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2020年 夏文集『切株』

口は避けて

作者: 有馬理亜

 橋の上から川を見下ろした時、人は何を思うだろうか。

 綺麗とか、あるいは汚いとか、あとは……流れてるなぁ、とか? 十人十色な感想があるんだろうな。

ま、他人のことなんか知らないけどさ。

 そんで、俺の場合は。

「あー……今日も捨てられてるなぁ」

 着目するのは川そのものじゃなく、流されているゴミの方。ペットボトルとかよくわかんない布きれとか、そういうものが揺蕩ったり流れついたりしている。

 世界にゴミがあるのは、おかしなコトじゃない。消費文明が栄えてしまった以上、人は何かを使い捨てる生物だ。だからゴミがそこらじゅうに転がってるのは、何の変哲もない普通の光景。

 薄汚くて、退廃的で、どこか胸を刺すその景色。

 俺は、それが嫌いだった。

「あーあ」

 複雑な感情は口内に溜まって、消えて行く。

 少しだけ目線を上げると、向こうで川を跨ぐ橋が、そしてその上を行き来する人たちが見えた。

 何となく、指で四角形を作って、フレームの中の彼らの人生に思いを馳せる。

 鞄を引っ提げて歩く女子、その隣で彼女の話を聞いている男子、宅配でバイクをかっ飛ばす誰か、ベビーカーを押す女性、スマホで誰かと電話しているサラリーマンっぽい男性。

 彼らにも彼らなりの人生と人間関係があって、彼らなりに今日を生きてる。

「……平行世界、みたいな」

 オカルティックな単語を思い出す。

 5年くらい前に、オカルトとか都市伝説にハマってた時期があった。その時に慣れ親しんだ言葉だ。

 同じような世界、少しだけ分岐した運命。例えばここに来るまでに1つ横の路地に入っていれば、俺は向こうの橋を渡っていたハズだ。その時は、こうやって川を見下ろすようなこともなく、彼らと同じように淡々と歩き去っていたかもしれない。

 それと同じで、あらゆる選択が、あらゆる偶然が俺の運命を分かち、結果として砂漠の砂1粒程の確率で俺はここに存在する、……みたいな。

 もしかすると、俺は彼ら彼女らになっていたかもしれない。何か1つ違えば、俺は俺でなく、誰かだったのかもしれない。

 ……でもまぁ、どうせどんな道を通ろうと、皆、

「捨てられるんだろうな」

 ボロボロと、瓦礫のように言葉が崩れていって……ボチャンと音がした。

「え」

 何だコレ。言葉が川に落ちて音を立てた? そんなワケないだろ。魚が跳ねた、にしては大きすぎる音だった。何かあるハズ。

 見回すと、……音の発生源は眼下、すぐそこにあった。いや、いた。

 川の土手近く、一人の女性が川に落ちている。

「……おい」

 マズいんじゃないか、アレ。

 無視しようかと一瞬だけ思考。けれど、……見捨てるなんてすればきっと後悔する。

 走り出す。彼女を助けるなんて大層なコトは言わないけど、人を呼ぶなり棒とかを差し出すなり、俺には俺の出来ることがあるハズ。

 橋の傍にあった階段を駆け下りて、彼女がいた方向を見る、と……。

 女性は、……普通に川の中に立っていた。川の流れは穏やかで、とても流されるようなものじゃない。水も腰下くらいまで浸かってはいるけど、それだけ。そこまで水深が深いってワケでもなかった。

 ……勘違い?

「馬鹿かよ……」

 自虐が口をついて出た。

 勝手に慌てて、勝手に走って、全部誤解だった。何があったかは知らないけど、別に溺れてるワケじゃない、らしい。

恥ずかしさに顔を顰める。あー、クソ。

 女性は土手に手をかけて、一気に体を引き上げた。……あ、せめて手を貸すくらいはすればよかった。これじゃホントにただの野次馬だ。

 女性の濡れた服を見て、バッグにタオルが入っていたことを思い出す。部活で使う予定だったけど、予定がとんだせいでまだ使ってなかったな。

「あの……大丈夫スか。これ」

 おずおずと話しかけて、タオルを手渡す。彼女は少しだけ驚いたようだったけど、すぐに笑顔になってくれた。

 いや、まぁ笑顔って言っても目しか見えないんだけどな。何せこのご時世、彼女も俺と同じく、顔の半分以上をマスクで覆ってるワケで。

「ありがとう」

 マスクの奥から聞こえた声は、やっぱりくぐもって聞き取りづらい。雑踏の中なら、きっと聞き逃してしまっただろう。

 女性は濡れた服の水分をタオルで吸った。……まぁそれでも吸いきれない部分はあるけど、だいぶマシにはなったハズだ。多分。

 ……しかし、改めて見ると、だいぶ背の高い女性だった。俺より一回り大きい。多分180センチくらいあるんじゃないか? 歳は……よくわからないけど、おばあちゃんって感じじゃない。

「えっと、これ、どうしよう。洗濯した方がいいかな」

「や、いいっスよ。もう帰るトコだったんで」

 タオルを返してもらった時、ふと彼女の傍に置いてあるポリ袋に気付いた。

「ペットボトルに空き缶……ゴミ拾いっスか」

「ああ、うん、そう。君もやる?」

「え、いやいいっス。俺はこれで」

 手を上げて、そのまま立ち去る。……別に話すこともないし、人の都合に気軽に頭を突っ込んでも良いコトなんてないだろう。特に予定があるワケでもないけど、知らない人と一緒にいるのはあんまり好きじゃない。今日はさっさと帰るとしよう。


 名前も知らない彼女に再び会ったのは、それから一週間と少し後のことだった。


「あ」

 買い物に行く途中、ふと見かけたんだ。

 今日も今日とてゴミ拾いに精を出しているのか、道端にかがんでいる長身の女性。

 あの身長の高さと独特な雰囲気、間違いない。一週間前に少しだけ話した女性。

「……まぁ」

 まぁ、よくあることだ。彼女が近所に住んでいるなら、これまでだってすれ違ったことくらいあっただろうし、これからもそうだと思う。

 だから、別に声をかける必要はない。ただのご近所さんで、一度だけ話したってだけの関係だし。何より今はさっさと買い物を済ませないと親にどやされるし。

 ……そう、そのハズだけど。

 これはただの気の迷い。10分20分遅れても誤魔化せるだろうし、少し話すくらいはいいだろ、なんて。

 俺の中の何かが、俺を駆り立てる。

「……あの」

 横から声をかけると、彼女は眩しそうに顔を上げた。

「ああ、いつかの。あの時はタオル、ありがとうね」

「あー、いや、別にいいんスけど」

 後ろ頭を掻く。別にお礼を言われたくて話しかけたワケじゃないんだけど、確かにこれじゃ恩着せがましくなっちゃうか。

 話の流れが嫌で、無理やり話題を変えるコトにした。

「今日もゴミ拾いっスか」

「ええ」

「っスか。……えーっと」

 どうしよ。他に話とかないんだけど。……というか俺、話題もないクセになんで話しかけたの?

 後ろ頭を掻いていると、彼女の方から助け船を出してくれた。

「もしよかったら、一緒にやらない? ゴミ拾い」

「え? あー」

 ゴミ拾い。ゴミ拾いかぁ。あまり良い印象はない。というかハッキリ言えば嫌いだ。だって普通に汚いし、触りたくないし。

 ……だけど、うん。これも何かの縁。たまにはいいかもな。

「じゃあ、はい。やります」

「ほんと? ならこれ、トングとゴミ袋ね」

手渡されたのは、彼女が持っていた長めのトングと大きなポリ袋。彼女の方は軍手で拾うつもりのようだ。

「どうする? どこ行く? 君が歩くのについて行こうか?」

「あー、いや、お任せします」

「オッケー。じゃあ行こうか」

 彼女が歩き出すのに付いて行く。親にはどう言い訳しようかな。まぁ厄介ごとに巻き込まれたって言うか。不良に絡まれたとかなんだとか、てきとうに誤魔化せばいい。

 ……俺、こんな人間だったかな。親の言葉に逆らったりするの、久々なような気がする。

 というか、そもそもゴミ拾いなんて……もう二度と、するとは思ってなかったな。

「……そういや、なんでゴミ拾いしてるんスか」

 煙草の吸殻を拾い上げる彼女に、何となく尋ねる。

 正直、ゴミ拾いなんてしてるヤツはよっぽどの聖人か暇人、あるいはエゴイストだと思う。

 だってそうじゃね? わざわざ捨てたものを拾い集めるなんて正気の沙汰じゃない。あ、ここで言う正気ってのはヒト単体じゃなく人類総体でのコトね。

 使い捨てたモノを拾い上げて、その一方でまた捨てるんだろ? 捨てる方はもちろん、拾うヤツもどうかしてる。だって名も知らない誰かの尻拭いを自分からやってるんだもんな。なんでそんな面倒で得のない行為するんだよ。自己顕示欲からしてるならまだわかるけど、そうじゃないならマゾヒズムだろ。理解できないね。

 だから、この女性からもまともな理由が返ってくる期待なんてしてなかった。どうせ町内の清掃とか慈善活動とかそんなんだろ。

 ……と。まぁ半分くらいはそう思っていたんだけど。

「んー、傷の舐め合い?」

 ……困ったな、そこまで慮外の返答が来ると言葉に詰まる。

 ゴミ拾いが、傷の舐め合い? ゴミに舐めてもらうってか? そりゃまた退廃的なこって。

 理解できない。

 けど、なんとなく、少しだけ察しはついた。

「それで、今日も舐め合ってるんスか」

「まぁねー。こういうのはいくらやっても満たされないじゃない?」

 いや、そんな同調を求められても、俺はアナタじゃないんで知らないんスけど。

「はぁ。まぁそっスかね」

「そうだと思うよ。出来た穴を他の何かで埋めようとするけど、全く同じ形のものなんてないから、ずっとそれを求めてる。……意味もないって知ってるのにな」

「なんかポエミーっスね」

「そうかな。そうかも」

 マスクに手を当てるようにして、音もしないくらい小さく笑われた。え、何かおかしかったか。俺からすりゃ傷の舐め合いのためにゴミ拾いしてる人の方が数倍面白いんだが。

「え、なんで笑ったんスか。……あ、これペットボトルも同じ袋でいいんスか」

「いいよ、後で仕分けるから。……いやごめんね、ちょっと君が面白くて」

「俺が?」

「うん」

 トングで挟み掴み上げたペットボトルは、黒い包装で中身が伺えない変なヤツ。いわゆるブラックボックス、中身は飲み干してのお楽しみって感じ?

「だってそうでしょ? 人は自分の中の欠けたものを埋めるために行動する。君は私に話しかけた。それが一度の事じゃなく二度も続いたって事は、私のゴミ拾いと同じで、それ自体が何かの代償行動って事じゃない」

 …………。

 春の夕方のクセ、やけに暑い。口の中が乾いて、視線の先の女性の姿が陽炎で歪んで見えた。

 あぁ、クソ。変な幻を見てしまうくらい、暑い。

「ねえ、君は一体、私に何を求めているの?」


 1時間くらいゴミ拾いを続けた後、俺は買い物に戻った。

 女性はお礼なんて言わなかったし、俺もその方が気が楽だった。

 再会と再開は、来週末。その約束が、俺の胸の中に重くぶら下がる。


 求めるコトと捨てるコト、この2つは表裏一体だと思う。

 例えば外出中、急にジュースが飲みたくなったとしよう。更に硬貨何枚かを自販機に入れてペットボトルの炭酸飲料を買ったとする。

 人は飲料を求めて、ペットボトルっていう型を通してジュースを得て、その後は役立たずのゴミになったペットボトルを捨てる。

 求めるコトは捨てるコトに繋がる。だから、表裏一体。

「で、その結果がコレじゃないかと思うわけっスよ」

「なるほど?」

 トングで拾い上げたペットボトルを袋の中に突っ込みながらの雑談。何の中身もない話だけど、彼女はつまらなそうな様子もなく聞いてくれた。

「特に確証はないっスけど」

「いいんじゃない。妄想は健全なものだし」

「妄想って言われるとなんかイヤっスね」

 軽口を叩きながらも、周りにトングで拾えそうなゴミがないか視線を巡らせる。

 ゴミ拾いを始めてから、道に落ちてる小さいゴミとかにも目が行くようになってしまった。そのせいで、やっぱりこの街はゴミに埋もれてるってコトを痛感させられる。折角目を逸らしてたのに、不愉快極まるね。

 まぁ、それも俺が選んだコトだ。非難する権利なんて持ち合わせちゃいないんだけどさ。

「それで? その話の着地点は?」

「そういう先回りされると、腰折られて困るっスね」

「あれ、ごめんなさい」

「まぁ、何スかね……ただの雑談なんで、オチまで用意してたワケじゃないんスけど」

 嘘だ。彼女が口を挟まなければ、軽口のままに言おうとしていたコトはあった。けどそれももう、今は言う勇気がない。

 殊更臆病なワケじゃないけど、特段勇敢なワケでもない。俺はどこにでもいる一般人くらいには人との距離を弁えるし、それこそくだらない話の流れで口を滑らすフリでもしないと、大事なコトを言う覚悟もない。

 話を変えよう。このまま続けるのは、少し息苦しい。

「……というかコレ、ゴミ拾い、ずっとやってるんスか?」

「あー、うん。10年くらいは」

「10年……そりゃまた」

 何ともまたツッコみ辛い話題。女性に歳を聞くのはタブーって話があるが、対人経験の少ない俺は、結局これがガセなのか真実なのかを測りかねている。

 もし失礼になるなら、その可能性が少しでもあるなら、しない方が賢いんだろうな。なので結局聞かないって方向で落ち着くんだけど。

「最初は何となく始めただけだったんだけど、1回ルーチンになるとなかなかやめられなくてさ。パズルのピースが1つだけ足りないみたいに、やめられなくなっちゃって」

「……それ、ピース、捨てられてるんじゃないっスかね。掃除機に吸い込んだ母親とかが、ポイって」

「そう、かもね」

 何の気なしに吐いた言葉に、彼女は少しだけ歯切れ悪そうに答えた。

……踏み込む時は、慎重に。相手の機嫌を損ねないか、逆鱗に触ってしまっていないか、一文字一文字吐くたびに確認して、ほんの数センチずつ進んでいく。まるで獣の巣に忍び込む探検家か、あるいは達人同士の間合いの読み合い。

俺が嫌いな、人の顔色を窺うっていう行為が役立つ瞬間だ。

「じゃ、ピースは買い足した方がいいっスね。確かメーカーとかに電話すれば手配してくれたと思いますけど」

「残念、人生ってオーダーメイドだからなぁ」

 俺の前を歩く彼女の表情は伺えない。いや、仮に顔を向かい合わせていたとしても、マスクで半分以上隠れている以上、その心情までは推し量れないだろう。

 あるいは、顔が見えていても、わからないかもしれない。

 俺は、彼女ではないから。

「じゃあ、自分で作るしかないっスね。たかがパズルの1ピース、人の協力があれば簡単に作れると思いますし」

「それがそう上手くもいかないんだよね。何せ柄は私の記憶の中にしかないワケで」

 そこまで言うと、彼女は前を向いたまま、大きく腕を広げ、おおげさに背伸びする。

「いやぁ、最近はめっきり暑くなってきたね」

「あー。まぁ、そっスね」

「三寒四温って奴かなぁ。そろそろ春も終わりが近くなってきたけど」

「どーなんスかね。最近は異常気象ばっかりで、むしろそれが平常運行って感じっスから」

「温暖化、って言葉、最近聞かないよね。皆飽きちゃったのかなぁ」

 そう言って、彼女は歩き出す。俺はただ、その背中を追うことしかできない。

 他愛無い話と、尽きる未来の見えないゴミの群れ、埋まっていくゴミ袋に長袖のシャツの中に滲んでいく汗。

 街は相変わらず煌々と輝いて、たくさんの人々で溢れかえっていて……。

「……あれ」

 ふと見た先に、子供がいた。夜の街には似合わない小学生くらいの男の子で、不安そうに、あるいは興味深そうにキョロキョロ視線を巡らせている。

 親の姿は……パッと見た感じ、ないな。

「迷子っスかね」

「あの感じは、自分から遊びに来たんじゃないかな」

 彼女も視界の端に捉えていたのか、所感を漏らす。でも、特に助けようとか関わろうとはしなかった。まぁ、当然と言えば当然だろう。そんなコトをしたって、俺たちには何の利益もない。

「最近は増えたよね、子供が夜に出てくるの」

「まぁ……昔に比べれば、安全になったでしょうからね」

「いや、それもあるだろうけど」

 彼女は立ち止まって、子供の方を見ながら、マスクに手を添えた。

「……あは、何でもないや」


 進んでいるようで進んでいない、他人未満な俺と彼女だった。

 いや、だった、というより、だ、かな。多分今までもこれからも、変わらない。

 意味もないコトをする変な人間2人。

 俺たちの関係は、次の週末にも変わることはなかった。


 トングの合間をうなぎのようにすり抜けるそれを、四苦八苦の末にようやく掴み上げた。

 少し土のついたイヤホン。純正品で、そこまで目立った傷もない真新しいモノ。勿体ない、俺が使いたいくらいだ。

「これ、まだ使えそうっスけど、なんで捨てられたんスかね」

「ん? あー」

 彼女はトングの先にぶら下がった死体みたいなゴミを見て、悩む素振りもなく答えた。

「まぁ、水に浸けてショートしたとか、他に良いのが手に入ったとか、そういう事も考えられるけど」

「けど?」

「考えるだけ無駄だよ。捨てられた側からすれば、どんな理由があろうと関係ないし」

 間違いない。

 可哀そう。そう言って彼女はイヤホンを軍手で摘まみ上げ、ほんの少しの逡巡さえなくポリ袋の中に投げ入れた。

「容赦ないっスね」

「無機物にまで心を配ってたら、供給が追い付かないから」

「間違いない」

 相変わらず、彼女の後を追うだけの俺。自発的に行うには、ゴミ拾いって行為は生産性がない。誰かに牽引されて惰性で続けるくらいがちょうどいい。

 そうなると、結合が外れた時が怖いんだけど。……その時は、ただ動力がなくなって停止するだけか。

「加害者にとっては1つ2つっていう単位でしかないけど、被害者にとってはそれが全てだから」

「ゴミって被害者っスかね」

「誰かにとってはそうじゃないかもしれないけど、そのゴミにとっては自分こそ全てだもの、何億罪を重ねていようが、1つ罰を負っていれば自分を被害者だと思うでしょ」

「独善的な話ッスね」

「全て、だからね」

 意味があるようなないような、繋がっているかすら微妙な会話。徐々に夏が近づいてきた夜には、そんな気だるげな雰囲気が似合うとさえ思えた。

「……いやしかし、ゴミ、減る気配がないっスね」

 ファストフード店のポテトの入れ物。破れたハンカチ。よくわかんない小瓶。空のビール缶。煙草の吸殻。知らないゲームのカード。アイスの袋。

 多種多様ながら、なんとなく惨めっぽいところだけは共通しているゴミの数々。もう何週間も同じ道を通ってるけど、ゴミは減る気配を見せない。

「君が言ってたんじゃない」

「え?」

「求めると捨てるは表裏一体。つまり求められた分だけ捨てられるものが生まれる。人が生きている以上、捨てられるものは尽きない」

「まぁ、そっスね……」

「皆が求める分私たちが拾わないと。街がゴミで溢れちゃうよ」

「あー……」

俺たちが拾わなくたって誰かがやるだろう。どうしようもなくなったら、給料をもらう人がするかもしれない。基本的に世界はそう回ってるワケで、俺たちがやっているのは将来的に誰かの仕事を奪う行為、あるいはただ自尊心を満たすためだけの無駄に過ぎない。

「まぁ、そうかもっスね」

 とはいえ、自分の考えを誰かに押し付けるのは面倒で、何のメリットもない。彼女は恋人でも想い人でもなく、どころか言ってしまえば友達ですらない、最近よく会うだけのただの知り合いだ。相互理解なんざ必要ない。

 ……しかし何と矛盾したコトか。そんな意味も生産性もない誰かの尻拭いをするなんて……俺らしくもない。

「……あー、違うか」

 人間が取る行動は、欠けたものを埋めるための代償行動、ね。

 自然と視線が下がって、足元だけが見えた。

 靴ひもは、とっくの昔に解けている。


 もう行くべきじゃない、と思った。

 自分の欲求を満たすために誰かを利用するのは、あまり褒められた行為じゃない。自覚してるならなおの事。

 ……あぁ、でも、そう。

 今の俺には、彼女がゴミ拾いをやめなかった理由がわかる。


 どういう流れだったかはわからないけど。

 雨の中、俺はゴミを集めながら、昔の話をしていた。

「ま、なんでもない話なんスけど」

 なんでもない、なんてコトはない。当時の俺にとっては一大事だったし、今だってあの時を夢に見ることもある。

 けど、世界にとっては見るに値すらしない、くだらない出来事。

 傘に雨粒が当たって弾ける。それに紛れて、言葉が口から零れて落ちた。

「俺、一回骨折って入院したコトあるんスよ」

 高校1年の秋、交通事故。命に別状はなかったけど、思いっきり足を轢かれてしまった。運動部に入ってなくてホントによかった、もしそうだったら選手人生はプッツリ絶たれていただろう。

 まぁ、それとは別の意味で人生はプッツリいったんだが。

「んで、何ヵ月か入院して……帰って来たら、居場所、なかったんスよね」

 別にイジメられたって意味じゃない。

 ただ、俺がいたグループが、既に俺を必要としていなかったって、それだけ。

 わざとおかしいコト言って場を盛り上げる役。それは俺だけのモノだと思っていた。けれど、俺なんかが努力もせずについたポジションなんて、数ヶ月で簡単に奪われる程度のもので。

「……ま、ホントつまんない話なんスけど」

 ダレカに親を殺されたとか、生き別れの弟がいるとか、そういうドラマチックでファンタスティックなものじゃない。

 ただ、求められてた俺は、その用途がなくなった途端に捨てられた、って。それだけ。

「そう」

 彼女の呟きは、ほとんど耳に入ってこなかった。ただその響きが平坦で、何の感情も込められていないのはわかった。

 雨の音がうるさくて、ほとんど聞こえないだけかもしれなかったけど。

 ぐしゃぐしゃのゴミを見つけた。トングで掴み上げたのは、傘の残骸。

 暴風のせいか骨が折れて、これじゃ雨を凌ぐっていう役目を果たせないだろう。無様な姿で捨て置かれてた被害者、あるいは役立たず。

 彼女はゴミ拾いを傷の舐め合いと言っていたけれど、俺にとっては傷口に塩を塗り込まれるようなものだ。過去の自分を見せられるようで気分が悪い。

 だからもう、これっきりにしようと、そう言おうとして。

「あぁ、そうなんだ」

 彼女が振り返る。持っていたポリ袋を乱雑に置いて、マスクに手をかけて。

「私たち、きっと、似た者同士だね」

 その口を見て。

 俺は、彼女を綺麗とは言えなかった。


 その後、彼女と会うことは二度となかった。

 週末に待ち合わせ場所を訪れても、まるで全て嘘だったように誰もいない。……もしかしたら、本当に嘘だったのかもしれないけど。

けどそのくせ、街にゴミが溢れるようなコトもなかった。きっと今日も、誰にも必要とされない、ゴミ拾いなんてコトをやっている人間がどこかにいるんだろう。

 ……いや、違うか。違うな。

 俺が必要としよう。俺にはきっと、助けを求めている人が必要だ。


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