入り込んだ時に使える所を作りました」

「隠密性は?」

「かなり高いかと。廃棄物の山の内側をくり抜いて、柱で補強してあります。外者が好んで入るような場所ではありませんし、ウエストエンドでは獣も鼻が効きづらいでしょうから。ゴミ山の中に人が居るだなんて思いませんよ」

「ふぅん。ま、確かにこの場所だ。それなりの対策も用意してあるわな。んじゃ、長って奴にも避難勧告しに行くか。なんやかんやで会ってなかったし」

「はい。彼に伝えれば、すぐにウエストエンドの住民全員に知れ渡るでしょう」


 おそらくその男は、魔獣がウエストエンドを守っているということも知っているだろう。

 それを狩るということにどんな反応を見せるのかを想像したインヘルは眉を顰めた。長がビナーのように私情を殺せる可能性は限りなく低い。


 頭を掻き、面倒そうな表情を隠そうともせず、インヘルはビナーの案内に従って、ウエストエンドの中で最も家らしい形をした家へと向かうのだった。


◆  ◆  ◆


「おじさん、串焼き2つください!」

「あいよ嬢ちゃん。アンタ、珍しい格好してるなぁ。旅行中かい?」

「そんな感じですかね! 知り合いの娘さんを預かってて。それにしても、此処は綺麗な街並みですよね〜。丘の上の方に住めば、綺麗な海の景色を独り占め出来そうなんですけど……」

「あっちは金持ちの住む場所だぜ? 嬢ちゃんも、下街の建物の壁で満足しとくんだな」

「へえ、勉強になります! 丘の上って、どんな人が住んでるんですか?」

「それはだなぁ――」


「(ハーティさんって、雰囲気に溶け込むの上手いなぁ。誰とでもすぐ仲良くなっちゃうし……私には難しいかも……)」


 街での魔女の捜索を任されたハートショットとラストラリー組は、貴族家が別荘地として利用していない「下街」と呼ばれる地域で聞き込みを始めていた。


 街に入ってきた時に感じた奇異の視線や小さな噂話の声というものを、この場所ではあまり感じない。旅行者もこちらの方が遥かに多かった。というよりも、むしろ丘の上の地域では余所者というのを全く見かけなかった。


 街の色合いと言うべきか、そのコントラストがこれほど激しい場所だということに、ラストラリーは少し驚いていた。

 今日まで領主邸近辺の景色ばかり目に入っていたが、場所を変えれば世界が変わる。美しい街並みは鳴りを潜めていても、平民の身分で心地が良いのはおそらくこちら側だろう。


 そして次にラストラリーが吃驚したのは、ハートショットの「馴染み」の早さである。これはラストラリー自身が体験していたことでもあるが、たった数十秒で相手の印象に残り、かつ、すぐには忘れられない。数日も一緒に居れば親しい友人になれる。もはや特殊能力だ。


「――ってな奴らだ。いけすかねぇだろ? ま、それでも俺らは大人しくショバ代払って露天商やってんだがな。魔獣騒ぎでめっきり外出する奴も減っちまった」

「うーん、お金持ちには醜聞が花とは言いますが、いざ目の当たりにすると笑い話じゃないですね〜……おじさん! 追加で串焼きもう1本お願いします!」

「折角若いのに、そんな気ィ使ってると老けるぜ?」

「大丈夫ですよ! ほらっ、私の髪とかもう全部白髪なんですから!」

「ハッハッハ! こりゃ参った。相当な苦労人と見たぜ。そら、1本は俺の奢りだ」


 おそらく無意識ではあるが、話のトーンや緩急、相手との距離の取り方が抜群に上手い。客商売をする相手には人畜無害を装い、地元民には迷子を演じ、時には軽い人助けからコミュニケーションを図ったり。

 会話の相手によって態度も雰囲気も大きく変える。子供っぽい振る舞いには年下が懐くし、相手を立てるような気遣いは年上も気を許す。本来であれば、年下に好かれるか年上に好かれるか、その向き不向きがあるというのに、コロコロと自分の居場所を変えられる器用な性分だった。


「(同じ人なのに、さっき違う人と話してた時とはまた別人みたいだなぁ……)」


 肉の焼ける香りが鼻腔をくすぐり、それは朝食を済ませたラストラリーの胃袋を刺激したようで、彼女のお腹は誰にも聞こえないような「くぅ」と、誰にも聞こえないような小さな音を立てる。

 彼女は慌てて自分のお腹を押さえると、恥ずかしそうな困り顔を浮かべた。


 すぐに串焼きは提供され、お代を払うと、ハートショットに3本が手渡される。

 ハートショットは「せっかくだから」と、露天の前でその串焼きに豪快にかぶりついた。頬を綻ばせ、ラストラリーにも食べるように勧める。

 2本ぶんを渡されたラストラリーの方はぱくりと小さい一口で串焼きを齧ると、もきゅもきゅと上品に食べ始めた。塩味の効いた特製のタレと肉のジューシーさが口いっぱいに広がり、彼女は目を輝かせ、ハートショットの方を二度見してから、次にもう少し大きい一口で頬張った。


「美味しいです! お肉が柔らかい!」

「昔、肉を街の海水に漬けてたって話があってな。塩水に漬けると肉が美味くなるんだ。……嬢ちゃんたちも良い広告塔だな!」

「へぇ〜……海が近いですもんね。素敵な街です。魔獣、早く倒されると良いですね」


 忘れてはいけないのが、ハートショットは暗殺者(アサシン)であるということだ。

 彼女は「歩く武器庫」とも呼ぶべき一流の狩人。

 これほどフレンドリーながら、一般人が死ぬまで関わらなさそうな暗器を常に懐に引っ提げていると考えると、この特技がどれほど恐ろしいモノであるかは語るべくもない。


「最近は領主の関係者が魔獣に襲われたってんで、上の奴らもピリついてるらしいんだ。ようやく狩人連盟から人が来たみたいなんだが……俺ァもっと早く呼んで欲しかったな。ここは普段ならもっと活気あるんだぜ?」

「成程……同感です。それに、宿の人から夜に出歩く怪しい人影を見かけたって話も聞きましたからね。フルパワーで旅行を楽しめない! と言うか」

「っと……あんまその事には触れない方が良いぜ? 何でも花屋の主人が、そいつと接触した後すぐに行方知れずになっちまったんだってよ。下街の噂は広まるのが早ぇ。触らぬ神に何とやらって奴さ」

「……それは怖いですね。ご忠告、有難うございます」


 ラストラリーが2本を懸命に食べ終えるまでの間、それを待つようにハートショットは仕事を進めていた。そして串焼きが姿を消すのを見計らい、彼女は会話を切り上げる。


 2人はぺこりと頭を下げると、「ご馳走様でした」という別れの挨拶と共にその場を後にした。会話に飢えていたご機嫌そうな露天商の店主に背を向けたハートショットの顔つきは、何かを考えているような雰囲気を孕んでいる。


 下街の小さな通りに入ると、周囲に人の姿が見えなくなったタイミングで、ラストラリーは彼女の横顔を見ながら尋ねた。


「さっきの不審者さんの話、私聞いてないや。ビナーさん言ってたっけ?」

「ん? ああ、カマかけました。私も、夜に出る怪しい人影の事なんて聞いてませんよ」

「……嘘つき?」

「んもう、人聞きの悪いこと言わないでくださいよぉ。ゴーリテキキョギってやつです! なんか呪文みたいですよね、ゴーリテキキョギ」

「それ、たぶん意味分かってないよね……? それに前ママが言ってた。『真顔で嘘を言えるヤツは油断ならねー』って。……ハーティさんも『ゆだんならねー』ね」

「あはははっ! ラストラリーちゃんはこうならないようにしましょうね」


 その言に、ラストラリーは目を細め、口を尖らせながら言い放つ。


「悪いお手本。嘘をついちゃったら、私はごめんなさいする」

「おおっ、言うようになりましたねぇ。でもそんな悪いお手本のお陰で色々なことが分かりましたよ」

「……お花屋さん?」

「そう、満点! ……おそらくあの魔女はかなりの頻度で下街に来ていますよ。向こうも向こうで、積極的にウエストエンドに害をなす人を探ってるみたいなので……帯を締め直す必要がありますね」


 ラストラリーは幼さゆえに気付けなかった。ハートショットの目線が常に一定でないということに。獣を相手取る狩人とはまた異質な、人を疑う人という振る舞いに。


 常に神経質で、疲れ果ててしまいそうな臆病を胸に抱いている。

 そういう意味では、ハートショットはパラノイヤによく似ていた。両者で異なることといえば、そこに論理的な理由があるか否かだ。


 パラノイヤの臆病は、さながら自ら瓶に蓋をするようなもの。しかしハートショットの臆病は、自分が恐れていることすら理解していないような無邪気さだった。

 まるで強いられた恐れと警戒とを無意識にこなしているようで、誰もがその無邪気さの中に隠れた邪悪を見出せない、危ういものだった。


「ハーティさんって……お肉のお金を払うときはちょっと迷ってたけど、もしかして頭良い?」


 よって、ラストラリーが口走ったのはこんな感想となった。

 ハートショットはそれを聞いて、少し眉を上げると、急に得意げな笑顔になって頷く。


「そうなんですよ! 私、計算とかはダメですけど間抜けじゃないんです! 誰もこの違い、分かってくれませんけどねー!」


 言葉を変えれば、それは明晰ではなく「敏感」である。

 本人はその事すら頭にないようではあったが。

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