第二章~祈り~/長い帰り道
ようやく帰れる…この状況で楽しくおしゃべりしている人なんて誰一人いなかった。ただただ、不安だけが募っている…そう考えると大人というのは凄いと思う。
きっと先生達も不安があると思う。それでも生徒の不安を煽らないように気丈に振舞っているところは先生に対する見方が大きく変わった。
そんなこんなで水が引いた学校の運動場でまず一度人数の確認で止まった。
人数に変わりはないことが確認できたらここからはそれぞれの家に帰るように指示された。本当に長かった…家に帰れると思うと少し気持ちも落ち着いて、また日常が始まるなんて安易な考えをもっていた。
しかし、家までの帰り道で凄く驚愕した。
まだ、津波の波が引いたばかりなので溺死された遺体を何体も見た。
周りには同じ学校の生徒もちらほら見えるが嗚咽をしながら返っている子、途中で嘔吐をしながら帰っている子、号泣しながら帰っている子など様々だった。綾も遺体を見る度に嗚咽をしながら帰った。
戦時中なのかと思わせる惨状…こんなに遺体の数を見たのは始めてだろう。帰る前に先生が
「周りをみないでまっすぐ前だけを見て帰る様に」
といった意味が今ようやく理解できる。ただ、綾にはどうしても遺体を全て見なければいけないという理由があった…それは健のこと。健の遺体じゃないかを一つ一つ確認しながら、手を合わせて確認して家路についた。家に着くまでには確実に健の遺体はなく安心した。
そろそろ家に着きそうになった頃…わかってはいたが家はもう津波の影響で瓦礫の山になっていた。
恐らく家があった場所に近づくことすら出来ない。お父さんやお母さん、そして妹の牧は無事なのかと不安に思いつつ、家から一番近い避難所へ行くことに決めた。綾の家の周辺は津波被害が酷く、多くの救助隊や自衛隊の人が行方不明者の捜索や遺体を運んだりしていた。一人、手が少し空いていた人を見つけて綾は聞いた。
「すみません。一番近い避難所はどこですか?」
「あー一番近いのはここから向こうにまっすぐいったところにあるよ。足場とか危険なものも落ちてるから気をつけてね。」
優しい口調でしっかりと教えてくれた。そして異様な光景は避難所まで続いており、救助されたり運ばれたりしている人の中に綾の知り合いがいないことを願いながら足早に避難所へ向かった。
避難所までの道のりは凄く遠く感じた。両親と妹は無事でいるだろうか…そんな不安が綾を覆いつくす。ようやく避難所に到着し、とにかく家族を探し回った。恥ずかしげもなく両親と妹の名前を呼びながら大勢の避難者の中を歩き回った…その時だった。
「お姉ちゃん!」
と後ろから聞き覚えのある声が近づいてくるのがわかった。ふと振り返ると、泣きながら走ってくる妹の柚月が視界に入り、私に抱きついてきた。その後ろには綾の母親もいて安堵感からか涙が溢れてきた。
「柚月…お母さん…」
言葉になっているかわからない程の声を出ししばらく3人で声を出して泣いた。数日しか離れていなかったのにもかかわらず数年ぶりに会ったかのような長い時間だった。とにかく生きていてよかった…。l
母は
「良かった…本当によかった…」
といいながら痛いくらいの力強さで私を抱きしめる。妹も無言で私を抱きしめたが、一つ疑問があった…父が居ない。どこかで待っているのだろうか…などということを考えながらみんなが落ち着くのを待った。