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誓いし復讐の炎

 誓いし復讐の炎


 純白のペンキで塗装されたコンクリートの部屋に、一面だけ黄緑色の鉄格子がはめ込まれている。壁沿いに簡易的なベッドとトイレ、洗面台が備え付けられている。塵一つ無く、極めて清潔だが空気に一切の動きを感じない。元々都市全体通じて吹く風事態少なかったが動く物がある以上、少なからず吹く風はあったものだ。それでも彼の今いる場所は、天井のカメラ二機を通じて常に監視されていることを除けば、特に不便はなかった。

 彼はベッドに横になり、片腕で顔を覆っていた。拭おうにも拭い去れない脳裏に浮かび続けるのは、飛び去って行く二つのハートのエンブレムだった。思わず固く握ってしまっていた手を、壁にたたきつける。真っ白なコンクリートの壁は受け止めて尚、ヒビ一つ入れさせない。代わりに残されていたのは、彼の赤黒い血の跡だけであった。

 暴力行為を確認し、カメラから警告が発せられる。彼は殴りつけた腕を引く。何度も発せられる警告の中、騒々しい足音と共に格子が勢いよく開けられる。そして入って来た何人もの白衣の者たちに押さえつけられ、素早く腕に注射された。すぐさまそれは効力を発揮し、全身の緊張が解け瞼に重みを感じる。ずっしりと掛かる瞼の重みはすぐに眠気へと変貌し、彼は不本意ながらも睡魔の巣食う世界に誘われていた。

 次に目を覚ました時、彼は折畳み椅子に座らされていた。両手は手錠で拘束され、部屋の隅には銃を携えた男が二人立っている。彼の両隣には白衣を着た医者といった風貌の男と看護師が一人ずつ傍にいた。先ほどまでの牢とは異なり、美しい木目が映える木によって周囲の壁は形作られている。足元には毛がしっかりと立ったカーペットが敷かれており、多少動いた程度では全く音がしなかった。しかし最も目を引いたのが全体的に黄色みを帯びた旧来の白熱灯によって映し出される、竹取物語を模した大きな一枚絵だった。

 背後の扉が開き、誰かが中に入ってくる。隣にいた医者達は彼から離れ、部屋の隅に移動する。そして彼の背後で止まると、その者は彼の手に触れた。

「痛むか?」

 彼は驚いた。声の主は彼の前に姿を現す。この場にいる誰よりも若い一人の女だった。いや、女というよりも子供といった方が妥当かもしれない。二十歳にもなっていないような見た目の彼女は、ゆっくりと品定めするかのように彼を見て周る。頭と腕とに包帯を巻かれ、部分的に赤く染まっている。

「こいつの状態はどうなんだ?」

「全身の擦り傷や切り傷、打撲や火傷などが目立ちますが骨折などの怪我はありません」

 医者の男は答える。少女は最後に彼の顔を間近で見ると一枚絵の手前にある机の、レザー張りの椅子に腰かけた。彼女はそれにもたれかかり、弾むような反発を楽しむと椅子を机に近づけた。黒く短い髪はピンでとめられ、後頭部から首筋に沿ってわずかに外へと跳ね上がっている。エッジの効いた瞳は驚くほど明るい茶色をしており、光の加減によっては赤色にも見える。

「お前の事はこちらで調べさせてもらった。何があったのか分かっているな?」

 味方だった者たちからの攻撃、呼びかけに応答しないシステム、そして対立するH-2と、先の出来事が一瞬のうちにフラッシュバックされる。それまで命を懸けて貢献してきた自分に対するこの仕打ちに、彼は怒りに身を焦がしていた。

「そうだ3200プラントは当4630プラントに資源奪取のために侵攻した。しかしそれは偽装ミッションであり、真の目的はお前の討伐だった」

 彼の炎を、彼女は決して見逃さなかった。

「こうしている今も3200プラントの奴らはのうのうと平和を横臥し、危険を顧みず戦ってきたお前をいとも容易く捨て去った。お前はそれを許せるのか? これまで削って来た命の数々、取り戻したいと思わないか?」

 彼の体は炎の如く熱くなる。強く食いしばった歯はギリギリと音を立て、肺で燃焼された空気は歯と歯の隙間を通り風切り音をかき鳴らす。

「ぶち殺したい。プラントの人間もシステムも、ハート・オブ・セカンドも!」

 喉の奥から吐くように声を出す。医者の男や看護師、銃を持った者たちは彼の獣のような声にぞっとした。だが最もその声に驚いていたのは他ならぬ、彼自身であった。

「よくぞ言った。お前には然るべき機会を授けよう。だがその前に――」

 彼女は立ち上がり、再び彼の前に歩み寄る。そして彼へと片手を伸ばすと、首筋をつかみ上げた。

「お前が破壊したビルに巻き込まれ、五名もの命が失われた。重軽傷者は100名にも上る。急遽行った情報統制により大した混乱は起きなかったが、遺族は決して忘れず、断じてお前を許さないだろう」

 恐ろしいほど冷たい腕が喉に食い込む。彼は容赦なく彼女を蹴り続けるが全く動じる様子はない。彼女の声はみるみる意識から遠く離れていき、視界もぼやけてくる。薄まっていく視界の中でも彼は、彼女の紅く輝く瞳だけははっきりと見て取ることができた。彼女は手を放し、椅子は彼の衝撃に倒れえる。転がされた彼は三日もの間何も食べずにいたかのように、空腹になった肺に食料の代わりの空気をかきこむ。

「いいか。ここでは私が絶対だ。お前が復讐を望むも望まないも自由だ。だが破壊し、奪っただけに見合う仕事はきちんとしてもらう。手錠を」

 手錠が外され、腕がカーペットの上に落ちた。ふかふかのカーペットはしっかりとそれを受け止め、全く音をたたせなかった。視界は溜まった涙でぼやけている。彼は手の甲で拭うと重たい手を使って何とか立ち上がった。

 彼女は一つの銃を手にしている。銀色の、自動拳銃だ。大人の手一つ分ほどの銃身をもつこの特徴的な銃を、彼は持っていたことがあった。その銃はプラントを現す一つの太い円が彫り込まれ、マークのすぐ下には3200の数字が刻み込まれていたものだった。この銃はそう、彼の軍属が決定したときに送られたものであり、軍人であることの証明ともなったものだ。何かを撃つための物というよりも儀礼的、心的な側面が高く、あのハート・オブ・セカンドからもこの銃だけは絶対に手放すなと徹底されてきた。

 彼女は手動でスライドを引き、ハンマーを起こす。彼はその銃口をつかむと、自分の左胸に突き付けさせた。驚くほどに明るい茶色の瞳と、黒い瞳とが向かい合う。その瞬間ハンマーは勢いよく跳ね上がり、小さくとも確かな金属のぶつかり合う音が部屋にこだましていた。

「お前はこれで私に忠誠を誓った。今後、私たちと共に4630プラントに所属し一つの駒として働いてもらう」

 銃をそのまま受け取る。見慣れたマークの下には、見慣れぬ数字が彫り込まれている。それは4630プラントの所属と正式になったことの証でもあった。ずっしりとした重さがある物の、弾薬は一つとして入っていない事が手先の感覚で伝わってくる。

 澄み切った無音の世界に乾いたノックが衝撃を与える。返事を待たずほぼ同時に開かれた扉からは、驚くほど大柄な男が入って来た。髪の毛の無い頭には帽子をかぶり、堂々とした佇まいは自信と威厳に満ち溢れている。魚類のような浮き出た目玉だけを動かし、ある一点で動きを止める。それはまさしく今、銀の銃を手にしている彼のいる場所であり、ふかふかのカーペットが敷いてあるにもかかわらず靴音が響いてきそうな足取りで、彼に近づいていった。

「管理者どの。この者でよろしいか?」

 その男は彼の傍に立つ。決して彼自身も小柄ではない方なのだが、彼の頭の先はその男の胸元程までしかなかった。

「ジョーカー1、急な呼び出しに応じていただき感謝する。この者は貴と同じくアグレッサーとしてジョーカーに入ってもらう」

「なるほど裏切り者か。して、元はどちらに?」

「3200だ」

「ほう。あそこは資源に恵まれていると見える」

 男は目玉を動かし、彼を見下ろす。奇妙に浮き出た目は周囲が赤くなっている。奇怪な男に嫌悪感を抱くも、攻撃的な視線に真っ向から対抗した。呼吸により動く肩が、胸が、無言で威圧し続ける。

「お任せください管理者どの。我が監視下において存分に力を振るわせてご覧にいれましょうぞ」

「期待しているぞ、ジョーカー1」

 男は彼に向かってホルスターを投げてよこす。茶色い革製のそれを彼は子慣れた手つきで腰に装着する。一度銀の銃をしまうと素早く抜き出し、架空の敵へと構える。奇妙なほど手になじみ、彼は満足げに収納する。パイロットである以上めったに引き金を引くことはないだろうが、そこにあるという事実が彼に守られている安心感を与えていた。

「いくぞ、ジョーカー4」

 男は大股で部屋をでる。彼は男が自身の事をジョーカー4と呼んだことに遅れて気づき、小走り気味に男を追いかけた。

「ご苦労だったな。お前たちも下がるといい」

 彼女は医師達を退室させる。重たい扉が音を立てて閉じきったのを確認すると、再び椅子に腰かけた。大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。彼女しかいないその部屋で、小さな風が巻き起こった。その時、待っていたかのように通信が入る。

「やぁ、私だよ。元気かい?」

 眠たくなるような女の声が、直接聞こえてくる。彼女は椅子にもたれたまま天井に視線を定める。そしてもう一度、大きくため息をついた。

「一体何の用だ?」

「そう邪険にしないでほしいな。そっちにいるんだろ? うちのエース様は」

 彼女は椅子を回し、絵画に体を向けた。紙が変質し、全体的に黄色く見える。薄くなった塗料が明るい月光を幻想的に描き出している。雲に乗った天女が籠を持ち、一人の女性が立派な日本家屋から旅立とうとしているところだ。今となっては見ることができない天の輝きは、今ここに模造品として輝をはなっている。

「憎悪によって愚直なまでに復讐を望んでいる」

「君にとって扱いやすい状態というわけだ」

 彼女はフンと鼻を鳴らし、立ち上がる。

「何が言いたい?」

 絵画に向かって手を伸ばす。厳密にカバーをかけられたそれは紙の感覚など一切なく、当然プラスチックの滑らかな感覚だけが指先に残った。

「そちらの要求はこれで満たされたはずだ。約束通り、そちらには燃料資源の提供をしていただきたい」

「あぁ、わかった。すぐにそちらに送ろう」

「助かるよ。こちらは優秀な人材は多いものの、燃料資源がどうも残り少なくてね。当然これを調達する必要があったわけだが、君には同じ管理者として感謝しているよ。では期待しているよ」

 ノイズの音から完全に途切れ、通信が終了したことを告げる。彼女は自身の机の上にある書類を握るように掴み上げると、軽く目を通す。残りの資源量は潤沢とは決して言えず、当然他のプラントに供給できるほどの余裕はない。無ければ取ってくるしかない。手にした書類を放り出すと、最後1人残っていた部屋を後にした。

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