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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
一章:久遠の樹
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10.Idea of Umber

 数日がかりの準備も区切りがつき、ようやく葬送の本番となった。インヘルたちの滞在時間いっぱいを使うだけの入念なそれは、少なからずインヘルの心を呼び覚ますきっかけにもなった。


 用意していた喪服を身に付けた村の住民たちが参列し、やがて一度もインヘルたちが関わっていなかった面々もちらほらと見えてくる。

 これが永きに渡って育まれた、敬意というものなのだろう。インヘルはそういった事を理解した。

 死とは停止ではない。死だけでは未完結だ。そして、その果ての幕間となる鎮魂には、実感と、継承の意味合いがある。

 いま、息子娘である彼らは、偉大な母へ最大の贈り物をすると同時に、偉大な母から最も大きなものを預かろうとしているのだ。


 棺桶に入れられたマイと共に、一人一人が花を供え、また近しい者によって彼女の生前の持ち物なども丁寧に敷き詰められていく。最後に、棺の中で華やかな服を纏い、穏やかに眠るようにして手を組む彼女の上からは、花弁が降り注ぐ。


「かか様……私は必ず、この村を守ります。如何なる災厄も乗り越え、かか様の背負っていた責務を、全て引き受けました」

「お袋、ありがとな……俺、お袋の息子とは思えねぇくらい小心者だけどさ。これからはこの場所の……皆の先頭に、しっかり立っていくよ」


 彼らが言葉を伝えると、母の棺は閉じられた。

 棺に釘打たれ、顔も見えなくなったその瞬間、兄デナイの脳をようやく過ぎったのは……「実感」の部分だった。もう二度と会えない。もう二度と喋らない。凄まじいほどの心臓の高鳴りは、ついに涙となって、溢れ出した。


「……ッ」


 参列者は広場に建てた木製のやぐらのような場所の前に整列し、その中に棺は封じられる。デナイは手ずから起こした火種を宿した松明を片手に、そのふもとに火を灯した。

 ぱちぱちと弾けるような音を立て、やがて火は全てを包み込む。道士用の礼服に身を包んだ者はその様子を確認すると、何やら(ことば)を紡ぎ始める。


 ――銀杏が宿に、四阿(しあ)が処、御魂の安寧、斯くあれや。果てが空、白煙の訪ねる先往きに、幸多からんことを。


 ◆


「お付き合いありがとうございました狩人様。きっと、かか様も報われたでしょう」

「気にすんな。縁ってヤツさ」

「……やはり、狩人様は私の思った通りの方です。きっと何か、素晴らしい事を成し遂げる方です。『喪服の狩人」は決して忌避すべきものではなく、必ず訪れる最期に、救いを与えるという意味だったのでしょう」

「大仰なモンと一緒にすんなって。私は神でも仏でもねぇんだ。ただ、自分が何者かを知りたいだけだよ」

「謙虚も美徳ですが、あながち私の申し上げていることが正しいのかもしれませんよ。かか様の言葉にこういうものがありました……『信頼とは、疑念である』」

「ん? どういう意味なんだそれ?」


 村長の為の部屋でインヘルと対面したウタは、前村長が遺した言葉の意味を説明し始めた。


「信頼することとは、どういう心情かを理解しているでしょうか?」

「疑わないこと。即ち疑念を持たないことだ。信頼と疑念が同居してるとは思えねぇが」

「かか様曰く、疑念の一切を持たぬことは『盲信』です。それは信頼では無い。人はその置かれた状況にしろ、経験にしろ、容易く変わります。常に善人が善人たる保証はありません。そして自らにおいても、誤った自分を信頼し続けるのは大いに危険なことなのです」


 マイが生前から使っていたデスクを指でなぞりながら、ウタは母の言葉を代弁するように一つ一つの意味を伝えていった。その言葉を、自分のこと信頼できなくなっているであろうインヘルに送るべきだと考えたのだろう。


「だから人間には自らを顧み、疑念の余地を作る必要があります。問と解に、十把一絡げは禁物です。常に自らを疑い……そしてその強い疑念を乗り越えた先で、信頼はより強く補強される。信頼とは、疑念の上に担保される、いつでも崩れうる危うさでなくてはならないのです。故に、信頼に永遠は無い」

「……成程な」

「狩人様は、未だその身を疑念の立場に置いているのでしょう。自分とは何なのか。決して聖人ではないのではないか。……しかし、それを乗り越えた先に在るのは、その疑念以上の信頼です。それも暫定的なものなのかもしれませんが、もしも狩人様が自らを疑い、解を求め続けるのであれば、狩人様の哲学(こたえ)は……誰にも打ち破られない強さを持つでしょう」


 彼女はインヘルたちの方を向き直ると、ある時に見せた、強さを失った優しい表情で微笑みながら、最後に自分の言葉を奏でた。

 まるで、強い意味の篭った唄のように。


「岡目八目とも言うべきでしょうか。私は、少なくとも狩人様は、お優しい方だと()()しております。貴女に来てもらえて良かった。素直に、そう思います」

「頭の隅に留めとくよ。礼は言わねぇ。()()()()()()()に信頼されてもな」

「……」

「便所行ってくる。お前はその間に、もっと単純になっておきやがれ」


 インヘルは、冷徹とも薄情とも思えるような態度で、便所には関係ないであろうラストラリーまで連れて、一旦その部屋を後にした。


 そして、彼女たちに何も言葉をかけられぬまま、その背を見送ったウタは、ふらふらと村長の椅子に腰を下ろす。

 決して言葉を失うほど、彼女たちに失望したのではない。むしろ大きな感謝を胸に抱いていた。自分の目に狂いはなかったのだと、強く思わせてもらっていた。


 硬い椅子の感覚。母には、これまで一度たりとも座らせてもらえなかった、何の変哲もない木製の椅子。幼い頃、ふざけてこの椅子で遊ぼうとしたら、しこたまマイに怒鳴られたことを思い出す。

 背もたれの大きさ、デスクの高さ、木の軋む音。その全てから、母の背丈を思い出す。


「……うッ……く……」


 誰の前でも涙を見せなかった。それがあの偉大なる母を継ぐ者の責務だとして。弱みは見せない。誰にもナメられない。それは村の人々だけでなく、自分にも、兄にも、そして母に対してすらも、決してその冷血を手放さなかった。


「お母、さん……おかーさん……! う、あ……わあああん……!」


 部屋の外まで届く、感情が爆発したかのような、そんな声に聞こえないフリをして、彼女をしばらく1人にするためにその場を後にする2人。

 自分の行動の理由はよく分からなかったが、インヘルはこれが正しいと感じていた。しかしどうも気恥ずかしいような心持ちがしたのか、頭を掻きながら、言い訳がましくラストラリーに声を掛ける。


「……連れションってことで時間潰そうぜ」

「えへへ。やっぱりママのそんなところ、大好きだよ」

「うっせぇバカ。……バーカ」


 悪態をつきながらも、落ち着かない気持ちになったインヘルの脳裏をよぎったのは、ラストラリーがマイに向けて、死の間際に放った言葉だった。


『頭を撫でてくれる。帰ったらおかえりって言ってくれる。ご飯がある。ちゃんと眠れる。そうすると自分が、此処にいても良いよって、言ってもらえてるみたいになるの』


 自分がもし死んでしまったら、少女はウタやデナイのように悲しんでくれるのだろうか。或いは親としての役割を全く果たせていない自分が居なくなったとしても、ただ彼女は別の母親代わりを見つけるだけなのかもしれない。

 そうなってしまうのが、無性に恐ろしくなったインヘルは、せめて何かしてやろうと、乱雑に、くしゃくしゃとラストラリーの頭を撫でた。無遠慮で、全く手慣れていない撫で方だった。


「……ほぇ?」

「あんだよ。余計なこと言うんじゃねーぞ」

「あっ……えへ、えへへ……」

「気持ち悪ぃな。あークソ、変なことすんじゃなかった」

「……ねぇ、もっと」

「ボーナスタイムは終わりだ」

「むぅぅぅぅ……ママのケチ」

「んー? お前の我儘は、もう聞かなくても良いんだろ〜?」

「うぐっ……そうだった。私の蒔いた種……」


 自分の気持ちを隠すようにして、インヘルは意地の悪そうな微笑みをラストラリーに向ける。


 ――魔女インヘルの、自覚の序章はこれにて終幕。

 はてさて、彼女は自らに課された「役割」に気付き、生きている意味を見つけ出すことが出来るのか。ラストラリーとは一体何者なのか。そして、失われた記憶の先には何があるのか。


 我々はゆっくりと、彼女たちの旅路を眺めていこう。

 ……それでいいだろう、フレデリカ?

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