第三章~喪失と崩壊…そして1年後~/母の崩壊
綾と柚月が父親を抱きしめながら泣き喚いている後ろで母親は呆然としていた。
父親との出会い、そして結婚、妊娠と出産、子育て…そして現在。全ての記憶が蘇ってきていた。
父親と母親の出会いは学生の頃、当時はそれぞれ気にも留めていなかったらしい。その後、大学を卒業してからしばらくしてお互いに仕事を通して再会し、恋に落ちていった。
お互いに仲良くはなかった為、付き合い始めてからお互い、中学校から大学まで同じ学校だったことをしって更に愛が深まっていった。
お互いに気にしていなかったが、それだけ長い時間、近くで時間を共有してきたからこそ、突然の父親の死を母親は受け入れられなかった。
涙を流すことなく言葉を一言も発することなく母親はそのまま倒れた…。
………父親がなくなってから数日経過した。
家族全員、まだ喪失感に包み込まれており会話もほとんどなかった。
母親は普段、肝っ玉かあちゃんといわんばかりの気持ちも大きく、気丈であったが、父親のことは子供の綾と柚月が分かるほど愛していた。だからこそ、父の死を今もまだ受け入れられていない。
それによって肝っ玉が据わった母親も、気丈な母ももういなかった。
綾と柚月は多少の会話をしていたが、母親は父の死以降、一言も言葉を発していない。
健もまだ見つからず、これから綾はどうすればいいのか、つい最近まで考えていた夢も希望も全て失われた。
さらに母の精神の崩壊…自分がしっかりしないといけないと思いつつ、不安と悲しみでどんどん闇に包まれていった。
しかし、時間だけは誰を待つでもなく同じように進んでいく。
家族の暗い空気に耐え切れず、また健の捜索も含めて時々外には出ていたが、何も進展することなく、学校も再会してまた前と同じような日常が始まった。
「あや…お父さん、残念だったね…私はずっと友達だから」
「ありがとう」
「絶対に悩みとかあったら言うんだよ!」
「ありがとう」
そっけない返事をしたくない…でもどうしても心がついていかない。親友である智里に申し訳ないと思いつつ必死に自分を保っていた。
学校が再会して地震の前と違ったことは地震によって亡くなったクラスメイトがいて人数が少なくなってしまったこと。そして授業中に私を茶化してくる人がいなくなっただった…
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2011年(平成23年)3月11日(金)14時46分18秒…宮城県を中心として東日本の広範囲を襲った東日本大震災。
マグニチュード9.0、最大震度7の日本観測史上最大の地震だった。
これにより波高10M以上、最大遡上高40.1Mの巨大な津波も発生し街を飲み込んだ。
2016年時点では震災による死者は15894人、重軽傷者は6152人、届出ありの行方不明者は2563人となっている。
死者の9割は水死によるものであり、これまで大きな津波が過去に例がなかったことで、津波による災害に弱いことが露呈された。
また死亡者だけではなく、避難者も震災発生直後は40万人、この避難者は2015年12月時点でも約20万人居たとされている。
人だけではなく、津波に襲われた東京電力福島
第一原子力発電所は全ての電源を喪失し、それにより原子炉を冷却できないことから炉心溶解…いわゆるメルトダウンが発生し、大量の放射線物質の漏洩を伴った原子力事故に発展した。
7年経過した2018年現在も完全な復興は出来ていない。
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