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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
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27. After a Fierce Battle

 ハートショットが目を覚ますと、そこは自分たちが借りていた領主の別邸にある寝床の上だった。窓の外の太陽の位置を見るに、昼近くまで眠っていたらしい。


 寝室の机の上には2枚の丁寧な筆跡のメモ紙と、白パン、サラダの軽食に飲み物が用意されていた。


「……あっ、ビナーさん」


 これを用意してくれた人の心当たりに目処をつけると、ハートショットはもぞもぞと寝床から身体を起こす。すると、自分の服が脱がされている事に気づき、頬を赤らめながら、慌てて椅子の上にあった畳まれた仕事服を手に取って着替えを済ませた。


 服からは石鹸の匂いがする。

 魔法でやられた小さなほつれも血液も無く、どうやら洗濯や修繕まで迷惑をかけたようだ。


 服の置いてあった椅子に腰掛け、ビナーに感謝しながらパンとサラダを口に放り込む。白パンなんて数えるほどしか食べたことがなかったが、柔らかく甘い、錬磨された小麦のポテンシャルが、空いてた胃袋を、その大きさ以上に満足させてくれた。


 最後に水で喉を潤わせると、姿の見えないビナーに感謝するように手を合わせる。軽い食事を終えると、2枚のメモ用紙に目を向ける。


「(こっちは感謝のメモ書きと……『本邸2階へ』、ですか。仕事はどこまで進んだんですかね? 昨日の今日なので、せいぜいブリーフィングを終えたくらいでしょうけど……)」


 おそらく昨日帰還したインヘルや今朝がた出勤したであろうビナーがおおよその今回の任務の動きを決定し、これからその説明をされるのだろうと予想した彼女は、「少し癪ですがインヘル先輩にお礼も言わなきゃ」と頬を膨らませながら、借り物のジャケットを仕事服の上から羽織り、指示通りの場所へと向かうのだった。


◆  ◆  ◆


 途中、庭で使用人たちが昨晩出た武器の残骸の山を囲みながら処理に困っていたので、異空間魔法で全て回収するなどしながら、本邸の2階へと足を運ぶと、その廊下でビナーが下女たちに指示を出している場面と遭遇する。


 向こうも目を覚ましたハートショットに気付いたようで、ビナーは心配していたという表情を浮かべながら、彼女の元へ小走りで駆け寄ってくるや、礼節を知った様子で頭を下げた。


「ハートショット様。申し訳ありません……私が軽率にインヘル様を誘わなければこんな事には……」

「いえ、あれは誰にも予想できませんって! 敵が仕掛けてくるのが早過ぎました。それより、私がもう少し強かったら領主様も……あっ! そうです、領主様は!?」


 彼の身に何かあればこの魔獣狩りの任務はほぼ失敗だ。ビナーはまだ心配そうな表情を眉にたたえながらも、ハートショットの気遣いに報いるように微笑んで吉報を口にする。


「ご無事です。怪我もありません」

「よ、良かった。最低限の仕事は出来たみたいですね」

「『最低限』だなんて……滅相もありませんよ。死者はゼロ。内通者の可能性を探った結界、1人の下女を軟禁中ですが、被害という被害は領主様のお部屋がしばらく立ち入り禁止になった程度です。警備もパニックを起こしていた中、これだけの損耗で済むなど奇跡的ですよ」


 内通者というのは、おそらくハートショットが遭遇したあの使用人のことだろう。昨晩伝え損ねていたのだが、ビナーか或いはインヘルが機転を利かせて芽を摘んでおいたらしい。


 すっかりその事が抜け落ちていた彼女は、2人が事後処理を徹底してくれたことにそっと胸を撫で下ろす。


「……そうだ。ここに呼んだということは、狩りの作戦変更があるという事ですよね?」

「はい。敵の正体が判明した以上、当初の作戦であった『ウエストエンドでの決戦』に、多少ですが変更点を加えました。私は今日は事後処理に徹しますので、詳細はインヘル様に。このフロアの書斎にいるでしょう」

「書斎? またどうしてそんな所に?」

「ハートショット様が起きるまで退屈だからと言っておりましたが」


 インヘルに読書なんて趣味はない。当然、彼女の普段の言動からもそのことを何となく察知していたハートショットにとって、彼女が退屈凌ぎに本を読むことがどうにも信じられなかった。

 何か別の目的でもあるのかと疑ったハートショットは、すぐさま書斎の場所をビナーに尋ねると、その場所へと向かう。


◆  ◆  ◆


「インヘルせんぱーい。居ますかー?」


 部屋をノックし声を掛けるも、返答はない。

 ただ、中から人の気配を感じたハートショットは、許可もなく申し訳ないと思いながらも、変更点を確認すべく恐る恐る扉を開ける。


 見るとインヘルは、机の上で突っ伏して頭から煙を吹き上げている最中だった。予想だにしなかった光景にギョッとする。


「うぇっ!? ど、どうしたんですか!? まさか精神攻撃!?」

「あ、ハーティさん……お、おはようございます。もう昼ですけど」


 ふと声の方を振り返ると、そこに居たのは初等魔法書を手に取ったラストラリーの姿。彼女はとても楽しそうに笑顔を浮かべながら、次に読む本を探していた。


 その姿を見るや、今度はインヘルの手元に視線を向けると、彼女が枕代わりにしていたのは何冊かの分厚い本。表紙には「魔獣生体論」だとか「生物学概論」だとか、そういった旨の言葉がつらつらと書かれており、非常に学術的側面の強そうなものばかりだった。


「あの、ラストラリーちゃん。この満身創痍とでも呼ぶべきインヘル先輩はいったい……?」

「えっとね……わ、私が魔法の本を読んでみたいってママに言ったら、ここをビナーさんに案内してもらったんだけど……ママが思い出したみたいにその本を取り出したの」

「ふむふむ。それで?」

「その、それを読んでたら……ぐったりしちゃって。寝てるみたい」

「成程……つまりこの人、冷却中なんですね。にしても突然魔獣の生態なんて調べ始めてどうしたんですかね? らしくない」


 彼女がインヘルに「らしくない」と言ったのは、頭を使うことを率先して行なったことに対してもそうだが、加えて、ビナーに嘘をついていたことについてだ。


 ビナー曰く「インヘルが退屈凌ぎに」との事だったが、ラストラリーの話を聞くに、本を読みたいという言い出しっぺはインヘルではないらしい。


「(……ラストラリーちゃんのお願いを聞き入れたけど、それを悟られたくなくて嘘の理由で書斎に? 照れ隠しってことですか? うわあ……意固地な人。そんな変な嘘つかなくてもいいのに)」


 つくづくラストラリーのことを考えているのかそうでないのか、よく分からないちぐはぐな人だというのが、ハートショットの率直な感想だった。

 もしかしたら、何処かでは子供のことを思っているが、自分でその気持ちに蓋をしていることに気付いていない不器用な人なのかもしれないと考えると、途端にインヘルがどことなく可愛い生き物に見えてくる。


「(っていうか、こうやって大人しいとマジで綺麗ですねこの人。まつ毛長……髪をもっと長くするなりちゃんとケアして服にも気を使えば、恐ろしく美人になるんじゃ……)」

「……ん」


 そんな熱視線に打たれてか、インヘルはまるで機械が起動するかのようにして目を覚ました。

 眠っていた自分の顔を覗き込む不調法者と目が合う。ハートショットは一瞬身体をビクッとさせるが、すぐに笑顔を取り繕い、「あはは」と手を振って、目を覚ました彼女に挨拶をする。


「お前も目ぇ覚ましたのか……何見てんだ」

「せ、宣言通り枕元に立っただけです!」

「はあ?」

「それよりも、ほら、あの……作戦の変更点ですよ! ビナーさんに此処に居ると聞きましたので、説明していただけると嬉しいのですが!」

「……そういやそんな話だったな。おいラストラリー、お前にも説明することがある。ちょっとこっち来い」


 インヘルは自分の向かいと隣を指さすと、ハートショットはその向かい側に、ラストラリーは椅子を更にインヘルの方に寄せて、さっき取った本を両手に抱えながら、その隣にちょこんと座る。


「あー、当初の予定はウエストエンドを中心とした調査が主だったな。だが今回の襲撃で魔女と魔獣の結託が明確になった」


 起きがけの説明だったせいか、インヘルは頭を整理しながら、思い出すようにして言葉を発していた。勝手に寄り添うラストラリーに「鬱陶しい」などという悪態を吐かなかったのはそのせいだろうか。もしくは、あの夜、インヘルの認識がまた更に変わったのかは定かではない。

 しかしそれ故に、無意識の行動だけが彼女の考えを象徴しているようである。


「今回は人手も多い。効率化の為に、二手に分かれた調査をする事にした。私は魔獣専門なんでな。ウエストエンドを案内できるビナーと、向こうにあるとされる魔獣の根城を特定して叩く」

「はい、インヘル先輩! 私とラストラリーちゃんはどうすればいいですか!」

「お前がラストラリーの面倒見るんだよ」

「……はい?」

「お前はアーテローヤルの方で魔女の捜索だ。判ってるのは魔獣の根城がウエストエンドにあるってことだけ。魔女の方の所在は不明だ。お前がラストラリーの面倒見ながら、魔女を探せ」

「私が!?」


 ハートショットは未だキョトンとしている少女の方に視線を向ける。彼女は幼いが故に、その内容についてすぐに理解できなかったようだが、何度か自分の中で言葉を反芻していくと、自分がしばらくの間インヘルとは別行動になると分かったのか、ぱっとインヘルの横顔に目をやった。


「ママと、ちょっとお別れになるの……? や、やだ。私、大丈夫だよ。迷惑にならないよ」

「これが一番効率がいいんだよ。理解しろラストラリー」

「わ、私も反対です! 合理的ではありますが、ラストラリーちゃんが可哀想ですよ! インヘル先輩が街の方で魔女を追えばいいじゃないですか!」

「魔女の顔を見てるのはお前だけだハートショット。それとも、お前は可哀想とかいう理由で、的確な仕事を放棄すんのか?」

「う、ぐ……」


 仕事のため。


 これは最近インヘルが気付いた、ハートショットに対する半ば脅し文句のようなものだ。彼女は仕事の結果を重視している。この言葉を出せば、まずハートショットは無視することができないことを知っていた。


「ラストラリーにウエストエンドは行かせねェ。決定事項だ。最も手早く仕事を終わらせるためのな。他に理由は無ェ。分かったら大人しく従っとけ」


 おそらく本音だろう。しかし、ハートショットは今の発言から、少し違った意図も見出していた。


 ラストラリーはウエストエンドで体調を崩している。それに、向こうの子供たちにとっても、「同年代の子供と出会う」というのは、どういう刺激になるのかが分からない。

 これらの不確定要素は、少なからずラストラリーにとって危険性を孕んでいた。


 もしそれを理解しているとしたら、インヘルは、おそらく個人的にも、ラストラリーをあの場所へ行かせたくないのだろう。


 優しさとも呼べないような仄かなそれは、少なからずハートショットにとって「親心」のように思えた。


「〜ッ! いやッ! それでも反対です!!」

「5歳児みてぇな奴だなお前も」


 だが、ハートショットはそのまま諦めることはなかった。

 きっとその親心は、インヘルの不器用さからくるものだろう。しかし例えラストラリーのことを考えての行動だといえ、それがラストラリーに寂しい思いをさせていい理由にはならない。


「もしその作戦を飲んでほしかったら約束してください! ラストラリーちゃん! インヘル先輩に、何かして欲しいことはないですか!」

「え……? 私?」

「はい! おやすみの前のキスですか! ハグですか! お買い物ですか!? この仕事が終わったら、ラストラリーちゃんが満足するまでインヘル先輩はそのお願いに付き合う!! これで手を打ちましょう!」

「おい、私は――」

「シャラーーップ!! これが親の使命! さっきから何ですか! やれ仕事の為だ自分の為だと変な照れ隠ししやがって! だったらこっちも強硬手段です! 約束して、ほらHurry(はやく)! Hurry Hurry Hurry!!」


 もどかしさが爆発したハートショットは、もう誰も止められなかった。あのインヘルすらたじろぐ勢いでまくし立て、強引にも約束を結ばせようとする。


 やがて少し考えたラストラリーは、少し頬を染めながら恥ずかしそうに、自分の「お願い」を口にした。


「……肩車」

「はい決まり! 肩車! この仕事が終わったらやってあげて下さいね! そうでなければこの作戦は飲みません!」

「何もやるとは――」

「うるせェ! やりなさい! この作戦が仕事の為って言うなら、当然出来ますよね!!」

「……チッ。分かったよ。ラストラリーもそれで良いんだな?」

「い、いいの……? うん……! だったら私、寂しいのも我慢できるよ!」

「はぁ〜、良い子ですねラストラリーちゃんは。よーしよしよし。それなら私もその案を飲みましょう。安心してくださいラストラリーちゃん! お姉さんが守ってあげますから、危ない目には遭わせません! それと魔法書の内容も教えてあげます」

「わあ……ありがとう、ハーティさん……!」

「何だお前ら……仲良しか」


 斯くして、密かな協定が結ばれた。

 やはり任務中のラストラリーが寂しそうにはなるが、とりあえず堅物のインヘルを強引に頷かせることができたのは、ハートショット史上初の快挙であった。


「この魔法書、随分古いですよ。あっちには歴史書も。なるほど……領主様って勉強熱心だったんですね。魔法使いでもないのに魔法書とか、魔獣の生態とか、歴史まで学んでいたようですし……というか、どうして魔法書を?」

「あのね……私もいつか、迷惑だけじゃなくてママの役に立ちたいなって思って、読み始めたんだ。……古いと何かダメなの?」

「魔法は日々発展してるんですよ。先輩も、気付いてるなら教えてあげれば良かったじゃないですか」

「あン? 魔法を学んだことなんざ無ェからそう言われてもな……それに属性魔法だっけ? 私それ使えねぇんだ」

「えっ!? そんなことあるんですか!?」

「それより、後でで良いから一応私とビナーに魔女の詳細を共有しろよな。私はもう一回この本に挑むぜ。なんか本に喧嘩売られてる気がしてきた。負けっぱなしはムカつく」


 ――この後、事務作業をひと段落終えたビナーにより、魔法の勉強をしている2人と、知恵熱を起こして倒れているインヘルが回収されたとか。

長い間お休みしてしまい、申し訳ありません。何話分か書き溜めてあるので、貯金を崩す気持ちでまた投稿していきます。

この編は物語の最初の山場となっていますので、様々な人物の過去、繋がりなどが盛り沢山です。楽しんで読んで頂ければ幸いです。

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