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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
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19. A Faint Premonition of Mother

 ラストラリーが体の不調を訴え、私たちは領主の館のすぐ側にある離れへと一時的に帰還した。あの場所を離れてからもうすっかり日も暮れ始めた今でも、身体の調子は悪そうだ。


 そういえば、以前も貧民街で似たような事があったな。

 あの時は何も思わず、ただ宿にラストラリーを置いてとりあけず1人で討伐の仕事を進めたが、それが今回はどういう風の吹き回しか、この餓鬼に付き添って看病している。


 ……この違いは何なんだ。気が付かないうちに、私の頭の中の何かが書き換えられているような気分になる。そして、それを「悪いもの」と認識していない私が居ることに、腹が立つ。


「ふむ……ラストラリーちゃん、少し熱がありますね。子供は敏感ですから、あの場所は少し刺激が強すぎたのかもしれません」

「どれくらいで治りそうだ?」

「一晩休めば大丈夫でしょう。ってか先輩、ラストラリーちゃんの看病したことないんですか? さっきから手付きが悪いんですけど」

「……うっせーなぁ」


 そんな事分かるのか? いや、確かに看病はした事ないし、ラストラリーはそれについてちっとも文句を言わないから、このまま放っておけば良いと思っていたが。


「我が子が風邪を引けばつきっきりで看る。これ、親の責任ですよ? 私も体調を崩した時は親にやって貰ってました」

「親の責任ねぇ……責任責任って、私は知らねぇよ。親の記憶も無ェしな。自分の親が何をしてくれたのか、それすら覚えてねぇんだ」


 ――私の親は、私に何をしてくれたのだろう。


 この疑問は過去に何度も頭をよぎった。ラストラリーを見ていると、不意に自分の親に考えを馳せることがある。

 存在しないものに答えを見出すことなどできる訳もなく、私はただ、自分勝手な私のまま変わらないでいた。


 今一度、面倒とは思わず、自分の親について頭を捻って思い出そうとしてみる。浮かぶのは時折夢の中で見かける、見知らぬ誰かの姿。


 あれの声を聞くと、私は妙に落ち着いた心持ちになる。

 言葉の端々に痛みを感じることは無く、私の為だけに発された言葉に思えるからだろうか。すっかり痛みに慣れてしまった私が言葉の痛みを考えるなど、聞くものが聞けば笑うだろうが。


 ……あれが私の親なのだろうか。

 確信はない。しかし「親」というものについて考える機会が増えたいま、漠然と、予感のようなものがある。

 ()()()()は、親だけのものだ。他人の為にかけられるものじゃない。


 ―― 母親っていうのは……神様より偉いんだ。


 レイジィの言葉を思い出す。私の中で、また何かが小さく痛む。

 私がラストラリーの「神様」よりも偉いはずがない。ハートショットが言うには看病ってのは親の責任らしいが、私はそんな簡単なことも出来ていなかったんだ。


 私は結局、母親じゃない。


 そんな風に考え詰めていると、どうやらノックにも気付かなかったようで、私からしてみれば唐突に部屋の扉が開いた。


「失礼します。簡単にですが、粥を用意しました」


 離れにまで足を運んでくれたのはビナーだ。本邸で軽い食事を作ると、ラストラリーの為に持って来てくれたのだろう。私なんかよりも……今日会ったばかりのコイツの方がより母親らしいのかもな。


 私()()()――自分をそう思うのは初めてだ。どうやら私も少しばかり調子が悪いようだ。いつも自分だけが正しいと考えて生きてきたが、ラストラリーのことになると、いつも自信を見失ってしまう。そして益々自分が分からなくなってくる。


「ふむ……何やらインヘル様も活力が無いように見えますが」

「私が叱ってやりましたからね。一緒に居るのに看病もしたことないのか、って」

「別にそれでヘコんでんじゃ……つーかヘコんでねぇ! この馬鹿にそんな事言う甲斐性があった事に驚いてるだけだ!」

「おや、急に元気。ですが単なるカラ元気ですね。ええ、理解できますよ」


 ビナーは一頻り私を観察すると、勝手に私の状態を腑に落とした。理解された気になるのは癪に触る。コイツ程度が、私の心まで理解できているとは思えない。しかしビナーがここまで確信めいているのは何故だろう。


 私がこれ以上何も言わなくなると分かるや、ビナーはラストラリーの横に腰掛けて熱冷ましの温度を確認すると、それをタライの冷や水に曝して手早く交換し、用意した粥のスプーンを手に取り、一見少なそうな適量をラストラリーの口元に運んだ。

 ラストラリーはその匂いに釣られて、辛そうに閉じていた目を薄く開くと、小さく口を開ける。虫が止まるほど緩慢で、苛立つほど遅い咀嚼。ビナーはそれを辛抱強くじっと待ち、またタイミングを見て匙を運ぶ。


 さっきの「私の気持ちを理解した」という言葉……そして妙に手慣れた様子から、ある考えに支配された私は思わず口を開いていた。


「お前、子供が居るのか?」


 領主はあの歳で結婚していないか、子供や妻が家に居ない様子だった。屋敷に残されているのは他の使用人の痕跡ばかりで、他人が出入りしている様子もない。

 しかしビナーの動きからは合理的と呼ぶより、どこか他者の為を思っているような気配を感じ取った。一朝一夕では身につく筈もない所作に、つい私は、彼女に踏み入る真似をしてしまう。詮索だ。本来好まないはずの、仕事以外の事情を尋ねる行為。


 それに対する反応はというと、物腰の落ち着いた彼女からは少し想像が出来ないものだった。常に半月に細められていたその目を遂に丸くして、拍子抜けしたかのような、予想外な角度から質問が飛んできたかのような調子だ。


「何故でしょう?」


 そんな表情は長く続かず、しかし答える事を嫌ってはいないように、ビナーは私の詮索のワケを聞き返して来た。至極当然の反応だ。藪から棒な質問の理由を知りたかったのだろう。


「……何となく、な」

「理解しました。無意識のうちに、私に母親の片鱗を見たと……あまり表情には出ないらしいのですがね。おそらく領主様も気付いていないでしょうし。私の想像以上に、振る舞いは雄弁でしたか」

「えっ!? 子供が居て領主の屋敷のハウスキーパーって……それじゃあビナーさん、珍しい女性の働き手じゃないですか!」


 やはり、と言うべきなのだろうか。ともすれば疑問が残る。


「ハウスキーパーって事は住み込みじゃないのか? どうやって子供に会ってんだ」

「おっと。少しボロが出てしまいましたね……まさかハメました?」

「そんな意図は無ェよ」

「ううん……まあ良いでしょう。御二人は悪人ではなさそうですしね」


 ビナーはラストラリーに匙を差し出しながら、少し考えるように天井を仰ぐと、迷った末に不都合は無いとして口を開いた。


「実は、ハウスキーパーというのは建前なのです。私の本来の任務(しごと)は領地全般の警護。まあ、個人的に雇われた騎士のようなものですね。アーテローヤルは穏やかな場所であるが故……配備される警備も最低限の自警団だけですので保険というか、まあ、()()です。大っぴらに戦力は持てませんから使用人の格好はしていますが」

「……そういう事か」


 これまでの立ち振る舞いにもおおかた納得がいった。ビナーは「カクレ」の私兵という訳だ。だが、それでも、子供に会う権利を有していることの説明にはなっていない。コイツが持つこの「自由度」は何なんだ?

 領主に少し口聞きするだけで私たちの仕事にも同伴できてしまう。放任主義というのは聞こえは良いが、軽度の監督不行届でもある。雇い主の意向ではなくある程度の裁量権が与えられているのには、他に理由があると見える。


 そんな私の疑問をまた「理解」したのか、ビナーは話を付け加えた。


「『雇われた』と言いましたが……正確には、私の雇い主は領主様ではありません。領主様に貸し出されている身なのですよ。私はアーテローヤルから、どうしても出られませんから」


 とすれば、ビナーは相当に優遇された立場らしい。

 帰宅権に加えて、行動決定をする為のある程度までの裁量権まである。領主ゼビオの完全なコントロール下には無い身なのだろう。


 あの忠誠心の薄さにも合点がいった。ビナーはただ、子供の居るこのアーテローヤルという場所を離れられないだけか。


「あれ? どうして引っ越しとかしないんです? ここに残る許可を雇い主から取るのって大変そうですし……」


 このアホがまだ話に付いて来られていることに驚きだが、確かにその通りだ。ここに残る意味は何なのだろう。

 それに僅かな沈黙で応えたビナーは、空になった粥の皿をまとめると、息を吐き出して立ち上がった。


「……規定の勤務時間もそろそろ終了です。どうでしょうインヘル様。私の息子と娘に、会ってみますか?」

「……!」


 何故ビナーが私を名指しで提案したのかは分からない。

 ただ、コイツからは……上手く説明出来ないが、私とよく似たものを感じた。迷っている者の目だ。それも私と同じ、親の在り方に。


 さっき私が考え込んでいた時に放った、「私を理解できた」という言葉に妙な確信を感じたのは、まさかコイツ、本当に私の考えていたことを――


「看病、任せても良いか?」

「……あえっ?」


 ごちゃごちゃと頭の中で理屈を捏ね回すよりも先に、私の体と直感はそう答えていた。初めて出会ったかもしれない、私に似た苦悩を抱えているビナー・ハイドラン……コイツは一体、何に迷っている? それは私と同じなのか?


 コイツの子供とやらに会ってみれば、何か分かるかもしれない。


「ちょちょっ、インヘル先輩! ラストラリーちゃんが可哀想でしょ! せめて身体の調子が治るまでは一緒に――」

「……ハーティ、さん」


 私を引き止めようとするハートショットを止めたのは、他ならぬ当事者であるラストラリーだった。


「私、大丈夫……我慢じゃないよ。…多分、ママには大事な用事だから……それに、ハーティさんが居てくれるなら……私、心強い、な」


 ラストラリーはハートショットの顔を覗き込むようにすると、弱々しく笑う。ハートショットの表情は葛藤のようなものを孕み、少し唸った後、私を指差しながら声を荒げた。


「ッ……遅くならないようにして下さいね! 全く……パラさんからロクデナシとは聞いてましたけど、まさかこれほど……ブツブツ」


 何やら小声で文句を垂れているハートショットだが、そのままラストラリーに向き直ると、膨れ面で看病を再開する。


 ――益々分からなくなった。どうしてラストラリーは、私なんかをこうも純朴に信じていられるのだろう。本当の母のように扱うのだろう。


 私()()()……またか。


「どうやらまた落ち込んでいるようですが……私としても、間の悪く心遣いの無い提案でした。申し訳ありません」

「ここを逃せばもう次の機会が無さそうに思える。ラストラリーが回復したら、きっと私はすぐに仕事を終わらせようとするからな」

「参りましょうか」

「早く帰ってくるんですよ! 育児放棄先輩!」

「……本当に良いのですか?」

「何度も言わせるな。提案したのはお前だ」

「……理解しました」


 ハートショットの当然の罵倒を背中に受けながら、部屋の扉が閉まる瞬間、私は病床につくラストラリーの方を見た。


 あいつは……子供を送り出す母親みたいに、少し寂しそうに微笑んで、手を振っていた。

時間が空いて申し訳ありません。また投稿を始めますので、応援よろしくお願いします。

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