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第1章


「前略、he fell into a Hidden Crevasse in Everest」


アレン・ガシュウィンこと我修院アレン=威親(たけちか)、(以後アレンの呼称で統一する)の実家は、今もハワイ、オワフ島の都市ホノルルに存在していた。

カハラと呼ばれる地域は、ホノルルのビバリーヒルズと異名をとるほどの高級住宅地である。

アレンの父である我修院友康は輸入家具などを扱う貿易会社を経営していたが、

実際に我修院家の邸宅を拝見させて頂いた私の印象としては、然程高級感の感じられる建物ではなかった。

カハラでは割合、小さな部類に入る建物だ。

カハラはハワイと言ってもワイキキなどに代表されるようなガヤガヤとした喧騒をまるで感じさせない閑静な住宅地であった、見通しの良い緩やかな坂道を登り海の見える小高い丘の上にその平屋の屋敷は存在した。


私はアレンの友人を語り、家の中へ入ることに成功した。


玄関を入るとすぐに壁の至るところにアレンの撮影した写真の数々が飾られてあった。

本人が写っている写真は、どれも屈託のない笑顔ばかり。

アフリカや、東南アジアの生活に困窮しているような人の多い地域で撮られたものも少なくない。

私は単純に、アレンと言う男はとても“良い奴”だと言う印象を受けた。


さて、私がこの程「ガーシュウィン東方異聞録」と言う邦題を与えた、この本の内容へ移ることにしよう。


エヴェレスト中腹あたりのヒドゥンクレバスで滑落したのち、なぜかアレンはクレバス内部ではなく別の場所で、何者かにゆり起こされたのだと言う。


彼らはゴリラか猿のように身体中長い体毛で覆われていたと言う。

猿の類よりは背筋は伸び、直立していて、とても人間に近い体格だった。

言語を持ち、笑うなど表情の変化も人間のそれに近かった。

ヒマラヤ奥地などで存在が噂される

《イエティ》(雪男)の類いではないかと、アレンは記述している。


彼らの言語は、舌打ちの音を基本とし、

「にゃ、ち、にゃにゃ、ち」

など、舌打ちの長さや回数で互いの意思や情報を伝達し合って居るようだった。


麻織物の様な布を一枚だけ体に巻きつけて衣服とし、極寒の雪山でもその姿で過ごした。

彼らの住処としている広い洞窟の中で、足に傷を負っていたアレンは衣服を剥ぎ取られ、とりあえず裸にされた。

そして、捕らえてきた鹿のような獣の腹を捌き内臓を掻き出したものの中に、アレンの体を無理やり詰め込んだ。

彼らは当初血の滴る内臓や生肉を噛み砕いたり吐き出したりしては、アレンに与えた。

身動きの取れないアレンはそこで命運が尽きたと感じた。


(中略)


数日して、

アレンが食べたものをすぐに吐き出すことや、雪や氷に弱く、どうやら酷く死にかけていると心配したらしい彼らは数人で瀕死のアレンを担いで山をくだった。

そして里で暮らすヒタランと言う民族にアレンを託した。


ヒタラン族は綿や絹のような織物を縫い合わせて作った衣服を着ていた。

その衣服の袖や胴の部分にはもれなく花や鳥の刺繍が色彩豊かにあしらわれてあった。

男女問わずして、

体毛は、ことのほか毛深かったが、山で出会った類人猿らしき連中よりは薄く感じられた。

ヒラタン族の中には、彼ら固有のヒラタン語の他に例の舌打ち語や数カ国語を話せる者が多くいた。

アレンは至極文化的なヒラタンの人々と過ごすうち耳が慣れたのか、ヒラタンの言葉で簡単な受け答えが出来るようになっていた。

ヒラタン族は、山岳地帯の街道沿いで盛んに交易を行っていたので、その情報網を駆使して山で遭難したアレンの事をふれてまわってくれたが、アメリカ人にも日本人にも、アレンの言う他のどの国の人間とも出会わなかったと、

アレンが何度尋ねても首を横に振るばかりだった。


数週間ののち、立って歩けるようになったアレンは、自ら街道の市場に出てそれらしい毛深過ぎない民族の人々へ、多彩な数ヶ国語の語学力を駆使して片っ端から話しかけた。

しかし、アレンの話す言葉は誰にも通じなかった。


英語のできる白人に出会わないにしても、ネパール語やチベット語、中国語すら通じないのは、さすがに不思議だとアレンは感じた。


「そうだスマートフォン」とアレンは思った。

あの類人猿たちが彼を担いで山から下りて来るときに、彼の剥ぎ取られた衣類やバックパックなどの荷物も一緒に運んで来てくれていたのだった。


アレンは数週間も原始的な生活に慣れ親しんだお陰で、文明の利器を使うことをすっかり忘れていたようだ。


アレンはさっそくスマートフォンと言う通信機の一種の電源を入れたが、電力が充分でなかったため手動の小型発電機を使ってそれを作動させるに至った。

交信のための電波を中継する送信基地局が存在しないらしく、スマートフォンなる通信機器は無用ちょう物と化したのである。


ヒタラン語をひと通り理解出来るようになったアレンは、市場の立て看板にヒマラヤ山脈周辺の地図や、世界地図を張り出し、地図で示した場所まで案内して貰えるように、旅人たちに頼んで歩いたが、

旅人たちは地図がよく分からないらしく、ある男には、

「道というものは、太陽と月と星を眺めながら、見定めるものさ」

などと逆に笑われてしまったらしい。


アレンはその男に言われて気がついた。

地図と方位磁針があれば、自力で家までたどり着けるはずだと。


さっそく彼はヒラタンの長老シューミクァンと言う男に里を出ることを告げた。しかしシューミクァンは酷く悲しんだ。

シューミクァンは、アレンが誰より賢く、的確に火を起こすことが出来、とても美味しい料理を作ることができることを知っていた。


シューミクァンは、里に残って集落中の女性にアレンの火を起こす技術と料理の技術を広めるようヒラタン式に接吻をして懇願した。

アレンは、髭の濃い老人の接吻に耐えられなかった訳ではなかったが、火を起こすためのライターやマッチを集落の人々が自作できる術を模索するため、もう半年ばかり里に留まることを約束してしまった。


更に数ヶ月後、転機が訪れた。


朝、井戸端で顔を洗っていたアレンを、シューミクァンの孫シューミジャンが呼びに来て、

西方から来た女が、市場の立て看板に張り出された地図を見て、何やら騒いでいるので来て欲しいと言うのだ。


シューミジャンは、気が弱く気の強い女が蛇のようなバリバリと言う生き物よりも嫌いなのだと言う。

アレンが市場へ出向くと、黒い金属製の甲冑に身を包み、腰に剣を刺した兵士らしき一団が、街道に群れていた。


アレンは仮装行列かと思い、喜び勇んで近寄ったが彼らが遊びでそんな格好をしているのではないことはすぐに分かった。


「この地図を記したのはお前か」

甲冑姿の男が、剣を抜きその切っ先でアレンを指した途端、他の兵士たちがアレンを暴力的に取り押さえたのだった。

「記したのは私じゃなく、地図を出版している会社の人です」

地面に押し付けられながら、アレンがヒタラン語で答えると、

「出版だと……地図の出版は禁じられている」

頭の上で女性の声がした。

驚いたことにその女性は英語に似た言語を話していた。

「私は、アレン、我修院、威親、ジャパン出身のアメリカ人だ」

アレンは色々な言語でその女性へ話しかけた。


「ジャパンとは、ジャーフン、ジャフーのことか」


と女性はその瞳を輝かせ意外な反応を示した。


「あなた方がどうお呼びかは、存じませんが……」


「アレンとやら、その地図でそなたの生まれた国を指してみよ」


「抑えられては、出来ません」


とアレンが言い返すと、女性は彼を解き放つよう合図した。


アレンはふらふらと立ち上がると、地図の前まで行き、日本の場所を指差した。


すると黒い甲冑姿の女性は兜を取り、

長い金色の髪を風になびかせて言った。


「そなた、アレンとか言ったか、

我らと共に来い……」


アレンは耳を疑った。

そして、それ以上に目を疑った。


ヒタランとは違い、

その女性の顔には眉毛と睫毛以外いっさい毛が生えていなかったのだ。

それどころか、瞳はサファイアのように輝く透明なブルーで、肌は研ぎ澄まされた大理石ように白く透き通り、唇は桜の花ビラのように淡いピンク色だったのだ。


アレンは朝の陽光の中に立つ甲冑姿のその女性に、ギリシャで見た戦の女神アテナの姿を重ね合わせた。





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