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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
23/76

23.Still Hanging Over the Two Souls

 ……あはは。まさかこんな人が魔女に身を落としていたなんて。

 しかも魔獣と協力してる? 厄介を通り越して笑い草です。


 「この街が嫌い」と言っていましたが、きっと領主を襲っている現状と無関係ではないのでしょう。動機の根本にあるのは、おそらくアーテローヤルそのものへの怨嗟。


 なんて、こんな事言ってる場合じゃないんですけど――


「僕を捕らえるんだったよね。なのに逃げるだけかい?」

「(ッ……魔法の初動が速過ぎる! 魔法陣の展開から発動までがほぼノータイム!! ズルですよこんなの!!)」


 使っているのは【水刃(シャルフヴァッサー)】という水魔法の初歩か、それと同系統のものです。水を高圧で圧縮して刃物のように扱う、水魔法に通じていない私でも使える簡単なものの筈なのに……


「(それが自在に飛び交う! 的確に死角に潜り込む! 凄まじい速度でッ!! 扱う側の動体視力も魔法操作も超一流です! これはッ……正直……)」


 回避だけで精一杯だわこんなん! 鞭のように形を変えるのに、当たれば腕くらい軽く切断されそうな威力! もっとおかしいのは、狙いが正確過ぎるから周囲の家具とか全く破壊していないところです!


 マズい……間が……縫えない……武器を――


 ヒュパッという音がしたかと思うと、手に握ったはずの武器は悉く、出現させた瞬間に切断されていた。


 ……全部丈夫な金属製ですよ?


「勘違いしているようだけどね。僕は領主を殺すならとっくにやってたよ。ただ、彼に求めていたのは誠意なんだ。一つ『うん』と頷いてくれれば命を取るつもりはないのさ」


 視界の隅で領主様が聴力を取り戻し、郷愁(ノスタルジア)の言葉に反応を見せたのが分かる。何だ……私が来る前に、何かを話した? 取引? それとも脅迫?


「私は……君の言葉に、同意しない。私はこの街を愛しているッ……それだけは、飲む訳にはいかないんだ……!」

「……ふーん。そうかい」

「(ヤバッ……!)」


 瞬間、肌で感じるほど大きな殺意。


 しかしこれは好機。

 肉食獣然り、捕食者側は、常に獲物を狩る刹那だけは、警戒のネジが一段階外れる。目の前の敵も例外ではない。


 水刃飛び交う部屋の中、私は小さく息を吐き出した。

 ――息を止める。少しでも存在感を希薄にする為に。


 武器の()()()()はまだまだある。大振りのものでなくていい……今、この瞬間、必要なのは一本の小さなカトラリー。

 私に向かっていた水刃の魔法が、不意にその鎌首を異なる方向に向ける。きっと「何か」を断った領主へだろう。


 飛び出す直前はリラックスだ。間に合う……私のバネなら、あれが領主に到達する前に、魔女の手足の腱を切れる。


「じゃあもう要らないや」

「(ココだ……!)」


 領主への着弾を確信した瞬間、漸く敵に僅かな隙を見出すことが出来た。筋肉を発火させ、全速の為に踏み込む。

 跳べ……跳べ……跳べ……! 前へッ!!


「ま……そうだよね」


 そして私は、その跳躍を一瞬後悔した。

 捕食者特有の油断を見せたのは――私も同じ。

 奇しくも狩人……つまり「狩る者」としての刹那の逡巡と抜け落ちた警戒を、全く同じ方法で返されたのだ。


 敵の瞳は領主ではなく、私を捉えていた。

 その群青色は、ひどく深く、もがいても抜け出せないような冷たい深海を思わせる。私の思考は一瞬、それに絡め取られそうになった。


 盤外戦術の心理的なカウンター。経験則というか、勝負勘の差がここで顕著に出た。

 距離を詰めた私は、たった幾瞬間のあいだで、この進んでしまった身体の軌道を全力で回避の方向に変えなくてはならなくなった。


 そして私の視界と聴力は、全て奪われた。


「(見え……いや、音も、聞こえな――)」


 夜なのに、夜になる。


 即座に真横の壁を蹴り付けて、突貫してしまった全身の軌道を強引に変更する。しかし完全には間に合わなかった。左腕に水気と、鋭い痛みによる熱を感じる。


()ッ!」


 幸いすぐに感覚は戻ってきた。私の左腕を、水の刃が大きく抉り切った後だけが目に入ってくる。


「おお、これも躱すの? 凄いね。むかし外国でサーカスってのを見たんだけどそれみたいだ。いや、あの人たちは目も耳も利いてたか」

「(アブなッ!! 左腕は……うん、動きます。それにしても、この『感覚を奪う魔法』、突発的に使えるなんて……!)」

「ん〜、結構深く切れてるのに、何故か出血が少ないね。タネがあるのかな?」

「はぁっ……はぁっ……さあ、どうしてでしょうね……きっと当たりどころが……良かったんですよ……」


 虚を突かれた。心の隙間を完璧に取られた。

 それは非常に良くない……そもそもこの極限の重圧の中で予期せぬダメージを負うのは……出血以上に疲労感が……一気に……


 ――クソッ! こいつ、平然としやがって!!


 いや、それもそうか……初歩的な魔法しか使ってないし、何ならその場から殆ど動いてない。

 身体能力で負けたことは無いですし、さっきから敵は接近戦を避けているようにも思えるので、近付けば私が優勢なのは間違いないでしょう。


 それでも、私には圧倒的に経験が足りていない。否、相手の戦闘経験があまりに膨大です。そう簡単には接近を許してくれないですよね〜……!


「(……感覚を奪う魔法の発動条件は何なのでしょう。これほど強力な魔法を無尽蔵に使えたら、それこそ私は目も耳も使えず、最初から蹂躙されていたはず……何か制約か、限定的な条件がある)」


 そういえば感覚を失う直前、どうして彼女は私と目を合わせたのでしょう。敵は私の速度も位置も、全て把握していた。視線を逸らしながらの不意打ちならば、私の判断も一瞬だけ遅れて、片腕ぐらい持っていけそうな勢いでした。


 だとしたら、視線を合わせることが発動条件?

 いえ、相対してから何度も目は合っています。あの一瞬だけ魔法を使ったのは、何か他に理由があるはず。おそらく私は何かを見落としてい――


 私の頬を水鉄砲が掠める。


「(悠長に考える時間はくれません、か)」

「(……この子、早くも【水刃】の動きに慣れ始めてる。神懸かってボディバランスが卓越してるのかな? 自分の体を思い通りに動かせる人は滅多に居ない。成程、センスは超人的。初見で僕の攻撃を避けてきた時点で分かりきっていたけど……経験則にかまけてると、足元掬われそうだ)」


 ああ畜生! インヘル先輩、こんなバカつよの相手を私1人でやらせるなんて恨みますからね!! 死んだら枕元に立ってやる!! それでラストラリーちゃんを存分に撫で回すんだぁぁ!!


◆  ◆  ◆


「対象Xの動向は掴めているか」

「変化は無いようだ。ただ魔獣を殺せるだけの子供。そう周囲に認識されている」

「あれに魅入られた者は?」

「こちらも変わらず、記憶は回復していないらしい。……しかし我楽多(クレアチュール)からのフィードバックには興味深いものがあった。どうやら初期データと比較して、積極的に変化を求める動きが見られるとのことだ」

「それはあまり良くない報せじゃな。妙な意思が介入しかねん……それにしてもあの女は何なんじゃろうな? 何が対象をそこまで引き寄せる?」

「……案外、『魂』かもしれんぞ」

「馬鹿馬鹿しい。魂など存在せぬわ」

「彼女たちと我々で、同じものさしを持つべきではないだろう。連中は……異質だ。加えて()()がその件について我々に懐疑的というのも煩わしい」

「聞かれとるぞ、きっと」

「奴は興味の無いことに過干渉はしないだろう。あれは我々には、さほど興味が無い。その証拠にあれからめっきり我々の元には音沙汰が無いではないか」


 魔獣連盟本部、楼員の間。

 万全の盗聴対策を敷いてあるこの部屋で会話をするのは、2人の老獪だった。

 片方は、幾何学模様の描かれた外套を羽織る初老の男。

 楼員の1人、フライスナー・グリル。彼は世界的銃器メーカー、Cardan(カルダン)社の代表でもある。


 そんな人物から何かの近況や仮説を尋ねているのは、荘厳な片眼鏡をかけた、フライスナーよりもかなり歳を重ねている人物。同じく楼員にして、パラノイヤにハートショットを紹介した、ジョルダーニ・ピッグペンその人である。


「……ハートショットくんで良かったのかねフライスナー。まともに監視も出来ない。それどころか彼女は我々の意図を理解も出来ないだろうに」

「馬鹿な()ほど愛おしいものさ。仲良く出来てるだろうか。いや、出来てるに違いない。何せ明るいし、可愛いからな」

「……親馬鹿め。せめてもう少し良い教育をすべきだった。鳥頭じゃぞ。任務で死にかねん」

「ハーティはあれが良いのだよ。それに、あの子は大丈夫。家族の中で、誰よりも才気に満ちていた。それはそれは柔軟で、何でも吸収する。私の先祖である英傑……その意思を強く受け継ぐ『完成形』に近い子だ」

「はぁ……まだ信じられんわ。本当にあの問題児たちが魔獣を滅する者たちなのか」

「そうでなきゃ困る。対象X……個体名残穢(ラストラリー)と、それに魅入られた者には、その義務があるのだよ。人類の為に魔獣を滅する義務が。まあ彼女には、無意識ながらその自覚があるようだが」


「フライスナー様」


 突如として部屋の扉が開く。

 厳重な魔法鍵で施錠してあるこの場所に許可なく入れる者は限られている。楼員と、その直属の部下である一部の魔法使い……そして無遠慮に入室してきた女は、そんな魔法使いの1人であった。


「……心臓に悪い奴だ。どうした?」

「娘さんが魔女と接敵しました。照合の結果、魔女は元暗部の郷愁(ノスタルジア)、クラメル・カラムと断定」

「えっ、暗部の……マジ?」

「はい。同じ古巣を持つ2人ですね」


「……暗部は精強揃い。まさかそれが魔女に身を落としていたとはの。またしても凶報じゃぞ」

「うっ……いや、まあ、ハーティなら……うん。何とかなるとも。何とかするさ。という訳で、娘の初陣を応援する。済まないが私は先に戻るぞ」

「軽薄な奴だ。もっと立場というものを理解せい」


 あたふたとフライスナーはその場を後にして、その部下の短距離転移魔法により姿を消した。楼員の間に残ったジョルダーニは、相変わらずの厳しい仏頂面でその様子を眺めていた。


「(……軽薄が故に食えん。あれで『狂気の武器商人』と呼ばれた男か。いまいち本心の読めん奴だ)」

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