馬車
「ウォッホン」
格式張った咳払いが馬車内に響き、3人がほぼ同時にノーウェン辺境伯を見る。
「改めて良く言わせて貰う。良く来てくれた、ニシダ殿」
「いえ、その、お気持ちは、ありがたいのですが自発的に来たわけではありませんから。正直なところ、何故自分がという気持ちが強いです。何の取り柄もない只の学生です」
「きっと神ユービィキリの御意志だろう」
「この世界の宗教ですか?」
「そうだ、我れらがフォーゼル王国は多神教だ。王の名の下に、宗教の自由が保証されている。ハラパンで一番ポピュラーなのはユービィキリ教であろう」
ノーウェン辺境伯が、隣に座る神官キースをニヤリと見る。
「そうですね、わたくしも神ユービィキリに遣える身でございます」
「どのような教えなのですか?」
「人々は皆平等である。天災は誰にでも起こりうる、困難には隣人と立ち向かい、日々を幸せに生き、共に笑い合おう。—— 聖書ユービィキリ手記の114」
ノーウェン辺境伯とイェンナさんが手を握り祈りを捧げていた。
「凄く立派な教義ですね」
素直な感想を口にした。
「人気のある部分を抜粋した甲斐があります。実際は戦を好み、色恋を楽しむ一面をあったようで、他宗教の方からは荒神のような扱いもされてます。ニシダ様にもご加護がありますよ。」
神官キースはニッコリと微笑みを送った。
「ウォッホン」
しばしの沈黙の後、格式張った咳払いが馬車内に響き、3人がほぼ同時にノーウェン辺境伯を見る。
「ところでニシダ殿が元いた世界というのは、どのような世界なのだね?」
辺境伯はジロリとこちらを見る。突然の質問と眼力に思わずたじろぐ。
「うーん、人が多いですね。私の国では1億人程が暮らしてました」
「1億!?」
割とすっ飛んだ声が聞こえた。
「全世界で46億人とも言われてますね」
「「「……」」」
「自然は人が住む地域以外は、豊かだったと思います。魔法やスキルのようなものは、私は見たことがありませんでした。その分、科学が発達してます」
「科学というのは、錬金術師が研究しているような事ですかな?」
「どうでしょうかね。例えば馬車はクルマというのに置き換わってます。鉄の塊に、揮発性の高い燃料を詰めて燃焼させながら走ります」
「この表現で伝わるか自信無いのですが、ゴーレムを大量に製造して、ゴーレム達が大半の事はやってくれてました」
「動かすのは、どのように? 戦時中でも無いのに、そんな大量のゴーレムを動かすなどと」
「揮発性の高い燃料、または電力と呼ばれるものです」
「電力というのは?」
イェンナさんが小首を傾げる。
「雷がイメージしやすいですね。それと冬場、金属のドアノブでバチっとなりますよね。あのような力を我々は科学を発展させる事で自由に扱うことが出来ました」
「おお、それは凄い」
「どのようにすれば扱えるのですか?」
「うーん、人類の知恵の結晶でしたので、ひとつひとつのパーツが物凄く緻密に作られておりました。私のような学生に再現は一生賭けても、僅かに再現できるかという所でしょう。ロウソクの代わりに、電力を使うというとても単純な内容です」
「それは、気が遠くなる話ですな」
「ウォッホン」
キースさんの身の上話が盛り上がっていたところで、格式のある咳払いが投じられる。
「そろそろ着くようじゃ」
馬車が止まり、空は赤みがかったていた。
牧歌的な田舎に、かなり大きい屋敷。家畜と子供の声があたりから聞こえる。
「ハーヴィー子爵! 出迎えありがとう。今日は世話になるな」
インテリな片眼鏡の貴族に、ノーウェン辺境伯はドカドカと迫っていく。
「ノーウェン・ルーズ辺境伯にお越し頂けて、大変光栄です。して、そちらの方が?」
「うむ、神の使いであるニシダ殿だ」
「西田サトシです。今日はお世話になります」
「ノグレス・O・ハーヴィーです。王国より子爵の地位を授かっています。今日に限らず、困ったことがありましたらご助力いたしますよ」
手を差し出され、握手する。僅かに力が入れられた手は『王国の為に共に働こう』という意志が感じられた。ハーヴィー子爵のコンソールが表示される。
「馬車の中でお疲れでしょう、お部屋に案内しますので、どうぞこちらに」
気のせい、じゃ無いよな。ハーヴィー子爵のステータス画面に『地下牢 監禁』が表示されていた。