生贄
眩ゆい光が収まり、目をあける。
知らない壇上の中心に立っている。
全校集会で見たような、人の頭の列が見える。校長にでもなったのだろうか。
数百人、多くても2000人はいないように見える。
いったい俺は何を見てるのだろう、意味が分からない。
よく見ると何か祈っている、黙祷中のようだ。
「……そっとしておこう」
早くこの場を離れたかった。ステンドグラスの光を反射する物理的な光が眩しい。視線ならぬ旋毛の目線が痛い、何人かはレーザービームのようだ。
「見よ!!神の使いが現れたぞ!!!!!」
発声したのが迂闊だった、と後悔した。
黙祷をしていた人々が一斉に押し寄せる。
「おお!ありがたい!」
「これで世界が救われるぞ!」
「儀式は成功したのだわ!」
「神様!ありがとうございます神様!」
だが決して俺に触れようとはしていない。
1人の男がスッと周りの人集りから一歩近づいてくる。
「私はこの街で神官をしている者です」
「はぁ……」
「貴方にこの世界を救って頂きたいのです」
「……」
こいつは何を言っているんだ。近づいてきた時に顔の横にテキストエリアが表示された。一体なんなのだ。
【キース・グリンデル 神官 Lv27】
【魔法】初級治癒 中級治癒 解毒 呪い解除】
【スキル】スマッシュ(殴)
【趣味】懺悔内容を書き留めておく
【ステータス】HP:115 MP:120 SP:50 体力:70
「ところで、キース・グリンデルは貴方の名前でしょうか」
「おお!皆さんお聞きになりましたか!私は儀式の言い伝え通り、名乗らずにいました。しかし神の使いである、こちらのお方は私の名前を言い当てたのです!儀式は成功です!」
大きな歓声が上がった。
「あのぅ……」
歓声にかき消された。
「あの!」
一瞬間を置いて、静まり返る。
「私は見ての通り、ただの学生です。皆さんと同じ普通の人間にすぎません。世界を救うというのは、かなり無理がある話のように思えますが、いかがでしょうか?」
ざわめきが広がる。
最後まで話をさせてくれる人達で良かった。喋り途中から気づいたが、美術部仲間から借りていたラノベ設定の中ではかなりマシな部類だ。夢なら覚めてくれ。
「えぇ、急な話で誠に申し訳なく思っております、さぞ驚かれてますでしょう」
うんうん、話が通じる相手で良かった。
「しかしながら、この世界を救っていただけないなら、共に滅びるしかないのです!」
急にトチ狂ったな。
「一体なんですか」
「詳しい話はあちらの部屋でお話しましょう。皆を解散させますので、少々お待ちください」
黙って頷いた。逃げる好機だが、悪い人達ではなさそうだ。自力で戻るのは現在点で不可能に思える、友好関係でいられるなら、そのほうが良いだろう。
「今日は一度解散しましょう。詳しい内容は明日の正午に告知を出します。イェンナは此方に」
神官が声を張った。皆がこちらにすがるような目線を向ける中、1人の女性が近づいてくる。
思わず目を奪われた。年下だろうか、町娘にしては随分と美人だ。
「イェンナ、分かっているね」
「……はい」
「では神の使い様、あちらの部屋に行きましょう」
「私の名前は西田です。西田サトル」
部屋に移ると、3人になった。さっきまでの騒ぎが嘘のようだ。着席を促され、席に着く。イェンナさんはお茶の準備をしてくれている。交渉というかまずは情報収集が先だ。聞き方は3つ思いついた、立場を利用するか、有能に見せるか、無能のフリをするか、だ。
「サトル様」
神官が尋ねる。
「私の国では、苗字が先、名前が後です。そして特に親しくない場合、苗字で相手の事を呼びます。言葉は通じているので安心していますが、文化はかなり違うようですね」
立場の利用と、有能なフリをした。そして少し皮肉を効かせた。
「申し訳ございません。この辺りではあまりお聞きしないお名前でしたので、姓だと思っておりました」
全く反発もなく、先生くらいの年齢の方に頭を下げられ、戸惑ってしまう。
「いえ、気にしないでください。貴方が私のことを何も分からないように、私は今この世界について何も分からない状態です。詳しく教えて頂きたいのです。まず……ここは何処でしょうか」
「ここはポラニア大陸のフォーゼル王国の辺境にあります、ハラパンという街でございます」
「今の正確な日時は分かりますか?」
「フォーゼル暦475年、 春の22日、日曜日でございます。時刻は15時を過ぎたところです」
「すみません、『春の』は何日までありますか、それと曜日は7日でしょうか」
悪くもないのに、つい謝ってしまった。
「『春の』は大体90日前後でございます。次は「夏の」「秋の」「冬の」と続きまた「春の」に戻ります、春のになりますと1年進みます、季節の切り替わりは王都から通達があります。曜日は7日です、日曜、月曜、火曜と続きます」
「次は水曜? 元いた世界と同じですね」
「そうですか、それは良うございました」
イェンナと呼ばれた女性が近づいてくる。
「紅茶でございます」
「ありがとう」
些細な事でも好感度を上げておきたい。打算はあるが自然と出た言葉だった。
「神官様もどうぞ」
「ありがとうイェンナ、こちらに座りなさい」
「はい」
イェンナが椅子に腰掛け、神官が咳払いをした。
「まず私たちの召喚の儀式に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。」
2人が頭を下げる。許せないという気持ちと、現実的な問題が天秤に掛けられ喚き散らしたいのをグッと堪えた。
「それでその召喚というのは」
「はい、実は王国のみならず世界中で魔物が大量に発生しております」
「魔物というのは、えー、あの魔物ですか?」
「この街の近くですと、小柄な人形の大きさの魔物とゼリー状の異形の魔物、2種類がおります」
「ゴブリンとスライム?」
「……ご存知なのですね」
イェンナが驚いたように尋ねる。
両方とも某RPGに出てくるキャラだ。日本人なら知っているがやはりこれは夢だという気持ちが大きくなる。
「そこで国を上げて解決方法を探っておりました、私どもは伝承を元に召喚の儀式を行いました」
頷く。頷くしかなかった。
「やれ勇者召喚だ、やれ神の使い召喚だ、天使の召喚だ、ダンジョンの封印魔法だ、武具の効率化・高性能化、スキルや魔法と呼ばれる戦い方の研究、義勇兵や王国騎士の増員など多岐に渡っております」
頷く。
「なるほど、それはもう私の出番はなさそうですね」
「そんな状態が既に300年ほど経過しております」
頷けなかった。重い、重すぎる。
「召喚の儀式は各街が順番に行う事になっております。成功失敗に関わらずコストが莫大な為です」
「ここ20年程は王国内で成功したという話は聞いておりません。私もまさか立ち会えるとは思っておりませんでした」
悪気はないのだろうが、宝くじの大当たりのような扱いに困惑する。
「過去に何人かいる、という事ですね」
ポジティブな部分のみを強調した。
「そうです」
「召喚された人が、元の世界に戻ったという話はありますか?」
「いえ、残念ながら聞いた事がありません。……我々は貴方の人生を台無しにした、その自覚があります」
神官が神妙な面持ちで机に目線を落とす。
「そこで、召喚に成功した際にある取り決めを王国内でしております。召喚された者の異性となる街一番の器量良しを差し上げるのです」
「……今なんて」
言いながら紅茶を溢してしまった。
「不肖ながら、わたくしが一生を捧げて勤めさせて頂きます」
イェンナは言うが早いか、頭を下げている。
「え?え、えええええええええ!」
あまりのパニックに神官の声が耳から滑り落ちてくる。どうしよう、責任が重すぎて逃げたい。高校の美術室に帰りたい。美術部部長の寂しげな笑顔が見たい。
それから30分程度だろうかキースさん、イェンナさんの話は続いたが今日はキャパオーバーと判断されたのか、一泊してまた明日の午前中に話し合いをする事になった。
「今日のところはこれでお開きにしましょう。イェンナ、宿泊されるお部屋まで案内なさい」
こちらに向き直り、話を続ける。
「ニシダ様、こちら良ければお目通しください。世界や王国についての書物になります」
【召喚読本】と書かれていた。