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第四章~漂流と記憶~/たった一年の高校生活

老夫婦と住むと決めてからの行動は早かった。

養子縁組の手続きと名前の提出…もちろん記憶喪失ということで色々と問題はあったがなんとか「渉」という名前で新たに人生をスタートすることが出来た。

学校へもすぐにおばあさんが事情を説明しにいき、健がどのくらいの年齢なのかわからないことでテストを受けてもらい、頭もそこそこよかった「渉」は高校2年生までの問題も解けるということで高校3年生からの編入という形になった。


渉は不安だった。

記憶喪失で両親もいない…そして途中で編入してくるなんていじめの格好の的だと思ったからだ。もちろんその覚悟もしながらついに初めての登校を果たした。


「吉岡 渉です。」

どこから来たのかも自分ではわからない、自分の特技も何かわからないのでそれ以上の言葉が出てこなかった。そして、事情を知っている担任がそれを察してすぐに空いている席に誘導した。


教科書も何もなかったのだが、すぐに隣に座っていた春斗が話しかけてきた。

「教科書ないだろ?これ一緒に見ていいよ!」

いじめられると確信していただけにすごく好印象で驚いた。そして、初めて話しかけてきた相手が春斗だったということも非常にラッキーだった。


学校には必ず人気者が存在しており、明るく誰とでも仲のいい春斗はクラスの中心的存在だった。イケメンで文武両道、ヤンキーでもガリ勉でも分け隔てなく付き合いがあり、渉のことも色んな人に紹介してくれた。


さらに、渉も春斗に劣らず勉強も出来、そこそこのイケメンで体育でサッカーをした時にも身体が覚えているのか、かなりのレベルでサッカー部にすぐに勧誘されたくらいだった為みんなの人気者になっていった。

そして渉と春斗はいつしか親友になった。


最初の不安がなくなるくらい、高校生活は充実し、渉も心から笑顔で過ごせるようになっていった。女子にも人気で何人かに告白されて付き合ったこともあるくらい普通の高校生男子としての生活をしていた。


過去のことを必死に思い出そうと最初はしていたが、今ではとにかくこの時間や空間を楽しもうと少しずつ思いでを増やして息、あっという間に渉にとってのあっという間の高校生活を終えようとしていた。


ただ、高校3年生ともなると、どうしても進学という2文字が浮かんでくる。当然、渉も卒業後の進路についてはおじいさんやおばあさんと話をしていた。


「高校を卒業したらどうするんですか?」

ある日の夕食を終えて、おばあさんが聞いてきた。しかし、渉の答えは決まっていた。


「少し旅をしたいと思います。」

「どこに?」

「場所は決まっていませんが、やっぱり自分がどういった人間なのかということを探しに…記憶のヒントを探したいって思っています。」

「そうですか…」


おじいさんは無言で聞き入り、おばあさんはそれ以上のことは何も言わなかった。普通の高校生であれば大学進学や就職をするところだが、自分が何者かということをまず知りたいという思いがどこかにあり、まずはそれを探したいと渉は決めていた。また、家に居てもいいのだが、これ以上、老夫婦に迷惑はかけられないという思いもあったからこういった結論に達した。

続けて渉が口を開く


「もちろん定期的に仕送りはします。」

そういって会話は途切れた。




クラスのみんな、進学や就職が決まった人、まだ決まっていない人、地元に残る人、地元を出る人などが分かれてきてその話題が毎日のように出てくる。もちろん渉も春斗に聞かれた。


「渉は卒業したらどうするんだ?」

「俺は適当に旅に出るよ。」

「旅?なんだそれ!(笑)」

「いや、俺って記憶がないからその記憶を探しにいくんだ。」

「なんかドラマみたいだな!(笑)」

「春斗は?」

「俺は東京に行くよ!東京でビッグになるんだ!」

「まじか!頑張れ!東京いったら連絡するよ!」

「おう。」


こんな会話を誰かしらと毎日のようにしながら卒業が近づいてきた。1年というのはあっというまに過ぎていったが本当に充実した1年だった。渉も春斗も卒業式では恥ずかしげもなく泣いていた。


卒業式もおわり、少しだけ友達と遊んだりという期間をすごして、いよいよ家を出る日がきた。その前日におじいさんに呼ばれた。


「渉、明日には出るんだな」

「はい」

「一つだけ伝えたいことがある」

「どうしたんですか改まって…」

「どこに行っても困ったら連絡してきてもいいし、帰ってきてもいい。とにかく今はここが渉の帰る場所と思っておきなさい。私とおばあさんのことは渉の本当のお父さん、お母さん…いやお爺ちゃん、お婆ちゃんと思っていていいから。部屋もそのままにしておくからとにかく身体には気をつけろ。」


言葉が出なかった。

涙が出るのをぐっとこらえた。


本当にこの一年間、記憶をなくした自分を大事に大事に育ててくれた。良い所は褒め、悪い所は叱るという理想の人たちだった。

最後まで感謝してもしきれないくらいの愛情をもらった。

おじいさんのその言葉からお互いに無言が続き、少し時間が経ってから


「ありがとうございます」


としか伝えることが出来なかった。それ以上の言葉を発したら泣いてしまうと思ったからだ。

しかし、頭を下げた健の身体は小刻みに震えていたことをおじいさんは気づいたが何も言わずにその場を後にした。


翌日…

おじいさんとおばあさんに見送られながら電車に乗った。行き先は特に決めていない。

気ままに降りて色々なところを見て気に入ったところに住もうと安易な考えだった。

電車にのり、短い時間だったが健にとっては故郷といえる地が遠くなるのを見届け、眠りについた。


数時間後に目が覚めた。

ここはどこかとわからないまま焦って電車を降りる。

そこは東京都新宿駅。


割と遠かったなと思いつつ電車賃を払った…手持ちは残り1万円。

適当に宿を探しながらと思っていたのだがいきなり東京まできてしまって正直、焦っていた。


どうしよう…

新宿駅の東口を出てアルタ前の広場で立ちすくんでいたら急に声をかけられた。


「お兄さん何してるんすか?」


軽い口調で話しかけてきたのは綺麗な金髪をした男…アキラだ。


「いや、今田舎から出てきて…泊まるところを探そうかなと。」


田舎者の健は言葉を返す。


「住むところないんすね!住み込みの仕事紹介できますよ!」


軽い口調が少し癇に障るが悪い人ではなさそうだ。


「いえ、今日は自分で探してみます。」

「じゃあ、困ったらいつでも連絡してください!」


そういって電話番号を交換した。

そして渉は歌舞伎町へと足を踏み入れた。

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