崩壊した世界の進め方 想いの強さ
荒れた荒野が広がっていた。見渡す限りの不毛の大地は、人類の未来がないことを如実に表しているように感じた。
何故このような世界になってしまったのか?それは僕にもわからない。戦争?病?災害?これら全てか・・・
既に数十年以上も前の出来事らしく、僕のような子どもが知るすべがない。ただでさえ、当事者もその話を避けていたこともあり、ほとんどの記憶や記録に残っていない。
そんな大地で僕は産み落とされた。僕を生んだ親の顔を憶えていない。親は僕を今にも滅びそうなこの大地に生み落とし、そして捨てていった。なぜ産もうと思ったのか?何故捨てたのか?分からないことだらけだった。
その後、僕は近くにあった村の住人に拾われる形で、何とか生き残ることが出来たが、子どもを育てられるだけの余裕もなく、早々に邪魔者扱いされるようになった。
そして、早々に育てていた者たちが死ぬと、私を相手にする者がいなくなった。
そんな中、ある男が村にやってきた。そして、彼は文明が復興している町があり、そこに移住をする気はないか?と問いかけてきた。ほとんどの者はその発言を疑っていた。当然だ、突然き
様々な場所で呼びかけているようで、面識がないものが多く、あまり友好的な印象は受けない。こんな面々では旅もうまくいかないだろうと思っていたが、先導している男の的確な判断力と視野の広さによって、口論や反発がかなり抑えられていた。
ある日、僕らは小規模だが、家のような建物を発見した。先導していた男は、丁度良いとその家の中で食事を行うように指示を出した。
皆に食料をわけられ、一通り食べ終えると、皆が歩き続けた疲れを紛らわすために腰を深く落としていた。
先導している男だけは周りを見渡していた。さすがに荒野の真ん中に家が建てられているのを不自然におもったのか、立ち上がり調査を開始した。僕も彼に協力し、家の中を散策していた。すると一つの机が目に入った。錆が原因なのか中々開かなかったが、力一杯引くと何とか開くことが出来た。そこには4冊の厚めの手帳が入っていた。私は彼に手帳を発見したことを伝え、手帳を手渡した。
しかし、彼が手帳を覗くと、驚きと興味に満ち溢れたような顔で次々とそのページをめくった。
「そういうことか・・・・・」
長がその手帳を閉じ呟いた。
「オニール、君は賢い子だ。君ならこの手記の理解も、価値も理解できるだろう・・・」
そういうと、手帳を僕に渡し、読むように促した。
「手記?」
僕はその手帳を開いた。幸い、長が以前に教えてくれた文字だったため。そこには、この手記を書いた人物の名前である“ジェームズ ”という名が書かれていた。
その内容とは、この荒れ果てた世界の中で、崩壊が運命づけられた人類に僅かながらの可能性を信じた。とある夢想家の物語だった。
1days
私は荒れ地を彷徨っていた。草もなく水も枯れたその大地は、世界に未来がないことを残酷に告げているように思えた。
この旅を始めて既に数日が過ぎた。景色も変わらぬ退屈なたびに業を煮やし、柄にもなく手記を書くことにした。限りある紙を消費してしまうが、もとより用途は記録のためだ、無駄ではあるまい。
予想はしていたとはいえ、やはり予定よりも遅くなると、精神的につらいものだ。この退屈を払拭するためにも、早々に目的地まで到達したいものだ。
同じ景色が続く荒野に、私は憤りを覚えていたが、そんな中、建物と思わしきものが複数見えてきた。ようやく目的の地に到達したと、私は安堵のため息をし、その建物まで足を運んだ。
しかし、そこにあったのは崩れた建物と人の影も形もないという現実だった。私は崩れた建物を見ながら、もはや廃墟となった村の中心まで足を運んだ。荒野の中ではあるが、近くに水源らしき場所と水路を引いていた形跡が見られた。しかし管理されていないせいか、砂に埋もれてしまっていたが、インフラもしっかり整えられていたようだ。中心まで来ても未だに人の気配を感じられなかった。
「やはりか····」
私は呆れたように肩を下ろした瞬間、汚れたローブに身を包んだ人の影を見た。急いでその人物に駆け寄った。期待していなかったものの、話を聞けそうな人間の存在に歓喜していた。
私は、その人の肩を掴み、声を掛けた。
「あなた、ここの住民ですか?」
そう尋ねると、彼は私の方に顔を移した。初めて見るその人物は、男のような凛々しい顔立ちをしていたものの、肉が失われ、肌から潤いのないひび割れと、シワがその男の顔を覆っていた。
「旅人か?珍しいな・・・」
男は俺の体を観察した。小銃を持っていたせいで少しばかり警戒されたが、男は話を続けてくれた。
「ここは平和な村だったんだ・・・」
男は最後まで述べるよりも早くに、倒れこんでしまった。私は男を担ぎ上げ、近くの小屋の中に入り、水を飲ませて台の上に寝かせた。男の快方を終え、私は改めてその男が最後に見せた顔を思い出した。その時の男の顔には、言い知れぬ哀愁と嘆きだけが込められていた。
2days
あれから男は一晩中眠ってしまっていた。無理もない。見た目もそうだが、あの時も既に足がふらつき、今にも倒れそうな状態だったのだから。目覚めた男に、水と味気ないものだが固形の保存食を振舞い、男に昨日に聴くことが出来なかった、この村の顛末を尋ねると男は以前と同じように悲しげな表情に変わっていった。だが、彼は悲しげな表情をしながらも、私にこの村の顛末を語ってくれた。
「あなたは旅人だ、まずはこの村の成り立ちから話そう―」
世界が崩壊して数年がたち、生き延びた俺達の親世代たちは、荒野を当てもなく彷徨っていた。多くの者たちが死んだらしい。体の弱い年寄りや子ども、中には錯乱して自殺する者も後を絶たなかった。皆を先導していた長も既に何代も入れ替わった。
だが、彼等は安住の地を見つけることが出来た。そこは水が湧き、僅かばかしだが植物も生えていた、当時の人たちから見れば楽園だっただろう。俺もこんな危機的状況になって初めて真に理解できたような気がする。
彼等はその水源を基盤に様々な施策をし始めた。水路を引き、石造りの住居を作り、草を育て、僅かばかりだが食料を安定に供給できるようになった。彼等の必死の努力によって、困難を乗り越えることが出来た。そう、必死な努力によって・・・・
ある程度余裕ができ、余暇が生まれた。それは良いことだったのだろう。その安定に至るまで彼等は汗を流し続けた。それこそ休む余裕もなく、倒れる者も数えられない程だった。
だが、その余暇が事態を急変させてしまった。彼等は自分たちがこの村に貢献度で、己の権利を主張し始めた。中には、倒れた人たちを嘲笑い、迫害するものまで現れた。
無論、その思想を危険視した当時の長は、彼等を止めようとその者たちを叱咤した。だが彼等の暴走を止めることはできなかった。長はその日の夜、助けようとしていた、虐げられていた者の子どもに殺されてしまったのだ。その親は権力を欲しがるあまり、長を排除することで村の中での権力を確立しようとしたらしい。実に愚かな話だ。その親子は、長を排除した功績と恐怖から村の中で、大きな権力を手に入れた。
そこからだ。もう誰もこの村の暴走を止めることが出来なくなった。彼等は自分の権利と自由のために、上のものは下を虐げ、下のものは自由を手にするために上のものを殺し始めた。限りある資源と人でそんなことが起これば、村が滅びるのは時間の問題だった。
今になって、何故こんなことになったのか、何故、誰も歯止めを掛けなかったのか、後悔しない日はない。あるいは、もうあきらめていたのかもしれない、生きぬくことを、明るい未来を夢見ることを・・・・。だから、皆が“未来の幸福 ”ではなく、“今の幸福 ”を選んだのかもしれない
愚かだったと笑うか?だけどな、誰もがいつ崩れるかもわからない暗闇を進めるわけじゃない。それはとても危険で、不安に満ちた道のりだ。それが出来ているのなら、この世界はもっとましだっただろうな。
「なるほど・・・」
彼は話を終えたものの、私の顔を見ることなく、ただ、石造りの机だけを見つめていた。
「ありがとう。この町についてよくわかった」
私は男に感謝の言葉を告げ、立ち去ろうとした。しかし私は、最後に聴くか迷っていた質問を最後に切り出した。
「最後に一つだけいいか?」
「なんだ?」
男は少々鬱陶しい面持ちで、私の質問に耳を傾けた。
「君は、その長についてどう思っていた?」
私の質問に対して男は、目を大きく開き先程からあまり見せることがなかった動揺を始めて見せた。
「何故そんなことを?」
男は動揺しながらも、私に質問の意図を問いてきた。
「それは君が一番理解できているんじゃないのか?」
「………」
男は数秒間の沈黙したものの、先ほどまでの動揺もなく、どちらかと言えば後悔の念が強く浮かんだ顔をしていた。男は考えがまとまったのか、此方の方に顔を移し、口を開き始めた。
「長はいい人だったさ、全滅を避けることが出来たのも、皆が前に進めたのも、他でもない長がいてくれたからだと思う」
そして、彼はどこか遠い目を見るように、最後の言葉を紡ぎ始めた。
「だけど、だけどあの人は甘い人だった。暴走の前兆はあったにも関わらず、それでも皆が幸せに、自由に過ごせるようにしていた。追放すれば良かったものを、あの人は最後まで"皆のため"に動いていた」
男はどこか悲しい瞳をしていた。
「無責任な話だか、あの人には非情であるべきだったんだ。例え恨まれても、一人でも多くの人を救うために、少数を切り捨てるべきだったんだ!切り捨てる…べきだったんだ」
男は憤慨しながらも、泣き出しそうな声で自身の強い想いを撒き散らしていた。男は踞り、大地を揺らさんばかりに身体を震わせていた。その背中は青年のものにはみえず、私の目にはまるで"小さい子ども"のように見えていた。
「ありがとう、ありがとう」
私は男が辛いはずの質問に答えてくれたことに感謝の言葉を告げた。我ながら無粋で非情だ、男の境遇を分かっていて、彼が辛いはずの質問を投げ掛けたのだから。
「どこに向かう気だ?」
男は私に向けて質問を投げかけた。
「私は旅を続けるつもりだ」
「何か目的でもあるのか?」
「ある、良ければあなたも来るかい?」
私はこの時の判断が早計であった。道中の苦難を考えて少しでも人手がいた方が良いが、今後の旅を考えると同行することで、彼を危険に晒してしまうことになる。しかし、彼は提案に首を横に振った。
「俺はこの町に残る。例え死ぬことになっても、俺はここに残らなければならないんだ・・・」
男は何処か悲しい目をしていたが、同時に諦めたような光のない暗い瞳をしていた・・・。
私はその男から視線を外し、次の目的地へと歩みだした。そして私は、この男もきっと“未来の幸福 ”が視えなくなってしまったのだろう。だが、彼には“今の幸福 ”というのはあったのだろうか?そう考えると彼のことが急に哀れに思えた。
だが、私は彼の考えを戒める気はない。それが彼の選択なら、私はその未来を観測するだけだ。それが、私が今、するべきことだから・・・。
Conclusion 自由
この村を表す言葉は"自由"だ。皆が自己の幸せを給仕し、一部のものは幸せの一言だったのだろう。
たが、世界は平等だ。誰かが幸せを享受するためには誰かの不幸がなければならない。
それをこの町の長は見誤ってしまったのだろう。「皆が幸せに自由でいられる世界」それは素晴らしい考えかもしれない。
だが、真の自由などこの世界ではなしえられないものだ。有限の世界である以上、誰がどのような形で追い求めても、永遠に叶わない理想だ。誰かが幸福であるのなら、その一方でその幸福を得られず、不幸になる人間もいる。
自由もそうだ。誰かが自由に過ごすには、その裏で自由を育ませる人物がいなくてはならない。
だからこそ人は自由を制限するのだ。他者の権利を妨げないように、自由を限らなくてはならない。例えどんな理由があっても、どんな苦行に苛まれても、皆が真の自由を望んではならない。その果てにあるのは、倫理が消え失せた、滅びの世界だけなのだから・・・。
18days
前回訪れた村を去ってから既に数日が過ぎた。目的の地に向けて歩んでいると、大きな丘が目についた。私はそこからであれば、目的の地が少しでも見えるかもという、淡い期待を込めて、目の前の丘を登った。
しかし、そこには期待以上の驚きに満ちた世界が広がっていた。そこは木々が生い茂る、前回の町とは比べ物にならない素晴らしい地だ。まるでここだけ違う世界から切り取ってきたような印象を受ける。
私は目的地があると思われる森の奥地に進んだ。目的の場所に向かうと同時に、私は辺りを観察し始めた。辺りは無数の木々が生え、草も地表が見えない程生い茂っており、小規模だが川も流れていた。土も植物が生えるだけの湿気があり恐らく栄養も豊富だろう。こんな土地がまだ残っているという事実を目の当たりにしてもまだ信じられずにいた。
森を進んでいると、そこには壊れていたが柵のようなものが、何かを囲むような形で大きく張られていた。その奥地に目的の地があると踏んだ私は柵を乗り越え、森の奥へと進んだ。
そして私は開けた場所に出た。するとそこには大きな町の姿があった。今すぐにでも住民に話を聞きに行きたいが、夜も遅い、今の世では珍しい旅人で怪しまれてしまう恐れがある。今回は森の中で休息をとることにした。
19days
朝を迎え村に入ると、私は住民に追われてしまった。前回のように警戒されないように、持っていた小銃も分解して鞄の中に収納した。他にも口調や仕草も気を使ったはずだが、目撃されると同時に襲われてしまった。よほど閉鎖的な国なのか、私個人に何か琴線に触れることがあったのか。
追ってきた者たちは、決まったバッチを付けていたことを考えると、恐らくこの町の警邏といったところか。
幸い人数が少数だったため、何とか逃げ切れたが、このままでは何もできずにこの地を去ることになってしまう。それでは目的も果たせないうえ、私の疑問も晴れずじまいだ。そうならないためにも、私は鼓動に出る必要があると考え、隠れている場所から離れて行動を開始した。
現在、私を散策している警邏は三人。それぞれバラバラに私を探している。改めて考えると、この三人は連携をとることもなく、私を追って来るときも我先にと追って来るだけで、挟み撃ちや待ち伏せといった行動を取ろうともしなかった。なら、問題はない。
私は小銃を即座に組み立て、三人の居場所や立ち位置を確認した。やはり三人はバラバラに私を探していた。そのうちの一人が孤立し始めたのを見計らって、建物や木々の影を利用して警邏の男に近付いた。私は即座に男を拘束できるように銃を鞄に差し込み、男の背後に回り込み、首を絞めて頭を抑えると同時に即座に建物の裏手に隠れた。男は暴れる前に首を一瞬だけ強く締め、すかさず言葉を投げかけた。
「声を出せば殺す」
端的かつ明確に主張することで、男は即座に自分の立場を理解し、暴れるのをやめ私に身を委ねてきた。私は男の頸動脈を強く抑えて気絶させて、森の中に引きずり込んだ。男を森の奥に隠し、再び町の警邏達の動向を確認しに戻った。残りの二人はある程度探すと特に話し合いやもう一人を気に掛けるそぶりもなく、それぞれ家の中に戻って行った。
先程から不可解な点が多い、あの警邏と思しき者たちもそうだが、先程から住民の姿をみない。別の場所にいる可能性もあるが、それにしても住居の数からして一人も出てこないのは不自然だ。ますますこの町のことが気になってきた。
20days
日が昇り始め、男は目を覚ました。捕らえた男は上着を脱がされ、その服で手足を拘束した状態で、私は男に話しかけた。
「安心しろ、私の質問に答えてくれたら開放するつもりだ」
男の表情から辱めた怒りと、本当に解放されるのかという不安が読み取れた。当然の事か。だが男の精神状態に配慮している程余裕もない。私は男に対して質問を投げかけた。
「まずは、お前たちは何だ?何故私を捕らえようとした?」
男は少しだけ思考したが、思いのほか早くに口を割ってくれた。
「俺たちはこの町の治安を守る“警備隊”だ」
警備隊か、この町の長は中々の手腕があるようだ。生活の基盤を整えただけでなく、集団社会内で明確な秩序を定めているとは。
「お前を捉えようとしたのは、この町で見たこともない人間だったからだ」
確かに、このご時世で旅人は珍しいかもしれないが、それでも話を聞くぐらいして欲しいものだ。
「次の質問だ。お前たちは私を協力して捕らえようとしなかった?」
「“協力”?そんなことする意味あるか?」
「何?」
この男は何を言っているのか分からなかった。だが、冷静になって考え一つ質問をした。
「お前がもし私を捕まえていたらお前になんの得がある?出来る限り具体的に教えてほしい」
男は不思議そうな顔をしていたが、男は私の質問に答えてくれた。
「そうだな・・・、お前を捕まえたら、俺の地位が高くなるといったところだな」
「もし、三人同時に私を捕まえたらどうなる?」
「より優秀な成績を持つ方に手柄がすべて持っていかれる」
成程、だからバラバラになって私を捜索していたのか。そして、他二人の冷めた行動も頷ける。あの二人からすれば、この男の失敗は競争相手がいなくなり自分が成り上りやすくなるから、助ける必要も考えもないのだろう。
「次の質問だ。この町はどのようにしてできた?わかる範囲でいいから教えてほしい」
「そんなことを聴いてどうする?」
「いいから答えろ」
そして男はこの町の大まかな成り立ちを、私に話してくれた。
俺たちの親は、世界が滅びた後、自分たちが安住できる地を探し求めた。多くのものが死に絶え、中には長に逆らったものもいたという。だが、長はそれを力でねじ伏せ、皆がその力を信じ、安住の地を探して旅を続けた。
そして見つけたのがこの森だ。どうやら、大きな丘に守られる形で、この森が残されていたらしい。その森を中心に町を作り、森を拡大するために水路や植樹などを行い、大きな町と農地を得ることが出来た。
だが、皆の心に余裕が出来、様々な問題が生じ始めた。現在の生活の問題やここに至るまでの不満といった、困窮していた際に抑えていた感情が、平成と共に解き放たれ始めていた。
しかし、この問題を長は即座に解決して見せた。問題の発端たる人物を力でねじ伏せる形で・・。
長は発端のうち一人を殺し、晒すことで町の問題を完全に終息させた。以降、住民は長の恐怖で支配されたものの、大きな争いもなくなった。
「これが、この町の成り立ちだ」
男からの話を聴き、この町の成り立ち自体は理解できた。だが、少しだけ引っかかる。それだけなら、住民があのような排他的な姿勢になるとは考えにくい。この原因は恐らく、それ以降に何らかの変化が起因していると考えた。そこで私はもう一つ男に質問を投げかけた。
「この町で、何か大きな変化はあったか?」
「そうだな・・・、2年程前に長が息子に代替わりして、村の方針が変わったことかな?」
「町の方針が変わった?」
その方針とは主に2つだ。1つが他者に過度な危害を加えないこと、これを犯した者に制裁を与える。2つ目が、“個人 ”が各分野で優秀な成果を収めた者に相応の権利を与える、という内容だった。
「そして、新たな長は最後にこうも言っていた」
その言葉とは、“成果によっては長の座も譲る ”というものだった
やはりだ。個人の成績を優先した政策によって、あらゆる事が個人を優先したものになってしまたったのだ。だが、新たに疑問が生じた。何故長はこんな政策を行ったのか?今まで通りの政策を行っても良かったはずだ。
「……仕方がない、私が直接話を聴きに行くか」
男は私の発言に驚きを隠せずにいた。
「そんなこと、出来るわけないだろ!」
「あいにく、出来ないからといって、諦めるきはないんだ」
そして私は、手持ちのナイフを取り出し、男の右目の近くまで持ってきた。
「何でだ!危害を加える気はないんじゃ―」
「そんなことを言ったつもりはないが、安心しろ、これから言う条件を飲めば無事返してやる」
「条件?」
男は焦った口調で聴きかえしてきた。
「主な条件は3つだ。一つは私の情報を話さない。聴かれた場合は森を出たと伝えろ。二つ目は、可能な限りの食料を集めて、お前を捕らえた地点に置いておくこと」
ここまで発展して、住居を見るにかなり多くの人数を養えているのだろう。それなら、安定した食糧供給も行えているはずだと考え、今後何が起きても大丈夫なようにここで食糧を少しでも多く確保しておきたい。私は私用の要求を終え、本題に移った。
「最後は、長の居場所を教えることだ」
予想を指定だろうが、それでも男は戸惑わずにいられないのか目を泳がせていた。そんな男に喝をいれるために、男の口のなかにナイフを入れた。男は震えてナイフを見つめるばかりだった。
「お前に選択肢があるとでも?私はお前を解放するとはいったが、お前に危害を加えない約束はした覚えはないぞ?」
男はナイフを身体の中に入れた恐怖で、此方がこれ以上の追及をする前に男は首を縦に振った。私はナイフを鞄の中にしまった。
「まずはこの町の全容だ。その後に長の場所を聴こう」
脅迫の甲斐あってか、男は全てを明かしてくれた。どうやらこの町は円形で、それぞれ区分けされているようだ。円形の行政区画を中心に、周りに農業区間、工業区間、住宅区間に分けられているらしい。私達がいるのは、住宅区間と農業区間の間にある。長がいるのはその行政区間の中央らしい。この男が虚偽の情報を私に告げている可能性も考えて、独自の調査をする計画を立てた。
「後は食料だ、農業も行っているなら用意できるだろ?」
「ああ」
男は恐怖を残しながらも、少し冷静になったようで、こちらを警戒し始めた。
「よし分かった、お前を解放しよう」
そして俺は男を縛っている枷に手を触れ、あたかも開放するようなそぶりを見せた。すると男の顔は喜びに包まれた。この表情から見るに、この男を解放しても頼みを聴かないどころか、裏切る恐れもある。私は男の拘束をとこ前に、男を今一度脅迫して見せた。
「おまえ、裏切ろうとしているだろ?」
「え!?何をいきなり―」
とぼけている様だが、図星であるのは火を見るよりも明らかだった。私は男の顔を強く掴み、男の顔を無理やり私の顔の前まで持ってきた。
「裏切っても構わないが、その時は覚悟しておけよ?私はお前を完全に信じてはいない、いざとなれば逃げることもできる。結果、私が生き残ったとき、その後のお前を真っ先に標的にして、お前を再び拘束して、今度は丁寧に、丁寧に、お前の体を刻みながら殺してやるよ」
男は瞳を見て、再び恐怖が芽生えたことを確認して、最後の言葉を告げた。
「お前事を常に見ている。もし少しでも裏切りの素振りを見せた瞬間、お前の安住はそこで最後だと思え」
男の顔から手を放し、男は情けなく尻もちをついて倒れこんだ。
「今からお前を解放して鉄を集めてもらう、忘れるなよ?常にお前を見ている。裏切りは無残な死に繋がることを忘れるなよ?」
「は、はい」
男は脅しによって、会った時とは大きく異なり、委縮しきっていた。これなら最後まで見ていなくても動いてくれそうだ。長の場所の下見と町の調査ができそうだと考えた。
昼も回り、徐々に日が落ち始めたころ、男を住宅区間に開放し、ある程度男を観察し終えると、私は行政区間まで向かった。
やはり、私が来たときに住民を見かけなかったのは、他の区画で働いていたためだった。日が落ちた頃に、改めて町を見に行くと中央の行政区画の方から人が歩いてきた。
そして区の中央に旗が立てられた、住居を発見した。男の情報だとあの建物が長の住居らしいが、正しいようだ。外敵の心配がない町である以上、逃走経路や囮の可能性も低いだろうと考え、そこに侵入するための計画を考えた。
私は、次に男が食料を集めている農業区画に向かった。読み通り男は食料を必死で集めていた。そして、農業区間もかなり進んでおり、様々な農作物が育てられていた。ここまでの量の作物を生産できるまで、いったいどれだけの力を注いだのだろうか。
見れば見るほど進んだ文明だ。長が変わらなければもっと発展していたかも知れない。
「これが答えなのだろうか」
私は男が食料を置いた事を確認し、即座に食糧を回収した。その後、人目を避けつつ、男の裏切りを懸念し、先程とは異なる区間の間にある森林に姿を隠した。男が持ってきた食糧の下処理と保存食にするための熱処理等を行い始めた。
その作業のさなか、私はこの町について考え、そして僅かだが歓喜していた。ようやく、あの人にまともな報告ができると、少しばかり心が軽くなった。
しかしまだだ、この地が今後も残り続けているかはわからない。だからこそ、私は現在の長に話を聴かねばならない。彼女が行った政策の真意を。それはきっと、何か理由があるはずだから。
私は予備の弾をある程度完成させ、日が落ちるのを確認し、鞄を木陰に隠し、ナイフや弾、手帳とペンといった必要最低限の荷物をポーチに移し、小銃を背負った私は、改めて行政区にある長の住居に歩みだした。
夜になると、ほとんどのものが住宅区間に入るため、他の区間、問い訳農業、工業区間は無人になる。行政区間も同様にほとんどのものが姿を消す。よって、行政区間の中にいるのは長や一部の人間だけだろう。
私は行政区にある建物に身を隠しつつ、長の住居まで近づいた。3~4人程は警備がいるが、他の区間も見ているためか、警備は穴だらけで、慎重に動いていればまず見受かる心配はないだろう。
長の住居までついた私は、
そこには一人の男が腰を掛けていた。この町の長は注意深い、前回の町のような殺害を避けるためだろう。
用心深い厄介な相手だ。殺しを避けたい。それに銃を射てば、他の警備が此方に駆けつけて、最悪大量の死体が並ぶことになる。
手をこまねいて扉の前で待機していたその瞬間、男が行動を開始した。
「そこにいる奴、引き返すなら今だぞ?」
男は扉越しにも関わらず、私に声を掛けてきた。一度他のものと疑ったが、周りには案の定誰もいないことから、間違いなく私に向けた発言だろう。
「お前らの恨みは、先代に対するものだろ?今の主はよくやっているし、お前らの事をよく考えているー」
少し黙って聴いてみる事にした。彼には悪いが、少しでもこの町の情報を得ておきたい。
「主が長の座を譲る覚悟をしたのも、この町が滅びないためだ。そんな主をお前らは殺そうというのか?」
私は彼の興味深い発言に私はあろうことか、扉を開けて問いかけてしまった。
「それはどういう事だ?」
私の問いかけに対する返答は返ってこず、彼の驚きの言葉だけが響いた。
「誰だ、おまえ?」
彼はあくまで冷静に私の素性についての質問を投げ掛けた。当然だ、この規模と住民の数なら私がこの町にいないことは一目瞭然だ。私は冷静になり、男に用件を伝えた。
「すまない、私は旅のものだ。旅の道中よらせていただきました」
「旅だと?こんな時世にか?」
彼は不思議そうな顔をしながらも、こちらへの警戒を全く解いておらず、こちらが銃やナイフに手を掛ければ、即座に切り込んできてもおかしくない気迫に満ちていた。
「で、何故ここに来た?見物なら余所で頼む」
「いや、長に話がしたくてな」
私の発言と共に、緊張が高まるのを感じた。長の見張りを任されるだけあって、先程からの警戒心や視線、呼吸と細かい動作からも、彼が只ならない男だとわかる。
「悪いが、身元も分からないお前を長に合わせるわけにはいかない。帰ってくれ」
「そういうわけにもいかないさ、私も役目があるんでね」
私は彼の言葉を意に介さず、彼が護る扉の先に向かおうとした。彼の隣を通り過ぎようとしたその時、彼は服の下に忍ばせていたナイフを取り出し、私の首元に円形の持ち手のナイフを、即座に首元まで近づけ、今にも首を切り裂いてしまいそうな顔でこちらを見ていた。
「調子に乗るなよ?お前は住民でもないんだ、俺がお前を殺しても誰も咎める奴はいない。いつでも殺せることを自覚しろよ」
改めて、男の動きを見ると、凄まじい強さであると認識できた。ナイフを抜く速度も動作も、素早く無駄もない洗練された動きだった。厄介な相手だ。本来なら避けるべき相手だが、私はこの先に進まなければならない。私は男の表情を伺いつつ、思考を巡らせていた。
「物騒ですね。長の住居を血で汚す気ですか?」
「侵入を許すよりはましだ。それにお前ほどの男ならこれくらいがちょうどいいだろ?」
「なるほど、あなたも分かる人のようだ」
ある程度状況を確認でき、行動を開始した。
「それでも・・・諦めるわけにはいかないんでね!」
私は後方に跳び、腰に掛けたナイフをつかんだ。しかし、男の方もこの動きにいち早く気付き、私を逃がさぬよう前方に跳んできた。同時に持っていたナイフで、私がナイフを掴んでいた肩を狙って肩を切り裂いてきた。幸い浅かったが、反応が遅れていれば、間違いなく腕を動かせなくなるほど深く切り裂かれていた。
私はナイフを振り、相手に距離を取らせた。そして、それと同時に背負っていた小銃に左手を掛けると、それを警戒したのだろう。彼は即座に手持ちのナイフを左手に向かって投げてきた。そのナイフを避けるために体制を少し崩してしまったのを見計らって、ナイフを構えて彼はこちらに近付いてきた。私は足で重心を少し変え、何とか相手の斬撃を避けることが出来たが、前方を大きく切られてしまった。しかし、その斬撃によって小銃のベルトが切られたことで、取り回しが良くなり、銃床をつかんで接近してきた男を払いのけ、再び互いに距離を取った。
だが、二人ともそれ以上動くことが出来なかった。彼はナイフと銃を警戒しつつ、こちらが銃を構えようとする隙を見て、致命傷を与えようとしているのだろう。片や私もナイフによる接近戦では決定打を与えられないうえ、こちらは軽傷とはいえ肩と胴を切られている。動き回って血を流すのは避けたい。しかし銃は銃床を掴んでしまっているため、一度持ち替えなくてはならない。だが、相手はその隙を狙って確実に殺しに来ることから、互いに動くことが出来ず、膠着状態になってしまった。
だが、こちらの方が、分が悪い状況だ。負傷により接近戦は不利であるが、遠距離戦に関しても、一発で決めなければ銃声で周りの奴らが集まってきてしまう危険性がある。どちらにしても、私の勝利条件は短期決戦に限られている。このまま膠着していても、相手が有利になるばかりだ。
幸い、彼も助けを呼べずにいた。これは後に知ったことだが、原因はこの国の情勢に起因してのものだった。この町では同じ警備でも、長を殺して成り上がろうとする者、もしくは第三者に殺害依頼を受けているものである危険もある以上、信頼できる相手ならともかく、不特定多数の警部に助けを求めることはできなかったらしい。
私は危険を冒してでも決着をつけるために、いち早く行動に出た。左手に持っていた小銃を手から放し、彼の視線を数秒間こちらの意識から外させた。
その隙をついて、彼との距離を詰めた。彼は、驚きはしたものの即座に構えを戻し、臨戦態勢に入った。
だが、私は切りつける前に、彼に向けてあるものを投げつけた。それは、無数の弾丸だ。彼は戸惑い、一瞬戸惑い行動を完全に停止した。私はそのまま直進し続け、彼との直線状にある弾丸の一つを、ナイフの出っ張っているキリオン部で叩きつけた。その衝撃で内部の火薬が爆ぜ、弾が彼に目掛けて飛んで行った。
その弾は見事彼の腹部に命中し、倒れさせることに成功した。爆発の衝撃と熱で、指を痛めたものの、理想通り一撃で彼に勝利することが出来た。私は、すかさずナイフを男の首元まで持ってきて、抵抗が出来ないように脅しをかけた。
「これ以上抵抗するな、私はこの町の長と話がしたいだけだ」
彼はその言葉に耳を傾けず、立ち上がろうとした。私も、やもえないと考え、男の喉を切り裂こうとした瞬間だった。奥の扉から声が聞こえてきた。
「そこまでです!フレッド!」
扉の方から聞こえてきたのは、女性の声だった。その声に彼と私は行動を止めた。そして、扉の方を見ると、そこには私と同じくらいの年齢の女性の姿があった。
「そこの見知らぬ御方、よろしければ先程の音を聞きつけて警部が来る前にどうぞ中に。」
「ですが主!」
「辞めましょう。現状で私が危険に晒されるより、あなたを失う方が痛手です。あなたの価値をはき違えないでください」
その女性憤慨し、フレッドを諫めると、私との話を再開した。
「では旅の方、どうぞ中へ。申し訳ありませんが、彼の治療も行ってよろしいでしょうか?」
「構いません。むしろ私が行いましょう」
「ありがとうございます」
フレッドは不機嫌そうな顔をしたが、主が承諾したことに逆らえず、なくなく治療を受けることになった。
フレッドの体の弾丸を取り除き、傷の処置を終えた。幸い銃で撃ちこまなかったため、浅いところで止まっていた。次いで私も自分の患部に包帯を巻いて血を止めた。
「ありがとうございます、旅の方」
「いいえ、元は私が撃ち込んだ弾丸です。お礼を言われる筋合いはありません」
「まだ名前を聞いていませんでしたね、私はソフィーです」
「ジェームズです。いきなりで申し訳ありませんが、この町について話を聴かせていただきたい」
「はい、私が知る限りのことを教えましょう」
「あなたが何故、長の座を降りることを覚悟してまで、方針を変えたのかについてだ」
二人はこの町の情勢を思いのほか把握されていたことに驚きを隠せていないようだった。
「なぜそこまで?」
「ここに来るまでに、住民に少しばかり話を聴いたんだ。本来ならそれだけでよかったが、方針の変更だけが妙に気がかりだったので話を聴きに来ました」
「まさかそれだけとは、何らかの権利や命を要求してくると考えましたが」
「普通ならそうでしょう。しかし、私の目的はこの町についての理解と知識だ」
「何故そのようなことを?あなたの真意はいったい?」
「詮索は遠慮願いたい。唯一言えることはこの町の情報を聴けたのなら、早急にこの町から立ち去ろう」
ソフィーは疑念を抑え込むような表情をしながらも、この町についての話を始めてくれた。
「この町の現状を知っているなら、この町の成り立ちについても聞いているでしょうか?」
「はい、聴いています」
「先代の長は反乱を未然に防ぐために暴力を用いた。崩壊しかけた現状でそれは手っ取り早く、確実に抑え込める手段だったと思います。だけど、それが原因でとある問題が発生してしまいました」
「問題?」
「それは長が死んだことによって、安定が崩壊してしまったんです」
当然だ。絶対的な力を誇示して支配していた暴君が死んだのなら、残った上層部にも恨みが飛び火して反乱が起こるのは予想できた。
「それで、なぜあんな政策を?」
「以降の崩壊を避ける為です・・・・」
「以降の崩壊?」
確かに反乱は起こるかもしれないが、崩壊の恐れがあるのだろうか?
「それはどういう?」
「単純な反乱ならまだよかったのです。しかし、彼等が長を狙う理由は只、権力を欲しただけだったのです」
「前回の町と同じか・・・」
「え?」
「気にしないで、続けてください」
「はい・・・。無論、そんな人達に権力を与えてしまえば、個々が利権を主張し合うばかりで、町の内示に目を向けずに、いずれ町そのものが崩壊してしまうでしょう・・・」
「そうでしょうね。安定しているといえど、この町も森から出れば荒れた大地が広がっている。少しでも油断していたら、いずれこの町の基盤すら危うくなるかもしれない」
「お察しの通りです。周りの森も農業区の管理の元、水路や植樹で何とか維持していますが、雨も少なくなったこの大地では、管理を少しでも怠れば範囲が狭まり、住みづらい環境になってしまうでしょう」
流石長を任されている人物だ。目の前の平穏だけではなく、その後の起こりうる将来的な問題までしっかりと認識できている。言うだけなら簡単だが、それを実際に行えている人間は、この時代において貴重な存在だ。
「そんな問題を避けるために考え付いたものが現在の政策です」
「なるほど、意識を変えさせるために・・・」
「はい。彼等の暴走を抑えつつ、内示に尽力させ続けるには、どんな立場にあっても個々を尊重し、場合によっては自身の全てを捧げるだけの覚悟を示す必要があったのです」
「評価を“集団 ”ではなく“個人 ”にしたのも、少しでも結託を避けさるためのものか・・・」
「それが原因で一部の業務に支障をきたした面がありますが、それでも従来に近い水準で生産率を保つことが出来ています」
合点がいく。それなら皆が暴力という血生臭い方法をとらずに、町の利権を取れるのだ。全員とはいかないが、大半の人間は丸め込めるだろう。
「理解した。これで私の用件は以上です。お騒がせして申し訳ありませんでした」
私は彼女と彼に向けて一礼して立ち去ろうとした。しかしー
「待ってください、旅のお方」
そんな私を彼女は引き留めた。そして、次は彼女の方から私に質問を投げ掛けた。
「あなたは他にも、色々な場所を見てきたのでしょ?」
「まだほんの僅かですが」
「それでも構いません。そこで皆はどのように暮らしていましたから?」
「滅んでいました。以前伺った村は自由を追い求め、互いに自由を奪い合ってね」
「そう、ですか・・・」
彼女はすがりたかったのかも知れない。この現状を打開できる方法はないのかと。それは恐らく反乱などと小さいものではなく、この滅びから、皆が抱える不安から・・・。だからだろう、彼女は最後にこのような事を口ずさんだ。
「人類は滅びるしかないのでしょうか・・・」
それは誰かに向けたものではなかった。強いていえば自分に向けての言葉だろう。彼女等もこの滅びに抗い、多くのことに葛藤した人間だ。そう言いたくなる気持ちは理解できる。
だが、それでも、彼女だけはその言葉を言ってはならない!
「諦めてどうにかなるのか?」
フレッドは私の失礼な態度に憤慨していたが、その言葉は私の耳に入っていなかった。
「お前は、決断力も知恵もある、そんな人間があきらめてどうなる!?」
彼女は動揺していたが、私は只自分の溢れ出る感情を言葉にするのに必死だった。
「諦めた先にお前たちの目指したものがあるのか?諦めた先に希望があるのか?何もないさ!あなたなら分かるはずだ、ソフィーさん!」
私に名前を呼ばれ、ようやくこちらに意識を向けたように感じた。
「この町の長は、自身の平穏を捨ててまで皆を護る覚悟があった!恨まれ、唾を吐きかけられても、皆を護りたい気持ちがあったから、ここまで町は発展できたんだ。それは後見人の君が一番わかっているはずだ!もし君がここで諦めたら、何もかもが失われる!」
分かっている。これは只の理想論、綺麗ごとだ。だが、それを捨ててしまってはならない。
「そんな先代が君に町を任せたのは、君ならできると信じたからだ!自分を犠牲にしてまで護った大事な人達を、君なら守ってくれると信じたからだ!」
私の言葉が、彼女に届いていたかはわからない。だが、私は只伝えたかったんだ―
「例え、人類がなしえなかったからといって、君が出来ないという道理じゃない!それに君には、信じてくれる人も、託してくれた人もいる。君は、遠くの見知らぬ事実ではなく、手元にあるものを見つめるべきだ。それはきっと君が思っている以上に貴重で、尊いものだ」
そうして彼女は、フレッドの方に視線を移した。少し照れくさそうなしていたが、彼女の目を見て頷いた。
「私に出来るでしょうか?」
「私にはわからない。だけど一つだけ言えるのは、あきらめた先に奇跡はなく、努力をしたモノが起こす必然だ。だからこそ、あきらめないでほしい・・・」
その言葉を最後に、この町を離れた。外は日が昇り明るくなっていた。
我ながら愚かな話だ。観測するだけの立場でありながら、対象に干渉してしまうのだから。だが、それでも彼女には諦めてほしくはなかった。彼女はこの滅びの世界で、信じられ、託された数少ない人間だ。そして、彼女自身も他者のために行動を起こせる人間だ。
どれもこの世界では、変えようもない貴重なものだ。いずれまた、誰かが誰かを想えるような世界にするためには、彼女のような人間が一人でも多く必要なのだと、私は思う。
Conclusion 力と闘争
この町は“力 ”によって支配されていた。長による暴力の恐怖に縛られ、皆が長により生殺与奪の権利を握られていた。
長は賢明な人物だったと思う。滅亡が決定されていた世界の中、歩みだせる人間は限られている。多くの人を助け出すには、恐怖で支配し皆に歩みを強制させる手段は効率的だ。
しかし、それはとても辛い事だ。その手段を取れば孤立は避けられない。未来が見えないこの世界で、縋れる者もいなくなってしまうのだから。だが、彼の覚悟は本物だったのだろう。だからこそ、彼等はこの地を見つけ出し、安定した生活を手に入れるまで至ったと考えている。
だが、それは一時のものだ。安住を手に入れた住民は、選択する意思が生まれる。そして恐怖の対象である長を排除しようとするだろう。そして、長が亡くなったとなれば、これ幸いと利権を得ようと、住民たちは暴走を始めるだろう。組織の構築、対抗者への加害、破壊活動、どれもこの町の安定と平静を大きく損なわせ、滅びへと進行を始める。
前回の町と違うのは、これがより如実に表れてしまうことだ。長に対する恐怖と支配されていたという屈辱と怨嗟から、反逆する意思がより強く表れる。
その問題を後見人である彼女はその滅びを食い止めた。その手段とは“闘争 ”だ。個人のみの功績のみを評価し、権利を与えるようにすることで、多くの人間は他者へ関心や協力に対する価値や意味がないと思わせることで、大規模な反乱を抑えていたのだ。
長の力を失った状態で、立て直し為に考えた苦肉の策だったのだろう。確かに手段が限られているなかで、よく考えられた策だと思っている。
だが、人は一人では生きていけない生き物だ。誰しもが自分以外の誰かの助けがあって存在している。生活も仕事も、生まれる時も人は一人だけでは生きていくことが出来ない生物だ。この町での生活でも例外はない。農業に従事する者がいるから食事に恵まれ、工業に従事する者がいるから生活が豊かになるのだ。そしてこの二つも、行政区の管理と指示があったからこそ、あそこまで発展できたのだ。
もし、彼女が亡くなれば、住民たちが個人でこの町を支えようとし、内部分裂が起きるだろう。そうなれば、今度こそ確実滅びてしまうだろう。前回の自由の町のように、いずれ誰もが諦め、未来を見ることをやめてしまうだろう。
だからこそ、彼女は諦めてほしくはなかったのだ。本来、長の死後に滅びていた町を延命させたのは、他でもない彼女の主案があったからだ。
彼女には今後も頑張ってほしい。いずれ彼女なら、今の悪習を断ち切り、先代長やフレッドが期待していた以上の成果を得てくれるだろう。
何故なら彼女は想いと覚悟を持った強い人物だからだ。
21days
ソフィーさんの町を出て、目的の地に向かって歩みだした。
日が落ち始めた頃、私はいつものように野宿の準備を開始した。同時に現在の所持品のメンテナンスと確認を行った。食糧は確保出来たため十分あるが、銃弾が心もとない状態だ。元から13発しかないものだったが、前回のようなケースを考えると、もう少しだけ余裕が欲しい。
この旅も半分に差し掛った。前回の町は良い成果を得られた。可能であれば、次の町も前回の町のようであって欲しいものだ。
25days
前回の町から荒野が続いたが、目的地に近付くにつれて、点々と草木が生えているのが確認できた。恐らく災害の被害が少なかっただけでなく、付近の気候が安定していることが理由だろう。最初の町では考えられなかった雨も、頻度は少ないが確認されている。
そして驚いた点が一つある。それは鳥のような影を確認したことだ。正直、見間違いではないかと疑っている。前回の町でも、鳥のような動物の飼育等は行っていなかった。重要なタンパク源である動物に対して、何もアプローチしていないのは考えにくいし、あの町の長達ほどの知恵者なら尚更だ。
今結論を出すのは早いと考え、結論は後日の調査で決定することにし、私は眠りについた。
29days
間違いではなかった。確かにその一帯では、少数だが鳥が生息していた。滅び掛けた世界のなか、人間以外の生物を観測できたのは始めてだ。
私はその鳥を観察した。背面が黒い羽毛が敷き詰められ、背中が少し膨れており、腹部の羽毛が少なく、喉の辺りに何かを蓄えた袋のような器官が見えた。鳥には詳しくないが、今まで見たことない種だ。図鑑を見たことがあるが、そのなかにも近似する鳥はいなかった。
その鳥を撃ち落とそうとも考えたが、貴重な生命だ。今回は観察だけにとどめ、解剖等は死骸を見つけたら行うことにしよう。
32days
今回の旅も驚きの連続だ。人間以外の初めての生命を見つけたと思えば、今度は荒地の真ん中に家が立てられていた。周辺に木々があるため、前回の町と同様に木造の家だ。
その家の住民に興味があったため、私はその家の扉をノックした。ノックの文化は聴いていたが、実演するのは今回が初めてだ。
「すみません、旅のものです。よろしければお話を聴きたいのですが」
声を掛けると、家の中から慌ただしい音が聞こえた。そして、扉の前で音が途絶えたと思うと、男の声が扉の向こうから聞こえてきた。
「どこから来た!東の村からか!」
男の声は焦ったような声で私に問いかけた。状況が飲み込めないが、私は男の質問に素直に答えた。
「いや、私が来たのは西からです。東の目的地へ向かう道中、住宅があったのです話を伺いたく、声を掛けさせてもらいました」
その返答から少しだけ間を開けて、家の扉が開かれた。そして男の口から、驚くべき話を聴いた。
「辞めておけ。お前の向かおうとしている場所はもう・・・・死んでいる」
私はその言葉を聴いて、驚きのあまり数秒間立ちすくんでいた。男に詳細な内容を聴くべきだという結論に至るまでに、更にさらに数秒、合わせて1分間程扉の前で立ちすくんでいた。
見かねた男性が、私を家の中に入るように促され、家の中で男の話を聴くことになった。そして、驚くべきことに家の中に入ると、そこには小さい男の子が私に溺れるようにこちらを見ていた。
男は私を席に座らせ、男はその向かいの席に座ると、男は話を切り出してきた。
「まずはどこから話そうか?」
男の問いかけに対して聴きたいことは山ほどあったが、最初に出た言葉は当然目的地についての話だった。
「先程仰っていた、目的の場所が死んでいるというのは?」
「明確に言うべきだったな・・・お前の向かおうとしている場所はおそらく、ここから東にある村だった場所だろ?」
「おそらくその場所ですが・・・だった?」
「あの村は滅んでしまった・・・ある一つのミスで・・・」
「一つのミス?」
「分かりやすいように最初から話そう。その方があんたも理解しやすいだろう」
そして、男はこの先にある目的地である村に起きた、とある事件について話し始めた。
世界が滅び、生き残った私たちの先祖は、自らの安息の地を探して歩みだした。幸い、出発地点である場所の気候が安定し、木々が点々と確認できたため、荒れ地ばかりの大地ではないことに安心感を覚えたという。
しかし、何より障害になっていたのは、皆の家族や知人に対する未練だった。私達の先祖の一団は高齢の者や子どもが大半で、旅の道中は勿論、旅を始める前から体力的に問題がある者が多かったらしい。そして、体力がないものが順を追うごとに亡くなっていた。衰弱、過労、餓死、事故、凄惨な有様だったという。
多くのものが、自分の子どもや親、友人を失くし精神的にも限界に来ていた。大半の者が、後追いで自殺しようとするのを、長や周りの何人かが止めて何とか生存者を確保しながらも進んでいた。
するとまるで不幸が報われたかのように、大きな川を見つけることが出来た。大半の川は砂に埋もれていたものの、その川だけは奇跡的に残っていたと言う。
そしてその川を基点に村を作り出した。皆は必死に働いていた。それはまるで、多くの親しい人を亡くしたことを忘れようとするかのように・・・。
そして、辺りの草や見つけた果実で食べられるものを生産し、食糧も安定し始め、生活に余裕が出来た。その余裕で皆に笑顔を取り戻し、新たな命も生まれるようになり、村も拡大し町といえる規模にまで拡大した。ありふれた時間が流れる幸せな時間だった・・・。皆がそんなありふれた幸せな時間が続くよう、心の底から願っていた。
皆が親しいものを多く亡くしたからこそ、前回と前々回の町のような反乱がおきなかったという事なのだろう。
皮肉なものだ。人が幸せになるには、不幸でなくてはならない。そうでなくては、自分が幸せであることに気付かない。ずっと幸せでありたいはずなのに・・・・。
「その後何か、あったんですね・・・」
「その通りだ。この後だ・・・何かが崩れ始めたのは・・」
そう語る男と少年の顔を見るに、先程語っていた以上に凄惨な出来事であることが容易に想像できた。
その後は、平静が続き温かくなってきたころ―丁度今くらいの時期だ。町の周辺で鳥が目撃されるようになった。背中に羽毛を蓄えているのが特徴的な変わった鳥だ。その鳥を町の子ども達が、大人たちに秘密にしてその鳥を飼っていたのだ。
だが、鳥と戯れていた子どもたちの殆どが、体調に異常をきたしてしまった。異常な発熱と発疹が体中に現れ始めた。皆が治療に専念したが、医療器具も薬も知恵もない現状で、子ども達を癒すすべもなかった。
その後、鳥に触れることを禁ずるなど対策が取られた。
だが、一つだけできなかったことがあった・・・。そしてそれこそが、俺達が犯した最大のミスであり、滅びの原因になった選択だった。
それは感染者に対する対策処置だ。本来なら伝染を警戒して、感染者を隔離、最悪の場合・・・殺すべきだったのかもしれない。しかし、被害にあった子ども達の親は隔離といった処理を拒んだ。子ども達と離れたくなかったのだろう。親の中にはかつて自分の親や友を多く亡くしていた人もおり、これ以上大切なものを奪われたくないという強い願いを住民が聞き届けてしまった・・・。
そして子ども達は隔離されず、中には死んだ子どもを家の中でそのままにしている者もいた。おかしいと感じる人も当然いた。だが、町の長老やかつてのことを知る者たちは、あの時の皆の悲しむ顔を二度とさせてはならないと、率先して遺体や感染者を回収することを躊躇してしまったのだ。
だが、その躊躇いが事態を深刻にしてしまった・・・。感染した子どもを看病していた親達を中心に、同じ症状が出始めたのだ。そこで終わればよかった。しかし、進行自体は遅かったものの、町の住民の10人に6人以上に、体のどこかに発疹があることが確認され、発疹が多かったものから順に倒れ始めたのだ。
流石に危機感を覚えた町の住民は、遺体を火葬し感染症に罹ったものを率先して町の一角に隔離した。しかし、事態は既に収拾が出来ないところまで来ていた。
既に町は感染者を放置していた影響で、空気が澱み、腐臭が漂う状態だった。その影響で感染症以外にも、様々な病気に犯され始めた。
こうして、町の周囲は澱んだ空気に包まれた病巣になり果ててしまった。
「これが、お前の向かおうとしている場所の状態だ。お前も向かえば病気に侵され、住民と同じ末路をたどるだろう」
今の話を聴いて、先程の男の言動が理解できた。もし私が町の方から来ていた場合、男と少年が感染症の危険に晒されてしまう。
私はその後、新たに生まれた疑問を男に投げかけた。
「あなたは何故、町の出身者なのに無事だったのですか?」
男が町のことを語る際に、“私たちの先祖 ”と言ったことからも、その町の出身であることは明らかだ。であるのに、無事に町を出ることが出来た理由が気になった。男は特に困る素振りもなく、私の質問に答えてくれた。
「それは私達が危機感を感じて、即座に町を脱失したからだ」
至極単純な答えだった。
「因みにどのあたりで抜け出そうと思ったのですか?」
男は、何故そんなことを聴くのかという表情を見せた。
「すみません、無粋ですが小さなことでも気にしてしまう性格で、相手にいろいろ質問してしまうのです」
私は男の警戒心を解くために、お詫びとして食糧を一部贈呈した。そして、私は男に再度質問を投げかけた。
「では、改めて聴いてもよろしいですか?」
「俺は正直出るつもりはなかったが、この子が必死で出るように促してきたんだ」
そういう男の視線は少年の方へ向けられていた。少年はいきなり向けられた視線に驚き、男の背後に駆けよった。聞くところによると、その少年は男の甥にあたる存在で、気にかけている内に、両親の次に頻繁に話す間柄だったという。
そして、親が友人の子どもを看病していたことで感染してしまい、面倒見るようになったらしい。
「そういえば、その子は無事だったんですね。確かほとんどの子どもは初期に感染していたと?」
「ああ、この子は言い憎いが友だちが少なかったためか、過度に誘われることがなかったらしい」
少年は少し恥ずかしそうな顔をしていた。そして、男は更に驚くべき話を始めた。
「そう言えば不思議なんだよ、この子は感染症の原因を探している中、鳥が原因であることを真っ先に当てることが出来たんだ。町の子から鳥の話を聴いていなかったといっていたのに」
この話を聴いた時も、驚きのあまり少しばかり動きが止まってしまった。子どもだからと甘く見ていたつもりはないが、鳥が感染症の原因になるという知識がない状態で、鳥が原因であると気付ける人間は早々いない。それを齢10歳程度の子どもが、気付くなど誰が想像できる。
私はその少年に興味を持ち、何故鳥が原因だと気付いたか質問してみた。少年は照れ臭そうに戸惑いながらも、私の質問に答えてくれた。
「えっと・・・みんなに気付かれないように、遠くから見てたら皆が鳥と遊んでて・・・特によく遊びに行ってる子が早く病気になってたから・・・・もしかしてって思って・・・」
期待通りの返答だった。この子はつまり、鳥と接していた子どもとその頻度を記憶しているだけでなく、物事を分析する能力を、この齢10歳にも満たない子どもが持っているという事になる。おそらく、町を離れようといった理由も、町の危機にいち早く気付いたからだろう。
私はこの子に淡い期待と共に、その子の名前を尋ねた。
「君の名前を聴いてもいいかい?」
「・・・・クラウス」
その後、私は次の目的の地へ向けて歩き出した。目的の町に入ることはなかったが、目的は達せられただけでなく、思いもよらない成果を得ることが出来た。
クラウス。きっと彼は、ソフィーに継ぐこの世界の希望になりえるかもしれない。彼の行動が偶然にしろ、危機管理能力と分析力は本物だ。その能力は、多くの人を支える力になりえるかもしれない。
そんな淡い期待を込めて、私は最後の目的の地へ足を運んだ。
Conclusion 死
彼の町は死を拒んだ。悲しい別れを、永劫の喪失を拒んだ。
彼の町は、多くの死と悲しみを体験した。親を、子を、友を多く亡くした人達は、その不幸から逃げるように生活していた。だが、それを嘲笑うかのように、感染症が蔓延し、多くの子ども達が感染していった。
その悲しみから少しでも目を逸らそうとしていた。その結果が更なる死を呼ぶものと知らずに。
人間に当然のように訪れるそれは、平等であり、非情だ。彼らが如何に愛しあっていても、如何に生を望んでも、それはさも当然のように起こる。まるで機械のようだ。
だからだろう。その現象は人間とは相容れない。集合ではなく個の情を持った人間には、生と死という、大いなる流れを受け入れなれずにいる。多くのものが不老不死を追い求め、自らの死を避けようとした。
だが、それはあってはならない。もし、人が死ななくなったとして、それを受け入れるだけの器がない。食糧や土地、そして世界ですらも。人がこの世にあふれかえれば、限られた資源を求め争い、いずれ人ではなく世界が終わりを告げる。忘れてはならない、この世に無限のものなどない。目の前に見える膨大な世界も限られた器の内であることを。
だからこそ、折り合いが必要なのだ。人が減らなくては、より多くの人と世界が終わりを告げる。
親しい者の死は悲しいものだ。長い間育んだ友情も思いでも、自分の記憶だけにしか残らず、再び育むこともできない。それは悲しく、そして孤独が自分を蝕んでいく。誰しも、このような悲しみを味わいたくないし、味合わせたくはない。
死ぬことは恐ろしいことだ。薄れゆく意識と、生命が消えていく感覚の恐怖と不安は、想像するだけで恐ろしく感じてしまうだろう。
中には、生を謳歌できず、非業の死を遂げるものや、理不尽に命を奪われることもある。
それでも人は、生と死の大いなる流れから外れてはならない。それが、この世に生を受ける上での条件であり約束事だから。そうでなくては、何れ数多くの人と貴重な世界を失うからだ。他の動物のように、死んで次に繋げることこそ、生命である上での義務だと思っている。
もし、それを受け入れず、死から抗おうとする行為は私からしたら―
只の我儘だ。
40days
私は最後の目的地へ足を運んでいるなか、ここまでの旅のことを思い出していた。
最初の町は“自由 ”な村だった。安寧によって心に余裕ができ、自らが思うがままに動いてしまった村だ。彼等はきっと明るい未来を夢見ることが出来なかったのだろう。村の長を殺してまでも、今の自由を追い求めた。例え、その先が閉ざされていたとしても。
2番目は“力 ”により生まれた。“闘争 ”の町だ。その町は先代の力による支配で形を成し、次代長によって個の成果を至上とする闘争の町となった。だが、二人は滅びゆくはずだった世界を立て直し、今もなお秩序を保つことに成功させた人間だった。
現長のソフィーなら、あの町が抱える悪習と思想を拭い去り、今以上に発展させることが出来るだろう。この旅で一番の収穫はこの町と彼女を見つけられたことだと言える。
次の町は死を拒んだ町だった。溢れる死別に狂わされ、その苦しみから逃れたはずだった。
しかし、病魔により再び死が溢れ出した。町人はその死を受け入れず、死んでいる者すら傍らに残そうとした。その行為が新たな死者を呼ぶとも知らずに・・・。
死は避けることが出来ぬ理であり、生きるものの義務だ。死から目を背ければ、より多くの命を摘まねばならなくなってしまう。
その町に限った話ではない。人が溢れることで、食糧や土地、世界そのものが我々を支えられなくなってしまう。だからこそ、人間は生と死に折り合いを付けなくてはならない。
私はこの旅で確信できたこともあれば、今まで知らなかったことを見聞することが出来た意義のある旅だった。本来、記録するための旅だったはずが、自分の意見を綴り、主張するようになってしまった。
だが、私は決して後悔はしていない。なぜなら私も、人の可能性を感じ始めたからだ。かつて、あの人が言っていたように、人の未来を諦めるのは早計であったと感じざるを得なかった。
あの人が何故、本来必要がないはずの記録を任せたのか、旅の終盤でようやく理解できた気がした。きっとあの人は、私にこれらを見てほしかったのだろう。全てを予想していたかまでは、私にもわからない。だが、きっと何か感じてもらえると思っていたのだろう。普段の気が抜けた態度からは想像ができない、本当に食えない人だと改めて感じてしまった。
48days
長い道のりを越え、私は広大に広がる水辺である海へたどり着いた。
海を見るのは初めてだ。書物で海の存在と概要は認識していたが、実際に見ると壮観だ。2番目以降の町の気候が、他の荒れ地よりも安定していたのは、比較的海が近くにあったからだろう。水質の調査をしてみたところ、特に有害な物質は確認できなかった。
今まで見て来た川にも有害な物質が含まれていなかったことを考えると、水質の浄化は完全に成功していると考えていいだろう。
そして、驚きなのはこの膨大な水が干上がってしまったという事実だ。昔に崩壊する前の世界地図と、現在の大まかな地図を見せてもらったが、目を疑う程干上がってしまっており、以前の海辺であれば三日前にはすでにたどり着いていた距離であった。
崩壊したきっかけは聴いていないが、この状態を見るに壮絶な何かがあったのだろう。戦争か、災害か、はたまたそれ以外の何かか・・・・。
ひとまず私は海辺を基準に、目的地を探すことにした。
51days
ようやく目的の地にたどり着くことが出来た。そこは、海沿いにあり世界が崩壊する前の建物の残骸が残る、数少ない場所だ。元々が研究施設であったこともあり、一部の施設は強固に作られており、一部は原型を壊れていない施設も存在した。
この地に来た理由は、今までのような見聞が目的ではない。私がここに来た理由は、ここにある設備点検のためだ。
ここは言うなれば、この世界を維持するための重要な拠点であり、世界を浄化の始まりの地だ。
この世界は崩壊した時点で、瘴気が溢れ、水は毒の水に変質した状態で、外に出れば瞬く間に体を蝕んでしまうものだった。そのため、本来なら町も村も、そして生き物も生まれず、終わりを待つばかりの世界という話だ。
そんな世界を立て直すために、立ち上がった者たちがいた。その者たちは、地下にあるシェルターに籠り、ここに残っていた物資を活用して共同研究を始めた。物資は限られていたものの、これが
その結果、空気中の瘴気の成分と水に含まれる毒素の成分を突き止めることが出来た。
そして、その情報を基に更に数年かけて、毒を中和する薬とそれを散布する浄化機を作り上げた。その者たちはその機械を携え、より広い範囲の毒を浄化するために各所散り散りに歩き出した。
彼等の奮闘の末、すべての毒を浄化できたわけではないが、少なくとも大陸に近い面積を無毒化することに成功した。その時期が丁度我々の親世代だ。今でも、彼等が作り上げた浄化機が各所で作動しており、空気や水を浄化し続けている。
ここにあるのは、その浄化機の原型となった試験機であり、ここ一帯の空気と海を浄化し続けている。通常の浄化機は持ち運びができるように、小型になってしまっているが、ここにある浄化機は通常のものよりも巨大であり、性能も小型のものより高くなっているという。
しかし、試験機であるため耐久面や浄化機能に問題があるようだ。これらの浄化機能は、外気を取り入れ、内部で毒素を結晶化させることで浄化しているのだ。小型の浄化機には自動の排出機能があるが、試験機にはその機能がなく、内部に蓄積される形になっているのだ。あの人が言うには、もうじき排出作業とメンテナンスが必要だという話だ。
私の旅は本来、このメンテナンスを目的としたものである。
他の町や村を経由した理由は、あの人はメンテナンスだけが目的だったはずが、他の目的地として3つの場所を支持してきた。その場所を回り、見聞したうえで最後の目的地に向かってほしいというものだった。
11日前からあの人の真意を考えていたが、結論を出すことが出来なかった。だが、それでも私は、彼等が何故人や世界のために、浄化機を世界に広めたかが少しだけ理解できた。
きっと人類に残って欲しかったのだろう。一人でも多くの人と一緒にいたかったか、単純な善意か、権力の為か、きっといろいろな願いのために動いた。
どんな理由であっても、その強い意志は人間だけが持つ強みだ。そして、そう願う人間がいたからこそ、人間は今まで繁栄し、崩壊しても存続できているのだ。その行為や思想が美しいか醜悪か、そんなものは受け取るものの捉え方次第だ。私は只その願いの感謝を送りたいだけだ。
そして、私もその願いに敬意を表し、持ちうる腕と想いで仕事にかかった。
59days
長い旅が終わった。3つの地を回り、目的を果たした。この旅は本当に有意義な旅だった。
最初は遺言のために始めた旅だった。今まで育ててもらった借りを返すためのもので、個人的な思い入れや意欲はなかった。しいて言うなら、出来る限り残っていてほしいという些細な想いしかなかった。
だからこそ、最初は個人的な主張を挟む気はなかった。私個人の主張などに意味がないと考え、自分自身で率先して動こうと思わなかった人間だ。
だが、長い旅路の中でその考えは移り変わり、現地の者の話を聴くだけで、こちらの考えを伝えるつもりがなかった。にもかかわらず、私はソフィーに対して、今までにないほどの熱を込めて自分の考えを主張していた。
あの人の想いを知れ、多くの者と関わるなかで孤独を埋められただけでなく、そして私自身が今後何をするべきなのか、何ができるのかを知ることが出来た。
私はこれから役目のために奔走するだろう。だが、私に後悔はない。
何故なら希望が見えたから。都合がよい話だ。自分の行動ではなく、相手の功績の上に自分の功績を築こうとしているのだから。それでも、それでも私は行動したいと思った。例え卑劣と罵られても、自分にできることがあるのなら行動がしたい。
例え自分には不相応なものだったとしても、この旅で見て来た希望を潰えさせたくはない。彼等が今後、どのような道へ進み、何をなすかはわからない。それでも私は彼等の道行きを見守りたい。きっとそれは、世界に何かしらの変化を与えてくれるはずだから。
そのために私は少しでも、彼等の力になれるように行動したい。それこそが、私のやるべきことだから。
何より、私自身が言った言葉だ。諦めてはならないと。
以降男は再び歩みだした。ソフィーという女性が統べる町に再び顔を出し、彼女に移民の許可を獲得し、各所から集めた人を集め、町の規模を拡大していった。
その過程で僅かだが、生き残っていた作物と動物を発見し、それらを安定的に生産できるように技術協力をするなど、様々な事に尽力していた。
彼のその行動は称賛できるものだ。その行動ができるのは旅人の彼だけであり、そして彼自身が動いていなければ、死んでいた者も多くいただろう
そして、他ならぬ僕らも彼の行動によって救われているのだから。彼が言うように、その行為の動機がなんあれ、行為とその結果で救われるものがいる以上は称賛するべきだ。例え本人がどう思っていたとしても、救われた僕は彼を称賛し、敬意を表したい。
僕が最後の手記を置いたと同時に、先導していた男の声が響いた。
「今日のところはここで夜を明かす!明日は夜明けを合図に目的地へ向かう!十分な休息を取っておくように!」
男の提案通り、皆がその場で腰を落とした。
そんな中彼だけは大きな紙を机に広げて考え込んでいた。これは彼の習慣で、皆が休息に入っているなか、一人で旅の計画を立てているのだ。
あの手記を見た後だと、改めて彼が如何にすごい人物かを再認識できた。
ここにいる誰もが、彼の努力を知らないだろう。彼が皆を生かすためにどれだけ尽力しているかを。それを可能にするだけの能力と意志があるからこそ、彼は認められ、称賛されていたのだろう。
そして僕も彼に賭けて良いと思えた。彼の能力とその想いがあれば、きっと多くの人を救ってくれると信じたからだ。彼が僕の期待通りの人間にならなくてもいい、只、信じたいのだ。そして彼のような人物がいたと憶えておくためにも―
いいでしょ?クラウスさん・・・・
これは誰に語られず、人知れずに消えていった記録。
ある男によって記された、終わるはずの世界で生き残るために奮闘した者たちの、覚悟と野望、あらゆる思惑が交錯した物語。
Another report
2036年1月18日
それは突然の出来事だった。私がアメリカのカリフォルニア州に建てられた、様々な分野を研究する総合研究施設で研究に没頭していた時、大きな揺れを感じた。緊急用の自動災害通知によると北アメリカプレート近辺を震源とした地震だ。
アメリカの研究施設にいたものの、頑丈な外壁と揺れを大きく緩和する耐震技術を使用していたため、何とか防災用の隔壁シェルターに避難することが出来た。しかし、それでも逃げ延びられたのは14人程度で、以降逃げ込んでくるものはいなかった・・・
化学科のルーシーだけは何故か外に出ようと必死だったが、その行動を皆で止めることに一日を費やしてしまった。ルーシーを落ち着かせると、皆は倒れるように眠りについた。
皆が続々と寝ていく中、私は不安でうまく寝付けなかった。この先どうなってしまうのか。少なくとも平穏というものはなくなるだろう。
2036年1月19日
災害から一日が経過すると、皆が外に出て情報を得るべきかという議論を始めた。本来なら、災害用のラジオや無線が反応するはずだが、ノイズ交じりでうまくチャンネルにはつながらなかった。少しでも現状を掴むためにも、外に出るべきという意見が出された。
防護服もあり、入り口も安全のため二重隔壁で、有毒な外気が入ることもないが、それでも外に出ることに反対する者が多かった。だが、それでも外部の情報は貴重だ。このままここにいても、備蓄の食料がいずれそこを尽きてしまう。
私は反対する者を押し切り、賛成した中からもう一名選出し、防護服を着て外に出た。
そこにあったのは想像もつかない世界だった。地表は焼け跡を残しながらも水気がひどく、研究所は崩壊し、ほとんどの施設が影も形もなかった。そして、施設の外に広がる景色は、まるで資料で見た月面のような景色が広がっていた。防護服に付属している検知器を確認すると、空気中に無数の有毒物質が確認された。
震源が北アメリカプレートであったことを考えると、沿岸部にあった研究施設や発電所が崩壊し、そこから有毒物質が飛散していったのだろうと考えた。
一通り研究所の中を見渡した。そこには生存者はおろか、遺体もほとんど発見されなかった。理由は考えるまでもなかった・・・・
私はこの状況を包み隠さず話した。騙すことも考えたが、この状況で無用な疑いを招き、反発するわけにはいかず、包み隠さず話すことにした。その話を聴くと皆の表情が固まり、其の後に思い悩んだ表情に変化していった。
この張りつめた空気は、その後も治まることなく、一日を終えた。
2036年1月20日
皆がいまだに沈んだ表情をしていた。その場で座り込み、誰とも話そうともしていなかった。
私も彼等と何を話すべきか、今後どうするべきか分からずにいた。
しかし、このままではいけない。広大な範囲が更地になっていたことと、空気中の有毒物質を考えると、生存者はいないと考えられても可笑しくない。それに、アメリカの原子力発電所と原爆が全て誘爆したと考えると、世界全土にも被害は出ていることだろう。
そんな中、生存者が望めない広い国に救助が入る可能性はかなり低いだろう。
幸い、このシェルターには食料や電力も今は賄えているが、尽きるのは時間の問題だ。
電力に関しては、簡易だが地熱発電の機能も付いており、太陽光発電も行える。だが、外部にあったソーラーパネルは壊れているため、倉庫にある予備のソーラーパネルに変えなくては発電も行われないため、電力の供給が通常よりも少なく、消費に追い付いていない状態だ。
それに最大の問題が酸素だ。今は人数も少なく、貯蔵酸素で賄えているが、何れ防護服の酸素供給も行えないどころか、シェルター内の酸素が底を尽きる可能性がある。
以上の観点から、2カ月程度がタイムリミットだろう。それまでに、ここから出る計画を立てなければならない・・・
出来るだけ早く、物資に余裕があるうちに行動に出なくてはならないのだ。
2036年1月21日
私は彼等にある提案を持ち掛けた。それは、ここら一帯の空気を無毒化し、シェルターの外に拠点を移すという内容だ。
無論、多くの者が反対した。それどころか、私の提案に反応を示さないものもいた。
だが、内二人は私の考えに興味を示した。機械工学の第一人者であるアリソン、環境科学の天才学者と呼ばれたティムだ。
人数は少ないが、狙っていた三人の内二人が興味を示してくれて助かった。私の計画を実施するうえで彼らの協力は必須だった。最後の一人は化学科の権威であるルーシーだ。彼女の助力があれば、より精度の高い中和剤を作り上げることが出来たのだが。
今回は私の知識とティムの助力で何とかするしかないが、少しでも精度の高い中和剤を作り上げるためにも、いずれ彼女にも助力願いたいものだ。
2036年1月22日
まずは二手に分かれて、作業を開始した。私は防護服が検知した有毒物質を解析し、有効な物質を調べ、アリソンとティムはそれを散布するための機械の制作に取り掛かった。シェルターには、災害時の備蓄品だけでなく、保管を義務付けられた薬品の一部を保管していたため、完全なものは難しいが、いくつかの有毒物質を無力化できる中和剤を作り上げることが出来そうだ。
散布機は資材が不足しているため、図面が完成し次第、外部から調達するように計画した。
研究所の中でも指折りの二人が協力していることもあり、半数以上がこの計画に参加するようになった。
しかし、ルーシーを含めた残り半数は、計画に参加することは勿論、誰とも話そうとせず、酷く落ち込んだ顔をしていた。おそらく、外の世界の話を聴いて家族や友人が、気がかりなのだろう。その問題を私たちにはどうすることもできない。
彼らの復帰が望めない以上、こちらで何とかするしかない。彼等の助力が得られなかったとしても、このまま何もしなければ、食糧や電力が底をつきてしまう。その前に、この計画を完遂し、外部から資源を供給できるようにしなければ、私も皆もこのシェルターの中で死を待つことしかできなくなるのだから。
2036年1月23日
何とか図面が完成し、外部に資材調達も行うようになった。散布機自体は問題ないが、中和剤に関しては良い成果が残せずにいた。何しろ薬品自体も限られているため。足りない薬品がいくつかあり、外気の完全な無毒化には至らないどころか、防護服なしで出られる安全基準には程遠い。
次回の資材回収時に薬品等を集めてもらうよう依頼を出すことにした。正直期待は出来ないが、なにもしないわけにはいかない。
2036年1月24日
酸素を適宜補充する形で、何とか研究所一帯の調査を終えた。驚くべき事に、研究所の別館に造られていたシェルターが、稼働していた。調査に参加していたアリソンが、余っていた電線を活用し、何とか有線通信を可能にしてくれた。
その班は突然の連絡に驚いていたが、同時に喜びを隠せずにいたが、此方の知り得た情報を伝えると、すっかり沈み混んでしまった。どうやら彼等は外には出ておらず、助けが来るのを待っていたらしい。予想はしていたようだが、それでも辛いものがあるのだろう。
同時に彼等に支援を要請した。しかし、彼等のシェルターには薬品の保存に利用されておらず、在っても治療用の薬程度だった。
それでも、労働力を確保できたのは大きく、中には医学や薬学に精通したものいるおかげで、多少ではあるが、中和剤の効力を向上させることが出来た。
だが、実行できる水準には達していない。有り合わせの何とか賄えないか試みているが、望ましい成果を得られずにいた。
散布機の進捗状況を考えると、あと二日ばかりで完成するだろう。我々も急がなくてはならない。
2036年1月26日
ついに散布機が完成した。少しばかり大きいが、限られた資材と工具でよくここまでやってくれた。
しかし、肝心の中和剤が完成しておらず、計画は停滞してしまっていた。散布機の制作に当てていた人員も、中和剤制作に当てたが、良い成果を得られなかった。
皆の精神状態を考えてもあまり時間をかけるわけにはいかない。早急に対策をたてなければならない。
2036年2月2日
進展のない中和剤開発が既に6日が経過した。皆の精神状態は限界に近くなっている。
メンバーの中でも不安が貯まりつつあり、離反していくものが現れる程だ。他にも、メンバー間の連係にも支障が出始め、小競り合いや口論が増えていた。
リミットを伝えたのが間違いだったのかもしれない。彼らを突き動かすために伝えたが裏目に出てしまった。
今後も更なる衝突が予想される、可能性な限り早く完成させなければならないが、正直万策が尽き始めていた。最悪の自体になるかもしれない・・・
2036年2月3日
最悪の事態が起きた。中和剤の製作があまりにも進まかったことで、最初に協力を申し出てくれたティムが離反してしまった。
そして、彼を筆頭に人員の半数近くが離れていってしまった。
「叶いもしない夢に手を貸すつもりはねー、俺が手を貸すのは中和剤が完成したときだ」
彼が離反した時に告げた言葉だ。当然だ。時間ももう残り少ない中、進展がないようでは話にならない。
ここまでなのだろうか?
2036年2月4日
また、失敗だ。既に何度も同じ失敗を繰り返している。もはや私の計画に参加している者は、4人にまで減ってしまっていた。そして、度重なる実験で薬品も少なくなっていた。
やはり無駄のなのだろうか?
私は死ぬしかないのだろうか?
それは・・・とても怖いことだ・・・・
2036年2月4日
行き詰っている中、ある人物が声を掛けてきた。それは、今まで私の話に耳を傾けていなかった、ルーシーだった。
彼女は、外気に含まれている物質の情報と持ち合わせの薬品や物資に目を通すと、ある提案を私たちに持ち掛けてきた。
それは毒素の浄化を中和剤を散布して行うのではなく、毒素を圧縮し個体にする浄化機してしまおうというものだった。更に彼女は水の浄化も計画に組み込んだ。私達の実験データを基に中和剤のレシピを作り上げた。これにより、海水にあらかじめ混ぜることで、海水を蒸留することで安全に飲み水にできるようになった。
彼女の陣頭指揮のもと、計画を進める形になった。これでようやく計画を進められる。
彼女がこの計画に乗った理由は分からない。それでも彼女の協力は大きい。
これでようやく希望が見えてきた。私はまだ、生き残ることが出来る。
2036年2月5日
計画が順調に進んでいた。彼女と話している中で彼女について様々な事を知ることが出来た。彼女が沈んでいた理由は、災害時に離れ離れになった息子が原因だったようだ。
彼女は災害があった当日、研究所の友人達と息子が一歳になった誕生祝いをやっていたらしい。そして彼女はトイレに行っている間、子ども達を見てもらっているときに災害が始まってしまい、戻ろうとしたものの急な揺れによって体制を崩し、頭を壁に強くぶつけてしまい、気付いた時にはシェルターの中だったようだ。だから彼女は、シェルターを出ていこうと躍起になっていたのだ。
どうして彼女が急に力を貸してくれるようになったのか、それはおそらくアリソンが原因だろう。アリソンは私が勧誘に失敗した後も、頻繁に彼女のはなしを聴いていたようだった。何を話していたのかは知らないが、彼女が協力してくれるならそれだけで十分だ。おかげで、停滞していた計画が順調に進むようになったのだから。
2036年2月6日
計画の順調に進んだことで、以前離反した者が戻ってくるようになった。その中にはティムも含まれ、彼等の協力で計画が更に順調に進むようになった。
もうじきで浄化機が完成するだろう。私は心を躍らせ、眠りについた。
2036年2月7日
計画を進めている中、アリソンが新しい浄化機の図面を私に見せてきた。それは現在制作しているものよりも小型で、リュックのように背負うことが出来るもののようだ。
正直良い出来で、今後制作してみるのも悪くないと思うが、外を出られた際には食糧をうまく調達できるかが第一目標である。地下施設を探索すれば、自然環境学研究所の実験用プラントに種子ぐらいはあることは確認済みだが、無事であるかは不明である。
その後にでも、この小型の浄化機の制作にあたるとしよう。
2036年2月10日
ついに浄化機が完成した。皆が歓喜し、ここに来て始めた皆が、一つになったと思えた。絢爛な食事も酒もなく味気ないが、そんなことを気にする素振りもなく、目的を達したことへの喜びにあふれていた。
まだ問題が山積みであることを理解しているが、やはり防護服なしで外に出られることが嬉しいのだろう。私自身も目下の問題を解決できたことに非常に喜んでいた。
これで少なくとも、数カ月は安心して暮らせる。後は地下を散策して、食糧や実験用のプラントに少しでも栽培できる植物を探し出し事で、より長い平穏が約束される。
あともう少しだ・・・
2036年2月11日
ルーシーが死んだルーシーが死んだルーシーが死んだ
ルーシーが死んだ
ルーシーが死んだ
ルーシーが死んだ
ルーシーが死んだ
ルーシーが死んだ
ルーシーが
浄化機を設置している中、周囲の瓦礫を除去していると、瓦礫の下から何かが噴きだす音がしたという。だが、その音に気付いた時には既にガスが充満していたのだろう。その瞬間、電線のゴムが切れていたところから光が放たれた・・・・
何故、ガス漏れに気付けなかった?何故、電線の点検を怠ってしまった?何故、私と爆発地点の対角線上に、彼女がいてしまったのだ・・・・・
彼女は私の胸の中で、ゆっくりと、ゆっくりと自分の息子の名前を口にしながら息を引き取った・・・
無事、浄化機は設置し稼働まで可能にした。だが何故だ?その功労者が何故ここにいない?彼女が皆を生き残らせたのに、何故、自分のことしか考えていなかった、私が生き残った?
何故、生き残ることが出来たのに、こんなに辛いのだ?
2036年2月13日
無事、一帯の空気を浄化したのを確認してシェルターの扉を開いた。そしてティムと補助に二人付けて地下を散策した結果食糧と一部食用にできる研究用の植物の種子を見つけることが出来た。土に毒物が微量に含まれているため、栽培用のプランターと種子を持ち帰り、ティムの指揮のもと栽培を開始した。
これで暫くは安泰だろう。もはや私の出る幕も必要もない。彼女がいればなにか出来たかもしれない。彼女がいればもっと裕福だったかもしれない………
何故私のような能無しが彼女を犠牲に生き残ってしまったのだ?初めてだ……ここまで自分の生存を悔やんだことはない。
どんな時でも私は自分が助かることのみを考えていた。今回もそうだ自分がたすかるために皆に呼び掛けたに過ぎない。
だが、何故あのとき私は生きていることを悔いてしまったのだ?何故私は死にたいと思った?
簡単なことだ。初めて他者の死に触れたからだ。今まで親を怨み、他者を利用してきた。だが、その者達の死を願ったことも、死に触れたこともなかった・・・
自分の胸の中で彼女の命が消えていく中、私の胸の内には大きな痣のように鈍い痛みを残した。皆を助けたはずの彼女が、息子を失っても先に進もうとした彼女が・・・
本当に何で、私のような醜い人間の犠牲になってしまったのだ。
2036年2月18日
生活が安定し始めていた。ルーシーの中和剤で海水の一部を無毒化し飲み水を確保できただけでなく、一部だが土壌の無毒化を成功させ、作物も多く栽培できるようになった。
そんな中、アリソンが以前制作を計画していた小型の浄化機の制作に乗り出していた。これを活用すれば、遠くまで探索できるだけでなく、気候変動による不用意な事故からも守ってくれるというアリソンの主張をティムが聴き入れ制作に乗り出していたのだ。
もう私がいなくても十分回っている。私にここにいる意味はもうないのかもしれない。ルーシーの命を奪っておいて・・・何をやっているというのだ。
2036年2月21日
アリソンが小型浄化機の完成の機会を見計らって、アリソンにある提案をした。
もう一台小型の浄化機を作り、私がそれを担いで、北アメリカを調査するというものだ。アリソンは最初こそ戸惑い、反論もしていたが、一通り会話を済ませると突然アリソンが落ち着いた口調になり、私の提案を承諾してくれた。
アリソンには深く感謝をしている。浄化機制作だけではない、彼が最後まで手を貸してくれていたからこそ、計画を成功させることが出来た。
ティムに関しても一度は離反したが、彼がいなければ浄化機構の効率的なシステムの構築やその後の食糧自給もここまでうまくは行えなかっただろう。
だからこそ、私も何かをしなければならない。彼等に報いる為にも、そして彼女の為にも・・・
2036年2月28日
アリソンに依頼していた小型浄化機が完成した。しかもアリソンの計らいで、バッテリー容量拡張し、さらに太陽光やタービンで発電を行える機構を追加した高性能な仕様にしてくれた。
私はアリソンに御礼の言葉を述べ、浄化機を担いで旅だとうとした。しかし、アリソンは突然、話がしたいと近くにあった椅子代わりの瓦礫に座らせた。
「本当に誰にも告げずに行くのか?」
「特に必要もない。私がいなくても安泰だ」
そういうと彼は少しだけ不機嫌そうな顔をした。
「ルーシーの件か?」
私は言葉が見つからず、黙ることしかできなかった。
「君はルーシーを失わせてしまったと感じ、その免罪符のためにこんなことをしようとしているのかもしれないが、大きな間違いだ。あれは事故だ。君がどれだけ罪悪感を感じていたとしても、その事実は変わらない」
「だけど私は・・・」
「それに君は不要な存在ではない」
何を言っているのか分からなかった。浄化機を制作も設置も、その後の行動も自身が必要であると思えるところは一つもなかった。なのに、なぜ彼は私を不要ではないというのか理解できなかった。
「君は思ってもいないかもしれないが、君は俺達とは比較にならない程の偉業を成したんだ。例えそれが自分本意なものであっても、したことに意義があり、救ったことにこそ意義がある」
偉業?いっている意味が解らなかったが、その答えはすぐに彼の口から語られた。
「君の偉業、それは行動したこと。君が行動していなければ私達はいまここに存在していなかった。君がいなければ皆が笑顔を取り戻すこともなかった。彼女自身もそうだ……」
「彼女の協力は君の功績だろ」
「違う。俺は声を掛けていただけ、真に彼女を突き動かしたのは君が諦めていなかったからだ」
「それはどういう?」
「君が離反されていても諦めることなく行動しいたからこそ、私も彼女を説得できた。彼女自身も君の行動に揺さぶられていたんだよ」
「そんなことはない。現に彼女は君の説得で参加したんじゃないか」
「なら聴く。もし君がティムたちの離反段階で断念していたらどうなる?簡単だ、俺の行為が無駄になっていた。君の行為が俺の行為を価値あるものにした。そして君がいたから彼女も動こうと思えたんだ。自ら助かろうとする意志がそれほど尊く見えたんだよ」
アリソンは話終えると、私の顔を見て改めて口を開いた。
「何を言っても納得しないだろうから、君の贖罪に口を出そうとも思わない。だが、これだけは覚えておけ―」
それは僕にはもったいなく、分不相応な言葉だった。
「―君がここにいる皆に希望を与えたという事を・・・」
そう言うと彼は一枚の紙を手渡してきた。それは北アメリカと南アメリカの地図でいくつか印がつけられていた。
「ティムが言うには、その場所は一番被害が少ないと思われる地域らしい。その場所なら生存者がいる確率が比較的に高いそうだ」
「何故ティムが知っているんだ?それに何でこんなものを?」
「・・・もう一度言わなきゃ分からないか?」
私は特に追求せず、淡々と研究所から離れた。アリソンも以降止めることもなく、ただじっと、私の後ろ姿を見続けていた。
私は忘れない。かれらのことを、彼等の言葉も、自分の頭に深く刻みこんだ。分不相応でも、彼等が感謝してくれたことは事実であり。私のような人間にも価値があると告げてくれた言葉だから。
記されているのは以上だ。彼が後に何をしたのか、今やわかるものはいない。生存者を見つけられたのか、平穏の地を見つけることが出来たのか、もはや誰も知らない。
只、彼の起こした行動によって、多くの者がもとの世界を取り戻そうとするようになった。あるものは浄化機を作り、あるものは多くの者を引き連れ環境調査を行った。皆が自分に何ができるのか、崩壊に抗うには何をするべきなのかを考え行動をするようになった。
よって、多くの者が各所に散らばり、どこにいるのかも分からなくなった。
だが、ある日不可解な男が目撃された。その男は大きな機械を担ぎ、その胸に子どもを抱えていた。その男は崩壊した世界の中でも、絶えず笑顔を子どもに向け続けていた。その男が今どこで何をしているのかはわからない。死んでいるかもしれない、安泰に暮らしているかもしれない。
ただ一つ言えるのは、その男は満ち足りていいたという事だ。きっと彼は彼なりの結果を出したのだろう、例え一握りでも、今にも手からこぼれ落そうでも、それでも彼は逃さないだろう。彼ならきっと、それが手からこぼれ落ちないように、必死で守り続けるだろう。そして誰よりも大事に、誰よりも想っていくのだろう。
きっと彼なら大丈夫。それが彼を目撃した全ての者たちが口をそろえて言う言葉であった。