オークの村
魔の森に分け入り、休みなく3時間ぐらい歩いた。正直、現代人に足場の悪い森の中をそんなに歩かせるなんてのは質の悪いムリゲーってものだ。膝はがくがくして、足の裏もずきずきと痛み始めていた。それなのに弱音も吐かず、歯を食いしばって頑張ったのはひとえに自分に冠せられた大勇者の称号のせいだ。
だけど、そのご利益もかなり限界に来ていた。もう休ませてくれ、と叫ぼうと心に決めた時、先頭を歩くシャンリーがピタリと歩くのを止めた。そして、この先になにかある、とぼそりと呟いた。
「オークの村があった」
「そんなに大きくはないけどな。
まあ、50体ぐらいの集落だな」
「さて、どうしたものですか」
偵察から戻ってきたガイナックとシャンリーの報告を受け、リリアナとピクルは顔を見合せた。ピクルが僕の方をチラリと見た。
「迂回しても良いですが、大勇者様は歩き慣れないご様子なのでね」
えっ。僕のせい?
「今より深い森の進むのは厳しいでしょうね」
と、リリアナもうなづく。ピクルとリリアナだけじゃなく、ガイナックもシャンリーもポップル、マドーラもみんな、僕の方をチラ見していた。なにか針のむしろに座らされている気がした。
「敢えて魔族たちが使っている道を進んでいたのですからいずれこういう事態になるのは折り込み済みです。
時間をかけて魔王軍に包囲されるのが最悪の状況なので、迂回ではなく突破をしましょう」
とピクルが提案してきた。
「50人もいるのを相手にするの大変じゃないの?」
「あいつらは、魔法も使えない魔族としては下級の種族だから50でも100でもなんて事はないよ」
心配する僕にポップルが笑いながら答えた。
確かにオークとかゴブリンってゲームの世界ではそんなに強くはないイメージはある。まあ、ゲームの世界ではだけど……
「とはいえ、一度に50体を相手にするのはなぁ、さすがにめんどくさいだろ」
と、オルディンが言うとすかさずガイナックが割って入ってきた。
「なに、心配いらーよ。あいつらはバカだからな。簡単に倒せるよ」
「なにか策があるのか?」
「ああ、大有りよ! 俺りゃあ、その方法で幾つもオークの村をぶっ潰してるぜ。任せな」
胸をドンと叩くと、その時の事を思い出したのか、ガイナックはニヤニヤと笑いだした。
ほいじゃあ、ま、そろそろいくかぁ、と夜も大分更けた頃、ガイナックが立ち上がった。
真っ暗な道を進みながらガイナックは囁く。
「オークっーのは村の中心に大きな建物を建てる。そいで夜はみんな、一人残らずその建物で寝るんだ。だから、夜中に忍び込んでだな……」
突然視界が開けた。木々がきれいに切り払われ整地された土地が唐突に現れた。丸太を組み合わせた小さな建物が幾つか見える。明らかに人の手、いや、オークの手でつくられた村のようだ。その村の中央にひときわ大きな建物があった。僕たちはその建物へ忍び足で近づいていく。建物は円形で入り口が一つしかなかった。
「なっ、俺の言った通りだろ。あいつらはみんなひとつ建物で寝るんだ。それでこの建物は出入口がひとつしかないから、この入り口を開かないように細工してだ」
ガイナックは小声で説明しながらドアのところを近くに落ちていた木や石で塞いでいった。
「よし、後は火をつければ完了だ。
一気に焼き豚の完成ってね」
ガイナックはぐるりと家を回りながら火をつけていった。
生まれて始めての放火の現場を目撃して僕は固まった。
止めるべきなのか、それとも、相手は魔族なんだからやって当然の行為なのか、判断に迷った。リリアナの方を見たが彼女は平然とガイナックが火を付けて回るのを見つめていた。
ならば、これはこの世界では当たり前の行為なのだろう。
そう納得しかけたその時だ。けたたましい叫び声がした。
「おい! 起きろ、火事だ」
「け、煙? ゴボッ、ゴホン
みんな、起きろ火事だぞ」
「キャー、なに、なに、なんなの」
「くそー、扉が開かない。どうなってる」
僕は慌てた。人だ、人がいる!オークと人を取り違えたに違いない。すぐにリリアナたちに言ってやめてもらわないと!
「やめる? なぜです」
しかし、リリアナは怪訝そうな顔でそう言うだけだった。
「熱い、熱い、熱い」
「ギャア、助けて~、誰か」
「お母さん、助けて、熱いよ~」
「キルル、ああ、しっかりしろ、キルル!
目を開けてくれ~」
「あぢぃ、あああーーー」
小屋から聞こえてくる声は悲鳴や絶叫に変わっていた。
「だって、助けを求めてる。言葉を喋ってるじゃないか! 人だよ。中に人がいるんだよ」
するとリリアナは面白そうにクスクスと笑った。
「そりゃ、いくら下級と言ってもオークは魔族ですからね。言葉ぐらいは喋りますわ」
自分の耳を疑った。なんでそんな事を平然と言えるんだ!
こんなのは間違っている。そう思った僕はもう一度やめるように言おうと口を開いた。
「きゃあーーー。お母さんが、お父さんが
ああ、ボルトたちがぁ~!」
突然、悲痛な悲鳴が響き渡った。
2021/03/21 初稿
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