不真面目声楽ジャージ娘
歌が下手なおてんば娘、真夏がなぜ入学できたのか。
それは、彼女のある特殊な性格が関係していた。
広いキャンパスに響くヴァイオリンの音。
練習室から聞こえるピアノの音色。
ここは全国でも優秀な生徒が集まる名門音楽大学。
良く晴れた空の下、優雅な音楽が響く中特に目立つのは優雅な世界には釣り合わない怒鳴り声だった。
「ストップ!ストーップ!」
練習室によく響く中年女性の声と共にピアノは止まった。
そして同時に鳴っていたソプラノも不思議そうに鳴り止む。
「あえ、、、?」
「真夏さん!全然歌えていないですよ!この曲はもっと悲観的にかつ情熱的にのめり込まなくてはいけません、その程度のレベルで入学できた事が不思議ですよ!」
怒鳴られているのは今年入学した木暮 真夏。
「聞いているのですか!?」
「はーい」
皮肉ではなく至って素直な返事だが教師の怒りは収まらない
「大体、その寝巻の様な恰好は何ですか、髪の色も派手すぎます。あとその首に巻いているタオルはやめなさい、祭りではないのですよ!クラシックはもっと高貴なものです、何度も言っているでしょう!」
「今度の試験で合格点を取ったら好きな格好をしても良いっていう約束じゃないですか」
ちぇ~と口をすぼめながら言う
「受かるわけないでしょう!あなたの成績は最下位で、合格点が取れるのは上位3%だけです!もういいから、外で自主練していてください授業の邪魔です!」
本来は10人分の周りの目線が痛いところだが、真夏は気にせずサンダルを履いてレッスン室を出る。
一歩外に出れば詰まっていた空気が動き出す。
先ほどの鋭い攻撃などとうに忘れてしまった様子で真夏はその足で自転車を漕ぐ。
夏の始まりならではの澄んだ青空に、さらさらと流れる木の葉の音が真夏の白髪を撫でる。
10分ほど自転車を走らせると、そこには青く澄んだ海が広がっている。
自転車を止めたその場でサンダルを脱ぎ、白い砂浜を歩くと太陽が熱した足元が海への足を急がせる。
「きもちい~!」
冷たい様な、温かい様な海に足首まで浸かると両手を空に掲げ思いきり伸びをする。
しばらく地平線を眺めていると、かすかに聞こえる少女の様な声。
これは、、、歌?
声を頼りに砂浜を歩いていくと、長い黒髪の小柄な女の子が歌ってた。
一見堂々と歌っている様に見えるが、真夏には恐れを強さで隠した様な、それでいて寂しさを含んだ様な歌に聞こえた。
「復讐の心は地獄のようになんちゃら!」
「ひゃ!」
背後から急に声を掛けられ思わず肩をすぼめる少女。
「わははっ!ごめんごめん、びっくりした?」
「は、はい、少し、、、この曲知ってるんですか?」
「うん知ってるよ、練習してたの?」
「はい、、今度の試験の課題曲で、全然できてないんですけど」
自信なさげに下を向く少女。
「そうなの?上手だと思ったけどな」
「あ、ありがとうございます。そう言って頂けるのは嬉しいのですが、音楽の世界ではこの程度じゃ全然ダメで、うちは家族も音楽一家だからいつもコンクールに落ちる私は負け犬と呼ばれて、今回もきっと旨くいかないんです、、」
はは、とから笑いをする少女にしゃがんで海を見つめていた真夏は遠い海の向こうを眺めながら言う
「じゃあ、なんで音楽やってるんだろうね」
その言葉に少し動揺を見せる少女
「なんで、かな。うん。小さい頃は単純に好きだった。誰に何を言われても好きな気持ちだけで続けてた、、気がします」
「そうだよね、なんかさ、、、技術的な事ばっかり言われると、つい技術ばっかり完璧にしようとしちゃうけど、、いや、クラシックは特にそうなんだけど、、なんというか、、、」
うーん、、、としゃがんだまま腕を組む
「例えば、小さい子がお母さんの為に一生懸命に歌った歌って、へたくそだけど何度も聞きたくなる感じ。歌って本来そんな感じなんじゃないかな。」
不思議な顔で真夏を見つめる少女に真夏も立ち上がり視線を合わせる
「ね!春美千絵ちゃん!」
知恵と呼ばれた少女は目を見開く
そして、ひらひらと手を振りながら去っていく背中を見つめながら
「え、、もしかして、同じ大学?」
夏の照り付ける砂浜で波の音をバックに、ぼーぜんと立ち尽くすのであった。