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狙われし唯一の心

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 狙われし唯一の心


 2015年、高度500mを鋼鉄の扉が覆った。その日から人々は天の恵みを引き換えに安全を手に入れた。それから30年たった現在、早くも新たな危機に直面し、天の恵みを捨ててまで手に入れた安全が早くも崩れ去ろうとしていた。


 暗いトンネルの中、エンジンは高い唸りをあげている。大きな揺れと共に台座は停止し、正面のディスプレイには赤い回転灯に照らされた、盤状の巨大な扉が立ちふさがる。彼はタッチパネルを操作し、カタパルトモードへと移行させる。彼を覆うようだった座席は部位ごとに移動し、彼が座席を覆うようになっていた。前のめりの座席にまたがり、グリップ、ペダル、各種スイッチの動作を順に確認していく。機体下部のスラスターが動かした通りに動作したことを、パネルが告げる。

 耳小骨に埋め込まれた通信機がシステムからの着信を知らせる。無機質な女性の声が直接骨を振動し、噴かされるエンジン音を押さえつけてはっきりと聞こえていた。つい先ほどブリーフィングで聞いたばかりの作戦内容を、システムは何度も繰り返し心配してくる。煩わしさを感じながら聞き流し、すべての動作チェックを終える。

 ディスプレイに映っていた金属の盤状の扉が転がるように開き、滑走路にしては短い50mほどのトンネルが姿を現す。扉で途切れていた部位をレールが伸び、一切の切れ目もなく接続される。薄水色の半透明な膜が10mごとに展開され、最奥にあるコンクリートの壁に金属のバーが下りてくる。壁だったそれはみるみるうちに巨大な鋼鉄の扉で空を覆った広大な地下都市となっており、立ち並ぶビル群や道路から眩い光が星のように瞬いていた。

『3200プラント所属ハート・オブ・エース以降H-1と呼称する。4630プラントに侵攻し第一次作戦を開始せよ。カタパルト射出タイミングはそちらに委譲する』

 赤色の回転灯は緑色に代わり最後のロックが外される。パネルにはRedyの文字が浮かび上がり、出撃準備が整ったことを伝える。彼は一度グリップから手を放し、伸びをすると大きく息を吐きだした。そしてグローブを今一度引っ張り上げると、一気にグリップを捻りあげた。急な加速が体に襲い掛かる。半透明な膜を機体が抜けるたびに加速され、何倍にも早くなったような重みを感じさせた。一瞬のうちにトンネルを抜け、狭い空へと飛び出した。

 超巨大な円形の地下都市は中央に向かうにつれビルの高度が上がっていく。唯一、一本の柱のような施設が天井にまで伸び、煌々と輝き放っている。彼のいた3200プラントと何ら変わらない。中央のビル群から離れるにつれ建物の高度は低くなり、灯りも少なく暗くなっている。同様に血管のように張り巡らされた道路の光も、瞬き、街としての命を感じさせた。

 機体を傾け機首を上げる。失われかけていた重力が存在を主張し始め、微かな燃料の香りが鼻をつく。主翼がしなり軋みをあげるが彼は構わず飛び続ける。外から内に向かって旋回しながら彼は目標を見定める。ビル群の一つにブリーフィングで確認していた施設を発見する。システムもそれを確認したようで、ビル全体が黄色く輝きターゲットであることを知らしめる。

 一発のミサイルが切り離され、真っ白な排気煙が直進していく。機首をミサイルの排気煙からそらし、旋回を続ける。ほんのわずかな一時を持って、夜空のような街に一瞬の太陽が花開いた。瓦解するビルを中心に、地上ではパニックが広がっている。消防車や救急車が集まると同時に、光の流れは詰まりおろそかになっていた。

『こちらH-2、目標の施設を発見した。データを送信する』

 彼と異なり旋回だけを続けていたH-2から瞬時にデータが送られてくる。合成されたデータがディスプレイに映し出され、各所にある目標となる施設が黄色く染まっている。

「システム、こちらH-1。第一次作戦成功、これより第二次作戦を開始する」

 第二次作戦に移行し、いよいよ3200プラントの本隊が、彼が通ったハイパースペースを通じて侵攻を開始する。そして先ほどH-2が発見した各種施設から、あらゆる資源を奪取したのち撤退する予定だ。

 地上では飛び回る二機の存在に気づいたようで、被害を抑える隔壁がせりあがってくる。同時にどこからともなく現れた旧世代の戦車や装甲車が道を行き、迎撃の構えをとる。地上からの砲撃に身を晒されながらも、彼が操るバリアントの高度と速度にはなかなか標準が定まらないでいた。

 付近でハイパースペースのゲートが開いたことをパネルが警告する。彼は第二次作戦のフェーズ1として、自軍を敵の脅威に晒させない陽動の任を受けていた。次々と現れる地上の部隊を蹴散らしながらゲートから離れ、注意をこちらに向けさせ続ける。システムがミサイルの飛来を警告する。彼はスラスターを噴かし、戦闘機にあるまじき不規則な動きで躱す。そしてその場で素早く向きを変えると、反撃のミサイルを叩き込んだ。

 ようやくゲートが開き、そこから50にも及ぶ彼と同型の機体が飛び出してきた。それら部隊は大きく二手に分かれ、それぞれ右旋回と左旋回で4630プラントを覆っていく。

『H-1、よくやった。帰投しよう』

 彼はゲートへと機首を向けたその時、システムが急激にアラートを告げた。味方だったそれは識別信号上味方とされているが、ミサイル警報装置は警告している。すぐさま反転し、逃走を図るも大量のミサイルが彼の機体へ迫ってくる。

「システム! これはどういうことだ! 答えろ!」

 アフターバーナーをフルで稼働させスラスターを使い、全神経を集中させる。躱しきれなかったミサイルはアクティブ防御システムで撃ち落とすも残りの燃料、弾数、集中力のどれをとっても長くはもたないだろう。

『H-1、無事か? この場所にアリーナがある。一度ここに身を隠そう』

 同じく追われていたH-2の機体から信号団が放たれ、眩むほどの光をまき散らす。動きが鈍った一瞬をつき、機体を人型に変形させ彼は地上のアリーナへ降りた。前のめりだった座席は彼を包み込むような物へと形を変え、先ほどまでなかった両側のレバーが新たに姿を現した。たった今まで握っていたグリップはいくつもの関節を介し、自由自在に動くようになっている。連動して機体のアームも動くようになっており、股下からタッチパネルが支えられて出てきていた。

 腰のミサイルが22本、肩のアクティブ防御の弾数が102発、右腕の複合盾には近接格闘用のナイフと未使用の機銃500発、左腕には短レールが12発、以上が現在の装備だった。40%にまで減っていた燃料は、人型に移行したことで未使用のスラスターから共有し、50%にまで増加した。しかし人型のほうがスラスターの数は多く、空気抵抗や姿勢制御の影響もあり戦闘機の形態時よりも消費は激しくなる。

 暗い円形の空間の向かいに人型の機体が姿を現す。元々垂直尾翼だった部位にペイントされた赤い二つのハートのエンブレムが3200の数字の上に不気味に輝いて見えた。

『H-1無事だったか』

「なんとか、な」

『そうか。なんだか初めて対峙したときを思い出すな』

「回想するのは勝手だが、死んでからにしてくれないか?」

『なるほど、まだお前には死ぬつもりが無いとみえる』

 正面のH-2がこちらに左腕の短レールを向ける。放電し、警報が鳴り響く。弾丸が発射される直前、スラスターを全開で噴かせて回避する。施設の壁に穴が開き、巨大な瓦礫が崩れ落ちてくる。

『悪いなH-1。システムの指令でお前を排除することになっていたんだ。潔く死んでくれ』

 彼はその言葉に激高し、アームとは別のグリップを回転させ、複合盾の武装をナイフに切り替える。同時にブースターを起動し地面をすべるように加速しながら腰のミサイルをロックオンせずに目視で発射する。それらは地面に壁に当たり爆発し、直撃するはずだったものはH-2のアクティブ防御で撃ち落とされた。

 黒煙に包まれる中H-2は冷静に、H-1がいた方向に向かって短レールを発射する。射線を残すように黒煙は消え、小さい視界が確保される。しかしH-1の姿はない。ブースターを起動し空へと飛びあがろうとしたとき、落雷のような轟音が肩をかすめた。

 H-2は武装盾を素早くナイフに切り替え、真っ向から突進してくるH-1と組み合った。互いに左腕をナイフで貫かれ、右腕を突き立てる。ダメージを感知したシステムが左腕を赤色で警告する。H-2は取っ組み合いの中、胸部から機銃を掃射した。

 至近距離での射撃に、H-1の機体がバランスを崩す。その一瞬の隙をついてH-2は胸部に短レールを打ち込んだ。弾丸は機体を貫通し、制御を失い機能を停止する。コックピットだった場所は風にさらされ、動くものは致命傷を告げるモニターだけだった。

『システムへ。こちらH-2、目標の撃破を確認』

『こちらシステム。了解した。全軍、速やかに帰投せよ』

 先の銃撃で大きくあいた穴から、3200プラントの機体が次々と降りてくる。腕が破損し変形できなくなったH-2の機体を、二機のバリアントが抱え込むと空へと飛び立っていく。炎がH-2の紅き二つのハートを映し出している。薄れゆく意識の中溢れ出す燃料のにおいと、サイレンの音だけが強くなってきていた。

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