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遺書

作者: 面映唯
掲載日:2020/08/11


 夢を見た。でもやはりというべきか、いつもと同じように断片的な映像しか思い出せない。リズムゲームをやらなきゃと、寝ぼけ眼でイヤホンもつけずに親指を動かした。そして再び眠りに落ちた。


 たかだか一時間の眠りだった。目覚めは悪かった。また夢を見たのだ。悪夢というべきなのか、果たして自分にはわからない。確かに覚えているのは、母親から何かを言われて逆ギレした自分。道沿いに流れている谷川に自分の履いていたサンダルと母親から買ってもらったサンダルを投げ入れた。しばらくほうっておいたはずだが、我に返ったのだろう。母親に勝ってもらったサンダルだけはと、拾いに行こうと谷川沿いを走った。流れが速くなっていた。水嵩が増し、もう少し下流に行ったところは水嵩が低いと思った。だから流れるサンダルを見失わぬようにと目を離さず、谷川沿いを走った。ちょうど目的の下流付近に差し掛かると、クーペのような古車がすごい勢いで後退してきた。そのまま後退し続けると思ったら、急にギアを変えて左に曲がっていった。

 自分は目をとられていた。

 水嵩は増したまま。そして、濁りを増していた。

 いつの間にかサンダルが見当たらなくなっていた。


 そういう断片的な映像しか思い出せない。


 目覚めてベッドの上で上半身を起こしたとき、身体が重いと感じた。口腔内もねちょねちょとする。昨日の夜、歯を磨くのを忘れたのだ。七連勤の代償が身体を重くしたのか、七連勤のストレスを煙草で補填しようとしたのがまずかったのか、よくわからない。とにかく煙草を吸おうと思った。


 ベランダに出て、しゃがむ。先程スマートフォンを見たときに、母親からのメッセージを見た。牛丼買って帰るね、という報告みたいなものだった。

 優しさを感じたのか、それとも優しさを感じてしまったからなのか。自分の心が同調したのか。


 また夢を見たな、と思った。生れてこの方、楽しい夢というものを見たことがない。自分で忘れてしまっているだけなのかもしれないし、良夢を見たことがないと思い込みたかったのかもしれない。どちらにせよ、夢を見るのは大抵ストレスからだということは知り得ていた。身体は怠く、頭も冴えない。昨日の晩に飲んだ八海山の残り酒か。


 ふと、ベランダの手すりを乗り越えようと思った。

 身体は怠く、頭も冴えない。

 少し時間を置けば、身体は普通になり、頭も冴えてくることを知っていた。単に、寝起きだからだ。

 だから今なんだろうな、とぼんやり思った。同調や物を考えられる状況にない今。量子力学のことを思い出した。すべてが天啓のように思える。今しかないと自分が今思ったのは、そういう理屈か。


 怠い身体で手すりをよじ登ると、身体は自然と向こう側へ転がった。



 




【構図のフェーズ】



 視界には空白があった。進学、就職、その隣には空白があった。

 選択肢というものは不思議だ。自然と二つだけの選択肢があればそのどちらかしか選ばない。そして、そのどちらかの選択肢に当てはまっていると確信していても、匿名でなければ選択したくないと思うこともある。

 回答欄には、いつも空白があった。その空白は、大概の人間には必要のないものだった。だが、そこになくてはならないものだった。


 高校二年の自分は、進路希望調査票の進学、就職の欄には〇をせず、空白にペンを走らせた。



 できる、とできるけど疲れる、といったことが、自分の中にはたくさんあった。

 人を好きになることの難しさ。

 これが一番だった。


 誰かに話しかけるたびに身体がびくっとする。そのたびに自分はなぜ驚かねばならなかったのか、懐疑になる。休日に外出するのが好きではないと友人に話した。満員電車が嫌いだと言った。エレベーターはあまり使わず、ちょっと疲れたとしても階段を使うと言った。

 友人は変わってるね、と不思議そうに自分のことを見た。

 他人の感情が筒抜けていた。深読みしすぎて、枝分かれした選択肢の中からハズレくじをよく引いた。そのたびに心が絞めつけられた。

 自分の一挙手一投足が、自分を感情の渦に飲み込ませた。


 心残りと言えば、唯一かもしれない親しかった女性について。

 初めて好きかもしれないという感情を抱いた。

 初めて嫉妬という感情を手にしたとき、自分はいてはいけないような人間のように思えた。その欲求は並大抵のものではなく、数日は周りのことが手につかず、自分を客観視することを忘れた。異性と一緒にいる姿をタイムラインで見たとき、激しく心臓が動き出した。

 客観視、俯瞰することが常だった自分が、我を忘れるといった状況に陥ったとき、初めてこれが恋や愛なのではないかと思った。

 この人が好きだ。自分はそう思った。

 百パーセント好きになれていたら、話は簡単だった。相手の気持ちを無視し、自分本位に「こうして欲しい」と伝えられればもっと簡単だった。

 カナリアのような第六感。見抜ける嘲笑。思想。見える死相。

 相手を慮る気持ち、これが根付いて消えなかった。

 他人の感情に同調せずにはいられない体質。

 一般的に見れば優しい人間として映るだろうが、恋愛に関して言えば邪魔でしかないものだった。自分の発言が他人を変えてしまえることを知っていたから、生半可に相手を制限することなどできなかった。

 会話は、中身のない薄いものばかりになっていった。

 コミュニケーションの本質は、ショートコントみたいなものだと知っていたが、これは恋愛だ。恋愛がショートコントであっていいはずがない。そもそもショートコントなのだとしたら、人のことを好きになろうとはしていない。

 人を好きになるのは難しい。

 相手の自由を奪ってまで自分だけのものにしたい。

 これができなければ、きっと自分は人を好きになることなどありえないのだろう。



 進路選択に「自殺」という選択肢が普遍化されていたこの世界。家族は悲しまず、見送ってくれるだろう。


 さあ、行こう。新しい世界へ。自分という存在を殺し、リアルを捨て、唯一この世界で信じられる虚構の世界へ。


 そこは、何もかもが自由だった。


 飽和の中で見つける自由は、数年寿命を延ばすくらいなら、お手のものだろうから。




  自分のすべては、虚構の世界に置いていく。










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