第四章~漂流と記憶~/夢
「逃げろ!走れ!」
その言葉を発した後、自分も逃げようとしたのだが、津波の勢いは思っているよりも強く、すぐに足をとられてしまった。
そしてその男は波に飲み込まれてしまった。
しばらく水の中でもがきはしたが津波の魔の手が健を引き込んでしまい、一向に前に進むことなく意識を失った。
それからどのくらいの時間が経過したのだろうか…男が目をあけると暗い闇に包まれた畳の部屋だった。
ここはどこなのだろう…
そう考えながら体を動かそうとしたが体には激痛が走ってしまい金縛りにあったかと思うくらい体を動かすことが出来なかった。しばらくそんな時間が続くと、部屋の襖がガラっと音を立てた。
入ってきたのは見知らぬ70代くらいだろうか、おばあさんだった…
男と目が合うと目を丸くして驚き、驚愕の表情と大きな声で部屋の奥にいるもう一人の住人のところに行き、姿を消した。
声は遠いが会話は聞こえる…
「おじいさん!あの子が目を覚ましましたよ!」
「おお!本当か!」
そんな会話を聞いた後すぐに2人の足音が近づいてくる。
誰だろうと考えながら体を起そうとするもやはり全く体は起き上がれる気配がない。
そしてすぐに襖が開いた。
「おお、起きたか。体の具合はどうだい?」
「なんとか…」
「まだ疲れてると思うから今日はゆっくり寝なさい。明日またいろいろと君がどうしてここにいるか…話をするよ。」
そんなことを言い残して、またその2人は襖奥の部屋へと姿を消した。目が覚めたときは一瞬戸惑いもしたが、おじいさんの言葉に甘えてゆっくりと体を癒すことにした。
おじいさんもおばあさんも優しい口ぶりで悪い人ではなさそうだという勝手な判断、そして体の痛みでどちらにしても動けないということを察して男は再度、眠りについた。
眠りについてどのくらい経った頃だろうか…男は夢を見ていた。
水の中で身動きがとれず、そしてそこがどこか分からず、周りには何もない。身動きは取れないが何か柔らかいものに包まれている感覚がして、やけにリアルな夢だ。
夢なのか現実なのか本人には分かっておらず、必死にこの場所から抜け出そうともがく。水の重みも加わり全く抜け出せないことに不安を抱えながら夢は途切れた。
ふと目を覚ましたが夢だと思うと安心してまた眠りについた。その時にはもう夢を見ることはなかった。




