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現代人知識チートの真実

 マドーラは一人で魔の森をさ迷っていた。アラクネの襲撃から必死に逃げているうちにみんなとはぐれてしまったのだ。

 不安気に空を見上げる。オレンジ色から薄い藍色に変わりつつあった。もうすぐ日が暮れる。

 マドーラはため息をつくと歩き始めた。と、すぐにまた歩みを止めた。


「なに?」


 マドーラは耳を澄ました。森の奥から微かになにかが聞こえてくる。さっきの蝿かと一瞬体を硬くしたが違う。途切れ途切れの低い声、そう、人が呪文を唱えているような声。


 そう、()()()だ。


 声に誘われるようにマドーラはふらふらと森の奥へと歩いて行った。



 日は落ち、辺りはすっかり闇に包まれていた。《魔法の灯》を使っても良かったが、やはり先ほどの蜘蛛女が怖いので使用を控えた。幸い今夜は満月なのでなんとか、魔法に頼らなくとも歩くことはできた。


「…… ……………… …………」


 奥へ奥へと進む内に声は徐々に大きくなっていった。やはり、人の声で間違いないようだった。うめき声にも聞こえた。

 と、目の前に不思議なものが現れた。

 豆の鞘というか繭というか細長い円筒形のものが宙に浮かんでいた。声はそこから聞こえてきた。そして、その声には聞き覚えがあった。


「ポップル……ポップルなの?」


 マドーラは繭を叩き、ポップルの名を呼んだ。しかし、反応はない。ただ、低く、くぐもったうめき声とも呪文ともつかない声がブツブツと繰り返されるだけだった。

 

「これは、やはり蜘蛛の糸かしら」


 繭の表面を触り、マドーラは呟いた。

 あの魔物がポップルを糸で絡めとっていたのを見た。あの時、もう駄目だと思ったが、どういう理由なのか、まだポップルを生かしているようだった。


「私たちを生きたまま捕らえようとしているのかしら?」


 ならば、それが手加減になり隙を生むことになる。現に今、ポップルを救出する絶好の機会だった。


「待ってて、今、助けるから」


 ナイフを取り出すと繭を切り始めた。しかし、どんなに力を込めても全く刃が立たなかった。


「なんて丈夫なの? どうしょう……」


 マドーラは途方にくれた。その時、大勇者こと、英雄の言葉を思い出した。


 熱に弱いんだよ!


 半信半疑ではあったが試して見る価値はあった。火をつけるぐらいなら日常魔法の《火種(ひだね)》でもなんとかなるはずだ。


「《火種》」


 繭に向かって呪文を唱えた。ぱちぱちと火花が散ったが、それ以外には何も起きなかった。


 魔法は弾かれる


 再び英雄の言葉が思い出された。

 ならばとマドーラは落ち葉や枯れ枝を集め、再び魔法を使った。

 パッと積み上げられた落ち葉に火がつき、辺りがオレンジ色の光に包まれた。良く燃えている枯れ木を一本取り出すと繭へ近づけた。すると糸が燃え始めた。


「すごい。大勇者様の言っていたことは本当だったんだ」


 繭を作っている糸は火を近づけると簡単には燃え始め、燃えると黒くなった。擦ると簡単にはボロボロと崩れ落ちた。マドーラは火を近づけて糸を燃やし、炭化したところをナイフでこ削ぎ落とす、を繰り返した。


 ボコリ


 焦げたら割かし大きな部分がゴッソリと脱落して、ついに繭に穴が空いた。


「ポップル! 大丈夫?

うっ?! ゴホ ゴホッ」


 マドーラは顔をしかめ、激しく咳き込んだ。


「な、なに、この臭いは?」


 今まで嗅いだことのない臭いにマドーラは戸惑った。が、ともかくもポップルを助けねばと我慢しながら繭の中を覗いた。

 中にポップルの姿はなかった。しかし、そんなはずはない。繭の中からは今も声が聞こえるのだ。


「……い…… ……いぃ…… あ……か……」

「ポップル……どこなのポップル? 中にいるんでしょ?」

「か…… かぁ……………… ……ゆ………………」


 ブツブツと呟く声。マドーラは繭の中の壁が微かに動いているのに気がついた。


 サワサワサワ


 カサ カサ 


 カサ カサ カサ


 カサカサカサ カサカサカサ

 カサカサカサカサカサカサカサカサカサ


「か…… かぁ……ぃ………… ……ゆ………いぃ………」


 声が聞こえる。


 カサカサカサカサカサカサカサカサカサ

 カサカサカサカサカサカサカサカサカサ

「かゆい かゆぅい  かぁゆぅいぃ」

 

 繭の壁がぶつぶつと粟立ち、うねうねと蠢く。


 カサカサカサカサカサカサカサカサカサ

 カサカサカサカサカサカサカサカサカサ

「かゆい かゆい かゆい 」




 カサカサカサカサカサカサカサカサカサ

 カサカサカサカサカサカサカサカサカサ

 カサカサカサカサカサカサカサカサカサ


 ボロボロと壁の表面が自然に剥がれ落ちていく。

 いや、いや、いや、剥がれ落ちているのは壁ではない、蛆だ。それが蛆だということにマドーラはようやく気がついた。

 繭の中には無数の蛆が蠢いていた。

 突然壁が盛り上がり。ボロボロと蛆がこぼれ落ちる。


「痒い 痒い 痒い 助けてくれぇ 痒い痒い痒い痒いぃんだよぉぉ~」


 蛆の山を掻き分けるように人の顔が出てきた。蛆に皮膚を溶かされ、赤い筋肉をむき出しに、両目は既に蛆に食い尽くされて、眼球の代わりに肥太った蛆がうねうねと体をくねらせている。

 マドーラは恐怖に思わず後ずさる。彼女を恐怖させたのはそのおぞましい姿ではない。真に恐ろしいのはその声だった。

 全身を蛆に食い潰されているのは誰でもないポップルであると、その声が示していた。

 


2021/04/03 初稿

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