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序章 古書




アレン・ガーシュウィン。

本当の名は、我修院アレン=威親(たけちか)

彼は1998年神戸に生まれる、父親の仕事の都合で7歳でハワイへ渡った。

その後18歳でアメリカ合衆国のUCLAと呼ばれる大学へ進学した。

卒業後は、山岳写真家として世界中の山岳地帯を巡った……。


これは、「Gershwin's a million 」冒頭の一節を翻訳したものであるが、

これだけ見ると、ちょっとした冒険家の伝記のようである。

しかし、14ページぐらい読み進めるうち物語の性質はガラリと変わる。

「イエティ?」、「ドラゴン?」

どれも想像上の生き物だ。

当初、子供騙しの陳腐なファンタジーかと思った私は、すぐに読むのを辞めてしまった。

私がこの書籍をロンドン郊外の、ある知人から手に入れたのが、1998年の春だったのだ。


この我修院なる人物が生まれたとされるのは、1998年の8月25日なので、私がこの本を手にした4月初旬、まだ彼はこの世に誕生していないことになる。


この本が出版された年月日は不明だが、粗末な装丁、インクをケチったような活版印刷、ところどころ文字が薄くなっている。全体的に日焼けやシミなど経年によるものと思われる劣化も見られるし、鑑定にこそ出していないが、ザラザラとした紙質の悪さからも古い年代の本であることはほぼ間違いなかった。

それに著者とされるジェラルド・ピサと言う名前には多少覚えがあった。

「シャーロック・ホームズ」で著名な作家アーサー・コナン・ドイルが晩年、超常現象の研究者として世間から奇異な目を向けられていた頃、ドイルの擁護に回っていたフリーのルポライターのひとりである。


この書籍は、アレン・ガーシュウィンの死後、その体験談を後世に残さんと努めた遺族たちによって、ピサ氏に著作出版一切を委託されたものである。

(あと書きより)


しかし、ピサ氏の名もコナン・ドイル死後はパタリと見られなくなったところを見ると、この書籍もその頃書かれたもので超常現象ブームの収束とともに正規出版までは漕ぎ着けないまま、私家版止まりでお蔵入りになってしまったに違いない。


ロンドンの例の知人は、日本人である私に「検証すべきだ」と冗談半分に迫ったが、当時、別の取材に追われていた私は冗談を冗談として笑い飛ばすしかなかった。


確かに、2018年の1月、ヒマラヤ・エヴェレスト登山隊に参加した冒頭のくだりは細かい描写もあり、現代の登山方法のそれに準ずる。

エヴェレストへの入山料は約11000米国ドルであること、ネパールから入り標高2800mにあるルクラ空港までセスナで行き、標高5300m地点にあるベースキャンプまでは約一週間かけて歩いた。

などと実にリアルである。

登っただけならば、19世紀や20世紀初頭でも可能な話だが、

ネパール政府に支払う入山料は、確かに2015年から11000ドルである。


長いあいだ書斎の書棚の片隅に眠っていたこの書籍を、私が今さら何故、引っ張りだして来たかと言うと、平成30年1月某日の朝刊の三面に、とある記事を発見したためである。


「日系アメリカ人写真家、エベレスト登頂中に行方不明」


当該記事に写真家アレン=タケチカ・ガーシュウィンの名を見つけた私は、その瞬間に背筋が凍りついた。


早速インターネットの記事で詳細を確認して更に驚愕した。


「撮影に夢中になっているうちに本隊とはぐれ、ヒドゥンクレバス内部へ滑落したものと見られる」とあり、

「Gershwin's a million 」にある記載とまったく符合したのだ。


10年間もあったのだ。

実在したならば、とりあえず彼に会って、事の真相を明らかにすべきだった。

もっと早くアレン=威親の所在ぐらいは検証しておくべきだった。

私は、自分の愚かさを呪った。


であるならば、

ふと、ある恐ろしい想像が私の脳裏をよぎった。

昨年の暮れに交通事故で亡くなったという、ロンドンのあの知人は、本当にただの交通事故で亡くなったのであろうか、

事故の詳細について不可解ない点がいくつかある。

普段あまり自ら車を運転しない彼が、

ある日突然思い立ったように、車で湖水地方へ出かけて行って人里離れた山中で車ごと崖から転落した状態で発見された。

友人たちは誰も口にこそ出さなかったが、大方の予想は自殺。

だがいつも陽気に生きていた彼が、独りひっそりと自殺など───。


この古い書籍に書かれた物語がもし事実で、もしあの知人がその事を、私以外の別の誰かに話していたのだとしたら───。


「神獣」、「魔術」、「悪魔」

本気でそんなもので“世界を支配できる”なんて、まったく馬鹿げた話だが、

この世界にも馬鹿な連中は大勢いる。

テロリストにミリタリスト、狂信的な宗教家などなど、

これがもし事実と分かれば、それはそれは、みんな血眼になって、妙な組織やら政府やらがこの本を探しまわるに違いない。


考えても仕方がない事だが、恐ろしい想像が片時も脳裏を離れない。


であるからして、私は、

まるで陳腐で子供騙しの空想科学的なこの物語を、

書き記しておくべきと思い立ったのだ。

広く世間に流布されれば、それは取るに足らない話だと嘲りの対象になったとしても、多くの人に認知され、

いずれ忘れさられてゆくにしても、

私のような取るに足らない存在にも国際世論の目が注がれるにちがいない。


妙な連中も容易に私へは手がだせまい。


それにしても今頃、

我修院アレン=威親なる人物は、何処にいると言うのだろうか……。






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