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第四章~漂流と記憶~/喪失

…翌日の朝、味噌汁の良いにおいが漂う中、健は目を覚ました。


「おはようございます。ご迷惑をおかけしてしまってすみません。」


深い眠りから覚めた健は身体の痛みもかなり癒えており、普通に動けるようになっていた。動けるようになると、急に自分が空腹なことに気づき、お腹が鳴った。さすがに2日間近く何も食べていないのでそうなるのも当然だろう。


「おお、起きたか。お腹も空いただろう?ちょうどご飯も出来たところだから食べなさい。」

「身体は痛くありませんか?すぐに用意しますね。」


当たり前のように健のことを気遣い、食事の用意をし始める。

日本人というのは本当に親切な人種だなと感じ、健はありがたく頂くことにした。


何日ぶりの食事だろうか…健は最後にいつ何を食べたのかを考える間もなく味噌汁と白いご飯に箸を持っていった。

口の中が少し切れているのか味噌汁の塩気が染みる。


ただ、加減もよく温かみもあって少し寒さを感じていた身体にしっかりと浸透していったことがわかった。

一口一口をかみ締めながら時間をかけて食事を終えた。


健の食事の様子を老夫婦は何も言わずに干渉せず、食事が終わってからおじいさんがゆっくりと口を開く。

「もう話は出来るかい?まず君も疑問だと思うが、どうしてここに居るのか…そこから説明しようか。」


そういうと、おじいさんはゆっくりとした口調で健がどういう風にこの場所にいるのかを説明し始め、健はところどころ困惑したような顔をしながら、何も言わずに全ての話を聞いた。

なんとなく、どうしてここにいるのかを理解することが出来た健は逆におじいさんに質問した。

「どうして僕は海の上を漂流していたのでしょうか…」

おじいさんは答える。

「恐らく津波に流されたんじゃないだろうか…」


「津波…?」

そのワードに健が首をかしげた。続けて質問する。

「津波ってあの映画とかで見るあの津波ですよね?それが日本で起きたってことですか?」


今度はおじいさんとおばあさんが首をかしげる。

震災による津波は全国的にも報道されている上に、さらに流されてきたことは明白なので津波を知らない訳がない。それなのに津波があったことすら覚えてないように思える…おばあさんはそこでピンと来た。


「あの…質問していいかしら?」

「はい。」

「あなたのお家はどこなのかしら?」


健は普通に答えようとしたのだが、出てこない。それだけならまだしも、自分の名前も全ての記憶が失われていた。言葉や一般常識など以外の記憶がなくなってしまっていたことに気づいた。そして重い口を開く…


「すみません…わかりません。」


そんな言葉が出てくるとは微塵も思っていなかった目の前の老夫婦は状況を理解できないまま顔を見合わせた。そして続けて質問をする。


「自分のお家がわからないんですか?」

「…はい。」


「そうですか…それなら私とおじいさんで探してみますね。お名前は?」

「…わかりません。」


しばらく考えた後に健は答えた。自分の名前すらどうしても思い出すことが出来なかった。

老夫婦もここで記憶が亡くなっていることに気づき、困惑した。


当然、健本人も老夫婦でさえも記憶を失くした人に知り合いはいない…どうすればいいのか、3人で悩んだ末、健の記憶が戻ってから家族を探そうということにした。数日もすれば記憶も戻ってくるだろうという安易な考えでいた。


だが結局、毎日夜には記憶があるかどうかを質問したが数日経っても、数週間が経過しても記憶は戻らなかった。

もちろん、その間に老夫婦は健のことを誰かが知らないかと近所の人や知り合いに聞いて回ったが誰一人としてわからない。名前もわからないまま、1ヶ月という月日が経過してしまった。


健の見た目も恐らく高校生くらい…老夫婦は2人で話し合った末、健を呼んだ。


「色々と考えたんだが、もうここに住みなさい。」


2人の答えはこれだった。健も老夫婦のところに住んでいて居心地よく感じていたのでその提案に二つ返事で「はい。」と答えた。

老夫婦がこの答えに辿りついたのにも理由があり、かつてこの夫婦には子供がいた。しかし、その子供は健の今の年齢くらいの頃に不慮の事故によって他界してしまっており、そのことも相まって健にそういった提案をした。

名前に関しても、これまで健のことを「君」と呼んでいたが、さすがに名前が必要だということもあり、おばあさんの提案で、昔の子供の名前からとり、「わたる」という名前にした。


そして健は「渉」として新たな人生がスタートした。


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