池崎
彼女は、なんというか、当たり障りがない。いようがいまいが無害だ。普通の女子高生ってやつだろうか。
でも、普通な彼女は、僕にとって普通じゃない。僕の特別だ。
「池崎君、私の話聞いてるのー?」
「……ああ、うん。聞いてるよ」
僕の周りにはたくさんの友達がいる。そして毎日色んな子が話しかけてくれる。チャラい男子、上目遣いの多い女子、というか僕の特別になりたい女の子たちが呼んでもないのに集まってくる。
彼女はどうだろう。ああ、今日もあの子たちと喋ってる。あの3人は本当に仲が良い。他にも友達はいるんだろうけど、僕の周りみたいに代わる代わる人が集まってくることはなさそうだ。
彼女の友達が軽く手を振って自分の席に帰っていく。手にはノートがあったから、きっとそれの貸し借りでもしていたのだろう。今は彼女だけが取り残され、ため息をつく様子が見えた。
頬杖をついて見ている先は僕じゃない。大抵の女の子は僕のことをじろじろと見てくるものだけど、彼女はそうではなかった。
それに初めて気づいた時、なんとなく彼女の視界に入りたくなった。僕のことを意識しないだろうかと思うようになった。なんで彼女にだけそう思ったのかはわからない。けれど、彼女に対して興味が湧いたことは確かだった。
「ねえ、池崎君てば」
「えっ、ああ、ごめん。ちょっと待ってて」
今日も僕は彼女の視界の中に入り込む。後ろで文句を言ってる女の子たちを置いて、彼女の視線の先に歩いて行く。
今日も、佐藤君だった。
「ねえ、佐藤君」
話しかけてみれば、彼は驚いたように振り向いてから、はにかんでみせた。僕も笑顔を返して「委員会のことなんだけど」と続ける。
「この間、僕の代わりに委員会出てくれたんだって? あの時はありがとう。僕、委員会があることすっかり忘れてて」
「ごめんな」と言えば佐藤君は「大丈夫大丈夫!」と早口に答える。一方、彼女はというと、僕たちの方をしっかり見ていてくれた。
「それで、その委員会の山田先生が君のこと呼んでたよ」
佐藤君は一瞬不思議そうな顔をして、すぐに「わかった」と返事をした。もう少し彼と話していたいけど、話すこともないのでここで別れる。目が合うかもしれないと、ちらりと彼女の方を見たけれど彼女は窓の外を眺めているだけだった。
僕の学校は清掃の時間がある。当番ではなく、全員で掃除を行うのだ。掃除場所は毎月交代するが、同じ場所が二回来ることもよくある。僕は二回目になる教室の掃除で、相変わらず女の子に囲まれ動けないでいた。
「ねえ、池崎君ってなんで彼女作らないの?」
「うーん……なんでだと思う?」
そう笑顔で返せば、その子は顔を赤くした。どうやら勘違いをさせてしまったらしい。僕は目を逸らして、見てみぬふりをすることにした。すると、教室の扉の辺りに先生が立っているのが見えた。
僕と目が合った先生は「西岡はいるか?」と言ってきたが、僕が首を振ると「そうか」と言ってどこかに行ってしまった。彼女は中庭の掃除だと伝える暇もなかった。
「……ねえ、西岡さんってさ、彼氏とかいるのかな」
僕が呟いた言葉に女子が反応してくれる。
「えっ、西岡さん?」
「いないんじゃない?男子といるとこ見たことないし」
「あっ、でも、佐藤君のことずっと見てるよね」
「わかる!そういえば、西岡さんが佐藤君のこと好きって噂になってた時あったよね」
「ていうか、池崎君はなんで西岡さんのこと気になるの?」
女子の目がギラリと光った気がして、僕はとっさに「いつも退屈そうだから」と答えた。多分、あまりうまく笑えてなかったと思う。
放課後になって、鞄を背負う彼女を呼び止めた。聞こえてないのか、彼女はいつもみたいに音楽を再生させている。彼女が歩き出そうとしていたので、腕を掴んでしまった。肩を叩くくらいにすれば良かったと後悔したが、嫌そうな顔をしなかったので安心する。
上野先生が探していたことを伝えると、彼女は「わかった」と小さく頷いた。そして笑って「ありがとう」と言った。僕は少し照れくさくなってしまって、すぐにこの場を離れた。
小学生かと言われたって仕方ないくらい、僕は彼女に対して免疫がない。いつだって普通に接してくれる彼女に、また惹かれていき、同時に戸惑っている。彼女は、佐藤君のどこに惹かれてるのだろうか。
彼女に近づきたいという気持ちだけが強くなる。今のままではいけないってことだ。見ているだけじゃ、見てもらうだけじゃいけないってことだ。彼女の視線の先を佐藤君から僕に変えるためには……。