第二章~祈り~/健
どのくらいの時間が経過しただろう…実際に経過したのは数時間だったが、綾にとっては人生で一番長い時間だったかもしれない。未だに震えが止まらず頭の中には津波に飲まれる家屋や人がはっきりと映像として残っている。
そして何よりクラスの人数を数えている担任の「健の姿がない」という言葉がずっと繰り返し響いている。
その時、ふと思い出した…私が津波に飲み込まれそうになる前に背中を押してくれた人の声…あれは健だ。そう、綾は健の命をかけた判断がなければ津波に飲み込まれていた。
頭が真っ白になって何も考えられなかったが、次第にその時の状況を思い出して涙が止まらなくなった。そして今頃後悔しても遅いのだが、いてもたってもいられず外に飛び出した。
絶句。
外に出た瞬間、衝撃の光景が目に映った…そこには瓦礫と水とが交差し、ところどころに火災が起きていた。
見渡す限りそんな景色…今まで映画やドラマでしか見たことがないようなことが現実に起こっているとようやく綾の中で理解でき、さらに恐怖が襲ってきた。そこへクラスメイトが寄って来た。
「綾…健、まだ見つかってないって…」
顔がぐしゃぐしゃになるくらい泣きはらしながら話しかけてきた。
こういうクラスメイトが何人もいて、初めて健がクラスの人気者だったということを知った。
「健は私を助けてくれたの…」
「えっ…?」
「私が…ヒック…私が津波の怖さで足が動かなかったから…ヒック…健が私の背中を押して…ヒック…私は逃げ切れたけど健は多分津波に…健ー健ー!」
「綾…きっと生きてるよ!健は生きてるから…」
ここで気づいた。綾は健が好きだった。周りの目を気にすることなく声を上げて泣いた。健の生存は今すぐにはわからない、そして津波によって街は飲み込まれている状態なので動けない…ただ、何かをせずにはいられずに綾は津波の方に走り出そうとした。しかし、その瞬間、綾たちを見ていた担任に腕を掴まれて止められた。
「どこに行くんだっ!」
「健を助けにいきますー健ー!」
「落ち着け!」
「健ー…」
担任の一喝で綾は少し我に返った。今は夜の8時…あたりは暗く、また夜があけたら教師全員で捜索することを告げられた。
健を探しに行きたい衝動は未だに心にあるが、確かに担任の言う通り、真っ暗な中で津波に飲み込まれた街に行くなんて自殺行為だと考え日が昇るのを待つことにした。
避難所に戻るとクラスメイトがいた。当然だが誰一人として笑顔になっている者はいない。
無言でうつむいている者、ずっと泣いている者、繋がらない携帯で必死に電話をかけるもの…みんなそれぞれ今何をすればいいかわかっていなかった。
綾もクラスメイトが集まっているところに座り何も考えずに俯いた。
暗い中、音だけが聞こえる。家族の安否もわからず、いつまでこんな状況が続くかわからない不安に押しつぶされそうな生徒のすすり声が避難所をこだまするように響いていた。
もちろん綾も家族、そして健の安否が気になり声を押し殺して泣いた。ただ無事でいることだけを祈ることしか出来ない…眠くなることなく一睡もせずに時間の経過を待っていたら、ようやく日の光が顔を覗かせた。