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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
26/76

26.Prototype

 「魔法」


 その起源に迫るとき、まず間違いなく立ち現れるのが「魔法使い」の存在だ。彼女たちのはじまりは、今で言うところの薬師(くすし)と占い師を合わせたようなものだった。


 この時代にも受け継がれている「宗教」に関して、特に原理主義的な立ち位置の人々が殆どだったような遥か昔(ここでいう昔とは特定の期間を指さず、実在だけが示唆されているほどの過去のことである)では、魔法的な代物は全てが悪とされていた。元は魔法使いというのは蔑称だったのだ。


 しかしそんな折、突如として人類を襲った厄災がある。

 それが「古代の魔獣」であった。


 そのような遠過去の記録は口頭伝承と遺物のみで示され、時代の奔流の中でおそらくは尾鰭なども付け加えられているが、概ね共通するものとして「5人の魔法使い」という寓話がある。


 「獣狩り」と呼ばれるその5人の魔法使いたちは、とある1人の勇者に導かれ、全ての魔獣を討ち滅ぼした……と、内容はこのような、ありふれた英雄譚である。


 この恩寵を受け、原理主義者たちは「魔法」を神の御業の一つと解釈し、魔法は禁忌ではなくなった。

 そこに学問の発展が重なり、より数理的なプロセスを踏んで、魔法学というジャンルが発足するほどに、魔法は人々の生活に深く浸透し、時代ごとに最適化を重ねている。


 現在では、魔力とは地中を走る「地脈」と呼ばれる場所を巡り、魔法使いたちは地面などからそれを吸い上げ、魔法として実用しているというところまで判明している。

 そして魔法使いと一般人では、脳の構造が少し違うことも。




 ……ところで、かつて人類を襲った大厄災の根源、古代の魔獣とは一体何だったのだろう。


 研究者によって意見は分かれるが、最もポピュラーな言説は、「人類が生まれるよりも遥か以前に存在した巨大生物が化石化する際、地脈の影響を受けて変異したものではないか」というものだ。


 寓話の中で、魔獣が死骸のような姿で描写されることが多いこともその説の信憑性を高くしていた。


 ならば「現代の魔獣」とでも呼ぶべきかの獣たちも、それらと同じなのだろうか? 無論、古代の魔獣と現代の魔獣を同一視する者も居れば、そうでない学派も存在する。

 共通していることといえば、事実が収束していないという点だけである。しかし、仮に両者の相違点を挙げるとすれば、こんな事が言えるだろう。


 ――現代の魔獣は、人類に何ひとつ与しない。


 まるで生まれもったその瞬間から、人間を殺すことを仕込まれているかのように。


 その背景にあるのは、果たして肉食獣が肉を喰らい、草食獣が植物を喰らうようなことと同一の生態的なものなのか。或いは遺伝子に深く刻まれた、人間への怨嗟や憎悪に近い、もっと言えば「魂」の問題なのか。


 いずれにせよ、魔獣が人間と心から通じ合うことは、未だかつて例の無いことである。


◆  ◆  ◆


「(……危なかった。()()を喚ぶ必要が無くて助かった。まだ不確定要素があるのに頼りきりってのは良くないからね)」


 クラメルは途切れ途切れに息を吐き出しながら、輪郭に伝った冷や汗を片手で拭うと、座り込みながらも戦闘の一部始終を目撃していた領主の方に視線を向ける。


「ふゥ……お待たせ。じゃ、地獄に堕ちようか。先に待っててよ」


 痛む腕を抱えながら、彼女はゆらゆらと揺蕩うような足取りで彼の方へと歩みを進めると、一度破壊された水刃の魔法陣を再構築した。


 足下に転がるのは物言わぬハートショットの亡骸。完璧に心臓を貫いた。声も上げられないよう喉まで潰すおまけ付きだったが、それは過剰だったかもしれない。


「(……変な偶然もあるものだね)」


 淡々と命を奪う準備を済ませ、彼女は「後輩の名前くらいは聞いておけば良かったかな」と小さくぼやきながら、ゼビオに向かって魔法陣を展開した。


 部屋にはまだ僅かに、ハートショットが発動した金魔法の残滓が月明かりを反射して煌めいていた。結局、彼女が発動しようとしていたのは何の魔法だったのだろう? 頭の片隅にそんな疑問がチラつき始めたとき。


 不意にクラメルは、その動きを止めた。


「(……あれ? そういえば、心臓を貫き破ったのにカーペットはあんまり汚れてなかったな。腕を切りつけたときも妙に出血量が少なかったし)」


 あることに気が付いてしまい、背筋が凍る。


「(っていうか、なんで、まだ、金魔法が、残存して――)」


 彼女は息をすることも忘れ、ハートショットが倒れている場所を向き直った。


 その前に飛び込んで来たのは、余りに静かな殺意を携え、鷹のように鋭い眼光をゆらりと揺らす、死体であるはずのものだった。


「ッ……!?」


 彼女はこれまた猛禽類のような怪物じみた握力でクラメルの喉元を鷲掴みにすると、些か強引な力押しで首ごと床面に押さえつける。ドッという鈍い音がした。


「はァっ……はぁっ……死ねないのは、こっちも同じなんですよ……センパァイ?」

「ふッ……くぅ……ぇ……げェッ……!!」


 自らの喉元を抉るほどの力でハートショットの腕を掻き毟るように引っかくクラメルだが、その右手には万力のような力が込められており、痛みだけでは到底怯ませることなど叶わなそうだった。


 眼球が飛び出してしまいそうなほどの圧迫に悶え、ばたばたと脚を振り乱すも、既にマウントポジションを取られている。頼るべき地面もなければ、打開の一撃も加えられない。


 詰んでいた。

 今のハートショットは冷静ではない。

 そこまで追い詰めたのはクラメルであったが、今やこの女は「捕らえる」という当初の目的を忘れ、ぎりぎりと締め付ける指で頸動脈の正確な位置を探っている。


「な゛……ん、で……」

「あはッ……きっと、()()()()()()()()()()()んですよォ……!!」


 当然そんな事はない。


 「異空間魔法」……彼女はこの魔法をそう呼んでいる。


 自分だけがアクセス出来る異空間を創り出す、と言えばシンプルで分かりやすいだろう。ハートショットが無尽蔵に取り出す武器は全て、この別次元に予め仕舞っておいたものだ。


 空間系の魔法を学び、適性があれば扱えるようになる収納魔法と大差ないか、それより少し容量が大きいだけの魔法――と、おそらく並の魔法使いならここで打ち止めになっていただろう。


 しかし、ハートショットの「使い方」は常軌を逸していた。


 異空間に収納されたものは、言うなれば()()()()()()()()()()という状態にある。


 彼女が利用するのは、この矛盾を抱えた物体の状態だった。


 ハートショットはその身体の「中身」を、全て別次元に仕舞っている。中身というのは、内臓、筋肉、血管、神経に至るまで、文字通り内部組織のことだ。


 この場に見えている彼女は、いわば表皮一枚だけを取り残したようなもの。


 しかし筋繊維などの内部組織は繋げたまま異空間に置いてきているため、表皮だけをこちらに残しても存在していることになっている。

 運動機能は一切損なわない。


 他方、敵が使う魔法や武器は、刺そうが斬ろうが穿とうが抉ろうが、その固有空間に干渉する事は不可能だ。故に彼女の「中身」が損傷することは決してない。


 刃物が相手だとしたら、せいぜい皮膚と一部の毛細血管を痛める程度で済む。


 その代わり「波動」だけは異空間に隠していたとしても伝わる。

 殴打や銃の衝撃、音波、電磁波、伝導する熱、光、エトセトラエトセトラ……彼女に有効な破壊打、攻撃手段はおそらくそれらだ。


 逆に武器類を使う相手には無類の強さを誇る。


 しかし、そんな状態でもここまで相手の攻撃を死に物狂いで躱してきたのは、自らの魔法の隠蔽をしなくてはならないから。

 武器の出現程度なら構わないが、もう片方のこっちが看過され、対策を練られるような真似は、命に直結する最も忌避すべきこと。


 刃物だからといって相手の攻撃を受けて良い訳ではないのだ。むしろタネが割れれば、二度とは通じない諸刃の剣。


 この「奥の手」を見せたという時点で、ハートショットも後が無くなる可能性が高い。彼女にとって、クラメルは確実に、()()()()で決着を付けなければならない相手になった。


 此処から先は退却も仕留め損なうのも致命傷。

 故にこれは「奥の手」である。


 こんな収納系魔法の間違った使い方などまるで狂っている。

 何を食って育てば、下手したら内臓を失って自死するようなこの着想を現実的に試そうとするのか、親の顔が見てみたいものである。

 使い道が荷物持ち以外に無いとされている魔法をこんな方法で運用した人物は、長い魔道の歴史を見てもハートショットただ1人しか存在しないだろう。


「ぅッ……あ……!!」

「ブッ殺せば終わりブッ殺せば終わりブッ殺せば終わりブッ殺せば終わりそれだけでいいんだいいんだいいんだ――」


 ――無知蒙昧の馬鹿になりなさい。お前は何も考えないでいいんだよ。考えちゃダメだ。これでハッピーさ。私が全部与えて、出口まで導いてあげるから、人生の苦さとか、渋さとか、そういうのは気にしないようにしなくてはいけないよ。


 ただお前は心の中でこう唱える。それだけでいいんだ。


「『ブッ殺せば終わり』ですッッッ!!」


 合成魔法。それは異なる属性の魔法を組み合わせ、相生と相剋を駆使して魔法を統率する応用理念である。

 本来であれば異なる二属性の魔法を同時展開することはできないが、ハートショットは異空間に予め「魔法」を仕舞うことも出来る。現実的には不可能とされている二属性の同時展開を、擬似的に実現しているのだ。


 これにより、合成魔法をたった一つのプロセスだけで発動させる事が可能となる。


 金属性と火属性とは相剋関係。すなわち互いに抑え合う関係だ。

 応用すれば、見境なく焼き尽くす火属性の威力を軽減しつつ、それに指向性を付与する役割を担う事ができる。


 「方向を持った炎」……狙いの正確な火炎放射の完成だった。


 突き刺すような眩い閃光と熱が吹き上がる。それは宵の闇を激しく鮮烈に引き裂き、爆発を伴いながら、ハートショットが鷲掴みにしていた対象のみを正確に襲った。


 周辺に撒き散らされた「金」は火炎を引き受け、瞬き、溶け落ちるように燃え尽きながらそこから無差別性を奪う。

 結果、爆ぜるように燃えたのはハートショットの右手の中にあるものだけだった。


「……ッ……ゼェ……ゼェ……」


 肉の焦げたような匂いと、炭素を燃やしたときの独特の白煙が立ち込める。ハートショットは絶え絶えといったように息を切らしながら、閃光によって奪われた視界の回復を待った。


 そして、彼女の目に飛び込んで来たのは――


「あ、れ……? 誰も……居な……」


 その手に握られていたのはクラメルの喉元ではなく、原型を留めていない「何か」の肉片。どうやってか彼女は一瞬でその場を離脱したようだった。


 爆発の直前を思い起こす。

 そういえば発動の寸前の僅か一瞬、彼女の首元は不自然に膨れ上がったように感じた。何かの間違いかと思ったが……あれはまるで、彼女の体内に隠れていたものが脱皮して顕現するかのような、そんな感触――


 白煙はいつの間に開かれていた窓から逃げて行く。

 視界が開けた領主の部屋。そしてその天井には……うぞうぞと蠢く、正体不明の影があった。


 一つ一つの大きさは数十センチほどで、8本の毛むくじゃらの脚は、そう、まるで蜘蛛だった。再び自分が焼き尽くしたものに目を凝らすと、そこにも似たような細い脚が見える。


 おそらくあれがクラメルの喉から飛び出したものだ。

 おぞましい数の蜘蛛のような生物を盾に火炎を凌ぎ、拘束から抜け出し、爆発の閃光と煙に紛れて撤退したのだろう。


「う……クソッ……逃が、した……! ここで……決めなきゃいけない相手を……っていうか私……」

「ギィ、ギィ、ギィ「キャハハ」くすくすくす」」


 一般家庭に1匹でも出たら悲鳴をあげてしまいそうなサイズ感の多脚生物たちは、眷属の仇であるその女を、多くのてらてらと光る目で一斉に睨みつけた。

 まるで何かを擦り合わせるような、赤子の笑い声にも似た恐ろしい耳鳴りと共に。


 彼女の身体には、先の戦闘で刻み込まれた痛烈な疲労感が残されている。こと立ち上がるだけに至っても、まるで命を削って行なっているかのように肺が痛む。一呼吸ごとに臓腑が炸裂してしまいそうだ。


 人間離れした回避行動を何度も繰り返し、休みなく頭と体を動かし続けたツケが回っていた。外部のダメージはそれほどでもないが、内部はズタズタである。


 天井の彼等は今にも飛び掛かってきそうだ。

 普段であれば脅威ともしなかったであろう戦力ではあったが、置き土産にしては良いセンスをしているな、というのが彼女の率直な皮肉だった。


「ハァッ……ハァッ……これはもしや……絶体絶命大ピンチというやつですか? ふふっ……あははははっ! ピンチ上等! 馬鹿が死んだら治るなら、むしろ案外悪くないかもしれませんね!」


 その笑みは余裕でも何でもない、ただこぼれ出した、ハートショットの(さが)のようなものだろう。


 畜生相手だとしても、弱いところを見せたら死ぬ――首だけになっても敵に喰らい付くような、そんな小さな抵抗から見せた大笑いであった。


 言うことを聞かない脚を拳で鞭打ち、ぎこちなく、みっともなく、フラフラで立ち上がる。

 その手に構えたのはスパイクの取り付けられた無骨なメイスだった。


「……枕元で何の嫌がらせしてやりましょうか。馬鹿が治った私はきっと陰湿ですよ」

「ギィ、ギィ」


 ――【機々械々(エクスマキナ)


「【銃殺機関(インフェルノ)】!」


 静寂とは真反対の、爆薬が弾ける音が響いた。

 その光景は、鎧袖一触という言葉が相応しいだろう。窓辺に足を掛けていたのは、両腕を巨大な銃砲と一体化させた女だった。


 瞬きもしないうちに、蜘蛛たちはその頭数を更に上回る弾丸の雨に撃たれ、原型を保つことも出来ぬまま、ぼとりぼとりと天井から落ちて行く。


「この部屋で爆発が見えたからな。ちょっと跳んできた」

「遅い……ですって」


 最後にひとつ残ったのは、肉を焼いたのとはまた違う、硝煙の芳香だけだった。


「ってか、何の独り言だ? 私も混ぜろよ。誰にどんな嫌がらせすんだよ」

「……ちょっと、その予定は……延期で……」


 彼女の顔を見て緊張の糸が一気に解れたハートショットは、受け身も取らずにそのまま床の上へと倒れ伏して眠り始めてしまった。


◆  ◆  ◆


「げほっ、げほっ……ちょっとシャルルが見えた……死んだかと思ったよ……喚ぶのが間に合って良かった……」


 領主家で騒ぎが起き、アーテローヤル全体もざわめき出す宵の月。凄まじい速さで動く巨大な蜘蛛は、その存在を悟られないような陰の中を縫うように街の中を駆けていた。


 そんな蜘蛛の背中に頭を付けて咳き込んでいるのはクラメル。


 彼女は座るのも億劫といった感じに寝返りをうち、蜘蛛型魔獣の少しふさふさとした背中にうつ伏せになると、言葉も通じぬその相手に向かって、半ば独り言のように呟く。


「……キミはどうして僕に協力してくれるのかな。こんな経験、初めてで驚いたけど……いや、きっとキミもこの街の人が憎いんだろうね。よしっ、おなじ志を持つもの同士、一緒に頑張ろう。頑張って殺そう。僕たち良いパートナーだと思わないかい?」


 蜘蛛は寡黙で、何も答えない。彼女と喋る口が無いのだ。

 だが、奇しくも彼女たちは、同じようにウエストエンドを救い、アーテローヤルを憎んでいるようだった。「奇妙だが、これも絆と呼べるものなのだろうか」と、密かにクラメルは考えていたが、魔獣に共感する機能が備わっているのかは定かではない。


 ただ、同じ殺意と復讐を抱えているというのは、ここまで異質な繋がりすらも、確固たるものにしてしまうような気がして、彼女は少し可笑しく感じていた。


「……キミたち魔獣って、何なんだろうね。不死身で、人類の敵で……だけど色々経験してきた僕はさ、何故か懐かしさみたいなものを感じるよ。キミらは本当に……単なる人類の敵対種なの?」


 蜘蛛は寡黙で、何も答えない。

 人のように何かを見出している訳でもないように、ただ音もなく夜を駆ける。

激戦のクラメルvsハートショットが決着しました。何気にこれまでで一番長い戦闘描写になりましたが、もちろんまだアーテローヤル編は続きます。

本話を初めて読んだ方も、続きが気になるという方も、是非ともブックマークや作品評価、感想をよろしくお願いします。

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