16.ArteRoyal
「海ッ! 海ですよインヘル先輩! 街のこんな近くに海!」
「わあ……私初めて見るよ。ママ、ほら見て、海。綺麗だねぇ」
「餓鬼が2人に増えた気分だ……」
オリーブと海の街アーテローヤル。
ここは高級リゾート地として名を馳せている。
街並みは花嫁衣装と見紛うほどの美しい乳白色の建物で構成されており、目立った災害や争いにも見舞われず、その品格を守り続けている場所である。
河口と海の接合部近くに位置しており、関所を越え、河を走る石橋を渡った先に広がる美しい光景は見る者の心を奪うという。
かくいう今まで海もリゾート地も知らずに育ったハートショットとラストラリーの2人は興奮冷めやらぬといった様子だった。
「この国にこんな場所があったなんて……はぁ〜……やっぱ地元から出てきて良かったです! むしろインヘル先輩のテンションがそこまで低いのが疑問ですよ!」
「お前なァ……つい最近私に喧嘩ふっかけて来ておきながら、その白々しさは尊敬するぜ」
「そんな昔のこと忘れました! ねー、ラストラリーちゃん!」
「ママは記憶が無いくせに細かいことだけちゃんと覚えてるから厄介」
「(コイツら……!)」
かねてより不安材料でもあったハートショットとラストラリーの関係であるが、どうやらハートショット自身の元来の人懐っこさや子供好きが相まって、移動の馬車の中という短期間で異様なまでに距離が縮まったように思える。
戦闘で対峙した際に見せたあの聡明そうなハートショットは何処へやら。彼女はどうも根っこの部分で子供っぽさがこれでもかというほど残っているらしい。信じられない速度で人見知りのラストラリーと馴染んだのは、おそらく精神年齢が似通っているからなのだろうと、インヘルは勝手に推測を立てていた。
「……」
そして、そんな街に住まう高級志向な高所得者たちによるインヘルらへの反応はというと、それはそれは冷めきったものだった。
これがあるから期待などできないのだ。黒曜のようなローブで全身を覆う不審者と、常に水着のような格好をした痴女と、関係性のよく分からない子供に対する反応としては正しいのかもしれないが、それとはまた違った居心地の悪い視線を感じる。
「まずは依頼主への挨拶だ。前の依頼とは違って広い街だからな。餓鬼共は迷わねぇよう気を付けろ」
「えぇ〜! せっかくだから遊びましょうよ先輩〜! 私、夜になったら砂浜で花火したいです! 火属性魔法なら使えますよ!」
「狩人は嫌われモンだぜ。大前提を忘れんなよ。遊ばせてもらえるかってんだ」
「ううん……肩身狭いです。こういう時だけは嫌になります」
忙しなく表情を変えて肩を落とすハートショットに対し、インヘルはとある疑問を抱いた。
「お前、なんで狩人なんかやってんの?」
「えっ?」
「狩人なんつー仕事をやる奴のパターンは大体決まってんだ。①魔法は使えるが育ちは悪くて学が無ェから仕方なく、②魔法や魔獣の研究がしたいから、③魔獣を狩ることで人助けになるから。……うちのチームは参考にすんなよ? 全員が例外だからな」
その質問に、ハートショットは腕を組んでうんうんと唸りながら答えを探し始める。もっとも、インヘルはおおかたの予想が付いていた。
彼女たちのチームにやってくるということは、もうその時点で即ち――
「ん〜……じゃあ私も例外ですかね!」
こんな風な型破りな者だ。「はぐれ者」と言い換えてもいい。
インヘルは他のメンバーの過去について詳しく知っているわけではなかったが、連中の現在を知っているからこそ言えることがある。
パラノイヤにしろ、レイジィにしろ……あの匂いは地獄を知ってる奴にしか醸し出せない。この血生臭い仕事をやらざるを得ない奴特有の、毒々しさを孕んだ匂いだ。
ハートショット・オレアンドからも色濃くそれを感じる。
「私、こうなる為に育てられたんですよ。家族のみんなは魔獣のことを心底嫌ってて……私は特に魔獣に何かされた訳じゃないんですけど、まあ、皆と同じように嫌いになっとかないと、家で生かしてもらえなかったんです」
「(『生かしてもらえない』? どんな家だ……?)」
「特に1人目のお父さんは厳しかったですね! 3人目のお母さんは優しかったんですけど、家の方針に逆らったせいで始末されちゃって。ああ、でも4人目のお母さんはすごいんですよ! 私に技を仕込んでくれた人で、凄腕の魔法使いでした! 3人目のお父さんは――」
「お、おい待て。そりゃ何の話だ」
「え? 家族の話ですが?」
「1人目とか3人目とか」
「ん? ……ああ! 都会の人は親って2人しか居ないんでしたっけ!」
「あ〜……OK。お前、おかしいよ。うちのチームに来ただけはある」
「むむっ!? 罵倒されてる気配!?」
「違ぇよ。お前も大変だな〜って」
「悪口ですよね! 分かりますよ!」
「そうか。偉いな」
「偉い!? 私、偉いですか! えへへ!」
「(コイツやっぱ途方もない馬鹿なんだなぁ)」
とはいえ、インヘルもその辺りを深く突っ込む気はない。決して配慮ではなく、他人の過去など彼女にとっては心底どうでも良いものでしかないからだ。仮に聞いたところで、馬車の窓から外の景色を眺めるのと同じ心持ちになること請け合いだ。
そんな無関心で場を埋め尽くすような退屈な話をしているうちに、彼女たちは(主にインヘルのせいで)道に迷いながらも、依頼主でありこの地を治める領主の屋敷へと足を運んだ。
◆ ◆ ◆
「チッ、やっと着いたか。だだっ広い街だぜ」
「いや怒る場面じゃないと思いますよ……インヘル先輩のせいですからね。丘の上って言われてたのに、どうして一回海に着いたんですか。先輩の案内を信じた私も私ですけど」
「ママは地図が無いところだと目的地に辿り着けないの忘れてた……ごめんなさいハーティさん」
「ラストラリーちゃんが頭下げる必要なんて微塵もないですから! コラ謝れぇ、インヘル先輩!」
「街が、広い、からだ」
インヘルは地図が読めるタイプの方向音痴である。特に初見の大きな街などではこういう事が起こるのだ。
サマルの村が迷う余地の無い小さな場所だったせいで忘れていたが、手探りな状況下でのインヘルの方向感覚は絶望的。それでいて自分の方向音痴を認めない、かつ恐れ知らずで自信満々に行動するのだからタチが悪い。同伴者たちも心の底では「あれ、なんか低い場所に行ってない?」とは思っていたが、その堂々たる振る舞いに一度は彼女の案内に従ってしまったほどだ。
代わりにハートショットが先導していなかったらもう数時間は街の中をウロウロしていたと考えると、この点においてパラノイヤの人事は極めて正当だったと言えよう。
「……先輩の方向音痴は置いときましょう。ほら、早く先導して下さい。私、窓と扉の区別がまだ付かないんです。えっと〜……上に開くのが窓で、奥に開くのが扉?」
「奥に開く窓もあるし、上に開く扉もある」
「FU○K! なんで同じにしないんですか! 複雑で機能美が無いのがカッコいいとか思ってるんでしょうねぇ都会の人は!」
「だいたい木製なのが扉で、玻璃製なのが窓だよ」
「……玻璃製の扉は?」
「たまにある」
「畜生!!」
「(あれ……ママとハーティさんって、意外と似てる……?)」
「安心しろ。木板の窓は無ェよ。つまり木製なら扉だ」
依頼主の家の窓をノックされては、後でどんなイチャモンを付けられるかわからない。インヘルは方向音痴を内心で否定しながら、無論の如く扉の方を3回叩いた。
応答を待つ間、彼女は家の外観を少しばかり眺めてみた。
街の風景に馴染むよう、白い石材を用いて建設された3階建ての館。門は無かったが、花々が咲き乱れる植物園のような場所もあり、おそらく周辺の土地全てはこの家に住む領主の持ち主だろう。
他の2人も応対が扉を開けてくれるまで、周辺の様子を興味深そうに眺めていた。
暫く立ち尽くしていると、留守の判断を出す一歩手前のところで両開きの扉がカチャリという音を立てて開く。
3人と対面したのは、服装から推測するに館の小間使いの1人であろう女性。その長丈のメイド服は、使用人服の教本があるならばそれを持ち出したかのような、まさしくそのものだ。
赫灼の混じったような仄かに赤みがかった黒髪は長く、その先端は外側に向けて跳ねているような毛質で、細められた瞳は微睡んでいるようにも見える。
普通ならば飾り気が無いのが使用人の常だが、よく見ると扉にかけた彼女の右手の親指以外には、指輪を見立てているのか、ダマスク柄のリング状の刺青が彫られていた。
そのメイド服は半月のように薄く開かれた目を3人に向けると、来客予定者の記憶を辿り、やがて静かに口を開いた。
「……狩人連盟御一行ですね。どうぞ中へ」
それは静寂にも溶けてしまいそうな、例えるならば幽霊の声だ。先程まで騒がしくしていたハートショットも雰囲気だけで姿勢を正し、彼女の耳を澄ませてしまうほどの息遣いについ押し黙った。
新章、アーテローヤル編です。




