スベンとアナン
僕らは一斉に悲鳴が上がった方へ目を向けた。村の外れの木立ちのところに誰かがいた。両手をこめかみに当て、目を大きく見開いて、視線は燃え盛る小屋を凝視していた。淡いクリーム色の上着に、赤いスカート。若い女の服装のようだったが、震えるその顔は人ではなく、豚だった。
オークだ。
「ちっ、外に一匹いやがったか」
ガイナックは舌打ちをすると素早い身のこなしでその女のオークに襲いかかった。
斧が小屋の炎を反射してぎらりと光った。
斧が振り下ろされた。しかし、女オークに当たることはなかった。当たる瞬間に黒い影がオークとガイナックの間に割って入ってきたからだ。
それもオークだった。浅黒い肌。口元から恐ろしげな牙が左右に二本飛び出ていた。水色のシャツとズボンを着ている。男のオークのようだ。ガイナックの体に懸命にしがみついてた。
「アナン、逃げるんだ」と男のオークが苦しげな声を絞り出す。
「そんな、スベン。あなたを置いて行けないわ!」
「いいから! 君だけでも逃げるんだ」
そんな会話が聞こえてきた。会話だけ聞けば普通の人間の恋人同士のようだ。いや、きっとオークの間にでもそういう関係はあるんだろう。
「この豚がっ!」
ガイナックが苛立たしく叫ぶと斧の柄でオークの背中を強かに打つ。何度も何度も打ちつける。オークは体を震わせ苦悶の声を漏らすがそれでもガイナックにしっかり抱きつき、はなそうとしなかった。
「逃げろ! 俺のことはいいから!
逃げるんだ!!」
男のオークの必死の叫びについに女オークは身を翻して森に向かい逃げ出した。
「疾風」、という声が僕の背後で聞こえたと思ったら風の塊のようなものが傍らをすごい勢いで通り過ぎた。
それはシャンリーだった。シャンリーは逃げる女オークにあっという間に追いつくと背中に蹴りを見舞った。
「あうっ」
女オークはバランスを崩して地面に転がる。
「馬ッ鹿! 逃がすかってのよ」
シャンリーは勝ち誇ったように女オークの背中に足を乗せ押さえ込む。
「アナン! この~!」
男オークは渾身の力でガイナックを持ち上げる。柄で顔面をめちゃくちゃ突かれたが男オークは怯むことなく、そのままガイナックを投げ飛ばした。そして、シャンリーに向かって突進した。
シャンリーも余裕の笑いを浮かべたまま、真っ向から相手をするつもりで身構えた。
「泣き女の慟哭!」
しかし、男オークはシャンリーにたどり着く直前、全身から力が抜けるように崩れ落ちた。
シャンリーがつまらなさそうに言った。
「なんだよ。邪魔するなよ、ポップル。
せっかくおもしろくなりそうだったのに」
「そうですか? ガイナックみたいに投げ飛ばされたりするんじゃないんですか?」
「うるせー、これは単に油断しただけだ!」
ガイナックが忌々しそうに怒鳴ると倒れたオークへずかずかと近づいていった。
「殺したのか?」
「いや。麻痺させただけだよ。
身動きが取れない状態」
肩をすくめてポップルは答えた。
ガイナックが口元をねじ曲げて笑った。それを見た時、なんというのだろう、すごく嫌に予感がした。
知り合いが今まで自分に隠していた一面をはからずも目撃してしまったような、ばつの悪さがあった。そして、そういうのはいつだって気分が悪くなることしか起きないのだ。
「痛みとかは感じるのか」
倒れてもがいているオークを見下ろすとガイナックはぼそりといった。
「普通に感じるはずさ」
「そうかい……そりゃあ、好都合だッ!」
ガイナックは男オークの背中を体重をかけて何度も踏みつけた。オークの口から苦悶のうめき声が漏れた。
「いやー! やめて、スベンにひどいことしないで!」
女のオークがシャンリーの足から逃れようも懸命に身をよじり、手をスベン、男オークへと伸ばした。
「ああ、アナン」
男オークもぶるぶる手を震わせながらアナン、女オークの方へ伸ばす。どうやら、全く体が麻痺しているわけではないようだ。それにしてもどんなに二人が手を伸ばしても届く距離ではなかった。
「ふん」
ガッ
ガイナックがその男オークの腕を無造作に踏みつけた。
「ぐあ」
スベンが苦痛の声をあげた。ガイナックは唾を吐き、そのまま体重をかけていく。
ボキン
木が折れたような音がした。
2021/03/22 初稿