第六章~また君に初めての恋をした。~/綾と健
星矢と会った次の日からまた、いつもと同じような日常が始まった。
「ナナさんお願いします。」
「はーい。」
いつものように呼ばれ、綾もいつものように席につく。
ただ、少し変わったのは健に対する気持ちがあるということ、そして健の気持ちを聞きたいという綾の中での願望があるということだけだった。
理恵は相変わらず度々お店には行っているみたいで、時折連絡が来る。健と会っていると思うと少し複雑な気持ちになるが、とにかくそれよりも今は健とただただ話したいという気持ちが強かった。
そして綾は決心する。
健に会いに行こうと。
綾の店から健の店までは約100メートル程の距離で割と近い。人ごみをかきわけて綾は仕事終わりに健の店へ向かった。
お店に行く最中に星矢を指名しないといけないのかと色々と考えたが、とりあえず2回目なので、フリーで入ることにしようと考えていたら【ミラー】についた。
綾は自分が少し緊張しているのがわかる。
また、理恵にも悪いという気持ちになったが、なによりも渉というホストが健本人なのかどうかを確かめたかった。
綾は扉を開けた。
「いらっしゃいませ!今日は初回ですか?ご指名ですか?」
「あっフリーでお願いします…」
「かしこまりましたぁ!」
とフリーで入ることを内勤に伝え、席へと通される。
「おーきゃくさまご来店です。」
「いらっしゃいませ!」
とこの前と同じようにキャスト全員が声を上げる。そして席へ通される途中で星矢と渉を見つけたが、接客していてこちらに気づいていないみたいだ。一応、席についてから星矢にはお店に来ていることを伝える連絡を入れた。指名で入っていないことで少し気まずいところもあるが、ホストは永久指名制なので、そこは慎重に決めるべきだと自分で自分を納得させた。
そして席に通されると飲み物とどのキャストを呼びたいかを聞かれた。
「じゃあ…カロリのアロエと、星矢さんと渉さんお願いします。」
「わかりました。ただ、渉はちょっとつけられるかわからないです。」
「わかりました。出来ればでお願いします。」
さすが、お店の人気No.1。さすがにフリーの客に着けるのは時間の融通が利かないのかもしれない。でも、少し理恵のこともあるので挨拶くらいには来てくれるんじゃないかと少し期待に胸を躍らせていた。
お酒も机に並べられ、恐らくまだ新人であろうキャストの子が綾の目の前に座る。
「初めましてぇ!優人でぇす!一杯ご一緒していいですかぁ?」
「初めまして。どうぞ。」
最初の喋り方だけでチャラいというのがすぐに分かる。綾はこういうタイプの男の子が割と苦手だ…ただ、向こうも仕事だからと綾の中で切り替えて当たり障りない話をした。
渉が来るかもしれないということで気持ちも高まっていた綾はいつもは苦痛に思える新人のチャラ男くんのおもしろくない話でも笑顔で聞けるくらいだった。
早く色々と聞きたい…そんなことを考えていると
「遅くなってごめん!」
と星矢が優人の隣に座った。少し複雑な表情が見え隠れしながらも笑顔で星矢は続けてこういった。
「いや指名じゃないんかーいっ!(笑)」
こういうところが星矢はすごくいい。おそらく、多くの人をこの屈託の無い笑顔で元気にしてきたのだろうということがわかる。綾も少し指名をしなかったということに背徳感を感じていたので、この一言で救われた。
「ごめん!2回目だしいいかなって思って!(笑)」
「まぁ全然いいよ!次に期待するから!とにかく飲むぞーっ!ほら優人も飲めっ!」
綾に一言断って淡麗を頼み、優人のグラスに注ぎ、自分のグラスに注いだ後に綾と乾杯して3人で一気にグラスいっぱいに注がれたアルコールを飲み干した。
優人は先輩がいるからなのか、さっきまでのチャラさをどこに捨てたかわからないくらいおとなしくなっていた。
話も盛り上がったり普通の話をしたり、ときにはグイグイと一気に飲んだりとそれなりに楽しい空間だった。そしてしばらくして優人が席を抜かれ、少しだけですがという断りを受けてから渉が席についた。
「おっ綾ちゃんいらっしゃい。」
クールなトーンで綾を迎える。そして最初に伝えようと思っていたことをまず伝えた。
「今日は理恵さんに黙ってきたから内緒ね!」
「なるほどね!オーケー!そういうの得意だから任せて!」
「俺も俺も!」
渉が了承し、星矢がそれに同意する。そしてさっきまでとメンバーが変わりまた飲もう飲もうと飲まされるが、健にどうしても色々と聞きたかった綾はトイレに行くと席を立ち、そして内勤にそっと渉くんだけにちょっとだけできないかと伝えた。内勤は了承してくれて、トイレに向かった。
戻ってくると渉がおしぼりを渡してくれて、ドキっとした。
そしてここから綾の質問攻撃が始まる。
「なんか星矢さん呼ばれたみたいだから少し俺だけになったよ。(笑)」
「大丈夫だよ!それより聞きたいことあるんだけど聞いていい?」
「いいよ!」
ここから綾は渉のことを恥ずかしさを捨て根掘り葉掘り聞いた。
出身、卒業した高校、年齢、血液型、好きな食べ物、好きなスポーツなどなど…。
渉はたじたじになりながらも丁寧に答えた。
「なんかすごい質問攻めだね!なんかあるの?(笑)」
「ううんなんでもないよ!ありがとう!なんか色々聞いてごめんね!」
「あっ俺の情報をホスラブとかに晒さないでね!書き込んだらすぐ綾ちゃんって分かるから!(笑)」
ホスラブというのは水商売関連の巨大掲示板だ。有名なホストはお店のスレッドや個人のスレッドで名前が良く出てきて、枕などをしてそこに晒されて炎上してしまうこともある。そこを懸念して渉はさらったと注意喚起をした。
「そこは大丈夫!晒されたらすぐ私って思ってくれていいよ!」
こんな会話をしていたら渉は他のお客さんのとこに戻るように言われ、星矢が戻ってきた。そしてそこから他愛も無い会話をして閉店時間になり、理恵のこともある手前、星矢を送り指名にして綾は家に帰った。
このとき、渉と綾2人の気持ちは大きなズレが生じていた。
渉は正直、記憶喪失だという過去を隠していたことで綾の質問攻めを受けてかなり綾の印象が悪くなっており、さらに根堀り葉堀り聞かれたことによって少し気持ち悪いなと思っていた。
一方で綾は渉に質問をしたことで、より健であるという確信が出来、想いは余計に強くなる一方だった。
しかし、このことが後のトラブルを引き起こすことになる…そう、綾には浩太という彼氏がいるからだ。




