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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
二章:純白の存在証明とマキアヴェリズム
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17.Hydrated Binah

 依頼主はアーテローヤル領主ゼビオ・ファン・テスタノーム。徹底して計画的な男だと聞いていた。

 しかし蓋を開けてみると、そいつは見るからにその雰囲気を纏っていた訳ではなく、どちらかといえば策略家というより、ただの頑固親父っぽい印象を受けた。


 重々しい目つきに、鷲鼻に、深く刻まれた皺に、無表情に、ところどころ色素の薄い髪や髭。堅物のロイヤルストレートフラッシュかよ。年齢は50くらいか、或いはもう少しいっている。


 良かったなハートショット。多分窓をノックしてたら、街からつまみ出されてたぞ。

 そう思ってそっちに目をやると、ハートショットはガチガチに緊張している様子で応接室の椅子に座っていた。コイツ、尻を椅子に固定されてんのか? 同じ手足を前に出して歩き始めた時から、何となくそんな予感はしていたが。


「説明は以上だ。何か質問は?」

「魔獣の見た目の情報があれば助かるんだが」

「……目撃されているのは蜘蛛のような姿だ。2メートルほどと推定されている」


 やはり領主の身なりは清潔で、流行り物のスーツを好んでいるあたり趣味は良いのかもしれない。私が年寄りに感じるような嫌味っぽい面は見当たらないが、それは別にこの男が潔白だからとかそういう理由ではなく、単に無口で最低限の仕事の話しかしないからだろう。


 ただ、少しばかり私たちを見下している風な振る舞いはあった。余りに目を合わせようとしなかったり、質問を答える前に口元を少し歪めたり。

 仕事柄そういうのに敏感になってしまうのはどうにかならないもんかね。ラストラリーとハートショットは緊張でその気配を察せているようにも思えないが、今となっては羨ましい。


 ――しかし、魔女と魔獣の協力関係か。

 領主ゼビオ曰く、出没した時期やお互いの行動範囲から割り出した結果らしいが……私の印象としても、両名に関係は「ある」と感じている。


 この街の西、つまり私たちが来たのとは反対側にある、「ウエストエンド」と呼ばれる地域に魔獣が根城を作り、目的意識を持って魔女と共に居たというのが決定的だ。その魔女って奴が魔獣を操っているのか、その逆かは定かではないが、私は魔獣が人間に無条件に敵対的ではない事例を知らない。

 その魔女は魔獣の近くに居ても襲われていないようだし、この情報だけでも敵には繋がりが有るとほぼ確信を持って言える。


「私は他の仕事で忙しい。これ以上馬鹿馬鹿しい質問が無いのならば、そちらで計画を立ててくれたまえ」

「魔獣の根城とやらの場所は? ウエストエンドの場所は? 魔女の姿は? そこらの説明がまだだぜ」

「この件について、細かいことはそこのハウスキーパーに尋ねろ。全て任せている」

「お前が質問受け付けたんだろうが。形式で満足しやがって」

「それ以上口を開くな。本来ならば屍臭のする狩人など、この街にすら入れたくないのだ。純白で美しく、愛すべきこの街に」

「仕事したら帰るんだからよォ、早く終わるように協力してくれやオッサン」


「(うわわわわわ……インヘル先輩、肝っ玉どうなってんですか? 魔獣相手にするより怖いですよ!)」

「(ママって本当に思ったこと全部言うなぁ……)」


 いつの間にかハートショットは私を畏れるような表情に、ラストラリーは「いつもの事」と自分に言い聞かせているような表情になっていた。

 思えば最近、他人の表情の移ろいというのに気付くようになっている。前まで私はきっと、全く人の顔を見ずに話をしていたのだろう。こんな簡単な事が分からないのなら、そうに違いない。


「(……ま、だからってどうという訳でも無いが)」


 見るからに不機嫌な様子で退室するゼビオの背中を見送ると、私たちは話にあったハウスキーパーの話を聞くべく彼女の案内に従った。私たちを玄関先で迎えたあの女だった。


◆  ◆  ◆


「まずは自己紹介から」

「えっと……そ、その前になんですが」


 ハウスキーパーの女は部屋の一つを貸し切って私たちを案内すると、相変わらずの音漏れのような落ち着いた声色で場を仕切り始める。

 それを申し訳なさそうに遮ったのはハートショット。おずおずと、何か都合の悪いことがあるかのように口を開いたコイツの真意が分からず、私は思わず尋ねてしまう。


「あんだよ? さっさと仕事の説明してもらおうぜ」

「いや先輩のせいですからね!? あ、あの、さっきはすみません先輩が! この人多分サイコパスなんです! 領主さんにズケズケと……!」

「誰がサイコパスだ」


「ええ、まあ……ふふっ。そういう方なのだと()()しました」


 私たちのやり取りにか、私の態度に関する思い出し笑いなのかは知らないが、女は私を咎めることはしなかった。私はその態度から、彼女が領主に対してそれほど忠誠を誓っていないのかと邪推したが、それはおそらく彼女の事情に触れる事だ。その事の話を始めてしまえば長くなりそうだったので、深くは探らないよう、そして話を進めるように目線で促す。


 彼女はそれを汲んでくれたかのように、半月ほどに細められたその瞳を合わせると、頷くようにすっと顔を伏せてから、話を仕切り直した。


「……自己紹介をさせて頂きますね。私は領主様の下でハウスキーパーを勤めております、ビナー・ハイドランと申します」

「インヘル・カーネイション」

「狩人連盟、ハートショット・オレアンドです」

「無所属、ラストラリー……です」


 ハウスキーパー。女性使用人の最高位だ。

 家庭内の統括係……と言えば聞こえは良いが、要するに後方のお飾りのような役目を担っている。基本的に家事等、雑務の手伝いはしない。本来であれば権力者の財力の誇示の為に祭り上げられた偶像。


 しかしビナーはどうやら少しばかり特殊らしい。あの領主ゼビオの口ぶりからするに、真の意味で「家の全て」を任されているのだろう。ここまで来ると当主代理といった呼び方が近い。


「本件の処理全般を任されております。皆様からすると、司令部と同様に扱って頂いて構いません」

「優秀なことで。だが、魔獣の処理は私たちの専門だ。仕事に口出しされんのは好きじゃねぇ」

「本件はおそらく、狩人2名のみで対処できるものではないと進言します」

「……私はカテゴリーAの狩人です。インヘル先輩も、公式の記録ではありませんがそれと同等という認識もあります。狩人連盟でも能力は高位でしょう。それで役者不足とでも?」


 ここに来てハートショットが口を開いたのは、おそらくビナーが領主と違って話しやすいからとか、そういう理由でも無いだろう。コイツは自分の実力に確固たる自信がある。それを否定されるような言動は嫌いなんだ。領主相手でも、同じ指摘をされていたら口を挟んでいたと思う。

 しかし、ムッとした顔付きのハートショットとは違い、ビナーは至極冷静だった。


「ご存知の通り、アーテローヤルは至高の保養地。つまり富裕層がこぞって集まる地域でもあります。そして、この街は広い。確かに皆様は立ち振る舞いからして、相当な実力者であることは理解しております。しかし物理的に不可能な事は常に起こりうる」

「……お前、素人じゃねぇな?」


 私はまず最初にそう思った。だから言った。

 このビナーという女、どういう来歴があるのかは知らないが、今回の非常事態を大局的に見ている。まるでパラノイヤと話しているような気分になるのは、気のせいではないだろう。


 要するに「貴族も来るようなこの街で犠牲者が出るということは、他の街で被害が出ることとは訳が違う」と暗に言っているんだ。成程、パラノイヤもこの事態を予測して、今回の依頼に強引にもハートショットとの共闘を推した……という線は、あるかもしれない。まあ、その動機は本人だけが知っていれば良いので、思い付きだけで物を言うのはやめておこう。


「しっかし、今更誰を援軍として呼ぶんだ? この仕事は私への指名依頼だろ?」

「……? いえ、領主様は指名依頼をしておりませんが。御二方の事もよく知らないようでしたし」

「……急に仕事が増えて妙に思ってたが、やっぱ裏で何かあるのか。いや、こっちの事情だ。今の言葉は忘れてくれ。で、手伝いの心当たりはあんのか」

「私です」

「は?」

「私も出向します。領主様の許可は取ってありますよ」


 いやいや……有り得ねぇ。狩人でもない、一般人の家政婦長みたいな奴が、魔獣狩りと魔女捕縛の手伝い? 冗談言うような性格じゃないだろお前。低血圧みたいな不健康な話し方するし、大丈夫な訳がない。


「き、却下です! 一般人を……それどころか依頼主の関係者を現場に巻き込むのは職務倫理が許しません!」

「私は『カクレ』です。力になれると思いますが」


 ハートショットが有無を言わさぬような口調で諌めようと試みたが、それもまたビナーの冷静かつ確信めいた言に止められた。


 「カクレ」――狩人でも騎士団でも魔法兵でもない、一般的な生活をする魔法使いの俗称。連中は魔法を日頃から抑えるような、それぞれの理念を持つ。周囲の人間から魔法使いだとバレずに一生を終えるケースも少なくない。

 しかしその殆どは……言ってしまえば「実戦の勘」ってヤツを分かっちゃいねぇ傾向にある。何せ、世俗に混じって生き続ける者だ。いかに魔法が使えようが、その精神性は画一的。言ってしまえばヒヨッコだ。


「せ、先輩も何か言ってやって下さい!」

「カクレなんていう未熟な奴を現場に出す気は無い。お前の説明は受ける。が、動くのは私たちだ」

「おや、中々な言われようですね。現場に子供は連れて行くというのに」

「こっちの詮索は無用だぜ」

「それにしても、不思議な子供ですね。どこか懐かしい気配。初めて会った気がしません。……私、この雰囲気に似ている方を知っています」

「……何だと?」

「えっ? わ、私?」


 不意に湧いた、ラストラリーの出自の謎。きっと藁にも縋るような、か細い手がかりを掴もうとするような、有りもしない妄言に流されるような、そんな淡い心持ちだった。

 しかし、それがどれほど目の薄い糸口とはいえ、ラストラリーや私に繋がることは私の最も欲しい情報だ。私の目の色が変わったことを知ってか知らずか、ビナーは強かにも私の投げかけを無視して、挑発するかのように私に交渉を持ち掛けてきた。


「さて……私も同行させて頂けると嬉しいのですが」

「……チッ。意外と食えねぇな、お前」

「お褒めに預かり光栄です」


 ビナーの素性が謎に包まれているのも事実。そして、その細めた瞳に何かとんでもないものを隠していそうなのも事実。

 これは期待度を含めても、平等な交渉……少なくとも私はそう感じた。私の事情を詳しく知らないハートショットは極めて不服そうではあったが。


「御安心を。私の身に何が起ころうと、御二方の責任が問われないよう配慮致します」

「私が危惧してんのはそこじゃねぇ。手前のラストラリーに関する情報が下らないモンだったら、それを精算する準備をしとけって事だ」

「いや先輩、そこも危惧しましょうよ。タダでさえ狩人って嫌われ者なんですから……起こった責任問題は先輩だけの問題じゃなくなりそうです!」

「お前、結構実利的だな」

「賢いと言ってください!」

「あー、そうだな。賢い賢い」

「えへへ!」

「(私に似た人を……知ってる……)」


 よく喋るハートショットとは対照的に、ラストラリーの奴は終始押し黙ったままだった。その沈黙の意味はおそらく、会話の前半と後半では違うものだったんだろう。

 ラストラリーは自分のことを話そうとしない。その中には、覚えていない事も含まれるに違いない。しかし意図して話さないこともあるのだと、私は思う。


 コイツは口にするのが嫌だとは言っていない。ただ、そういうことを聞こうとすると、決まって歯痒い思いをさせるような、浮ついた答えが返ってくる。言わないのではなく言えないのだと表現する方がより的を射ているか。


 しかしビナーのような第三者の可能性は、私に取って大いに意味がある。これまで欠片も手掛かりの無かったラストラリーが持つ"歴史"とでも呼ぶべきもの……過度な期待はしていないはずだが、少しばかり、心臓が早鐘を打ったような気がした。

アーテローヤル編はやや長めになりそうです。その分明かされる事も多いので、ぜひお楽しみください。

まだの方はブックマーク・作品評価をぜひお願いします。

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