21.Whisper
奴自身の言葉を借りるとするならば、狩りに反対する理由は十分に「理解できる」ものだ。しかし次にビナーから飛び出した言葉は、私を再び驚かせた。
「しかし、仕事は続けます。狩人の御二人が続けると仰るのであれば……すぐにでもこの魔獣を抹殺する手立てを考えましょう。迅速に、最小限の被害で」
「(……何つー女だよ。本当にただのカクレか?)」
私は、どちらかと言えば魔獣よりもこのビナーの方に畏怖、或いは既視感を覚えた。私に似ていると言っても良い。
同時に確信した。ビナーは……こと仕事においては、信用してやっても良い。怖いほどに感情を押し殺せる奴だ。冷酷か、或いは残酷か、それとも他の何かかは知る由もないが。
差す魔獣の影が彼女の姿に重なる。すぐにその魔獣は何かを感じ取ったのか、天井から姿を消す。暗闇の中で、その赤みを帯びる細めた瞳の光だけが不気味に揺らめいていた。
「おや、行きましたね。……そろそろお開きにしましょうか」
「……ああ。お前も警戒しろよ。魔獣に敵意が無いってのは憶測に過ぎないんだからな」
「承知しております。ああ、そうです。気を遣って撃たないでいただき、ありがとうございました」
「餓鬼を巻き込むのは本意じゃねぇ。そこまでの緊急性は無いと判断した」
あの距離で襲って来ない魔獣が居るという時点で既にイレギュラーだ。少なくともあれは襲って来ない。今すぐに、という話だが。
気配の消えた静謐な夜。空には星々。そして……それら全てがこの場所を嘲笑うかのように振る舞っている。だがウエストエンドの住民はそれにすら気付けないのだろう。気付くほど、普通の感性を持っていないのだろう。
こんなにも穏やかに、子供たちが寝静まっているのだから。
ザインとヘットの寝顔は、心なしか幸福そうでもあった。
あの魔獣は、或いは、そんな暗愚な幸福を守るためにやって来た救世主ってところか?
……いや、無い。奴らはあくまで魔獣。私たちとは違う、そして私たちに敵対する生き物だ。
◆ ◆ ◆
「全く……先輩は何を考えてるんでしょーね。ラストラリーちゃんを置いて、他の子供たちの方に行くなんて」
「あはは……でも、よくある事だから……ハーティさんは気にしないで」
気にしないで、ですか。
この子は気付いていないんでしょうが、それってもう「どんな事をされても自分を押し殺して我慢している」っていうのと同じ意味なんですよ。
確かに、親というのは子供を我慢させるべきではありません。これはあくまで理想の話とはいえ、その限度を過ぎれば虐待です。私は先輩の仕事の腕だけは評価しているつもりですが、此処だけはどうにも納得できない。
――私の家は裕福でした。望んだものは大抵与えられ、生きるための力も学ばせてもらった。幸せな環境です。先輩は私のことを「苦労している」と言っていましたが、私にはその心当たりはまるでありません。
きっと、私と先輩では何処かズレてるんでしょうね。先輩の当たり前は私にとっては受け容れ難いものであると同時に、私がいかに幸せな家庭で過ごしたかを説いても先輩は納得しないのでしょう。
少し特殊な家ではありましたが、ただそれだけのこと。十分に、私が幸せ者だった。それで良いじゃないですか。
「……ラストラリーちゃんって、欲しいものあります?」
「え? ……どうしたの、急に……?」
「その様子だと、インヘル先輩におねだりとかあんまりしたこと無さそうだなぁって」
「うーん、でも、私はママが居てくれて、生きてくれていたら……それで良いと思ってるんだぁ。えへへっ……あ、でも寝る時は一緒のお布団が良いかも……ママの肌は冷たいけどあったかい、の……」
ラストラリーちゃんはウトウトし始めたようです。体調不良のピークは過ぎて、眠気が襲ってきたという事ですかね。
「そう、ですか。……あっ、そういえば」
そういえば一つ、もしこの子と打ち解けられたら聞きたいことがありました。特段急を要する内容ではありませんが、少し気になること。
パラさんが言っていた「魔獣を消滅させる能力」のことです。
世界中の魔法使いが束になっても解決出来なかった魔獣の輪廻。それを食い止める力を、何故かこの子が持っていると。
『そ、そんなまさか……だとしたら今頃、そのラストラリーって子は国にとって最重要の研究対象に……!』
『ですので、私が情報を統制しているのです。目を付けられたくない団体も居ますから、この事実を知っているのは狩人連盟のごく一部……楼員含む20名ほどのみですよ。特に王立の機関には漏洩しないよう努めています。騎士団、魔法団、果ては魔法研究者に至るまで』
『どうしてそんな事を? その子を研究すれば成果を見込める筈なのに……』
『史上、魔獣を完全に殺し切った例はありません。当然ながら目撃例も。……しかしそれが初めて確認されたのが、インヘルとラストラリーちゃんが出会ってからなのですよ。これがどういう事か分かりますか?』
『えっと……分からないです』
『もしラストラリーちゃんが、インヘルと居る時だけ能力を振るえるのだとしたら? そして無為に二人を引き剥がすことで、ラストラリーちゃんの能力が永遠に失われることになったら? ……損失どころの話ではない。そう提言したら通りましたよ。隠蔽については』
『だ、だとしてもです! 護衛くらいは付けるべきですよ! カテゴリーCの魔法使い1人に管理を任せておくのは不適切です!』
『うーん、無理ですかね』
『何故です!?』
『インヘルとまともに連携を取れる人が居ないからですよ。むしろ足手纏いになるパターンの方が多い』
『そッ、そんな人が居るはず……』
『だから貴女に任せるんですよハーティ。少なくともカテゴリーAの貴女ならば、孤独な彼女の横に立てる。とはいえ、最初は下手に連携を考えない方が良いです。さもなくば……"爆死"しますよ?』
――なんて言ってましたっけ。未だに「爆死」の意味は分かりませんが。
とはいえ、インヘル先輩はラストラリーちゃんがそこまで重要な護衛対象だとは思っていないような振る舞いをしています。果たしてこの子の魔獣を葬る能力がどれほど重要なものか、何も分かっていないようです。
「ラストラリーちゃんって、どうして魔獣を殺せるんですか? 私にもできますかね?」
「……え?」
口をついて出た疑問。
勿論、私は研究者などではないですから、何かを説明されたところでそれを把握できる気はしていません。しかし、そのメカニズムを、ほんの片鱗でも良いから垣間見てみたかったのです。
彼女は眠そうな目を丸くすると、自分の中にある精一杯の言葉を探しながら、それでもやはり子供なりの乏しい語彙で語ってくれました。
「んとね……大事なのはね……赦してあげることだよ。確かに魔獣さんは怖いし、悪い子だから嫌われてるんだけどね……でも、どんな生き物も、死んじゃう時は、赦されてなきゃいけない……あの子たちは……赦されなかったから……死んじゃうことも出来なくて……だから……」
徐々に眠気に耐えかねていくラストラリーちゃんの話を聞きながら、懸命に頭を動かしました。でも、その意味するところは分からない。
ただ何となく、とても大事なことを聞いているように感じたのは何故でしょう。
殆ど眠りの中へと落ちて行ったラストラリーちゃんはごにょごにょと続けて何か言っているようだったのですが、呂律も回っていない様子でした。……うん、これは無理そうですね。また別の機会にでも聞いてみましょう。
そう思って、自分も眠る準備を整えようと彼女に背を向けた瞬間のこと。
――無意識だったのでしょう。何か意識の外側にあるものが、ラストラリーちゃんに宿っていたような気がします。
ただその呟きだけは、他のハッキリとしない言葉とはまた違って、明瞭に、正確に、私の耳に届いて来ました。
「うん……だよ、ね……ウィスパー……」
「えっ?」
「すぅ……すぅ……」
『ウィスパー』
人の名前でしょうか。聞き覚えはありませんでした。
しかし、何処か懐かしい気配がしました。
もう一度確かめようとした時、ラストラリーちゃんは既に完全に夢の世界でした。
とりあえず、私はまた明日からの調査のために休んでおこうと腰を上げて寝床の準備を始めます。
……そして、不意に「異常」に気付きました。
始めは小さな予感程度のものでしたが、それは部屋の外を眺めた瞬間、一気に膨れ上がります。
「(屋敷の灯りが……点いていない?)」
領主様の屋敷の離れを借りている私たちですが、ここからでもあの方の邸宅はよく見えます。しかしそれが妙なのです。
あの家は魔道具で光を灯していたはず。例え眠る時間になったとしても、暖色の薄い灯りに調整する事が出来ます。
しかし現状、屋敷の灯りはまるで消失したかのように真っ暗でした。あれでは月明かりすらも届かないでしょう。
同時に気付く。
鼻をつく、僅かな油の匂い。
これは――
「(うん、ちょっと嫌な感じ!)」
私は、この別邸の存在感が漏れるのを避けるために屋内のランタンを全て消して回ると、借り物の寝巻きを脱いで仕事服になり、急いで本邸の方へと向かいます。
この際、窓から出るか扉から出るかなんて関係ありません。
私の勘が言っているのです。何かの異変だ、と。
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