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第六章~また君に初めての恋をした。~/激昂

今日の浩太は気が立っていた。

広告代理店の営業部に勤めており、営業成績もトップとまではいかないが、そこそこ上位にいるくらい底抜けに明るく非常に優しいのだが、今日は虫の居所が悪い。


今日というより、ここ最近はずっと心に引っかかっていることがある。

当然ながら綾のことだ。


綾の地元からの知り合いである浩太は、高校生の頃から綾に想いを寄せていた。

ただ、健の存在があったことで何年も想いを伝えられないまま、あの東日本大震災が起こってしまった。


健が津波に流されたかもしれないという話を聞いてから、すぐに浩太は綾のところにいき、毎日のように励ました。健と仲が良かった訳でも、ましてや綾と仲が良かった訳でもないが、震災後はみんなが恐怖心を同じように味わったことから全員が仲良く助け合って過ごすようになった。そしてその一組が綾と浩太だ。


綾は健以外のことを考えることはなかったのだが、1年以上かけて浩太に励まされたことで、告白されたときは、今まで励まされたことの申し訳なさと、その優しさに救われたこと、そしてもう健がいないと諦めていたことでOKの返事をした。


これが綾と浩太が付き合うまでのいきさつだ。


もちろん綾が水商売で働くと言い出したときは少し反論したものの、実家への仕送りが必要だという理由も知っていたことからしぶしぶ了承した。それでも浩太は幸せだった…あの綾の一言を聞くまでは。


今からちょうど1週間くらい前、綾と会った際に綾から衝撃的な発言を聞いた。


「ねぇ浩太!実はすごい健に似てる人が居たの!先輩の理恵さんの彼氏さんなんだけど…でも本当に健そっくり!」

「そうなの?世の中には似てる人が3人居るって聞くもんね。」


その時は平静を装っていたが、正直なところ、恐怖で仕方がなかった。その健に似た奴に取られるのではないか…この幸せが終わるのではないかということばかり考えていた。それだけ浩太は綾にぞっこんになっていた。


その日から綾の行動が逐一気になるようになっていた。

しばらく綾も忙しくしておりアフターなどで帰りが遅い日が続いていた。連絡がくるのが遅いことに浩太は疑念を抱き、そしてついに綾の仕事が終わってからどこに行っているのかついていくことにした。


ただ、タイミングが悪く…その日は綾が2回目にミラーというホストクラブに行った日だった。

当然ながら浩太にはホストクラブに行ったということは内緒にしており、綾が働いているお店に健に似ている彼氏を理恵が連れてきたということにしていた。


浩太は衝撃を受けた。

ここ最近、帰りの連絡が遅かったのはホストクラブに行っていたからなのか…そう思ってしまうのは仕方がないことだった。呆然として浩太は家路につく。

店に入るところの写真も撮った。綾はこれで言い逃れが出来ないだろう…怒り悲しみ喪失感がどうしても拭えない時に綾から連絡がきた。『帰ったよー』という文字をみてあらゆる感情が全て怒りに変わった。そして浩太は『話があるから今から家に来い』と一言連絡した。


一方でこの連絡を確認した綾はある程度のことを察した。

どこからの情報かはわからないが、恐らくホストに行ったことがバレたのだろう。ただ、そこは言い訳も考えていた。それがお客さんとアフターで行ったという言い訳。なので特に心配もせずに『何か怒ってる?わかったー』と怒っている理由も理解しつつ返信して、浩太の家へ向かった。


浩太の家に着くと、いつもと雰囲気が違う。暗い部屋で浩太が一人で無表情で入ってきた綾を見た。すかさず電気をつけていつもの浩太の家の綾が座る定位置に座った。座ってしばらくしても浩太は口を開こうとしなかった。

どのくらいの時間が経っただろうか…思わず綾が口を開く。


「どうしたの?いきなり夜中に呼び出して。」

「…行ってたんだな。」

「えっ?」

「ホスト行ってたんだなって言ってんだよ!」

「あーもしかしてそれで怒ってたの?今日のアフターで行ったよ!」

「は?一人で行ってたじゃねーか。」

「えっ?」


綾は言葉に詰まった。そして再度、無言の時間が出来ると浩太がそっと1枚の携帯の画像を綾に見せながら口を開いた。


「悪いと思ったけど最近帰りが遅いような気がしたからつけたんだよ。そしたら普通に一人でホストクラブに入って行ったよ。しかもあの店って健に似た奴がいるってところだよな?」

「う…ん…。」


言葉の節々に怒りを感じ、もう綾も隠し通せないと思い認めてしまった。その瞬間!健が急に私の頬を平手打ちした。初めて男の人に殴られた綾は驚いて声が出ない。言い訳しないとと思いつつもいつもと違う浩太に対する恐怖で声が出なくなってしまった。そして続けざまに髪をつかまれ顔を近づけてきた。


「お前、彼女がホストいって良い気分になるやついるか?あ?」

「…」

「おいなんか言えよ。」

「……」

「もう行きませんって言えや!」

「………」


相変わらず声が出ない。すると、次は肩に拳で殴りかかってきた。顔じゃなくてよかったと少し安心したが、それでも男の力となると当然痛い。それでスイッチが入ったのかお腹、また肩、平手打ちなど暴力が加速していった。

このままでは殺されると思った綾はすぐにトイレに駆け込んだ。携帯を持って…


すぐに星矢に連絡する。


『助けて…』


の一言と住所を送った。もう誰かに助けを求めるしかない。トイレのドアを浩太が叩く。


「おい!出てこい!」


耳を塞いでただ時間が過ぎるのを待とうとしたが、ドアの鍵が強引に外側から開けられ髪の毛をつかまれて引きずり出された。これも恐らく、相手がただのホストだったらここまで酷くはなかっただろう。浩太も健というワードが逆鱗に触れ、DVを引き起こす結果となってしまった。


声も出ない…何も喋らなければ殴られる。

どのくらい時間が経っただろうか…そう思っていると玄関のドアが開く音がした。不幸中の幸いか、玄関の鍵は開けたままになっており、渉と星矢が入ってきた。


実は星矢は連絡を受けてすぐ、恐らく暴力的なトラブルだと感付き、腕力に自身もない上に複数人である可能性も考え、渉に伝え二人で浩太のマンションまで向かった。着いた瞬間、綾は暴力を受けた後がわかる状態がわかった。そして星矢が叫ぶ。


「てめぇ何やってんだよコラァ!」


しかし、浩太は驚いた顔をしていた。そう…それは渉があまりにも健に似ているからだ。しかし、今はそれどころじゃないと我に返り、渉に殴りかかろうとした。それを交わして渉はカウンターで顔面に一発入れて浩太は膝から崩れ落ちた。その間に星矢が綾を外に連れて渉がそれについてきた。


身体的にも精神的にも辛い…ただ、星矢と渉が来てくれたことに感謝しかなかった。もしかしたら殺されていたかもしれない状況だったからこそ、本当によかったと感じた。そして、それと同時に綾を助けてくれた渉をみて、あの忌まわしき震災のことも思い出した。あの時、綾を津波から助けてくれたのも健、そして今日も助けてくれた…人生で二度も命を救われたことになった。そう思っているとどんどん綾は渉のことを知りたいと思うようになってしまった。

その日は2人に家まで送ってもらい、感謝を伝えてその日は別れた。色々と失うものも多かったが得るものもあったと前向きに考え、その日は身体の痛みを我慢して眠りについた。


浩太は翌日、綾に謝りつつも自分のしたことの重大さに気づき、もう会わないということを綾に伝え、それを綾も了承して2人の関係は終わることになった。優しい浩太のことは好きだったし、色々と綾の為に尽くしてくれたことに綾は感謝しつつ、これから先、浩太には幸せになってもらいたいと願った。

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